第61話 変る日常


「セイル殿、紹介する此方が、イシュタ教の教皇ヨハネス3世だ」


この辺りが実は微妙。


勇者は王や教皇より偉いという考えは意外に多い。


その反面、実権はある様な無い様な物なので対応に実に困る。



「教団を代表してお詫びします、アイシアでは本当に申し訳ない事をしました」



嘘だろう、この人が頭を下げるなんて、王国では1番の権力者の筈だ。



「いえ、もう気にしておりませんから頭を上げて下さい」


「それでは許して頂けるのでしょうか?」


「許すも何も、あの事はその場で終わった、僕はそう思っています」



「何と心が広い、流石は勇者様の魂を宿した方です、しかも先程の戦いも見させて頂きましたが、勇者以上に戦えるなんてすばらしい」



「あの、話が解らないのですが」



話を聞くと、教皇の話では僕は過去の勇者 銀髪のセイルの生まれ変わりだそうだ。


しかもそれは女神イシュタ様が神託でそう言われたのだそうだ。



「そうか、納得がいく、銀髪の勇者セイル様 それがセイル殿の正体、ならあのマモンとも戦える訳だ」


「つえ―筈だ」



「本当の所は今の僕には解りません、ですが今の僕は、普通の生活を送りたいのです」


「それがセイル様のお心なのですね? 解りました、では教会はその手助けをするとしましょう」


「それはどういう事なのでしょうか?」


「そのままですよ! 貴方に記憶が無くても貴方は世界をもう救われたお方です、もし必要なら国宝級というエリュクサーでもお渡しします」


「あの..」


「貴方が望むなら教会が何でも叶えます、ただただ望むだけで良いのです、逆に貴方の望まない事は一切させません、それだけです」


「僕の望みは愛する者とただ幸せに暮らしたい、それだけです」


「解りました、その願い、必ずや叶えましょう」



本当に欲望がありませんね、流石聖人様です。


望めば国王にでも何でもして差し上げるのに。




「それでは私はこれで失礼させて頂きます..そうそう、勇者はこの世で女神様の次に偉いのです、教皇や王如きに敬語は不要ですよ」


「はい..」


教皇ヨハネス三世は軽くお辞儀をすると去っていった。



何が何だか解らない、元農民の頭では理解できない。



「セイル様、御無礼を致しました」


「セイル様」



「何を言い出すんですか? 帝王様にギルマスともあろう人が」




「今のは冗談だが、悪いが正式の場では今後、そう呼ばせて貰うセイル殿」


「俺も公式の場ではそう言うぞ」



「そんな今迄通りでお願いいします」



「無理だ、イシュタ教の教皇ヨハネス3世様が「自分より上」と言われたのだ、流石の俺でも出来ない」


「ただのギルマスの俺がそんな事出来ません」



「それじゃせめて普段だけでもお願い致しますね」



「「善処する」」



僕だって知っているよ。


アイシアの村は敬虔なイシュタ教信者の村だからさぁ、そこのトップを知らない訳ないよね。


村人や農夫として生きていたら絶対に会わない人だ。


この世界の4割の人間が信仰するイシュタ教のトップを知らないわけが無い。



そして、この日から少しずつ日常が変わっていった。




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