第45話 マモン襲来⑦【ただの喧嘩】 戦いの終わり

マモンが馬乗りになって殴っている。


此処までは普通の話だ。


だが、可笑しいのは殴られている人間が無傷だという事だ。


鼻血一つ出ていない。


マモンが殴るという事はミスリルの鎧ですらへこむ、場合によっては貫通する。


それを真面に受けて..無傷、到底信じられない。


【物理無効】のスキルという究極のスキルがある..だが此処から更に可笑しいな事が起る。


馬乗りのマモンを跳ね付けて、今度は少年がマモンを殴りつけている。


そして、殴られているマモンは痛そうな顔をしているのだ..



「これは夢なのか? まるであのマモンと戦っているのに..ただの喧嘩にしか見えない」



「セイルッー」


少女の声を聞いた、セイルが答える。



「ユリア危ないから離れていて! 僕は大丈夫だから」


「解ったよ..セイルはやっぱり強いね!安心した」


「ユリアが巻き込まれて怪我するのが心配だから、お願い!」


「うん、美味しいご飯を作って待っているよ!」



そんな会話をすると少女は安心したかのように帰っていった..貴族街でなく、街の方にだ。


さっきまでの青ざめた顔で無く、何処にも悲壮感が無い。


ただ、幼馴染が喧嘩している、それを見たけど心配してない、そんな風にしか見えない。



「セイル、俺との戦いの最中に随分と余裕だな..死ぬかもしれないのに..」



殺し合い、戦い、いや戦争の最中にあんな話をすればそう言うのは当たり前だ。


可笑しい、俺は何を見ているのか解らない。


見回すと俺だけでなく騎士も魔術師もただただ困惑して見ている。




「マモン、僕はもう解ってしまったよ」


「何がだ..いったい何が解ったというんだ」



二人は平然と話しているが、この間にも殴り合いをしながら、セイルが剣で斬りつけている。



「これは殺し合いでも何でもない..喧嘩だ、マモンお前は誰かと喧嘩をしたかった、それだけなんだろう? ただ相手が居なかった、それだけだ」



「細かい理由はいらねー、俺は戦いがしたい、より強い奴とただただ戦いたい! それだけだ」



「やはり、それなら喧嘩だ、喧嘩に剣を使うのも可笑しい、だからもう剣も使わないよ」



「手を抜くのかふざけるな」


「いや、マモンお前は剣で勝っても、負けを認めない..なら真っ向から殴り合いで受けるよ」


「ほう、よく言った」



マモンが思いっきり下から殴ってきた。


僕の体はまるで鳥にでもなったように空を舞った。


だが、効かない、僕の体の固さはアーマードシールドインセクト、衝撃は感じるが痛くもかゆくもない。


そのまま、地面に叩き付けられた。





「よく、此処までやったものだ、後は..」


「帝王様、手出し無用です」


俺は何を見ているんだ..普通の人間が城より上空まで浮きがる攻撃を食らって地面に叩き付けられた。


その状態でまるで何事も無い顔で起き上がり戦っている。



騎士の一人が言った「勇者..」


それを口きりに見る目が変わった。


ある者は尊敬の目で、ある者は熱い目で見ていた。


応援は戦いの邪魔になる、それが解っているから声にこそ出さない。




「今度は僕の番だ!」


マモンがやったように、下から殴りつけた。


今度はマモンが宙に舞いそのまま落ちた。



いつの間にかルールが決まったように「片方が攻撃をして片方が受ける」それを繰り返していた。



「お前は何で笑っているんだ?」


「そういうマモンも笑っているぞ!」


「そうか? 確かに俺は楽しいから..笑っていても可笑しくねー」




もう、僕にはマモンがただの筋肉親父にしか見えない。


解ってしまった。


此奴はユリアと同じだ。


ユリアが恋に一生懸命で僕が好きなのと同じ様に、マモンは戦いが好きで一生懸命なだけだ。


ただ、その相手が居なかっただけだ。


そして、僕は此処まで一生懸命な奴はユリアしか知らない。





どの位殴り合っていたのか解らない。


気が付くと夜になっていた。


そして、ようやく互角の天秤が片側に傾いた。



「もう終わりのようだな」


「ああっ終わりだ」


マモンの黒銀の体が元に戻っていた。


恐らく角から取り込んだ、魔力が無くなったのだろう。



「俺の負けだ..さぁ殺せ」


「それじゃ、喧嘩はもう終わりだね..じゃあね」



「おい」


「次来るときは、帝都に入って迷惑かけるなよ! 門番にでも言ってくれれば出向くから、外でやろうぜ」



「....」


「おい、勝ったのは僕だ、一つ位は言う事を聞いてくれても良いだろう?」


「それで良いのか?」


「ああっ」


「俺は沢山の人間を殺した」


「僕の知り合いは1人も居ないから! 関係ないな..だけど、僕の大切な人に手を掛けたら..」


「...」


「魔族は皆殺しだ」


「それで良いのか? なら、次に来る時は入って来ないで門番にでも声を掛けよう..そうしたらまた戦ってくれるのだな?」


「別に良いよ..それじゃ僕は、ユリアが待っているから帰るよ」


「ああ..また来る」


マモンは嬉しそうに高笑いしながら帰っていった。



他の人間は知らないな..


だが、僕にとってはこれはただの喧嘩だ。


これで良いだろう!



その様子を帝王も騎士も宮廷魔術師もただただ黙って見ていた。




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