第17話 【閑話】 手に入らなかった物


セイルが旅立って神官ヨゼフは、ほっとしていた。


もし円満ならそのまま村に居て貰えるのが一番良い。


だが、セイルが大人だから、憎しみを押さえて許してくれたのだろう。


そして、何かあったらその怒りが噴き出る可能性があったから旅立った。


そんな所が正しい気がした。


特に、トーマの家族に対してはどれだけ怒りを抑えてくれたか解らない。


息子や兄弟はどれだけトーマが嫌われているかを頭で解っている筈だ。


実際に義姉は毛嫌いしていたし、兄にしたって伴侶に対して色目を使っている弟を嫌っていた。


ただ、あの家族の中で母親だけが不憫がっていたが..その割には兄に全て与えてトーマには何も与えていない。


だが、多分出来の良い兄に対して10の愛情があったとしたら、息子だからトーマにも5は愛情があったのだろう。


だから、殺されたら憎みもする..だが、その憎しみも「勇者の口添え」があったから今は感謝に変わった。


「勇者の敵として死んだ息子」が「勇者に悔やまれて死んだ栄誉ある息子」になった。


これで村の生活において支障なく暮らせるからか...今ではまた熱心に教会に来ている、セイル様のペンダントを持って。


この間もセイル様のペンダントを自慢してしたから、もう恨みはないだろう..やっぱり村の年寄り..そうとしか言えない。



ユリアの家庭も養子を迎えて幸せそうにやっている。


自分たちの娘の結婚相手が勇者なのだと自慢している。



結局、セイル様は村の中が一番うまく行くように纏めてくれた。




だが、これからが頭が痛い。



ヨハネス派の信者が来る..恐らく、セイル様以外の誰もがその待遇には不満はない。


いや、最高だと思うはずだ。


だが、セイル様には問題がありすぎる..恐らくあれを連れてくる。


ユリアを愛しているセイル様だとぶつかる可能性がある。




貴族からはリットン伯が来る。


温情ある優しい方と聞いているが今回は別と考えて良いだろう。


何しろ国王の肝入りでくるのだ、貴族である以上忠誠が掛かっている。


どちらが、先にくるか..いずれにしても頭が痛い。




先に来たのはヨハネス派のユダリア司祭達だった。


聖騎士と勇者奉仕部隊と共に。


勇者奉仕部隊とはその名の通り「勇者に奉仕する」部隊だ。


志願者で構成され..勇者の為なら何でもする部隊だ。


特に、女は美人が多く、その仕事には夜の相手も含まれるが、勇者至上主義の彼らにはそれは名誉な事だ。



「ヨゼフ殿、ご苦労様です、それで今世代の勇者セイル様はいずこに居られますか? 休んでいるなら起こしたりしません、お傍で起きるまでお待ちしています」



「勇者セイル様は王都へと旅だたれました、一から自分の力を鍛えたいそうです」


こうでも言わないと、納得しないだろう。


「そうですか、勇者様に拝謁出来ないのは残念ですが、勇者様の意向が一番です、旅立たれたなら今度は王都の信者に任せるとしましょう」


「それが宜しいかと思います..」


「それで、勇者様を蔑ろにした村人は今どうしているのですか? 丁度聖騎士の腕利きがおりますから粛清しましょう」


「待って下さい! その件につきましては勇者セイル様からお手紙を預かっております」


「手紙ですか..すぐにお見せなさい!」


手紙には今回の件は処罰しないよう書かれていた。



「これでは、罰せませんね..仕方ない我々はこのまま引き返すと致します」


「せっかくですので、お疲れでしょうから一晩お泊りになっては如何でしょうか?」


「はぁ..勇者様を無能扱いした背信者の村に私どもが泊ると思うのですか? 本来なら此処には診療所を作る予定でした。勇者様の村ですから凄腕のヒーラーを数人置いて...ですが勇者様が居ないのなら意味はない、罰さないのは勇者様の為です、恐らくこの村の者を人と見る信者は居ないでしょう、セイル様と勇者様をお慕いしたというユリアという少女を除いて教会はもう微笑む事はありません」



「微笑む事は無い」これは事実上、破門の一歩手前だ。


女神イシュタ様はいつも微笑んでいると言われている、その女神すら微笑まない、そういう意味で使われる。


つまり、破門とは違い隅にはおいてやるが、助けはしないそういう意味だ。



「それは教皇様の意思なのでしょうか?」


「ええっ教皇様は勇者様が居た場合は意向に沿うように処罰をと言われていました、居ない場合はこの様に..勇者様のお手紙は「処罰しない」でした、ですから本来は粛清する筈でしたが粛清はしません、ですが許すとは書いて居ないので、我々は今後この村の者を助けません」


「それはセイル様の意思とは違います」


「貴方の様な浅はかな人間の話は意味がありません!勇者様を無能と判断した貴方を神官として認めないそういう意見もあるのです、この村で私達が人間として認めるのは勇者様の寵愛を受けたユリアという少女だけです、本当に見上げた女性では無いですか! 純潔を守りながら勇者様を庇ったのですよ! しかも幼少期から勇者様を助けていたと聞きます、彼女には第一級シスターの地位が授けられるはずでした..まぁ王都に行ったってその功績は教会に知れ渡っていますから別の司祭がその地位を与えるでしょう」



「セイル様はその様な事は望んでいません!」


「本当にそうでしょうか? 本当に? この手紙には罰しない、そう書いていますよ!本当に恨んで無いなら「許す」そう書く筈です」


「ですが..」


「解りました、王都に行って冒険者になるなら王都の教会にも来るはずです、そこでもし勇者様が許すと言われたらこの話を撤回いたします。


「解りました」


セイル様なら、きっと「許す」そう言われる筈だ。



「まぁこれは態々村人に言う必要はありません、当然の報いですから」




「皆、無駄足でした帰りますよ」


「あの、司祭様勇者様は居らっしゃらないんでしょうか?」


「一目だけでもお会いして」


「心が傷ついておられるんですよね? 私の全てで癒してあげたいんです」



「司祭様、背信者は何処に居ますか? 粛清します」




「勇者様は王都に行かれたそうです、背信者には手をださないように、こんな村居るだけ無駄です帰りましょう!」



ユダリア達は1時間も居ないで村から出て行った。


村長にも会わずに...




最悪の事態は免れたが、はっきりと「背信」と言っていた..セイル様の許しが貰えるまでもうこの村に教会の救いは無い。






それから遅れる事6時間、その日の深夜にリットン伯が来た。


貴族の相手は本来は村長の役目だ。


だが、今回は勇者絡みなので二人であたる。


村長は震えていて話にならない、当事者なのだから仕方ない。


リットン伯の方から口を開いた。


「それで勇者様は何処に居られるのかな?」


「勇者セイル様は王都へと旅だたれました、一から自分の力を鍛えたいそうです」


「勇者様の意向を聞くのは当たり前の事、それで良い..まして行く先が王都であれば王が直接会う事も可能だ、更に良いかも知れぬな」


私はほっとした。


「私もそう思います」


「王子が勇者様に会いたがっていたから王都のギルドに指名依頼し1日護衛を頼めるだろうし喜ばれるであろう」


「王子の勇者好きは有名ですからね!」


「勇者の後ろ盾のチャンスを逃したが、王都で暮らして頂けるなら面子も建つ、それで、勇者様を「無能」と判断した神官と「村長」はお前達だな」


「はい、私達です」


駄目だ、村長は震えて話せない。


ちゃんと話さないと大変な事になるのに。



「王はご立腹だぞ..最悪極刑もありうる」



「お待ちください..これをお読みください」


私はセイル様から預かった手紙を渡した..


「ふむ、王からは勇者様の意向は何よりも優先、そう言われておるから我々は罰しない、だが」


「続きがあるのですか?」


「まず、もしこの村を拠点に活動するなら此処に冒険者ギルドを設置し勇者様の手伝いをする騎士を派遣する予定だったがそれは無くなる」


「致し方ない事です」


「更に言うなら近隣諸侯がお金を出し、此処に街をつくる計画もあったがこれも潰れる」


「そんな話もあったのですか?」


「そうだ、だが勇者様が此処に居るのが前提の話だ、居ないならこの話は無くなる」


「それは致し方ない事ですね」


「それと、王がこの村の者が勇者様をひどい扱いをしたと話していたから、貴族の殆どはこの村を嫌っておる、私も同じだこの村を助ける貴族は居ない、それは覚悟するんだな!」


「誤解です、セイル様は許されています」


「まぁ良い、王都に行かれたなら必ず王と謁見するはず、その際に真偽の程を王に直接訪ねて貰う事としよう」




「お父様..勇者様はいずこにおられるのですか?」


「もう旅立ってしまわれたそうだ..」


「そんな、会えるのを楽しみにしていましたのに」



あれは王国の薔薇と呼ばれるロザリー嬢..そうか引き合わせを考えていたのか。



「皆の者、無駄足だ..帰ろう」



リットン伯も休みもせず帰っていった。



教会、リットン伯どちらも休まず帰った事から怒りが解る。


もし、セイル様の手紙がなければ皆殺しになったのかも知れない。




「神官様..どういう事ですかこれは」



私は説明をした。



もし、セイル様が此処に居たら。


診療所が出来、冒険者ギルドが此処に出来た事。


村を整備して街になり、騎士達が駐留して守って貰えた事。


「そんな夢の様な話が..」


「無くなってしまったよ..我々がセイル様を酷く扱ったせいでね、それどころかもう、貴族も教会も王も我々を助けてくれないそうだ」


「それは事実上」


「その通り、人として扱われないそういう事だよ」


勇者を人として扱わなかったんだ、当然の報いと言えるかも知れませんね。


「終わりじゃないですか、流行り病になったり、飢饉になったら誰も助けてくれないで死ね、そういう事ですよね」


「だが大丈夫だ、セイル様が王都に行ったら教皇や王が事情を聞かれるそうだ、セイル様なら助けてくれる」


「それなら問題はありません、優しい子ですから安心できます」




もし、セイル様に優しくしていたら..村は拓けて街になったかも知れない。


診療所が出来、病気や怪我に困らない生活が待っていた。


騎士が駐留し魔獣や盗賊に怯える事も無くなる。


冒険者ギルドが出来生活がしやすくなった筈だ。


それこそ、村人にとって夢のような生活が手に入っただろう。


勇者輩出の村として観光地にすらなったかも知れないし「勇者の街」と呼ばれ間違いなく栄えた筈だ。


そして、通例なら税金の義務も免除されたかも知れない。


だが、それが、今や国中から嫌われている。



そして、それはもう覆る事は無い、セイルは王都ではなく国を出て行ってしまったのだから。



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