第12話 【閑話】トーマごめんよ..ばぁばの気持ち

トーマ...私はあの子が不憫でならない。


粗暴な子と言うが家族には優しかった。


何もかもが恵まれている兄と暮らしていれば捻くれもする。


兄は器量が良い..だから小さい頃から女に不自由はしてなかった。


何人もの幼馴染が居て、女に囲まれていた。


実際に嫁として娶った相手は村一番の器量良しじゃ、私が身内贔屓で言っている訳じゃないのは分かると思う。


それに対してトーマは不細工とまで言わぬがあまり器量が良くない。


こんな村には滅多に居ないインテリの兄と違い野山を走り回り、喧嘩ばかりしているまぁ、農家や猟師には良くいる子供だ。


15歳で成人になり普通ならもう嫁になる相手がいる時期にも関わらず相手が居なかった。


次男で畑も貰えぬのじゃから余計に難航するわ..親としては逆に生まれて欲しかった。


トーマでも畑があれば嫁は来たかも知れない。



「おふくろ、俺は生涯独り身なのか」


そういった時には涙が出てきた。


兄は嫁とイチャイチャしてアンアンしている。


それを毎日聞きながら生活しているのだから、さぞかしあっちの方も辛かろう。


だが兄がそれをするのは当たり前のことだ農家に生まれたからには子作りは重要じゃ、「跡取りが生まれなければ畑を耕す者が居なくなる」


だから兄にしても嫁にしても当たり前の行為ではあるのじゃ。


「女は沢山子供を産む女が偉い」農家じゃ当たり前の事じゃ。


此処が都会なら、金を渡し娼婦でも買ってこいといえるのじゃが、こんな田舎では娼婦すら居ない。



そんなある日猟師の旦那を失った未亡人、やい子が居た。


もう28歳になり婚期はもうとっくに過ぎておる。


だから、トーマは夜這いを掛けた。


夜這いはこの村にある風習で未亡人に限り掛けて良い事になっておる。


だが、これにはルールがある。


正しいルールは


「家の中に侵入し枕元に座る、女が起きるまで待つ、女が起きて、受け入れて貰えばその後は嫁にするも体だけの関係になるのも自由」



こんなルールだ。


だが、トーマは夜這いの事は知っていてもルールを知らなかった。


侵入して押さえつけ犯そうとした..その結果大きな声を上げられて、その悲鳴を聴いて駆けつけてきた村人に捕まった。


小さな村じゃから役人に訴えるのは許しては貰えたが..噂にはなった。



その時にやい子が口にしたのは


「私もこの歳です、作法通りにされたら受け入れました..ただあんな野蛮な事されたら物取りと勘違いしますよ..いきなり押さえつけてきたんですから」



そりゃそうだ、28歳の後家じゃから..受け入れるだろうよ、だが、「待つ」という女の唯一の自由選択を踏みにじってしまっては無理じゃ。


幾ら後家でも、もう受け入れる事はない..しかも夜這いのルールは駄目だったら二度と夜這いを掛られない。


そういう決まりがある..村人全員が知ってしまったのだから...もう無理じゃ。



「お袋、俺はもう生涯一人確定じゃな」



本当に死んだような眼をしておった。



兄はもう既に一人子供を作り、二人目を作る為に励んでいる。


それを聞きながら女を知らないトーマ..哀れじゃ。




そんな中、セイルが無能になった。


私は女神に感謝した..これで相手が居ない女が出来た。


直ぐに、ユリアの親に話をしに行った。


ユリアは対した器量ではない、それに小さい頃から無能とばかり居たから相手が居ない。


畑を沢山持っているが、将来は親たちの面倒を見て貰わなければ成らない。


うってつけじゃ。



話は簡単に纏まったトーマは「農夫」のジョブ持ち。


向こうにとっても良い縁談じゃろう。



その日のうちにユリアの家で暮らす事が決まった。


トーマはまぁ馬鹿じゃ、嫁を見せびらかしに連れまわした..たいした女でもあるまいに仕方無い奴じゃな、今まで女っけが無かったんじゃから余程嬉しかったのじゃろう。



だが、その日の夜に問題は起こった。



「嫌、やめていやぁぁぁぁぁっ」



ユリアが初夜の日にトーマを拒んだんじゃ。


トーマにして見れば、待ちに待っていた嫁じゃ、しかもあの歳まで女としたことが無い。


怒って当然じゃ、多分夢にまで見た初夜だ、怒るのは当たり前だ。


正当に嫁にした女が暴れてたのだ、暴力を振るうのは当たり前じゃ。


せっかくの初夜が台無しになったのだからな。



流石に先方の親も呆れておった..うちに謝りに来たくらいじゃ。


そこからはトーマにとって辛い毎日じゃった。


体に触れただけで大きな声を出し心が折れるような罵詈雑言を浴びせられる。


我慢できなくなって手を出すのも仕方ないじゃろう。


女に手を上げるトーマも悪いが、嫁になって更には、将来親の面倒を見る約束をしている男に何もさせない女も悪い。


都会じゃあるまいし、此処は田舎だ、好き合わなくても近くに近い歳の異性が居ないから我慢して結婚している者も多い。


私だってそうじゃった。


だが、今では爺さんの誠実さに本当に好きになった..そう言える。


初夜の時には顔を見たくなくて天井の染みを見ておった位嫌いじゃった。


嫁にしたのに毎日何もさせない女..しかも家事さえしない。


手も握らせないのじゃから..暴力的になるのも仕方ない筈じゃ。


無理やり抱き着いたら泣いて暴れて「死ぬ」とまで言い出した。


その矛先は「無能」にいくのは当たり前じゃ..


自分を蔑ろにして、暇さえああれば家事をさぼり昔の男を見ている。


息子が怒らない方が可笑しいじゃろ..



ユリアにかなりひどい暴力を振るっていたが仕方ないじゃろう..


結婚して未だに初夜の務めを怠り..昔の男を追いかけ、息子を蔑ろにしているんじゃからな。


それどころか、妥協して添い寝だけとか抱きしめさせてくれとまで落としても拒否じゃ呆れて物も言えん。


無理やり抱き着いたり体を触ったら泣きわめく..まったく、どこの聖女様じゃ。




そんなある日「無能」が決闘を申し込んできた。


正直ほっとした。


決闘なら、無能は殺しても構わない..正当な権利じゃ。


殺してしまえば流石にユリアも諦めがつくじゃろう、たいした女でも無いのに本当に面倒くさい女じゃ。



トーマも頭に来たんじゃろうな..殺す気満々じゃった。



「何だ、無能..情けでお前の女を貰ってやったのに決闘だと..恩をあだで返しやがって、殺してやるよ」



「セイル、逃げて殺されちゃう...逃げて」


この後に及んで昔の男の方に立つのか、呆れるわ。



「やめて、トーマ..逆らいません、何でもします..最後まで、最後まで今夜はちゃんと最後までしますから」


「うるせーよ、今更おせーよ、駄目だ此奴は殺す」



当たり前じゃ、昔の男の為に抱かせてやる..そうとしか聞こえん。



しかも、お互いが見つめあっている..怒るのは当たり前じゃ



「辛気臭くて殴っても言う事きかねーからな、セイル、セイル喚いて..暴れやがってよ..絶望させる為に一番最初はお前の前で犯してやろうと思ってたんだぜ! そうしたら何でも言う事聞くようになるだろう? まぁお前の死体の横で犯してやるよ! そうすりゃ此奴も俺の言いなりだ!」


此処まで大勢の前で恥かかされたんじゃトーマだって鬼にもなるわ。




「ユリア、もう泣かないで良い..遅くなってごめん、助けに来たよ」



「セイル..殺されちゃうよ...まさか死ぬ気なの!」



勝手に二人の世界を作りやがって..ユリアはトーマの嫁じゃ。



「人の嫁に色目使いやがって」


怒るのは当たり前じゃ。



「無能、姦淫は罪だ..これは決闘が終わって、もし貴方が無事でも罪になりますよ、ユリアもね..トーマ準備は良いですか」



人の妻に手を出せば当たり前の事じゃ、そんな事も解らんのか?


だから殺されても仕方ないじゃろう..



鍬まで持ち出したが、息子は冷静になったのじゃろう、あの時にはもう、殺す気は無かったはずじゃ..


ただいたぶって、命乞いでもしたら腕の1本も切り落として済ましたはずじゃ。




だが、残酷にも息子は腕が切り落とされた..


息子は命乞いをしているが明らかに違反じゃ。




「せっセイル..辞めろ...殺さないでくれ、ななっ..そうだユリアは返す..」


「解った、別れる、別れる、最後までして無かった..彼奴は新品のままだ..それで許してくれ」


「許すよ..それで..」



何が許すだ、スキルを使えるなら無能じゃない...


それなら、嫁を奪うために決闘を仕掛けた、犯罪じゃ。


神官様が間に入った




「無能、いやセイルこれは無効だ、明かにスキルを使った..無能でないなら決闘権はない..しかも他人の妻を奪おうとしたんだ姦淫罪だ」


「だが、無能として扱い、不当に財産や権利を奪われた..ユリアだって本来は僕の婚約者だ」



「それは認める、村長やユリアの両親の罪は教会から償わせる、だが決闘で妻を奪うのは姦淫だ..しかも両腕を切り落とすなど残酷極まりない」



当たり前の裁きじゃ、ちゃんとした手筈で嫁に貰っておる、間違いがあるとすれば、間違った判断をした神官様に村長、ユリアの両親じゃ、こちらに落ち度は無い。




気が付いた息子は反論した。


腕が無く、痛いのを我慢しながら、見てて涙が出てきた。




「そうだ、俺は悪く無い..罪を償え..ユリアがどうなるか..俺の妻だ自由にできる..残酷に扱ってやるから覚えておけ!この腕の恨みは全部ユリアに行く」



当然じゃ不当に嫁を奪おうとした挙句腕を切り落とされたんじゃからな、しかも未だに嫁に色目を使っておる。




「そこまでする事は無い、腕は農夫の命だ斬り落とすなんて..」


「やり過ぎだ」



村の皆もトーマに同情しておる..腕は農夫の命だ..もう息子はまともな人生を送れないのじゃ、下の世話まで必要じゃ。




「辞めた..許さない」


残酷にも息子の首ははねられた。



「セイル、神職である神官の前でなんて言う事を姦淫だけでなく殺人とは..死罪だ」



そうじゃ死罪じゃ当たり前じゃ..



だが、此奴は恐ろしい奴じゃった...



自分は勇者だと名乗ったのじゃ


「ああっ、聖剣まで作って見せただろう?..無能なら「決闘法」勇者なら「勇者保護法」が適用だ..僕は誰を殺しても許される筈だ..勇者は法の外にある、他人の妻だろうが王女だろうが自由に出来る違うか?」


「ヨゼフどっちだ? 無能ならそれで良いんだ、その場合は此処に居る全員に決闘を申し込む..女もな、15歳以上の人間を皆殺しにして王都に行き教皇も決闘して殺す..そうしたら気が晴れる..僕は勇者なのか無能なのか早く言え」


この状態で神官様を責めておった。


もう終わりじゃ..どっちに転んでも終わりじゃ..


「無能なら成人した村人が皆殺しにされ教皇様まで殺される」


「勇者なら、全て許される」



結局、勇者として認められた。



セイル..お前は器量良しじゃ、無能でなく勇者だったならこんな田舎の村人じゃなく、それこそ貴族のお姫様でも選び放題じゃないか?


どうしてもユリアじゃなくちゃいけないなら息子を半殺しにでもして、勇者と名乗れば良かったじゃないか?


そうしたら息子もユリアを返しただろうよ、勇者に逆らう馬鹿はおらぬ。


女に相手にされない可哀そうな息子の嫁を取り上げた上で殺す必要はあったのか?


バグベアーすら簡単に倒すお前なら..息子など簡単に気絶させられただろう..



バグベアーの肉をほおばる孫。



「ばぁば..お肉美味しいよ!」


「そうか、ばぁばの分までやる」


「ありがとう、ばぁば」


「うむ、良い子じゃ」



「セイル様は優しいな..許してくれたうえでバグベアーまでくれて」


「そうよね、あんな優しい方にひどい事をするなんて考えらえないわ」



弟が義弟が殺されたのにこれかよ..


ごめんよ..トーマ..仇は無理じゃ..私は孫や他の家族まで失いたくないんじゃ。



この日一人の女が「女神の聖書」を破り捨て、女神像を叩きつけた。



女神様、あんな奴を勇者に選んだあんたを恨みます。


もう二度と貴方を女神と称える事はないじゃろう。





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