第11話 二つの復讐の終わり

「神官さん!」


えーと何で神官さんがこんな所に居るんだろう?


「セイル様、お待ちしていました、さぁ行きましょう!」


ユリアと顔を見合わせる..何が何だか解らない。




そのまま、村長の家に連れられて行かれた。


「セイル様、今日から此処が貴方の家です、ゆっくりと寛ぎください」


何を言っているのか解らない。


「ちょっと待って下さい..何で此処が僕の家なんですか?」


「セイル様、貴方は勇者なのです、一番良い家に住むのは当たり前です」


「村長はどうしているのですか?」


「私の家に居ます」


この家は村長の自慢の家だった筈だ、池や庭石まで全て拘っていた。


他には一切贅沢しない村長の唯一の趣味だ。


「僕は元の家が一番寛げますから此処は要りません」



「そうですか..勇者であるセイル様がそう言うなら仕方ありませんが、それでは困った事になるのです」


「何故でしょうか?」


「教皇様や王様より、もてなすように言われております」



言わなくちゃいけないな...



「神官ヨゼフ..僕はもう怒っていない、この屋敷は村長に返してくれ、どうせ法に則って僕の物になったんだろう?」



「そうです..その他の財産も全て貴方の物です」


「なら、お金の半額だけは迷惑料で貰う、他は全部返してあげてくれないか?」


「宜しいのでしょうか?」


「充分だ..それにミランダもアサも、他にも何か罰が行くような相手が居るのならそれも辞めて欲しい」



「本当に宜しいのでしょうか? 私は判断を見誤り、村長をはじめ他の村人は貴方に酷い事をしていました..お許しになるのですか?」



「それで良いよ、何だったら一筆入れても構わない、もし手遅れになっていたなら村人全員殺していたかも知れない..本当のギリギリだけど間に合ったんだ、だからこれで終わりで良いよ」



「本当に..すまないとしかセイル様には言えない..本当に有難う」


「それで、後で構わないから、ジョブの認定証を用意して欲しいんだ」



「どうしてでしょうか?」



「何処かの街にでも行って冒険者にでもなろうと思ってさ、だから僕とユリアと二人分お願いします」



すっかり、優しい昔の彼に戻っていますね


最後の最後で彼女を守れたからでしょう..良かった。


それしか言えませんね。


だが、冒険者ですか..嫌な事があったから仕方無いですね..


村を出てしまう..彼は知らないのでしょうね..まぁ詳しい事は黙っておきましょう。




「それで何時、旅立とうというのですか?」


「出来るだけ早く旅立ちたい..そう思っているんだけど、何時からなら大丈夫かな?」


「セイル様、貴方は勇者なのですから自由に振舞って良いのですよ、そうですね今日の夕方までには作って置きますから取りに来て下さい」


「はい、あの教会や貴族の方に会わなくても大丈夫なのでしょうか?」


「そうですね..貴方は勇者、王や教皇よりも尊い、誰の事も考えず自分が思うように生きれば良いのです」


「有難うございます」



さてと私はこれから、皆を集めて説明しましょう..喜ぶ事でしょうね..今はですが!



今迄黙っていたユリアが話し掛けてきた。


「勇者って凄いんだね..だけど良かったの?」


「うん、大きな家に住んだら、ユリアと違う部屋で暮らさなくちゃならないでしょう?」


「ただ部屋が別になるだけじゃないのかな?」


「だけど、顔を見る時間が減るから1部屋か2部屋..それ以上の大きさは必要ないと思う」


「そうだね、確かに大きな家だと何時も顔を見れない物ね..うん私も大きな家は必要ないよ」



(顔がにやけちゃう..今迄だって凄く優しかったけど、今のセイルは信じられない位に優しいし愛してくれているのが解る..しかもあの天使の様な笑顔で言うんだから)



「どうしたのユリア? 顔が赤いよ」


(セイルのせいに決まっているじゃない)


「ううん、何でもない、何でもないんだよ..だけどこれからどうしようか?」


「そうだね、用事が済んじゃったから..そうだ散歩しない?」


「うん、散歩かぁ...久しぶりだね!何処でも付き合うよ!」



僕はユリアを連れ出して村の外まできた。


「村の外に出るんだ、セイルが居るから大丈夫だけど..それで何処に行くのかな?」



「僕の親友と言うのかな? 恩人と言えば良いのかな? その人達に会いに行くんだ」


「その人達はこんな辺鄙な所に住んでいるの?」


「うん、まぁね」



「着いたよ...」


「嘘..此処なの? まさかお墓..死んだのその人」



「正確にはその人..ああ違うよドラゴンビィという虫なんだ」


「えっ..虫」


「そう、蜂、だけど僕にとってはユリアの次に大切な人達だったんだ」


ユリアを此処に連れてきたかった。


此処は僕に未来をくれた大切な人達のお墓。


僕にとっての勇者、聖女のお墓。



「ケインビィ、ビィナスホワイト君達のお陰で僕は大切な人を守れたよ...有難う!」


僕は目を瞑り手を合わせた。


横でユリアも僕の真似をして手を合わせてくれていた。



何も聞かずに居てくれる。


困った時は何時もそうだった..母さんが死んだ時も父さんが死んだ時もいつも何も言わずに傍にいてくれた。


だから、此処に連れてきたかったんだ..ユリアを守れる力をくれた恩人たちのお墓に。


「さぁ行こうか?」


「もう良いの?」


「うん」




帰ろうとした所に奴の気配を感じた。


虫の勇者は凄い、意識すれば遠くの方に居る者まで感知できる。


この場所は魔獣が出る、だからユリアに何かあるといけないので意識しながら歩いていた。



(今は生かして置いてやる..だがお前は殺す)


あと一つ此処を出る前にやる事があった事を思い出した。



「どうかしたの?」


「何でもないよ? 勇者になったからかな動物の気配が何となく解ってね」


「そうなんだ..勇者のジョブって凄いんだね」


「まだ使いこなせて無いけどね」


「それは仕方ないよ、お針子や農夫と違って勇者の経験なんて普通は無いもんね」


「そうだよね」



村の入り口までユリアを送っていった。



「ユリア、さっき獣の気配を感じていたんだ、折角だから狩ってくるよ..今日のご飯はお肉にしようか?」


「獣が居たの? 狐かな? 狸かな?」


「そんな所だよ」


「そうか、それじゃ楽しみにしているね..お肉なんて久しぶりだから楽しみだよ」


「それじゃ行ってきます」



僕は走り出した。


居場所なら解っている。


さっきロックオンした..ドラゴンビィの敵だ。



(見つけたぞバグベアー、しかも毛並みから解るあの時と同じ奴だ)



「聖剣錬成」


「グワァァァァァァ」


バグベーアが唸りを上げこちらに向ってきた。


普通の人間なら死を覚悟する瞬間だ...バグベーア―は狂暴で冒険者でもベテランじゃなくちゃ相手にならない。


銀級でも油断すれば殺されてしまう。


だが、恐ろしくない..戦うと決めた瞬間に恐怖の気持ちが吹っ飛んだ。


手を振り上げた。


本当なら、これが振り下ろされれば人生が終わる。


だが、今の僕には止まって見える。


「遅いな、のろま..そんなんじゃ僕の相手は出来ないぞ」


簡単に躱し剣を突き刺した。


もう終わりだ..トーマ位なら使わなかったが..ドラゴンビィは毒を持っている。


神経毒で凄く痛い..この聖剣は多分、ケインビィがくれた物だ、どう見てもそっくりだ。


実際のドラゴンビィは剣、何か持っていない...そう考えたらこれは針なんだろう。


刺した瞬間に毒を流し込んだ..



断末魔の声を上げバグベアーは死んだ。



死んだバグベアーの首を跳ねて、お墓に備えた。


「仇はとったよ、安らかに眠って下さい..最も勇者と聖女だから虫神様の加護があるんだから祈る必要もないかな..」


(今度こそ、本当に行くよ..有難う)



僕は首の無いバグベアーを担ぎ上げ村に帰った。



ドラゴンビィの神経毒は理由は解らないが食べる分には問題無い。


ドラゴンビィをお酒に漬け込んで飲む人がいる位だから大丈夫だろう。



「勇者様..それバグベアーじゃないか」


「そうだよ」


「勇者って凄いんだな..」



こんなには食べきれないな。


「僕とユリアが食べる分以外は皆に分けるから、後で教会に行って下さい..他の人にも伝えて下さい」



「くれるのか?..流石セイル様、ありがとう!」



現金な者だ..無能の時には..いやそれは思うのは辞めよう..もう済んだ事だ。



そのまま教会に行き神官を呼び出した。


「神官様、皆にお裾分けを持ってきたから平等に別けて下さい」


もうわだかまりは無い..昔のように神官様とあえて呼んだ。


「勇者様、これはバグベアー..まさか討伐したのですか?」


「まぁね..よいしょと、倒したのは僕だから一番美味しい右手は貰っていくね」


これは当然の権利だから貰う、猟師が猪を分ける時でも獲物を狩った者が一番良い部分を持って行くんだから良いだろう。


「これを村人に分けるのですか?」


「そうだよ! 僕とユリアじゃ食べきれないから」



中には何故か沢山の村人が居た。


「丁度良いや...これ皆で別けて」



「待って下さい、勇者様...有難う...有難うございます」


「村長、もう水に流しましょう、確かに酷い事もされましたが、この村は孤児になった僕にも優しかった、だからもう良いですよ!」



「妻を許してくれてありがとう!」


「本当にごめんなさい」



「もう良いよ...謝らなくて、昔腹を空かした僕に茹でたタニシくれたでしょう、ミランダにはそれこそ数えきれない位沢山の物を貰ったからもう良いんだ」


「有難う..本当にありがとう」


「これで生きていけます..ごめんなさい..許してくれてありがとうございます」



「そうだ、村長お金を貰うだけじゃ申し訳ないから、僕が居なくなった後あの家は差し上げます..それじゃ」



村長の返事を待たずに僕はユリアの両親の前に来た。



「その、セイル、いやセイル様..」


「謝りますから許して下さい」



「良いですよ、その代わりユリアを連れて行きますから、それで許してあげますよ!」



顔色が青いな..そりゃそうだこれでユリアの家は終わってしまう..働けなくなったら終わりだ。



「それはもう..娘は差し上げます」


「ユリアはセイル様の物です」



震えているし怖がっている、だけどこれはどうする事も出来ない、そうだ。



「おい、アサ!」


「ゆっ勇者様、僕は許して貰えないの?」


泣きそうな顔だなこれは...


「ああ、アサはそのままじゃ許さないな罰を与える」


「そんな、他は全部..僕だけなんで..助けてよセイルお兄ちゃん」



此奴はいつもこれだ、困った時だけ「お兄ちゃん」って呼ぶんだ。



「それじゃ罰を与える」


「嫌だ、嫌だ手を斬らないで!」



周りの人間は僕を怖がっているから何も言わない。


同情の視線を向けているだけだ。



「お前はユリアの家の子になれ..それが罰だ」


「えっ..それが罰なの?」



「あのセイル様それはどういう事ですか?」


「おじさん、おばさんどうです此奴は? 僕と同じ孤児ですよ、遊んでばかりの悪ガキですが体は丈夫、畑を耕すのに丁度良いでしょう?」


「そうか..確かに丁度良い」


「ユリアは女の子だったから、男の子を育ててみるのも良いかもね」


「あの、セイルお兄ちゃんどういう事?」


「ユリアの家の子になれ..それが罰だ」



ユリアの家は大きな畑を持っているし裕福だが後継ぎが居ない、アサは孤児だから親が居ない、これで良いだろう?


後の事は知らない。



アサが何か言っているようだが無視だ。



そして、これから話す相手が一番僕に怯えているだろう。


「さてと」


「許して下さい..息子夫婦だけは許して下さい..この私ぁの命でお許し下さい」


「助けて、私は殺されても構いません、だから妻と子と母を助けて下さい」


「私が奴隷になります..だから、許して下さい」


「ばぁばと父ちゃんと母ちゃんを殺さないで」



「黙って話を聞いて、貴方達の家族が僕から奪ったのは今の貴方達が守ろうとしている者と同じだと思わないか?」



「それは..」



「良いから黙って聞いて、貴方達の家族に酷い事したら貴方達は許してくれるのか? そうだなその奥さんを奴隷として差し出させて僕が性処理奴隷として村の広場で毎日犯していたら許すのか? 答えてくれるかな?」


「許せません」



「だったら僕が許すとでも!」




「自分が許せない者を人に許せとは言えません」


「それなら、私が私が貴方の奴隷になれば同じです..それで許して下さい」


「教育を間違った私のせいです、儂の命で許して下さい」




「勘違いしないで下さい! 貴方達は僕には何もしてませんよ! 僕に対して大切な者を奪おうとしたゴミはトーマです」


「「「「....」」」」




「それを知っていて見逃した..それは許せないが、それだけだ、だから貴方達への罰はトーマを一切弔らわない事」


「それは一体どういう事ですか?」


「言った通りです、トーマのお墓に手を合わす事も、偲ぶ事も許さない..彼奴はゴミだった..そうですね元から居なかった、そう思って暮らす事それだけです」




「解りました、私には弟は居なかったんだ..それで良いですか?」


「私はトーマが嫌いでした、だから構いません」


「おじさんは居なかった..これで良いの?」




「それで良いですが..だけど一人だけまだ認めていませんね!」




「それはあんまりです、幾ら息子が悪人でもこの私が腹を痛めて産んだ子です」



「だったら今居る家族に責任を取って貰うしか無い、孫にするか息子にするかな、いやその奥さんにするか? 全員でも良いか?」


「母さん!弟は本当に酷い事をしていたんだ、俺も見ていた」


「私も知っています、お義母さん、庇わないで下さい、貴方の孫トモキの為にも」



「トーマは居なかった..産んでいない..これで助けてくれるのですか..」



「それで良い、この世にトーマなんて居なかった、だから恨みようが無い」


トーマの母親は泣いていた。


「居ない息子の為に泣く親はいない、早く泣きやめ」


「母さん、泣くのを辞めてくれ」


「お義母さん早く、泣き止んで」



「僕は確かに酷い事をしているのかも知れない..だが、あんたがちゃんと教育していればトーマは歪まなかったし僕を不幸にしなかった。子供の頃に悪さをしても叱らなかったあんたが悪いんだ、兄なら殴ってでも辞めさせる事も出来た筈だ違うか? 何をしていたか知らないとは言わせない、だから本当の意味で彼奴を殺したのは貴方達だ..自分がされそうになって初めて解ったんじゃないのか? 彼奴がどれだけ酷い奴か」



「俺は勇者様がされた事をされたら..多分復讐します」


「私は女だけど、もし夫を奪い去り苛め抜くような事をしたら許せません」



「あんたはどうだ? 僕が貴方の孫をいたぶり、息子の嫁をいたぶっても許してくれるのか?」


「許せない..です」



「他人だから、見捨てたんだろう? 貴方が自分の命を張って家族を守る気があったなら、命を懸けて息子の凶行を止めれば良かった、それだけだ」



「それを言われたら..もう返せません」



「だったら、息子は居なかった..それで良いでしょう? 言っておきますが自殺とかしたら貴方の家族に責任はとって貰います」


「トーマなんて息子は居ない..」



「神官様..トーマはこの世に居なかった、だからトーマの為に祈るのは許しません」


「解りました」




「これで今回の件は全て終わりで良いです..明日から、いや今からは笑って過ごしましょう」


「本当にこれで良いのですか?」


「はい、孤児の僕を助けてくれた恩がありますからこれで終わりで良いです」


「神官として私からもお礼を言わせて貰います..有難うございます」



「そう言えば、ジョブ証明は出来ていますか?」


「はいこれです」


「有難うございます」


僕はジョブ証明を受取りユリアの元へ帰った。



この村で肉は手に入りにくい。


ましてバグベアーは高級品だ..そんな物をくれる人間が恨んでいる訳は無い。


村人は安心した。




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