第9話 取り戻した時間。
今、あの日と同じ様にユリアが僕の横に居る。
あの日は悲しくて仕方なかった。
ユリアを見つめながら、諦める為に..心が葛藤して.胸が張り裂けそうだった。
好きで好きで仕方ない..だけど、諦めなければならない。
切なくて、悲しくて、だけど泣かない様に声を殺していた。
近くに居ても手が届かない..そんな思いだった。
あの日の僕は無能になり、別れなくてはならない..そんな思いでユリアを見ていた。
だが、今日は違う。
「どうしたのセイル、そんなに見つめて」
「昔を思い出したんだ」
「あの日は本当に悲しかった..もう二度とセイルと一緒に居られない..それしか頭に無かった」
「僕も同じだよ.本当に悲しくて、胸が張り裂けそうで..気を抜くと涙が出てきて..ユリアに涙を見せたくなかったから我慢して頭がぐるぐるだった」
「私もそうだよ..セイルはもっと辛いんだ、そう思って必死に我慢したんだよ」
「お互いが同じだったんだ」
「そうだね」
「私..本当はあの日セイルが連れだしてくれるのを期待していたんだ」
「うん、解っていたよ、付き合いが長いから」
「だったら、どうしてそうしてくれなかったの? と聞くのは意地悪かな?」
「ユリアの事を考えていたんだ..このまま連れ出したい、一緒に駆け落ちしたい...だけど、そうしたらユリアはどうなるか? 本当に考えたんだ..」
「そうなんだ? それで?」
「どうやっても幸せな未来が見えなかった..ユリアには幸せになって貰いたくて..だから」
「だから?」
「だから、諦めたんだ..」
「そうなんだ..だけど、私は気付いちゃった..」
「何に?」
「自分が冷たい女なんだって」
「どうして」
「私が凄い馬鹿だったんだよ..私はセイルが物凄く好き、世界で一番、ううん宇宙で一番かも知れない」
「それは僕も同じだよ」
「それでね、ようやく解ったの! あの時の正しい答えは、全て捨ててセイルと一緒に逃げれば良かったんだって」
「だけど、出来ないよね..お父さん、お母さんを捨てるなんて」
「あの時はそうだったよ...だけど、私にとっての一番はセイルだったんだ..それ以上大切な物はない、だったら親なんて捨てれば良かったんだよ..それにさっき気が付いたんだよ」
「そうなんだ」
「そう..セイルの居ない人生なんて考えられない、そう思ったの、そうしたら、さっき気が付いたらナイフ持っちゃってた..多分セイルが負けていたら死んでいたと思うの」
やっぱり、気が付いて良かった、ナイフを持っていたのは僕の思っていた理由と同じだ。
「気が付いていたよ..あのナイフが僕は一番怖かったんだ...だから急いだんだ」
「そうかセイルは気が付いてくれていたんだね...私は馬鹿だったんだよ、ああなるまで気が付かなかったの、無駄に生きる位ならセイルの横で死んだ方が遙かに幸せだという事にね..」
「僕はユリアには死んで貰いたくない」
「セイルはそう言うよね..解っているよ..だけど、セイルと居ない時間が凄く辛かったの..本当に死にたい位..多分あのままの生活が続くならセイルと一緒に死んだ方が幸せなんだって、それが解ったのよ」
「ユリア」
「さっき冷たい女だって言ったでしょう? 私はトーマが死んでも何とも思わなかった..寧ろ死んでくれて良かったとさえ思っているわ」
「ユリア..」
「今なら私、セイルの為なら親なんて簡単に捨てるわ..ううん邪魔になるなら殺せるわ」
「だけど、おじさんとおばさんは..」
「もうどうでも良いのよ! だって私が暴力を振るわれても、無理やり犯されそうになっても、畑や生活可愛さに見て見ぬ振りをする人なんて..本当にどうでも良いわ..」
「ユリア..」
「私ってこんな女なの! セイルが思っているような優しい女じゃないわ..だけどそれでもセイルが好き! セイルと一緒に居られるなら、セイルが幸せならそれで良い..その為ならもう何も要らない..軽蔑したかな」
「そんな事言い出したらキリが無いよ..僕なんてトーマの腕を切り落とした..いまの僕なら殴るだけで制圧出来たのに」
「うん、だけど私はそれを見て喜んでいたの..これでセイルは死なないって、嫌いな人とはいえ腕が切り落とされていたのに!」
「それを言うなら僕はトーマの首を跳ねた..殺す必要は無かったのに...」
「知っているわ..私を酷い目にあわす、それを聞いてやってくれたんだよね..人が死んでいるのに、私凄く愛して貰っているんだって嬉しかった」
「だったら同じだね..僕はユリア以外はどうなっても良い..そう思っているよ! ユリアに酷い事する奴なんて死んで良いって思う位にね」
「奇遇だね、私も同じ、セイル以外はどうなっても良い、そう思っているよ」
「僕たち」
「私達」
「「本当に冷たい人間だね」」
二人で思いっきり泣いて、思いっきり笑った。
いつしか顔が近くなり、どちらからともなくキスをした。
「ごめんね、私痣だらけだ..」
「僕だってよく考えたら汚いままだ」
「気にならないわ、セイルだもん」
「ユリアは可愛いままだよ」
「えへへっセイルにとって私は可愛いんだ..」
「前から言っていたと思うけど?」
「セイルに可愛いって言われるのは久しぶりなんだもん」
「そう? 言って欲しいなら何時だって何回だって言うよ」
「そう、だけどセイルは..本当に綺麗だよ」
(私と違って本当に、本当に綺麗なんだから..選んで貰えるように本当に私頑張っていたんだから)
「別にどっちでも良いんだ..ユリアが好きで居てくれるなら..それだけで充分」
「それずるいよ..私も一緒だよ」
あの日、普通にジョブが貰えたら..
2人が過ごすべき時間を2人は過ごした。
苦労したからこそ..回り道したからこそ..その時間の大切さが誰よりも解った。
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