第45話 キヌガケ丼

 あれから後、マルテンとアマザエはしばらくジャポニカン王国に滞在していた。キャンディー帝国軍は少しずつ本国へ帰還していた。

 年が明けて、新年になり、マルテンは、キャンディー帝国へ渡るために、虹の都の能楽町の港へ来ていた。

「お別れですな。マルテン殿」大臣。

「兄上、どうかお元気で」カクボウ。

「また手紙でも書こう。ウマシカの霊廟れいびょうへは、訪れたいと思っている。その時は知らせる。カクボウ、国民の声をよく聞いて国を治めるのだ、よいな」マルテン。

「はい」カクボウ。

「マルテン、元気でね」アマザエ。

「ああ、君もな。アマザエ、良い人生を送れよ」マルテン。

「マルテンも」アマザエ。

「では、さよならだ。皆、ありがとう」マルテン。

 そう言うと、マルテンは振り返らずに船に乗り込んでいった。みんなは船が出港するのを見届けている。マルテンを乗せたキャンディー帝国の船は徐々に遠くへ、遠くへ。

「では、行こうか」大臣。

 サンドロは護衛の兵士たちとその場から離れ去る。しかし、カクボウは男泣きして、その場に立ちつくしている。アマザエは肩を震わしながら、船をじっと見送っている。

 そこへ、マモルを乗せたゴンが飛んでくる。

「大臣様。至急の用件です」マモル。

「何じゃ?」大臣。

「教会が大変なことに」マモル。

「教会?」大臣。

「はい、ハルマキドンの教会が」マモル。


 所変わって、ボッチデス湖のすぐ近く、悪魔との戦闘が行われた場所から北へ数キロの辺りにあるキヌガケの街、ここに虎プーと数百名の護衛兵士が滞在している。

 街の高台にある見晴らしのいい場所にある宿に、虎プーたちは朝食を取りに来ている。

「ハッピーニューイヤー! ガハハハハッ!」虎プー。

「ハッピーニューイヤー!」兵士たち。

「新年おめでとう!」店主。

「ガハハハハッ! 今日もうまい飯食わしてくれ!」虎プー。

「お任せを。今日は丼ですよ」店主。

 新年一発目の朝飯。なのに、兵士たちがざわざわしている、湖の小島の方を見て。

「おい、なくなってるぞ」兵士。

「そんなバカな」兵士。

「どうした?」虎プー。

「虎プーさん、教会がなくなってます」兵士。

「ん、何だと!? うおー! マジか! なくなっとるな!」虎プー。

 何と、ハルマキドンの教会がなくなっているのだ。なくなっているというと語弊がある。もっと正確に言うと、崩れてしまっているのだ。どんな攻撃にも耐性を持つ特殊な石でつくられた建物であったのだが。

「あれからずっと火が消えずに燃え続けていたが……なぜ」虎プー。

「特別な石で建設されたとか」兵士。

「にしては、おかしくないか。突然崩れたのか」兵士。

「石造りなのに、火で崩壊はしないだろうに」兵士。

 みんな不思議そうに窓から遠くの崩れた教会を見ている。

栗金団くりきんとん亡骸なきがらを探し出せるじゃろうか?」虎プー。

「みんなで頑張りましょう」兵士。

 そこへ、店主が朝飯を運んで来る。

「はい、お待ちどうさま」店主。

「小島の教会がなくなったんだが、まさか崩れるとは」虎プー。

「突然崩れてなくなるなんて、タヌキに化かされたみたいですね」店主。

「タヌキ? 人を化かすのはキツネじゃろ?」虎プー。

「いいえ、この辺りでは、人を騙すのはタヌキなんですよ」店主。

「ほう、キツネじゃないのか?」虎プー。

「はい。だから、油揚げはキツネじゃなくて、タヌキって呼ぶんですよ」店主。

「ほう、じゃあ、タヌキ丼なんじゃな」虎プー。

「いえいえ、油揚げの呼び方がタヌキってだけで、丼自体は、キヌガケ丼っていうんです」店主。

「なんか、よくわからんな」虎プー。

 みんな、キヌガケ丼を食べ始める。

「うまい、うまい。春巻きをのせたら、ハルマキ丼になるな」虎プー。

「ははは、うまいですね。それ、新たにメニューに加えますよ」店主。

「ガハハハハハッ」虎プー。


 虎プーたちが朝飯を食べ終わるまでに、ゴンはボッチデス湖の小島に到着した。そこではすでに、メイジが調査をしていた。

「これは……一体」大臣。

「特殊な石で建造された教会だったが、この通り、崩れ去った。おそらく、年が明けたから期限切れで崩壊したんだろうのう」メイジ。

「期限切れ?」大臣。

「この教会はおそらく、4649年より前に建てられた。古代人は、はるか未来に悪魔が来ることを見越して、どんな攻撃や魔法にも耐性を持つ教会を建てたのだろうのう。しかし、永久にその効果が続くわけではあるまい。4649年経ったから、役目を終えて崩れたのだ」メイジ。

「うむ」大臣。

「いつからかキヌガケドンと呼ばれるようになったこの地に再び建てるぞ」メイジ。

「新しい教会をか!?」大臣。

「ふぉふぉふぉ。崩れた石を全て撤去して、地下に新たに魔法陣を描かねばのう。それに、石だ。多くの石が必要だ。それぞれに神官たちが聖なる祈りを捧げなければなるまい。これは時間がかかるぞ」メイジ。

「うむ、人員は手配しよう」大臣。

「神官はゴータマ神殿から呼び寄せる。ゴンもおるし、ハリーが仲間にした悪魔の手も借りねばのう。それに、お前もだ、アマザエ」メイジ。

「……え?」アマザエ。

「お前の樹木魔法が大きな助力となる。手伝ってくれるな?」メイジ。

「はい!」アマザエ。

「とりあえずは、各国も落ち着いたことじゃし、祝賀会じゃ」大臣。

「わしは聖職者だから、行けぬ」メイジ。

「寂しいの」大臣。

「アマザエよ、楽しんでこい」メイジ。

「え、いや、私は、そんな場所に行けるような人間ではありません……大神官のお手伝いをするほうが性に合ってます。それが償いにもなるのだと……」アマザエ。

「うむ、立派な心がけじゃ。あの汚れの連中にも聞かせてやりたいわい」大臣。

「ふぉふぉふぉ」メイジ。


 汚れの連中って、なんか言い方、ひどくね? そんなかんなで、次話は大団円!

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