第44話 炊いた肉

 それから数日後、アルチュールとシュバルツは虹の都王国の王都 “能楽町” にたどり着いた。コロスウイルスのせいで咳き込みながら、満足に食事も取らずに、寝る時を除いて馬で走り続け、ようやく到着した。汗と泥にまみれた全身、目が血走り、唇が青白く、息も絶え絶えな感じだ。

「開門! 開門! ごほっ」シュバルツが叫んだ。

「開かぬぞ」アルチュール。

「シュバルツだ! ごほっ。門を開けろ!」シュバルツ。

 しばらくして、解任された科学委員たちが城壁の上に現れた。

「これはシュバルツ殿。何の御用ですかな?」委員。

「門を開けろ!」シュバルツ。

「はて? 最早国王ではない方の命令を受ける義務などありませぬが」委員。

「何だと! ごほごほっ」シュバルツ。

「ジャポニカン王国のノダオブナガ国王から手紙が届いておりましてな。前国王のシュバルツ殿の悪行については、すでに能楽町だけでなく王国中に広まっておりまする」委員。

「バカな!」シュバルツ。

「有力貴族に集まってもらい、前国王のシュバルツ殿の追放が決まりました」委員。

「おのれ!」シュバルツ。

「だったら、ごほっ、普通の旅人として、受け入れてくれ!」アルチュール。

「お二人とも、コロスウイルスに感染しているそうですね。だから隔離しなければなりませんな」委員。

「くそっ!」シュバルツ。

「何ということだ」アルチュール。

 がっくりする二人。

「おい、海から港へ回り込んで、ごほっ、船に乗ろう」アルチュール。

「わかった」シュバルツ。

 二人は海の方へ向かう。

 下馬して、海に入り、泳いで港に入る二人。そして停泊中の “炊いた肉号” に乗り込む。

「はははは、船を奪えたぞ、ごほっごほっ」シュバルツ。

「とりあえず、ここから逃げよう、ごほっ」アルチュール。

 “炊いた肉号” は出港する。

 それを能楽町で観察していたのが数名。


 “炊いた肉号” はミャー大陸から離れ、海の上。陸もずいぶんと見えなくなってきた。風まかせで進む船。アルチュールは船内でコロスウイルスの特効薬を探している。

「どこだ、ごほっ。ブルースの奴、どこに置いたんだ」アルチュール。

「あった、ごほっ。これじゃないのか」シュバルツ。

「おお、それだ」アルチュール。

 シュバルツが特効薬を見つけた。だが、何者かがそれを横から奪う。

「え?」シュバルツ。

 壁と同じ色の風呂敷で船室に隠れていた忍者の胡椒濃過コショーコスギだ。

「残念だな。この薬はもらうぞ」胡椒濃過。

 胡椒濃過は船室から出て、船から海へジャンプする。そして、見事に水面に着地。

「忍法 “水蜘蛛の術” 」胡椒濃過。

 円状の履物を身につけた胡椒濃過は、すいすいと水面を移動して船から離れていく。

「そんな、バカな。ごほっ」アルチュール。

「とりあえず、ごほっ、何か飲むものは……脱水症状で死んでしまう……」シュバルツ。

「ああ、そこの樽だ、ワインだ、ごほっ」アルチュール。

 シュバルツが樽に近づく。

 バキューン!

 銃弾が窓を貫いて、樽に命中した。

 バキューン!

 そしてもう一発の弾丸が跳弾して、床に広がったワインに火を付けた。またたく間に火が船室内に広がる。

「何だ! ごほごほっ」アルチュール。

「くそっ!」シュバルツ。

 二人は船室から出る。そこへ、矢が飛んでくる。

「うわっ!」シュバルツ。

「あー、おしいな。あと30センチくらいだったのに」かおりん。

 水面の上に浮かんでるかおりんが矢を放ったのだ。

「それ、もう一回!」矢を放つかおりん。

「ひいっ!」シュバルツ。

 シュバルツの脇腹を矢がかすめた。

「妖精か! ごほっ」シュバルツ。

「以前よりも格段に上達してますよ、師匠」ハリー。

「ん? 何だ」シュバルツ。

「空中に浮かぶあの変な乗り物は……戦場で見たぞ……ごほごほっ」アルチュール。

 セサミンがハリーと大臣を乗せて、かおりんの後ろに浮かんでいる。

「くそったれ! 空を飛びやがって!」アルチュール。

 アルチュールは剣を抜いて怒りをあらわにするが、どうにもできない。火はどんどんと広がっていく。

「海に入って、あいつらを攻撃してくれ、ごほっ」シュバルツ。

「そんなことできるか!」アルチュール。

 青白い顔で慌てふためく二人。コロスウイルスに感染して、しかも空腹で、悲惨な状況だ。

「かおりんよ、その矢の先に火を灯してやろう」大臣。

 サンドロは矢じりに火炎魔法で火を付けた。

「じゃあ、二本同時に、それっ!」矢を放つかおりん。

 矢は帆に突き刺さり、火がすぐに拡散していく。

「うわぁ! ごほっ」シュバルツ。

「ん、何だ!? ごほっ、水の上に人がいるぞ」シュバルツ。

 そう、海の上にマモルとマゲ髪がいるのだ。まるで水面に座っているような感じで。

「火炎魔法!」マゲ髪。

 マゲ髪の手から炎の柱が放たれて “炊いた肉号” へ向かっていく。炎は甲板の上の樽やロープに燃え移る。

「うおっ、ごほっ。火が!」アルチュール。

「助けてくれ!」シュバルツ。

「水だ! ごほっ」アルチュール。

「水! 水!」シュバルツ。

 パニックに陥った二人。

「水だそうですよ、大臣様」マモル。

「水が欲しいのか。ほれ、マモル、かまわんぞ」大臣。

「了解しました。大臣様の許可が出た。ゴン、やってくれ」マモル。

 ゴンは海面からゆっくりと顔を出す。マモルとマゲ髪は海の中にいるゴンの背に乗っていたのだ。

「あいよ」ゴン。

「うわーーーー! ドラゴンだーー!」シュバルツ。

「お、お、お、ごほごほっ」アルチュール。

 目を大きく見開いて、恐怖におののく二人。全身がガクガク、ブルブルと震えている。ゴンは二人を見下ろす高さまで羽ばたいた。ゴンの影で “炊いた肉号” が隠れてしまう。ゴンはスッと息を吸い込んでから、思いっきり、水を吐き出す。

 ブォォォォーーーーーーー!

「ぎゃーーーーー!」アルチュール。

「うあーーーーー!」シュバルツ。

 ゴンの吐いた水は、“炊いた肉号” を転覆させた。ほんの数秒の出来事だった。“炊いた肉号” は海の底へと沈んでいく。

「あーあ、沈んじゃいましたね」かおりん。

「悪党の最期はこんなもんですよ、師匠」ハリー。

「虹の都をメチャクチャに混乱させやがって」マゲ髪。

「これで全て解決した。さあ、戻ろうか」大臣。


 超豪華でも何でもない海賊船、“炊いた肉” は沈み、パイレーツ・オブ・トレビアンのお頭アルチュールと虹の都王国の前国王シュバルツは海の藻屑と消えた。

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