第43話 判決のとき

 ノダオブナガたちは湖の小島から平野へ戻った。ボッチデス湖と山脈との間にある細く長い平野へと。そこでは、コロスウイルスに感染しているアルチュールとシュバルツがふて腐れた態度で兵士たちに取り囲まれていた。もちろん、一定の距離を取って。イマソガリ国王とロクモンジ国王がテーブルに着き、簡易法廷のような場ができあがっているそこへ、ノダオブナガたちが到着する。

「皆に告ぐ! 栗金団くりきんとん大総統は、ハエの悪魔に取り憑かれ、今回の無謀な侵略に加担した! 我々はハエの悪魔を追い払った! 魔界の三大悪魔は魔界へと戻り、今後数千年の間、人間界へ現れることはない! 我々の勝利だ!」国王。

「おおおおーーーーーっ!!!」兵士たち。

 全ての兵士が歓喜した。まるで地割れが起こるかのような大歓声が上がった。

 しばらく、兵士たちは喜びの余韻に浸り、それから、アルチュールとシュバルツの存在を思い出す。二人とも、ガックリとしんどそうにうなだれて、地面に座っている。

「ノダオブナガ国王。ごほっ、早くこの包囲を解いていただきたい」シュバルツ。

「これはシュバルツ殿」距離を取って話す国王。

「私は、この海賊に利用されただけだ。無実だ、ごほっ」シュバルツ。

「ちょっと待て、この男の言うことはデタラメだ!」アルチュール。

「何を言うか! 海賊ごときが!」シュバルツ。

「侮辱するな! 私は王族だぞ!」アルチュール。

 二人とも、責任逃れのために責任の押し付け合いとなすりつけ合いをしている。土の里のイマソガリ国王が木槌でテーブルをコンコンと叩く。オークションみたいに。

「冷静に!」

 静まるアルチュールとシュバルツ。

「わしらは、栗金団とロペスエールから事情を聞いた」国王。

「全てはアルチュール殿の企みから始まったこと」大臣。

「違う! 栗金団の野郎だ! ごほっ、あいつが兵士を送り込んできただろが!」アルチュール。

「栗金団は悪魔に取り憑かれておった。アルチュール、貴殿の仕業だな。オイロッペ大陸で呪術師に呪いをかけられたと言っていた」国王。

「知るか!」アルチュール。

「おい、アルチュール、ごほっ、お前は栗金団を利用したのか!」シュバルツ。

「知らん! お前こそ、私を利用したんだろ! ごほっ、ごほっ」アルチュール。

 見苦しい二人の言い合いが続く。

「シュバルツは、ごほっ、この大陸を征服するために、キャンディー帝国軍の軍事力を欲しがったんだ」アルチュール。

「何だと! ごほっ、栗金団を紹介したのはお前だろ!」シュバルツ。

 お互いにお前が悪いとののしり合っている。そこへ、毛糸ブランケットが、顔を出す。

「あなたたちの会話は私も聞いていました」毛糸。

「おっ、あ、ごほっ、私は、栗金団に指示されてただけだ!」アルチュール。

「私もだ!」シュバルツ。

「言い訳は、見苦しいですな」大臣。

 そこへ、パンゾノが顔を出す。

「俺も、あなたたちの側でいろいろと聞いてきました」パンゾノ。

「ポンジョルノ! クソ、裏切り者が」アルチュール。

「……」シュバルツ。

 そこへ、マルテンが顔を出す。

「私はずっとお前たちと行動してきた。だから知っている。栗金団からも話は聞いた。いまさら言い逃れはできないぞ」マルテン。

「……」アルチュール。

「……」シュバルツ。

 二人は黙ってうなだれている。しかし、アルチュールが怒りの形相で話し出す。

「おい、マルテン! お前のやったことは許されるのか!? お前は虹の都王国を滅ぼそうとしたんだぞ!」アルチュール。

 この言葉に、虹の軍の兵士たちが反応する。

「何だって?」虹の軍兵士。

 すぺるんたちは予期せぬ言葉にどぎまぎしている。

「そいつは、ごほっ、水の森王国の国王マルテンはな、ごほっ、虹の都王国を滅ぼすために、悪魔を呼び出すことに協力したんだ!」アルチュール。

「おい、ごほっ、アルチュール! 虹の都を滅ぼすだと? 私はそんなこと知らないぞ!」シュバルツ。

「大勢の自国民を攻撃しておいて、いまさら何だ!? ごほっ、国民の命なんてどうでもよかったんだろ!」アルチュール。

 言い合う二人。虹の軍の兵士たちは驚きを隠せない。

「どういうことだ?」虹の軍兵士。

「シュバルツ国王が国民を!?」虹の軍兵士。

「水の森のマルテン国王が、虹の都を滅ぼそうとしてた?」虹の軍兵士。

 虹の軍で瞬く間に疑念が広まる。

「虹の都の兵士たちよ! ごほっ、ここにいるシュバルツ国王は、キャンディー帝国軍に、強盗トラベル・キャンペーンを実行している自国民を攻撃させたのだ! ごほっ」アルチュール。

「本当か!?」虹の軍兵士。

 虹の軍がざわめき始める。反対に、キャンディー軍は静まり返る。このキャンディー軍の反応のおかしさに、虹の軍が問い詰める。

「おい、本当なのか?」虹の軍兵士。

「……ああ、本当だ」キャンディー軍兵士。

「シュバルツ国王から指示があって、発砲した」キャンディー軍兵士。

「そんな……」虹の軍兵士。

「シュバルツ国王が……」虹の軍兵士。

「そんなことする国王がいてたまるか!」虹の軍兵士。

「そんな奴はもう国王じゃない!」虹の軍兵士。

「そうだ、国王失格だ!」虹の軍兵士。

「国王失格だ!」虹の軍兵士。

 シュバルツは虹の軍兵士の豹変に、驚き、落ち着きを失っている。だが、状況を切り抜けるために、狡猾こうかつに策を考えてもいた。

「あれは仕方がなかったのだ! ごほっ、ジャポニカン王国軍と戦うために、虹の都の国民を戦場から退かせる必要があったからだ! それよりも、ごほっ、水の森のマルテン国王の所行のほうが極悪だ! 虹の都王国の国民を絶滅しようとしてた!」シュバルツ。

「それ、どういうことなんだ?」虹の軍兵士。

「悪魔を呼び出したって、さっき……」虹の軍兵士。

 虹の軍だけでなく、他の軍の兵士たちもざわざわし始める。これに乗じて、アルチュールも猛攻を始める。

「そうだ、そのマルテン国王は、ごほっ、悪魔を呼び出すことに協力したのだ! 虹の都王国を滅ぼすためにな!」アルチュール。

 マルテンは言い返さないでいる。その様子を見て、全兵士が、アルチュールの言うことが事実だと思い始めている。

「マルテン国王が、まさか……」水の森兵士。

「……そんなバカな……」水の森兵士。

「兄上……」カクボウ。

 イマソガリの隣に腰掛けているロクモンジが声を上げる。

「うむ、マルテン国王、虹の都を滅ぼそうとしていたということだが、それについて、訊かねばならないな」ロクモンジ。

「そうじゃな」イマソガリ。

「そうだ、私は虹の都王国を滅ぼそうと考えた」マルテン。

 この発言に、全兵士が驚き、信じられない思いでいた。

「ははははっ、自分で認めやがった! ごほっ、ごほっ」シュバルツ。

「ゆえに、私は裁かれねばならない。お前たちもだ」マルテン。

「私はただ、マルテン、ごほっ、貴様の願いを叶える手伝いをしてやっただけだ!」シュバルツ。

「私もだ、ごほっ、マルテン国王こそが、言い出しっぺだ。ごほっ」アルチュール。

 全員がざわめき出す。だが、我慢ならないアルチュールの言い分に、アマザエがひょっと顔を出して叫ぶ。

「違う! マルテンに接触してきたのは、あなたたちのほうだ!」アマザエ。

 自分たちに流れがきたのではと思ったシュバルツとアルチュールであったが、アマザエという当事者の登場によって振り出しに戻ってしまった。

「あれ? 俺たちを助けてくれた魔法使いだよな?」虹の軍兵士。

「そうだ。ヤギの悪魔から我が軍を救ってくれた」虹の軍兵士。

 虹の軍の兵士たちは皆、ヤギの悪魔から助けてくれたジャポニカン王国の魔法使いとして、アマザエのことを認識していた。

「クソ女が! ごほっ、あいつはアマザエ、ウマシカの妹だ! ごほっ、あいつが地獄の門を開けたんだ!」シュバルツ。

「その通りだ! ごほっ、アマザエもマルテンと同じく、虹の都王国を滅ぼそうとしていた!」アルチュール。

「おい、お前ら、黙れよ!」思わず叫んだすぺるん。

「こら、余計なこと言うな」小声でとがめたハリー。

 また全員がざわめき出す。

「ウマシカの妹!?」ジャポニカン軍兵士。

「地獄の門を開けた!?」虹の軍兵士。

「どういうことだ?」侍。

「マルテン国王と一緒に……」水の森兵士。

「そうだ! ごほっ、アマザエとマルテンは、虹の都王国に恨みがあって、悪魔の力を利用して、国民を絶滅しようとしたんだ! ごほっ」アルチュール。

「そうだ! あの女が異常な魔力で、地獄の門を予定よりも早く開けたのだ!」シュバルツ。

 またざわめきが起こる。

「俺たちを助けてくれたんじゃないのか?」虹の軍兵士。

「木の魔法で俺たちを助けてくれたよな?」虹の軍兵士。

「でもよ、バカでかい木の根が出てくる魔法なんてこれまで見たことも聞いたこともない」虹の軍兵士。

「異常な魔力って!?」虹の軍兵士。

「アマザエの持つ魔力は、人間の持つ魔力を遥かに凌駕している! ごほっ、悪魔だ! あいつは悪魔だ!」アルチュール。

 全員が、アマザエを好奇の目で見る。

「……マルテン……」アマザエ。

 アマザエに注がれている奇異の目が、徐々に怒りへと変わっていく。

「悪魔だ」虹の軍兵士。

「悪魔だ!」虹の軍兵士。

「虹の都を滅ぼそうとした悪魔だ!」虹の軍兵士。

 誰かが叫び出すと、それにつられて、次々と他の者も似たようなことを叫び出す。そのことはすぐに集団パニックを引き起こした。

「ウマシカの妹だ!」虹の軍兵士。

「あの女、見たことあるぞ。奴隷市場で売られてた風の谷の女だ!」虹の軍兵士。

「風の谷の女!」虹の軍兵士。

「しかも奴隷だ」虹の軍兵士。

「ウマシカの妹だ! 悪魔だ!」虹の軍兵士。

「悪魔だ!」虹の軍兵士。

「虹の都を滅ぼそうとした悪魔だ!」虹の軍兵士。

「殺せ!」虹の軍兵士。

「殺せ!」虹の軍兵士。

「そうだ! 悪魔だ! ごほっ、殺せ!」シュバルツ。

「アマザエも、マルテンも、殺せ! ごほっ」アルチュール。

 虹の軍の兵士たちは殺気立っている。他の軍の兵士たちも集団暗示にかかったように、今回の事態を引き起こす原因となったマルテンと、地獄の門を開けたアマザエに対して殺意を含んだ眼差しを向け始める。

「殺せ!」虹の軍兵士。

「償わせろ! 殺せ!」虹の軍兵士。

 だがここで、全くひるむことなく、マルテンが一歩前へ進み出た。

「私が、アマザエを仲間に引き込んだ。彼女は被害者だ」マルテン。

「違う! 私は自分で――」アマザエ。

「私が! 彼女を巻き込んだ」マルテン。

 国王のマルテンがアマザエの言葉をさえぎって言うが、集団心理はそう簡単には変化しない。虹の軍の兵士たちは「殺せ!」の大合唱だ。この事態に乗じて、アルチュールは剣を抜き、侍に襲いかかり、馬を奪った。

「私に近づくと、コロスウイルスに感染するぞ! ごほっ、道を開けろ! 死にたいか! ごほっ」アルチュール。

「私にも馬をよこせ!」シュバルツ。

 アルチュールは隣にいる侍を倒して、馬をシュバルツの方へ走らせた。シュバルツはすぐにその馬にまたがり、アルチュールの後を追いかける。ただでさえ全兵士がざわざわしている中、コロスウイルスに感染している二人が馬に乗って突っ込んでくるのだ。兵士たちは馬を避けて道を開けるしかなかった。

「でかした、アルチュール殿!」シュバルツ。

「今後のことは、虹の都へ戻って考えねば、ごほっ」アルチュール。

 二人は兵士の囲いを突破して、虹の都の方へ走って行く。

「追いかけましょうか?」マモル。

「いや、必要ないじゃろ。コロスウイルスに感染しておる。存分に苦しんでもらおうか」大臣。

「逃しちまっていいのか?」すぺるん。

「ドラゴンもいるし、悪魔のタクシーもあるし、いざとなれば、いつでも追いつける」大臣。

「ふぉふぉふぉ。ではせめて、伝書鳩で虹の都に知らせておけば心配ないよのう」メイジ。

「わしが手紙をしたためよう」国王。

「伝書鳩ならこちらに」鎧の中から鳩を出したマモル。

「えっ、鳩を鎧の中にしまってるのか?」すぺるん。

「そんなの、手品師の基本だ」ハリー。

「そうか、元々手品師だったよな」すぺるん。

 とかなんとか話しているが、虹の軍兵士たちはじわりじわりとアマザエとマルテンに近づいている感じ。イマソガリが木槌でテーブルをコンコンと叩いて叫ぶ。

「冷静に!」

 虹の軍の兵士たちは少し落ち着く。ロクモンジが指を “パチン” と鳴らした。すると、侍たちがマルテンとアマザエを守るように直ぐ側まで来て取り囲んだ。

「マルテン国王、事情をお話し下され。さもなければ、収拾がつきませぬぞ」ロクモンジ。

「うむ。虹の都を滅ぼそうとした理由とは何ですかな?」イマソガリ。 

 マルテンは深呼吸をして、話し始める。

「私は昔、王太子だった頃、虹の都の街で、風の谷の民が迫害されている場に居合わせたことがある。災害に遭った彼らは移住を希望して、虹の都へ来ていたのだ。風の谷の民は、暴徒化した虹の都の国民にののしられ、暴力を振るわれ、捕らえられたり、悲惨な目に遭っていた。その時、私はウマシカを助けた。だが、アマザエを救うことはできなかった。他国への内政干渉になるため、それ以上、事態を好転させることができなかった。その後、ウマシカはナウマン教をつくり、この大陸に悲劇をもたらすことになってしまった。私はナウマン教に捕らえられた。ナウマン教の内側から、風の谷の民の本音を聞くことができた。風の谷の民は、貧困や差別の中で、過酷な暮らしを続けてきたのだ。ナウマン教が滅んだ後、私は自ら行方をくらました。そして、虹の都で、アマザエに出くわした。金持ちの家で奴隷として働かされているアマザエにだ。私はアマザエを奴隷の身分から解放した。それから、私たちは、虹の都の国民に対して憎しみを募らせるようになった。金で人の命や人生を買い、道楽に興じる虹の都の連中を許すことができなくなった。ウマシカを狂わせる原因となった虹の都を許せなくなった。こんな腐敗した国は滅べばいいと……」マルテン。

「……」大臣。

「……ふむ」国王。

「それから、アルチュールに声をかけられた。アルチュールは、私が王族であることを見抜き、私たちの会話を盗み聞きしていた。アルチュールは自分の国に伝わる、預言者が書いた本を持っていた。そこには未来に起きることが書かれていた。地獄の門が開き、魔界から三大悪魔がやって来ること。アルチュールは、悪魔が腐敗した国を滅ぼしてくれると言った。私はそれを信じて、彼の計画に協力しようと決めたのだ」マルテン。

「……それは……」ロクモンジ。

「……ふむ……」イマソガリ。

「地獄の門を開けるには、膨大な魔力を持つ人間が必要だ。それがアマザエだった。アルチュールはアマザエのことを調べ上げ、仲間にするために、私に近寄ってきたのだ。私がまず、アルチュールの仲間に入り、それから、私がアマザエを引き込んだ。それゆえに、アマザエは私やアルチュールに利用されていただけだ。アマザエに罪はない」マルテン。

「……そんな……」アマザエ。

 じっと聞いていた虹の軍兵士たちであったが、納得できない様子だ。

「実行犯としての罪がある!」虹の軍兵士。

「そうだ、奴隷の分際で無罪なわけがない!」虹の軍兵士。

「風の谷の人間だ!」虹の軍兵士。

「風の谷の奴隷だ!」虹の軍兵士。

「殺せ!」虹の軍兵士。

 聞く耳持たぬ虹の軍の兵士たち。サンドロが彼らに説く。

「マルテン国王とアマザエは、アルチュールたちに騙されていたことを知って、危険を犯して、アルチュールたちの企みを我々に知らせに来た。戦場で戦っておった全ての兵士たちを守るためにじゃ」大臣。

「しかし、虹の都を滅ぼそうとしたことは事実じゃないのか!」虹の軍兵士。

「そうだ!」虹の軍兵士。

「殺せ!」虹の軍兵士。

 一部の兵士はまだ聞く耳持たぬ状態だ。イマソガリが木槌でコンコンする。

「冷静に!」

「私は裁かれねばならない。私は今この場で斬られる覚悟だ。しかし、アマザエは無実だ。もし、アマザエに罪があるというなら、この王族の私の命で、アマザエの罪のあがないとしてほしい」マルテン。

「……え、そんな……」アマザエ。

「国王様……」水の森兵士。

「……兄上」カクボウ。

 覚悟を決めたマルテンの姿に、虹の軍の兵士たちも徐々に静かにならざるをえなかった。

「ノダオブナガ国王。私を斬って下さらぬか。尊敬する貴殿にお願いしたい。すべての国が盟主と仰ぐジャポニカン王国の貴殿なら、今後、遺恨が残ることはないでしょう」マルテン。

 マルテンはその場で膝を付いた。決して死を恐れているのではない、死を覚悟している表情で。一点の曇りもない澄んだ目で、一片の迷いもない目で、天を仰いでいる。誰も何も言えない緊迫した状況である。ノダオブナガはゆっくりとマルテンの方へ歩いて行く。右手で、左腰の鞘から剣を抜き、マルテンの背後に立つ。

「国王様、お待ちを! 王族を処刑するなど……」大臣。

「お待ちを! ノダオブナガ国王!」カクボウ。

「カクボウ! 水の森王国のこと、頼むぞ。良い国王になれ」マルテン。

「覚悟はできているのだな?」国王。

「ええ」マルテン。

「……マルテン……」アマザエ。

「いや、そいつ、悪い奴じゃないだろ!」すぺるん。

「国王様……」水の森兵士。

 ノダオブナガは両手で剣を振り上げ、構えた。

 一秒、二秒……時が過ぎていく。この場の誰もが、一分、二分に感じられるくらいだった。十秒、二十秒……ノダオブナガはゆっくりと剣を下ろした。

「……わしには、できぬ……」国王。

 ノダオブナガは剣を鞘に収めた。

「マルテンは、死ぬことなど恐れていない。そのような者を殺して、果たして償いになるのか」国王。

 ノダオブナガが言った後も、場が静まり返ったままだ。しばらくして、虹の軍から小声が漏れる。

「いや、大勢死んでるのに、責任がないなんてことには」虹の軍兵士。

「そうだ、そうだ」虹の軍兵士。

 怒りが冷めない虹の軍の兵士たち。サンドロが彼らをいさめるように優しい口調で語りだす。

「ふむ、死者がたくさん出たが、全て、キャンディー帝国軍との戦いでじゃ。その責任は、アルチュールとシュバルツにある。悪魔やモンスターとの戦いでは死者は出てはおらん。むしろ、マルテン国王は、悪魔を追い払い、事の真相を究明する手助けをしてくれた。そうじゃろ?」大臣。

「……確かに……」虹の軍兵士。

「でも、虹の都はもしかしたら、滅んでいたかもしれない」虹の軍兵士。

「そうだ! 虹の都を滅ぼそうした責任を取らせるべきだ!」虹の軍兵士。

「その通りだ! そこの風の谷の奴隷だ!」虹の軍兵士。

「殺せ!」虹の軍兵士。

「ウマシカの妹だ!」虹の軍兵士。

「風の谷の人間なんか死んでしまえ!」虹の軍兵士。

 何かに怒りをぶつけたい虹の軍の兵士たち。この状況下で、アマザエの悲しさや虚しさや苦しさの感情に、怒りの感情が急激に増していく。

「お前たち虹の都の人間に! 私たちの何がわかるんだ!?」アマザエ。

「何だと!」虹の軍兵士。

「お前たちは、家や家族を失ったことがあるのか!」アマザエ。

「何を!」虹の軍兵士。

「お前たちは、食べるものがなくて、泥水をすすったことがあるのか!」アマザエ。

「……」虹の軍兵士。

「さらわれて奴隷にされた者の家族の気持ちが、お前たちにわかるのか!」アマザエ。

「……」虹の軍兵士。

「……なぜ、いつも私たちが……」アマザエ。

 アマザエは怒りの形相で両手を前に出す。すると、地面から小さな芽が “ポッ” と出た。その芽の根が、地面の下から伸びていこうとしたその時、メイジが杖で地面を突き刺して、その根の膨張を止めた。

「アマザエよ、怒りに身を任せてはいかんのう」メイジ。

 メイジたちを除いて、樹木魔法が発動しかけたことは、誰もわかっていなかった。一部の兵士たちは、アマザエの言葉に考えさせられている者もいる。

 しばらく、静寂が続く。そして、ノダオブナガが話しだす。

「マルテン国王とアマザエは、虹の都王国を滅ぼそうとしていた。だがしかし、二人がそう考えることに至った原因は、何だ?」国王。

「……」虹の軍兵士。

「虹の都王国が風の谷から捨て子をさらって奴隷として働かせていることは、ずっと公然の秘密であった。どの国も、目をつぶってきた。我がジャポニカン王国もだ」国王。

「いや、他国に内政干渉はできない以上、それは……」イマソガリ。

「すべての国が、甘い汁を吸い、嫌なことを押し付けるために、風の谷から搾取する社会構造を変えようとしてこなかった」国王。

「……」ロクモンジ。

「風の谷が貧しさから抜け出すために、我々は何か行動ができたはずじゃ」国王。

「確かに、そうだ」イマソガリ。

「隣国として水の森王国は風の谷を無視してきた」マルテン。

「……」カクボウ。

「その通りだ。火の丘も隣国として風の谷とは長い付き合いであるが、ずっとさげすんできた」ロクモンジ。

「風の谷から最も遠いジャポニカン王国だけが、風の谷に寄り添ってきた。本来、それは我が隣国がやるべきことだった」イマソガリ。

「貧困や差別に苦しむ風の谷の者たちを、見て見ぬふりをしてきたのは、我々だ。その結果、ナウマン教がつくられることになった。ナウマン教を誕生させたのは、我々だ。世の中を変えようとしてこなかった我々のせいだ」国王。

「……」虹の軍兵士。

「……俺たち全員が悪いのか?」虹の軍兵士。 

「……どうしようもなかったんじゃ……」虹の軍兵士。

 愚痴とも思える会話が聞こえてくる。

「この中で!」

 ノダオブナガが、大きいが穏やかで温かみのある声を上げた。

「これまで一度も! 風の谷の民を見下したことのない者はいるか!?」国王。

 大勢がうつむく。愚痴も聞こえてこない。全員が黙りこくった状態になる。イマソガリ国王も、ロクモンジ国王も、そしてマルテンさえも。

「……誰もおらぬな。わしも含めて……」国王。

 静寂が続いている。

「……わしは、子どもの頃、風の谷の者に、石を投げたことがある」国王。

「……」大臣。

「友だちが石を投げているのを見て、悪いことと思わずに、わしも同じことをした」国王。

 この時、ノダオブナガは、ずっと昔、40年以上前の子どもの頃の出来事を思い出していた。



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 ここは火の丘王国の王都、クラカマ。子どもたちが行商人に石を投げている。

「風の谷の奴は帰れ!」

「ボロい服着てるな!」

「おい、お前も投げろよ」

「石なんか投げたら、ケガするぞ」

「かまやしない」

「風の谷の奴らは頑丈だから死なないよ」

 そう言われて、少年は石を投げた。

「ほら、逃げよう」

 みんな逃げていく。


 翌日、学校にて。

「はい、今日はここまでです。みんなお疲れさま」

「よし、帰ろうぜ」

「じゃあ、先生、さよなら」

「先生、さよなら」

「先生、さよなら、また明日ね」

「おや、どうしたんですか? ノダオブナガ君、帰らないんですか?」

「……ビョビョ先生、学校を辞めるんですか?」

「どうしてです?」

「友だちのお母さんから聞きました。ビョビョ先生が、家庭教師をクビになったって」

「……そうですよ。先生は家庭教師もしていたのですが、クビになりました」

「学校は?」

「……ええ、学校もクビになりました。今日の授業が最後です」

「……なぜ、クビになったんですか?」

「うん、風の谷の人間だということが知られてしまったからです」

「なぜ、風の谷の人間だからってクビになるんですか?」

「……それはね、大人の事情があるんですよ」

「大人の事情?」

「ええ、そうです。世の中には、難しい問題がたくさんあるんです」

「みんな、風の谷の人たちを嫌ってるけど、なぜなんですか?」

「……なぜなんでしょうね」

「ボロい服を着てる貧乏人ばかりだからですか?」

「人を見かけで判断してはいけません。貧乏なのにも事情があるんですよ」

「昨日、みんなが風の谷の商人に石を投げてました。投げろって言われて、僕も石を投げてしまいました」

「そんなこと真似しちゃいけません。もし自分が石を投げられたら嫌な気分になるでしょう?」

「はい、投げた後で、嫌な感じがしました」

「そうですか。じゃあ、もう二度としませんね」

「はい」

「よろしい」

「先生がいなくなったら、みんな寂しがります」

「そうでしょうね。でも、先生が風の谷の出身だと知ったら、そう思わない子どもも出てくるかもしれませんね」

「なぜ風の谷出身のことを黙ってたんですか?」

「秘密にしておかないと、この国で働くことができないからです」

「なぜですか?」

「難しい問題なのですよ」

「その問題は解決できないんですか」

「ええ、難しいんです」

「おかしいです。ビョビョ先生は立派な先生なのに……」

「先生は立派ではありませんよ」

「立派です。先生がクビになるなんて、絶対に間違ってます。先生みたいな人気のある良い先生が学校にいることが、絶対に正しいことだと思います」

「ノダオブナガ君、世の中には、絶対に正しいことなんてないのですよ」

「……」

「ノダオブナガ君のお家は、名門貴族です。だから、将来偉い地位に就くことになるかもしれません。もしそうなったら、難しい決断をしなければならない時がきます。だから、それまで、一生懸命勉強して下さいね」

「石を投げたりした僕に、そんなことできるんですか?」

「ええ、できますよ。石を投げたことを悪いことだとわかったのですから。だから、ノダオブナガ君は、いい人なのですよ」

「わかりました。勉強、頑張ります」

「うん。勉強だけじゃなく、武芸もね。人間は死ぬまで成長し続けるんです。ずっと頑張って下さいね」

「はい」

「じゃあ、さよならです」

「……ビョビョ先生、今までありがとうございました。さよなら」

「はい、さよなら」

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 全員がシーンとしたままだ。虹の軍兵士たちは怒りが抜けきった表情でいる。

「わしは、マルテン国王とアマザエを罪に問うことはできぬと考える」国王。

 頷く者が多数いる。

「イマソガリ国王、ロクモンジ国王、貴殿らはどう裁くのかを訊きたい」国王。

「……」

「私は、ノダオブナガ国王の判断に同意する」イマソガリ。

「わしも、ノダオブナガ国王に賛同する」ロクモンジ。

 両者はノダオブナガの下した判断を支持した。サンドロが、放心状態のカクボウに尋ねる。

「カクボウ国王代理はいかかですかな?」大臣。

「……あ、ああ……私も、ノダオブナガ国王の意見に賛成です……」カクボウ。

「では、ビョビョ殿は、いかがですかな?」大臣。

「ええ、私もノダオブナガ国王に賛同します」ビョビョ。

「虹の都の代表がおりませぬので、反対意見はなしということになりますな。これで裁判はお開きですな」大臣。

「ふぉふぉふぉ。名裁きだのう。それに、サンドロめ、うまくまとめよってからに」メイジ。

 ノダオブナガが号令する。

「これで、全て終わった! 皆の者! よくやった!」国王。

「うおおおおおおおーーーーーーーーー!!!」みんな。

 全員が歓声を上げた。泣いている者、笑っている者、喜んで抱き合っている者、力が抜けて地面に倒れる者、それぞれが様々にリアクションしている。

 ノダオブナガは奥へ引っ込もうとして、ビョビョの側を通る。

「これで良かったんですかね、ビョビョ先生……」国王。

 ノダオブナガは恐縮しているのか、ビョビョと目を合わさずに横を通りざまに声をかけた。

「ええ。立派に成長しましたね」ビョビョ。

 ビョビョはいつものようにニコニコしてそう答えた。サンドロは二人のやり取りを見て、過去に二人に接点があったことを理解した。


 土の里軍も、火の丘の侍たちも、水の森の部隊も、虹の都の軍も、そして風の谷の男たちも国へ帰る準備を始める。

 マルテンとアマザエは、自分たちがどうしていいのかわからずにいる。

「マルテン国王、どうなされますか?」大臣。

「兄上。ぜひ国へお戻り下さい」カクボウ。

「私は国王ではない。今さら水の森に帰る気もない。国王はお前だ、カクボウ」マルテン。

「……そんな」カクボウ。

「今さら、どのような顔して国へ帰れるのだ」マルテン。

「よければ、ジャポニカン王国へ来られてはどうですかな?」国王。

「せっかくですが、その申し出はお受けできません」マルテン。

「マルテン、どうするの……」アマザエ。

「アマザエ、君は風の谷へ帰ればいいさ」マルテン。

「マルテンは?」アマザエ。

「私は、行く当てがない」マルテン。

 そこへ迷惑なバカでかい声が飛んでくる。

「ガハハハハッ。行く所がないのなら、キャンディー帝国へ来ないか。このミャー大陸では居づらいじゃろうしな」虎プー。

「ふむ、それはよろしいかと」大臣。

「わが国は自由の国じゃ。身分制などない。指導者は選挙で選ぶんじゃ。民主主義国家じゃ、誰にでもチャンスが回ってくる」虎プー。

「そうだな。行ってみようか」マルテン。

「兄上……」カクボウ。

「ガハハハハッ」

 めっちゃ唾が飛ぶ。

「さっきは名裁きじゃったわい。さすがは、ノダオブナガじゃのう」虎プー。

 感心している虎プー。

「わしの国は、民主主義を広めることに力を入れておる。民主主義こそが最良の政治形態じゃからのう。わしは、君主制は最悪の政治形態じゃと思っておる。君主が最悪な奴じゃった場合、国民は悲惨な目に遭うからのう」虎プー。

「君主が最悪だったならばな」国王。

「ガハハハッ。しかし、さっきのような裁きが下せるのは、君主制だからじゃ。ジャポニカン王国は、ノダオブナガおる限り、安心じゃな。ガハハハハハッ」虎プー。

 唾を飛ばしながら笑う虎プー。

「さてと、わしらも帰るとするかの」虎プー。

「もしよければ、ジャポニカン王国の城下町に駐留していってはどうですかな。年が明けたら、盛大な祝賀会を催す予定です。ぜひ虎プー殿もいらして下され」大臣。

「しかし、一万人以上もおる軍の主力を他国の城壁の内側へ入れるわけにはいかんのう。後数日か、軍の大半は帰国させよう。残りは、ここら辺りで野宿でもするか。水もあるし、魚も取れそうじゃし」虎プー。

「そうですか。では、近隣の街や村に滞在されてはどうですかな。私から頼んでおきましょう」大臣。

「ありがたい」虎プー。

「一時は、戦った敵国であったが、お互いに協力して平和を守ることができた」国王。

「わが国に非があったにせよ、多数の死傷者を出した。元、国のトップとして、軽々と頭を下げることはできぬ。だが、わしと、我が軍はこの大陸のために戦うことができた。そのことでプラマイゼロということにしてくれ。かまわんな?」虎プー。

「もちろんじゃ。世話になった、虎プー殿」国王。

「こちらもだ。ノダオブナガ国王」虎プー。

 二人は固い握手を交わす。


「じゃあ、帰ろうぜ!」すぺるん。

「そうだな、セサミン、城下町まで行ってくれ」ハリー。

「おい、俺も乗せてくれよ」すぺるん。

「バカか! 二人乗りだ。俺とドロシーが乗るから無理だ、筋肉バカが」ハリー。

「クソっ! クズの魔法使いめ!」すぺるん。

「黙れ! 十三股野郎!」ハリー。

「はぁ、やれやれ、またいつものケンカが始まった」かおりん。

「ところで、みんな。コニタンを起こさなくていいのか?」金さん。

 コニタンはすぐ近くで地面に突っ伏して気を失っているようだ。

「勝手に起きるだろ」すぺるん。

「素に戻ってたら、モンスターに襲われるな」ハリー。

「前回みたいに、バッピーに乗せて帰ってもらおうか」金さん。

「そうだな」すぺるん。

「なんか、冷たい……」かおりん。

「メエエエーーーーー」バッピー。

「ヤギの悪魔とややこしい……」かおりん。

「おい、パンゾノ、だったっけ?」すぺるん。

「ん、ああ」パンゾノ。

「一緒に行こうぜ」すぺるん。

「どこへ?」パンゾノ。

「ジャポニカン王国の城下町だよ。国を、いや、大陸を救った英雄なんだからよ、たんまりと報奨金もらえるぜ」すぺるん。

「そいつといると、バカが移るぞ」ハリー。

「黙れ!」すぺるん。

 おバカなやり取りの中、サンドロの呼び声が聞こえてくる。

「パンゾノ。一緒に城へ向かおう。お主をジャポニカン王国の兵士として採用したい」大臣。

「……俺を……はい!」嬉しそうな返事のパンゾノ。

「ふぉふぉふぉ。わしもしばらく厄介になろうかのう」メイジ。

 そんなかんなで、皆、それぞれの国へ引き上げていった。

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