第42話 ハルマキドン

 戦場では、ヤギの悪魔を倒した喜びを我慢して、ノダオブナガが号令を掛ける。

「皆の者、悪魔は倒れた。しかし、今回の件を計画した首謀者がいる。湖の小島にある教会にだ。それを片付けてから、再び皆で勝利の喜びを味わおうぞ!」国王。

「おおーーーっ!!!」兵士たち。

 戦場にいる全員がボッチデス湖へ向かう。ぞろぞろと、ぞろぞろと。そして、小島の対岸へ到着した。2万人を超える人数は、扇状に広がり、湖の東側を取り囲むように集まった。地獄の門の中は真っ暗で、巨大さゆえにその裏側は見えない。少し横にずれた場所からは、門の後ろのハルマキドンの教会が見える。そこから、教会の入り口や小窓からわずかに煙が漏れているのが確認できる。

 小島までは、200〜300メートルくらいか。周囲には船も何もない。ゴンとセサミンが人を運ぶことになった。ノダオブナガ、サンドロ、メイジ、パンゾノ、マモルが先に小島へ渡る。次に、コニタンのパーティー、ビクターのパーティーと続く。それから、マゲ髪、マジョリンヌ、マルテン、アマザエ、虎プー、東森、バカ犬、アホ雉が小島へ渡る。少数精鋭で地獄の門の裏へ回り、ハルマキドンの教会へ近づく。


 この時、平野側では、小島から離れる小舟が目撃された。

「あの船、何だ?」兵士。

「追いかけよう」侍。

「我々も」土の里軍。

 馬に乗った侍たちと、ラクダに乗った土の里軍が、陸から船を追う。


 教会の入り口では、栗金団くりきんとん大総統が倒れている。その側には、ロペスエールがいる。

「ロペスエール」パンゾノ。

「おお、ポンジョルノか」ロペスエール。

「彼はロペスエール、俺とマモルさんと互角に戦える男です」パンゾノ。

「あそこに倒れているのは栗金団じゃ」虎プー。

 全員が警戒しながら、状況を把握しようと努めている。

「栗金団がこの大陸に攻め込んで、悪魔を呼んだり、全て仕組んだんだ」ロペスエール。

「違う。彼は利用されてただけだ」パンゾノ。

「じゃあ、本人に訊いてみろよ」ロペスエール。

「生きておるのか?」近づこうとする虎プー。

 この時、全員がほんの少し気が抜けた瞬間だった。ロペスエールは両腰から剣を抜いて、二刀流で虎プーに斬りかかった。咄嗟に東森が銃を抜く。

 バキュバキューン!

 ロペスエールは剣で弾丸を防いだ。その瞬間、アインとカベルが虎プーとロペスエールの間に入り、ダガーの柄でロペスエールの腹を攻撃した。ロペスエールはみぞおちを打撃され、その場にうずくまる。

「虎さん!」すぺるん。

「大丈夫じゃ」虎プー。

 マモルとビクターとマゲ髪がロペスエールを取り囲む。虎プーは栗金団の側に行く。

「うむ、まだ息がある」虎プー。

「生きておるのか」大臣。

「ふぉふぉふぉ。回復魔法!」メイジ。

 栗金団の形を成してなかった右手が元通りになり、傷が塞がり、体力が回復する。とはいえ、地面に倒れたままだ。

「ヒッヒッヒッ……」不気味に笑うロペスエール。

「ん? みぞおちにモロに入っていた。しばらくは声も出せないはずだが」バカ犬。

 突然、ロペスエールは剣を拾い、背後に立つマゲ髪を攻撃する。間一髪で剣を抜いて受け流すマゲ髪。ロペスエールはビクターとマモルにも斬りかかる。二人は剣で攻撃を受け止めた。ロペスエールが右手のみで持つ剣を受け止めたビクター、左手のみで持つ剣を受け止めたマモル、二人共、両手で剣を握っているが、ロペスエールの馬鹿力のせいでもう受けきれないでいる。

「何だ、この力は」ビクター。

「力比べなら負けたことはないが……」マモル。

 マゲ髪が背後からロペスエールを攻撃する。だがロペスエールはまるで後ろに目があるかのようにすぐに反転して攻撃を受け流す。

「シタイン、出番だ」ハリー。

「あいよ、いくでー。バウバウ!」シタイン。

 ロペスエールの持つ剣が腐っていく。

「ヒッヒッヒッ……犬の悪魔か……」ロペスエール。

「うぇっ? 何で僕のこと知ってるんや?」シタイン。

 アインとカベルがダガーで殴りかかる。ロペスエールは素早く二人の腕を掴んで、振り回して投げ捨てた。

「あぐっ」アイン。

「んがっ」カベル。

「回復魔法!」かおりんが唱えた。

 アインとカベルの傷が回復する。

「厄介な相手だねえ。念の為に使ってやるよ。防御魔法!」マジョリンヌ。

 全員に緑の光が巻き付く。

「素手だからといって容赦しないぞ!」

 ビクターが斬りかかるが、ロペスエールは同じく、腕を掴んで投げ飛ばす。マモルが槍で攻撃する。ロペスエールは真っすぐ突かれた槍を握って、マモルごと持ち上げて振り回す。槍から手を離すしかなく、マモルは飛ばされる。ロペスエールは槍でマゲ髪を攻撃する。ひらりと攻撃をかわしながら、懐に入るマゲ髪、魔法の杖でロペスエールの顎を殴る。しかし、ロペスエールは痛みを感じることもなく、マゲ髪が右手に持っている剣を左手で掴んだ。刃を掴んでいるため、血がボトボトと流れる。そして刃を掴んだまま、剣を奪った。

「何だ、こいつ。痛みを感じないのか」マゲ髪。

「ヒッヒッヒッ」ロペスエール。

 ロペスエールは奪った剣でマゲ髪を攻撃する。マゲ髪は左腕に装備した小型の盾でかわす。防戦状態のマゲ髪を助けるべく、マモルは剣で斬りかかる。ロペスエールは力いっぱい剣を振り、剣ごとマモルをふっ飛ばす。ビクターがすぐに斬りかかる。同じく聖剣ごと、ビクターはふっ飛ばされる。

「あの左手であれだけの力が出るわけない」マモル。

「ああ、何かおかしいぞ」ビクター。

 ロペスエールはマゲ髪に攻撃を繰り返す。盾にヒビが入ったマゲ髪は前転して、ロペスエールの後ろ側へ回って逃げて距離を取った。ビクターとマモルが同時に斬りかかる。ロペスエールは剣で同時攻撃を防ぐ。この時、ロペスエールはマモルの剣を握って奪う。そして二刀流で二人をはじき飛ばす。

「シタイン!」ハリー。

「バウバウ!」

 ロペスエールの持つ二本の剣は腐っていく。ビクターはしぶとく斬りかかる。ロペスエールは素早く身をかわしながら反撃の機会を待っているようだ。ビクターが下から斬り上げた時、ロペスエールはビクターの腕を蹴り上げ、ビクターは聖剣を落としてしまった。

「くっ!」ビクター。

 ロペスエールは落ちているマモルの槍を拾い、ビクターたちを攻撃しようとする。

 バキューン! バキューン!

 東森とハリーがロペスエールを撃った。槍では弾丸をはね返すことはできずに、ロペスエールは腹と肩に銃弾を受け、膝をついた。

「おや?」意味深なメイジ。

 だが、すぐにロペスエールは立ち上がり、槍で攻撃しようとする。

 ガキーーーン!

 金属と金属がぶつかり合う凄まじい音が響いた。ロペスエールの前に立ちはだかって、ノダオブナガが剣で攻撃を防いだのだ。

「ぐぐ、おのれ」ロペスエール。

「人間とは思えぬほどの力じゃ」国王。

 ノダオブナガは剣で攻撃を繰り返す。ロペスエールは槍で攻撃を受け流し続ける。

「すごい……」マモル。

 ロペスエールは、ノダオブナガの速くて重い攻撃を防ぐので精一杯な状況だ。だが、ロペスエールは槍を捨てて、両手でノダオブナガの剣の刃を掴み返した。そしてそのまま、剣を奪い取った。

「何じゃと!」国王。

 両手の指がちぎれそうになっているにもかかわらず、ロペスエールは剣を握る。

「あの指じゃ剣を持てるはずがない」マゲ髪。

「シタイン!」ハリー。

「バウバウ!」

 ロペスエールの持つ剣が腐っていく。ロペスエールは若干ゆらゆらしながら不気味に立っている。

「武器がなくなったなら、俺たちの出番だ、行くぞ、すぺるん!」バカ犬。

「え、俺?」すぺるん。

 バカ犬はガントレットでロペスエールに殴りかかる。ロペスエールはひらひらと攻撃をかわす。

「おい、筋肉バカ、刀は置いていけ」ハリー。

「おう、大事に預かっとけよ」海老斬丸を渡すすぺるん。

 すぺるんもロペスエールに殴りかかる。二人を相手にして、ロペスエールはさすがに分が悪いのか、二人のガントレットの攻撃を素手で受け止める。 “ゴキッ!” と鈍い音がした。

「マジかよ、素手で」すぺるん。

 すぺるんとバカ犬はロペスエールから離れて、一旦距離を取った。

「ここは古戦場やから、死んでいった兵士たちのがたくさんがたくさん」アホ雉。

「寒っ」かおりん。

「氷結魔法!」アホ雉。

 見えない冷気がロペスエールにまとわりつく。肩、腕、脚に力が入って、動かしづらそうにしている。

 そして、アインとカベルも攻撃に参加する。ダガーで攻撃を繰り返す神官二人。ロペスエールはひらひらとかわし続ける。

「おい、アイン、カベル、ダガーは素手で掴まれたらヤバいぞ。俺らに任せとけよ!」すぺるん。

 アインとカベルは無視してひたすら攻撃を繰り返す。ロペスエールはひたすらかわし続ける。バカ犬とすぺるんは両側から同時に殴りかかる。 “バキッ!” とまた鈍い音がする。ロペスエールが素手でガントレットの攻撃を受け止めたからだ。

「やはりな」メイジ。

「メイジよ、何かわかったのか?」大臣。

「奴はアインとカベルのダガーを受け止められない」メイジ。


 戦闘が行われている間、虎プーは栗金団を介抱していた。

「おい、こら、栗金団よ」虎プー。

「……虎プーか……」栗金団。

「悪魔を呼び出して、ミャー大陸をメチャクチャにしようと企んだのは、お前か!?」虎プー。

「……違う……俺は操られていた……」

「操られていた?」

「……そうだ……」

「どういうことじゃ」虎プー。

「……ある時……頭の中で……声がした……」

「声?」

「……余命わずか……だった俺を……助ける代わりに……ごほっ、ごほっ」

 栗金団は血を吐いて、ごほごほと咳き込んだ。

「……お前の……心の底の……闇を……よこせ……と……」

「……それで?」虎プー。

「……頭の中に……響いた……富……権力……名声……俺は誘惑に……負けた……ごほっ」

 またごほごほと咳き込む栗金団。

「……アルチュールに誘われ……オイロッペ大陸へ……行き……呪術師に……呪いをかけられ……俺は……取り憑かれた……」

「取り憑かれた?」

「……そうだ……」

「何に? 何に取り憑かれたのじゃ?」

「……悪魔……」

「悪魔じゃと?」

「……ハエの……悪魔に……」

「ハエの悪魔?」

 虎プーは振り返り、ノダオブナガたちに大声で知らせる。

「おい! 栗金団は、ハエの悪魔に取り憑かれていたそうじゃ!」虎プー。


「そうだ。そしてそのハエの悪魔は、今そこのロペスエールに乗り移っておる」メイジ。

「えーーーー!」全員。

「ハエの悪魔!」すぺるん。

「ハエの悪魔!」ハリー。

「ハエの悪魔!」金さん。

「ハエの悪魔!」かおりん。

「……」コニタン。

「何か言えよ!」殴るすぺるん。

 コニタンは素に戻って気絶していたようだ。

「中途半端なパーティーやな」アホ雉。

「悪魔憑きだのう」メイジ。

「悪魔憑きじゃと!?」大臣。

「そんなの、単なる昔話じゃねえのか?」すぺるん。

「確か、魔法大百科には、数千年前に起きていたと書かれてましたが」かおりん。

「そうだのう。おそらく、4649年ほど前のことだろうのう」メイジ。

「つまり、前回、悪魔が現れた頃……」大臣。

「ロペスエールは、ビクターが落とした聖剣を拾わなかった。正確には、拾えなかったのだ。アインとカベルの聖なるダガーも掴むことができなかったのだ」メイジ。

「悪魔が取り憑いてるから、聖剣に触れられないのか」ハリー。

「そうだ」メイジ。

「ヒーーーーッヒッヒッヒッ」ロペスエール。

「気色悪い笑い声だ」大臣。

 ロペスエールの背後に真っ黒な影が浮かび上がっている。その影からロペスエールではない声がする。

「前に、そこに倒れてるブサイクな勇者にやられたが、滅んだのは肉体だけ。精神は永久に滅することはない」影。

「畜生!」すぺるん。

 メイジは杖を地面に刺して、両手を合わせて魔法を唱えている。

「んー、なんかえらい長いこと唱えてるな魔法やな」アホ雉。

「もしや、この魔法は」金さん。

「おう、金さん、何の魔法なんだよ」すぺるん。

「知りやせん」金さん。

「ずこーっ! いやネタはもうええねん!」アホ雉。

 そうこうしている内に、メイジは杖を高く掲げる。

「聖域魔法!」

 空から白くキラキラした光を反射した光線が一直線にロペスエールに降り注ぐ。そして半透明な四角の檻のようなものがロペスエールを取り囲んだ。

「何だこれは?」ロペスエール。

 ロペスエールはその半透明な檻を蹴るが、びくともしない。

「何だ、この気色悪い壁は!」ロペスエール。

 ロペスエールは半透明な檻を殴るが、びくともしない。

「この壁は、悪魔、そして悪魔に憑かれた者を通さぬ」メイジ。

「何だと?」ロペスエール。

「まさか、聖域魔法とは……あらゆる物理攻撃と魔法をも通さない魔法……」驚く金さん。

「ハエの悪魔は、一度その肉体を人間界で失っておる。ゆえに、今は肉体を利用するために人に取り憑くことしかできぬ」メイジ。

「じゃあ、モンスターを呼んだり、自然現象を操ったりはできないんですか?」かおりん。

「そうだ」メイジ。

「そうやで。人間の肉体を借りてるから、できひんで」シタイン。

「この魔法を解除したら、誰か他の人に乗り移っちゃうんですか?」かおりん。

「かもしれんのう」メイジ。

「厄介だねえ」マジョリンヌ。

「昔は、どうやって悪魔憑きを治したんですか?」かおりん。

「それは、ちゃんと魔法大百科に書かれてある。憑かれた者を殺すんじゃ」大臣。

「そんな……」かおりん。

「しかも、別の者に乗り移る前にな……」メイジ。

 全員が一斉に考え出す。だが、弱々しい声で、栗金団が言う。

「……俺に、もう一度乗り移らせて……俺を殺せ……」栗金団。

「何を!」虎プー。

「……俺はもう……長くない……」栗金団。

「弱音を吐くな!」虎プー。

「特定の人間に乗り移らせるのは、んー、難しいのう」メイジ。

「出せ、クソども!」ロペスエール。

 壁をガンガン殴るロペスエール。

「この魔法の壁はいつまで出てるんですか?」かおりん。

「ふぉふぉふぉ。わしのマジックパワーが尽きるまでだのう」メイジ。

「……だったら、早く、俺に乗り移らせて……ごほっ」栗金団。

「パンゾノの黒刀真剣なら、この魔法を解除せずとも、中にいる者を攻撃できるかものう」メイジ。

「!」驚くパンゾノ。

 全員が深く考え始める。すると、突然、ロペスエールがハエの悪魔の意志に反して話し出す。

「おい、悪魔め! 俺に取り憑くとは!」ロペスエール。

「おお、何という強い意志だ。憑かれていても本人の思考はそのままだが、ここまで強く悪魔を否定できるとは」メイジ。

「ロペスエール」パンゾノ。

「ポンジョルノか。クソっ。情けねえぜ! 取り憑かれて、仲間を殺しちまった」ロペスエール。

「お頭は?」パンゾノ。

「お頭は、船で逃げた」ロペスエール。

「すぐに追わねばならんな」大臣。

「大丈夫ですよ、大臣様。土の里軍と侍たちが追いかけてます」遠くを見るかおりん。

「その通りです。さすが、視力8.0ですね、師匠」望遠鏡を見てるハリー。

「俺は、いや、俺らパイレーツ・オブ・トレビアンはとんでもねえことをやっちまったぜ、全くよう」しみじみしたロペスエール。

「お前たち海賊は、何をしようとしていたのだ?」大臣。

「この大陸を征服しようとしてた」ロペスエール。

「何ゆえに?」大臣。

「ちゃんとした理由があってだ。お頭は、元々、オイロッペ大陸にあるフレグランス王国の王子だった。それが、キャンディー帝国が民主主義を広めたせいで、王政が崩壊して、国を追い出されちまったんだ。それから、パイレーツ・オブ・トレビアンを結成して、フレグランス王国を取り戻すために、足掛かりとなる国をつくろうした。この大陸にな」ロペスエール。

「ふむ」大臣。

「わしの国のせい?」虎プー。

「予言書に書かれたことを信じて、悪魔を呼び出して、この大陸の国を全て滅ぼして、生き残った人間から忠誠を誓う奴を集めて、新しく国をつくり、フレグランス共和国に攻め込むはずだった」ロペスエール。

「ふむ」大臣。

「しかし、予言書には事の結末まで書かれてはおらんかったということだのう」メイジ。

「へっ、もしうまくいってたら、俺は貴族になれてたかもな」ロペスエール。

「お前ら海賊は、キャンディー帝国を利用したのだな?」大臣。

「ああ、そうだ」ロペスエール。

「しかし、すでにハエの悪魔に取り憑かれておった栗金団も、お前たちパイレーツ・オブ・トレビアンを利用しようとしておったのか……」メイジ。

 推測の域を出ないメイジの発言に、弱々しい栗金団が言う。

「そうだ……ハエの悪魔は……アルチュールに……ヤギの悪魔とサルの悪魔を呼び出させた後……アルチュールもアマザエも殺すつもりでいた……」栗金団。

 これを聞いて、マルテンもアマザエも顔が恐怖で引きつった。

「なるほどのう」メイジ。

「双方がお互いを出し抜いてやろうって思ってたのか。はっはっはっ」ロペスエール。

「……」パンゾノ。

「……俺は捨て子だった。お頭に拾われて育ててもらった。けどよ、もしも捨て子じゃなかったら、お頭以外の誰かに拾われてたら、もっと真っ当な道を進んでたかもな……」ロペスエール。

「……」バカ犬。

「……」アホ雉。

 バカ犬もアホ雉も自らの境遇に重ね合わせて聞いていた。

「散々、悪さしてきたけどよ、最期くらいは良いことし死にてえな」ロペスエール。

「……」パンゾノ。

「ほら、ポンジョルノ……やれよ」ロペスエール。

「……」パンゾノ。

「お前の剣なら、この檻の中の俺を殺せるんだろ……悪魔ごと殺せ」ロペスエール。

「……」パンゾノ。

「ほら……やれよ」ロペスエール。

「……できない」パンゾノ。

 全員が無言で、何を言っていいのかわからないでいる。

「……剣は人を傷つけるためではなく、人を守るためにある、だったっけ?」ロペスエール。

「……」パンゾノ。

「俺を殺せば、大勢の人を守ることになるんだ……ほら、やれよ」ロペスエール。

「……」パンゾノ。

 まさに究極の選択の状況。だがこの張り詰めた空気の中、KYなすぺるんが言う。

「……おい、待てよ。できっこないだろが」すぺるん。

「……」パンゾノ。

「お前ら二人、ずっと仲間だったんだろ」すぺるん。

「……」ロペスエール。

「ハエの悪魔が何か言ってくるならまだしも、今のお前はパンゾノの仲間であるお前だろ」すぺるん。

「……」パンゾノ。

「うまく言えねえけどよ、できっこないだろ」すぺるん。

「仲間か。もう15年以上、一緒にいたなあ。ライバルでもあり、兄弟みたいな感じだったなあ。だから、言えるんだ。パンゾノ、お前にだから言えるんだ」ロペスエール。

「……できない」パンゾノ。

 突然、沈黙を保って微動だにしなかった影がゆらゆらと揺れだしてハエの悪魔が全面に現れる。

「ヒッヒッヒッ、お前に仲間が殺せるのか?」ハエの悪魔。

「……」パンゾノ。

「おっさん、この魔法、解除しようぜ」すぺるん。

「そんなことしたら、また戦闘開始だぞ」ハリー。

「でもよ、このままだとどうしようもないだろ」すぺるん。

「魔法を解除したら、また我々はロペスエールと戦わねばならん」大臣。

「そうなっても結局、ロペスエールを殺すことになるかもしれぬ」メイジ。

「あるいは、ハエの悪魔が他の者に乗り移り、その者を殺さねばならなくなる。それ以外に、ハエの悪魔を倒す方法はないからな」大臣。

 すぺるんは言い返す言葉がない。影はまた小さくなり動かなくなった。すると、虚ろな目つきだったロペスエールが、すっと顔を上げた。

「ははははっ。結局、誰かが死ななきゃならねえんだろ」ロペスエール。

「……」大臣。

「……」メイジ。

「……できない。ロペスエール、俺にはできない」パンゾノ。

 全員が静まり返る。ここで、マルテンがパンゾノに話しかける。

「ロペスエールではなくて、私なら、殺せるか?」マルテン。

「……」パンゾノ。

「おい、何言ってんだ、王族が!」ロペスエール。

「私に悪魔を乗り移らせて、殺してほしい」マルテン。

「マルテン!」アマザエ。

「何を申されますか、マルテン殿! あなたは国王ですぞ」大臣。

「私はそんな身分など捨てたのだ」マルテン。

「王族を殺すなど――」大臣。

「私のせいで大勢が命を落とした。その償いとしたい」マルテン。

「……」大臣。

 ここで、栗金団が息も絶え絶えな感じで言う。

「それなら……俺も同じだ……俺こそが……償うべきだ」栗金団。

「キャンディー帝国で一番偉い奴が何を言ってんだ!」ロペスエール。

「……どんな身分であろうが……罪の重さとは関係ない……ごほっごほっ……俺は病気で、もう長くない……」栗金団。

「知るかよ!」ロペスエール。

「あなたはハエの悪魔に操られていただけだ。しかし、私は違う。自分の意志で、悪魔召喚に力を貸したのだ」マルテン。

「それなら、私も――」アマザエ。

「君は違う! アマザエ、私が君を仲間に引き込んだんだ。償うべきなのは私だ」マルテン。

「けっ、全く、王族がカッコつけんな! 王族は王族らしく気取っとけばいいんだよ!」ロペスエール。

「王族らしくとはどういう意味だ」マルテン。

「俺が殺されてやるから、黙って見てりゃいいんだよ!」ロペスエール。

「私は、王族に生まれたくて生まれたわけではない。王族にさえ生まれなければ、こんなことにはならなかった……」マルテン。

「……俺だって、捨て子になりたくてなったんじゃねえ! 王族に生まれてたら、善人になってたろうよ!」ロペスエール。

「君は運命論を信じてるのか? 絶対的な決まりなどないのだ。運命など、人間の意志で変えられるのだ。君は海賊に拾われたから、悪人になったのか? 善人になるために、海賊を抜け出そうとは考えなかったのか?」マルテン。

「難しいこと言ってんじゃねえ!」ロペスエール。

「王族だから殺されることはない、という運命などないのだ。私が君の代わりに殺されよう」マルテン。

「バカか! 俺が殺されてやるって言ってるだろ! 最期くらい、良いことさせろよ!」ロペスエール。

「生きていれば、もっと良いことをして償えるぞ」マルテン。

「マルテン殿、この聖域魔法を解いても、貴殿にハエの悪魔が乗り移るとは限りませんぞ」大臣。

「パンゾノが彼を殺せない以上、誰かが代わりにならなくてはならない」マルテン。

「しかしですな……」大臣。

「……だから、俺が代わりに……」栗金団。

 ロペスエール、マルテン、栗金団の三人が、贖罪のために自分が犠牲になることを志願しているというこの状況で、みんな、どう言っていいのかわからない。必ず誰かが犠牲にならなくてはならない状況である。まさに究極の選択の極致である。

「もうそろそろ、限界かのう」メイジ。

 全員、深くため息をつき、それから鼓動が徐々に早くなっているのを感じた。ロペスエールの背後の影がまたゆらゆらと大きくなった。

「ヒッヒッヒッヒッ……この男を殺せないか……ヒーーーーッヒッヒッヒッヒッ!」ハエの悪魔。

 ロペスエールが顔をぶるぶると振りながら叫ぶ。

「ポンジョルノ、やれ!」ロペスエール。

「……」パンゾノ。

「早く!」ロペスエール。

「ヒッヒッヒッ……」影。

「その剣で、たくさんの人を守れよ!」ロペスエール。

 メイジの顔には疲れが見える。マジックパワーが切れるのもすぐだ。

「どうしたものかのう」メイジ。

「国王様」大臣。

「わからぬ……」国王。

 緊迫した場面のここで、何と、あの男が、コニタンが目覚めていたのだ。コニタンは石に片足を乗せて、船乗りのようなポーズを取っている。カッコいいポーズを、カッコ悪く。そしてコニタンは映画スターのようにカッコつけて言う。

「おい、パンゾノ! その男の最後の頼みくらい聞いてやれ。思いを汲んでやるのも、侍だ」コニタン。

「……」パンゾノ。

「やれ! さあ、早く!」ロペスエール。

 パンゾノの気が一気に高まっていく。幼少期にアルチュールに拾われて以来、考え方の相違から馬が合わなかったとはいえ、ずっと一緒に育ってきたロペスエールの最後の頼みを、パンゾノは受け入れる覚悟を決めたのだ。黒刀真剣を鞘から抜き、両手で上段に構える。刀はキラキラと黄金色に輝き始める。

「ロペスエール!」パンゾノ。

「さあ!」ロペスエール。

 パンゾノは覚悟を決めた目で、ロペスエールを見ながら、黒刀真剣を振り下ろす。黄金の光が聖なる檻の壁を通り抜け、ロペスエールの体を通過する。

「ギャアアアアーーーーーーーーッ!!!」

 ロペスエールの背後の影が断末魔の声を上げる。影はゆらゆらと動き出し、細かな黒い破片となって、散り散りと消滅していく。

「おのれーーーっ!!! またしても、人間ごときがーーー!!! また数千年後に現れてやるーーーーーー」ハエの悪魔。

 細かな黒い破片はさらに細かくなっていく、目に見えないほどに。

「ありがとょ……」

 ロペスエールはそう言って、膝をついた。メイジのマジックパワーが底をつき、聖域魔法が消えた。影の破片も完全に消え去った。

 アインとカベルが駆け寄ってきて、ロペスエールを抱え起こす。二人は悲痛な面持ちのまま、下を向く。

「……」パンゾノ。

「この男は海賊であったが、この大陸を救うために自らを犠牲にした勇敢な男であった」メイジ。

「うむ。丁重に葬ってやろう」国王。

「ロペスエール……」沈痛なアマザエ。

「……」歯を食いしばるマルテン。

 パンゾノは刀を鞘に収めて、静かに後ろを向き、空を見上げている。

 しばらく、静寂が続く。それから、KYなすぺるんが言う。

「これで、悪魔を全部倒したんだよな」

「魔界の三大悪魔をな」大臣。

「年が明ければ、地獄の門から下級の悪魔が出てくる」メイジ。

「マジかよ!」すぺるん。

 と、ここで大きな音が聞こえてくる。


 ガガガガ、ゴゴゴゴゴゴゴ、ゴゴン!


 地獄の門が閉じたのだ。そして、地獄の門は徐々に半透明になっていく。それから完全に透明になって見えなくなり、赤い線が門の周囲をなぞるように一瞬出現して消えた。地面に浮き出ていた魔法陣もいつの間にか消えていた。

「おそらく、三大悪魔を人間界へと送り込む役割を終えたのだろうのう」メイジ。

「我々の勝利ですな」大臣。

「うむ」国王。

「うおおおーーーっ! やったぜーーー!」すぺるん。

「一人でバカ騒ぎするな、バカめ」ハリー。

「やかましい!」

 そう言ってコニタンを殴ろうとしたすぺるんだが、コニタンが気絶していることに気づく。

「あらら、コニタンさん、また気絶してますね」かおりん。

「ああ、でも、今回もコニタンは大活躍だったな」すぺるん。

「俺もな」ハリー。

「黙れ、クズ!」すぺるん。

 相変わらずおバカな会話のコニタンのパーティー。

 この時になって、ようやくみんなが気づく、ハルマキドンの教会のたくさんある小窓から激しく煙が出ていることに。煙だけでなく、火が上がっていることに。1階付近は、煙で見えなくなってきている。

「おい、火事だ」すぺるん。

「そういえば、ずっと煙が出てたような」ハリー。

「おっ、栗金団がいなくなった」虎プー。

「何じゃと」国王。

「おいおい、何か企んでんじゃねえだろな」すぺるん。

「そうじゃ、毛糸。毛糸のことを忘れておった!」慌てる虎プー。

「毛糸がどうしたんだ?」すぺるん。

「教会にいるらしいのじゃ!」虎プー。

「ホントかよ!」すぺるん。

 みんながふと教会を見上げると、3階の小窓からせて顔を出す女性がいる。

「毛糸!」虎プー。

「やっぱ、あの時の美女!」すぺるん。

「今助けに行くからな!」虎プー。

「来ないで! ごほごほっ」毛糸。

「待ってろ!」

 虎プーは湖に飛び込んで、全身びしょ濡れになってから、教会へ向かう。

「虎さん、私はあなたを裏切った。そのせいで、大勢の人が犠牲になった。だから、このまま死なせて」毛糸。

「バカなこと言うな!」虎プー。

「来ないで! 私はコロスウイルスに感染してるのよ!」毛糸。

「構うもんか! 待ってろ!」虎プー。

 虎プーは入り口から教会へ突入した。

「虎さん、死ぬぞ!」すぺるん。

「師匠、魔法で火を消せませんか」ハリー。

「やってみましょう。水流魔法!」

 かおりんが放った水流は教会に向かっていく。しかし、手前で透明な壁が赤く光り、水流をはじいた。

「えっ! 水流魔法が!」かおりん。

「何じゃと!」大臣。

「おい、セサミン、水を出して、火を消してくれ!」ハリー。

 セサミンは大量の水を出して、教会の真上に巨大な水を浮かべた。そしてその水を落とす。しかし、またしても透明な壁が赤く光って、水を全てはじいたのだ。はじかれた水は土砂降りのように降ってくる。

「攻撃をはね返す仕掛けが施されておるのう」びしょ濡れのメイジ。

「ゴン! 水を吐いてくれ!」ハリー。

「あいよ、任せとき」ゴン。

 ゴンは湖に顔を突っ込んで、水を大量に飲んで腹に溜めた。そして、その水を教会に吹きかける。

 ブォォォォーーーーーーー!

 しかし、またしても透明な壁が赤く光り、水をはじいいたのだ。水はゲリラ豪雨のように降ってくる。

「マジかよ」びしょ濡れのすぺるん。

「ふぉふぉふぉ。攻撃とみなされてはね返されたようだのう」さらにびしょ濡れのメイジ。

「どうするのじゃ」大臣。

「バルコニーから入っていけるかも」ハリー。

「ダメだ。見ろ、火の手が激しすぎる。バルコニーには蔦が絡まっていて、テーブルや椅子がたくさんあった。激しく燃えているはずだ」マルテン。

「どうすんだ、虎さん、中へ入っていったぞ」すぺるん。

「マジョリンヌ、何とかならんか?」大臣。

「無理だねえ」マジョリンヌ。

「虎プーさん……」マゲ髪。

「アイン、カベル、何とかならないのか」すぺるん。

「無理です」アイン。

「火が強すぎます」カベル。

 みんな、為す術もなく立ち尽くすしかない。火の勢いはどんどん強くなっていく。真っ黒な煙が教会の外部を覆い尽くしている。何もできないまま時間が過ぎていく。すると、入り口の辺りで何かが動いた。それはこちらに向かって来る。

「何や?」アホ雉。

 何かがこちらへ歩いてくるのだ。

「あっ、まさか!」ハリー。

 人だ。人が歩いて来るのだ。耐熱服を着て耐熱マスクをかぶった人間が二人、一人は毛糸を抱え、もう一人は虎プーを抱えている。

「マジか!」すぺるん。

「もしや!」ハリー。

 二人はすぺるんたちの前まで歩いてきた。虎プーと毛糸も耐熱マスクをかぶせられている。毛糸を地面に下ろして、一人がマスクを脱いだ。

「やっぱり師匠だ」ハリー。

「炎からの脱出は、あたいの得意なマジックだ」ミス・トリック。

「お疲れ様です、師匠!」ハリー。

「あたいは、ハリー、お前が手伝ってくれると思ってたんだがねえ」ミス・トリック。

「え、じゃあ、もう一人は誰です?」ハリー。

 もう一人は、虎プーを地面に下ろし、マスクを取った。

「何と! マモルか!」大臣。

 そう、マモルだったのだ。

「え! どうして!?」ハリー。

「俺は昔、手品師になろうと思ったことがあって、一時期、ミス・トリックさんの養成所に通っていたんだ」マモル。

「え、じゃあ、私の兄弟子」ハリー。

「そうなるかもな」マモル。

「早く、手当をしてやっておくれよ」ミス・トリック。

 すぐに神官二人が駆け寄って、魔法を唱える。

「回復魔法!」アイン。

「精気魔法!」カベル。

 虎プーも毛糸も意識を取り戻す。

「よかった、虎さん」すぺるん。

「よかった、親友が無事で」ハリー。

 かおりんは横目でハリーを見る。

「毛糸! おお、無事か」虎プー。

「ごほっ、ごほっ……虎さん……」毛糸。

「心配いらん」虎プーは毛糸と熱い抱擁をする。

「羨ましいぜ」すぺるん。

「そうじゃ、栗金団は? 教会の中にいたが」虎プー。

 みんな、ミス・トリックとマモルを見る。

「あたいらを助けるために、家具の下敷きになった」ミス・トリック。

「彼がいなければ、脱出はできなかったかもしれない」マモル。

「……そうか」虎プー。

「最後に、良いことしてくれたんだな」すぺるん。

「ハエの悪魔に操られてただけで、元々は良い人だったのかもしれませんよ」かおりん。

「そうじゃ」虎プー。

「ごほっ、ごほっ」毛糸。

 毛糸がごほごほとせ始めた。

「私、コロスウイルスに感染してるのよ」毛糸。

「おあ、そうだったよな」距離を取るすぺるん。

 そこへ、湖から人が上がって来る。黒装束の男が、水よけスーツを脱ぎながら。

「おお、胡椒濃過コショーコスギか。何をしておったのだ」虎プー。

「はっ。栗金団が毛糸と教会へ来てから見張っていましたが、海賊の頭アルチュールが逃げたので、そちらを追跡しておりました」胡椒濃過。

「それで、アルチュールは?」虎プー。

「先ほど、湖の側に潜んでいたシュバルツと共に確保しました。二人共、コロスウイルスに感染しているようですので、現在兵士たちが距離を取って、取り囲んでおります」胡椒濃過。

「そうか。実はな、毛糸もコロスウイルスに感染しておるのじゃ」虎プー。

「心配ご無用です。特効薬がここに」胡椒濃過。

「おお、特効薬があるのか。さすがだ」虎プー。

 毛糸も虎プーもすぐに薬を飲んだ。毛糸に接触したミス・トリックとマモルも。それにロペスエールに近寄ったすぺるんたちも、つまり全員が。

「薬はまだまだある。具合が悪くなったら、後で飲めばいい」虎プー。

「この火はどうするべきだ?」国王。

「ふぉふぉふぉ。この教会は特殊な魔法がかけられてあるのう。おそらく、地下に魔法陣が描かれてあり、幾千年もの間魔法の効果を持続させておるのだのう」メイジ。

「で、火は消えるのか?」大臣。

「見てみよ。全て石造りで、石は燃えてはおらん。燃えておるのは中にある木製の家具などだのう」メイジ。

「では、やがて消えるな」大臣。

「うむ、シュバルツとアルチュールを裁きに戻るぞ」国王。

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