第41話 逃亡者
少し時間を戻そう。サルの悪魔が暴れ回っていた時、ボッチデス湖の小島にあるハルマキドンの教会では、1階に火が放たれていた。
「ヒッヒッヒッ……」
「ごほっ、ごほっ……」毛糸。
「フーーー」一服する栗金団。
2階へ逃れた海賊たちは、下から上がってくる煙に苦慮していた。
「栗金団の野郎が、火を放ちやがった」海賊。
「お頭、どうしやす?」海賊。
「栗金団もウイルスに感染してるはずだ。特効薬がなくなった以上、もう1階へは下りられないぞ」アルチュール。
「水はないし、どうしやす?」海賊。
「くそっ!」海賊。
「上の階へ行って、窓から飛び降りるか」アルチュール。
「それ、いいアイデアですね」海賊。
「とりあえず、家具とか、全部持ってこい。階段を完全に塞げ」アルチュール。
階段を隙間なく塞いで、2階の小部屋の窓を確認しにいく。いくつかの部屋があるが、窓はどこも猫が通れるくらいの小窓しかなく、人間が飛び降りることはできない。
「お頭、斧で壊しましょうか」海賊。
海賊は斧で石の壁を叩く。“キーーーーン” と澄んだ音が響き渡った。
「何だ、傷一つつかねえぞ」海賊。
他の部屋へ行って、小窓付近を斧で叩くが、全く傷がつかない。
「どういうことだ……」アルチュール。
「普通の石じゃありやせんぜ」海賊。
「上へ行くぞ」アルチュール。
全員が上の階へ行く。3階にも小部屋がいくつかあり、窓は全て小窓だ。海賊はここでも斧で小窓を叩くが、石の壁には全く傷がつかない。
「ちくしょー、どうなってんだ?」海賊。
「4階へ上がろう」アルチュール。
みんな、4階へ上がった。いくつも小部屋があるが、アルチュールは真っ先にバルコニーへ行く。そこには、うなだれているロペスエールがいた。
「どうした、ロペスエール?」アルチュール。
「お頭、すまねえ。ポンジョルノが逃げやがった」ロペスエール。
「何だと?」アルチュール。
「それが、お頭、ドラゴンが来てよー」海賊。
「一緒にいた戦士が、ロペスエールと互角に戦いやがったんでさあ」海賊。
「それで、マルテンとアマザエは?」アルチュール。
「二人も、ポンジョルノと一緒に、ドラゴンに乗って……」ロペスエール。
「アマザエがいなくなったー!? どうやって門を閉じるんだ!?」アルチュール。
「すまねえ」ロペスエール。
アルチュールは珍しく取り乱している。
「お頭ー、小部屋の窓は全部ダメでした」海賊。
「ここから降りるしかないですぜ」バルコニーから下を見る海賊。
「ずいぶん高いな」海賊。
「ひゃー、こりゃ飛び降りるのは無理ですぜ」海賊。
「ロープを柱に結んで、降りやしょう」海賊。
海賊はバルコニーからロープを垂らして、降り始める。
「気をつけろよ」海賊。
「あいよ」海賊。
バキューン!
「がっ……」海賊。
地上から栗金団が銃で狙い撃ちした。撃たれた海賊は地面まで真っ逆さまに落下する。
「栗金団が撃ってきやがった!」海賊。
「どうにもならねえ」海賊。
落下した海賊がいれば、一方で、望遠鏡で戦場を見ている海賊もいる。
「お頭ー、ヤギの悪魔よりもデカい動物が出てきて、ヤギの悪魔と戦ってますぜ」海賊。
アルチュールは望遠鏡を取って見る。
「……ヤギの悪魔がふっ飛ばされておる……何だあれは……」アルチュール。
「まさか、ヤギの悪魔が負けるなんてことは……」海賊。
「……」アルチュール。
海賊たちが不安になってきている。
「しばらく待機だ。この教会は石造りだ。火の回りは早くない。待機して、戦場の様子を見るぞ」アルチュール。
火は、2階の階段を塞いでいた家具に燃え移り、階段の手すりや廊下の手すりにも広がっていく。それから、小部屋を仕切る木製のドアやカーテンに燃え移っていく。
この時、1階の広間で、“隠れ身の術” を使って壁と同化し、一部始終を見ている男がいた。虎プーのお抱え忍者、
アルチュールたちは、望遠鏡で戦場を観察している。
「いた! アマザエがいましたぜ、お頭。ジャポニカン軍の所です。国王たちの近くです」海賊。
「ああ、わかってるよ」アルチュール。
「ポンジョルノもいますぜ」海賊。
「どこにだ?」アルチュール。
「人に隠れて見えにくいけど、アマザエとマルテンのすぐ近くです」海賊。
「あいつ、ずっと頭抱えてるな」海賊。
「お頭、なんか弱そうなチビがヤギの悪魔を攻撃してますけど、何だあいつ?」海賊。
「ん? 金色の冠をかぶってるな。王族か?」アルチュール。
「でも強いっすね」海賊。
「ホントだ。ヤギの悪魔が攻撃されてますよ」海賊。
「一体どうなってるんだ……」アルチュール。
栗金団は教会入り口の外でバルコニーを見張りながら、タバコを吹かしている。
「毛糸、若いのにもうそんなに死にかけてるのか?」栗金団。
毛糸は床から起き上がって、ふらふら入り口の方へ近づく。
「……あなた、何をしようとしているの?」毛糸。
栗金団は無言でタバコを吸い続ける。
ロペスエールが下の階から叫ぶ。
「お頭ー! 煙がだんだん増えてきましたー!」ロペスエール。
アルチュールは様子を見に下の階へ行く。海賊が数名ついていく。何やら、小窓を開けたりしているようだ。そしてバルコニーで観察している海賊が叫ぶ。
「お頭ーっ!」海賊。
「今度は何だー!」返答するアルチュール。
「お頭、じいさんがキイロイカネの剣をポンジョルノに渡しやしたぜ」海賊。
アルチュールは急いでバルコニーに戻り、望遠鏡を覗く。
「ポンジョルノに?」アルチュール。
アルチュールは驚いてポンジョルノを探す。
「どこだ?」アルチュール。
「アマザエのすぐ近くです」海賊。
「光ってます! キイロイカネの剣が光ってますー!」海賊。
「おおっ、剣が黄金色に輝いておる!」アルチュール。
「 “未来予想図” では、あの剣が出てきて終わったけど、これからどうなるんだ?」海賊。
「お頭、もしポンジョルノがあの悪魔を倒したら、どうなるんです?」海賊。
アルチュールは驚いている、しかし、若干の不安を抱えながらではあるが、自信を持って海賊たちに説明する。
「心配いらん。わしは現代最高の預言者ババンバの本をフレグランス共和国の骨董屋から秘密ルートで手に入れたのだ。それによると、英雄が現れるが、キイロイカネの剣を使いこなせずに終わるということだ」アルチュール。
「それって、さっきの金色の冠かぶったおっさんのことじゃねえですか?」海賊。
「どういうことだ?」アルチュール。
「弱っちいおっさんが、キイロイカネの剣を受け取ったんですが、投げ捨てて使わなかったんです」海賊。
「……」アルチュール。
海賊たちはじっと状況の観察を続ける。
栗金団は徐々に顔色が悪くなってきた。その上、咳が激しくなってきている。
「げほっ……げほっ……」
毛糸は壁にもたれ掛かって
「……げほっ……軟弱な体だな……捨て時か……げほっ……」栗金団。
「……」毛糸。
1階は煙がかなり充満している。毛糸も入り口から出た所にふらふらになりながらやって来た。
「何だ、あのバカでかい木の枝は!」海賊。
「魔法だよな」海賊。
「魔法ってヤバいな」海賊。
「ヤギの悪魔が身動き取れないな」海賊。
海賊たちは興奮しながら望遠鏡で戦場を見ている。一人が下を覗き込む。
「ちっ、栗金団の奴め、角の所でずっと監視してやがる」海賊。
ロペスエールが下の階から叫ぶ。
「お頭ー、煙がかなり……ごほっ、ごほっ……」ロペスエール。
「上がって来い!」アルチュール。
4階にも煙が漂い始めている。ロペスエールと海賊が4階へ上がってきた。
「くそ! お頭、1階へ行って、栗金団を殺りましょう」海賊。
「ウイルスに感染するぞ」アルチュール。
「でもこのままじゃ」海賊。
「おい、ポンジョルノが!」海賊。
「ヤギの悪魔を切り裂いた!?」海賊。
「何だと!」アルチュール。
海賊たちはパンゾノがヤギの悪魔を斬ったのを見て、しばらく無言になる。ヤギの悪魔の黒い体毛が抜けていき、そして体毛が地面を覆いつくし、現場の兵士たちが歓喜しているのを見て、海賊たちはヤギの悪魔が倒されたことを理解した。
「ヤギの悪魔が、倒された……」海賊。
「ポンジョルノが、殺りやがった……」海賊。
「おい、マジかよ! お前ら!」興奮するロペスエール。
「キイロイカネの剣で……」海賊。
数人が望遠鏡から目を離す。それを見て、ロペスエールは真実だと悟ったようだ。アルチュールは全身の力が抜けたようになって、力なく言う。
「ああ、本当だ。ヤギの悪魔は消えた……」アルチュール。
「サルの悪魔もどっか行っちまったし……」海賊。
しばらくその場で静寂が続いた。階段から徐々に煙が上がってきている。その煙を見て一人が感情的になる。
「もうダメだ! 栗金団を殺して逃げよう!」海賊。
「おい、落ち着け!」海賊。
「お頭、どうします!?」海賊。
「……」無言のアルチュール。
海賊たちは普段見慣れないアルチュールを見て、ヤバい状況であることを理解した。
「栗金団を殺ろう!」海賊。
「そうだ!」海賊。
海賊たちは統制が取れないような状態になりつつある。アルチュールが気を取り直して、命令する。
「このままでは、兵士たちがこの教会に来るぞ! 逃げねばならん!」アルチュール。
全員がアルチュールをガン見する。
「栗金団を殺して、逃げるぞ!」アルチュール。
全員が急いで行動する。3階へ降りて、服を脱いで、服で煙を払いながら、2階へ下りる。そして、階段を塞いである家具をどける。すでに燃えている家具をどける。火傷しながらも、かなりスピーディーに手際よく行動する海賊たち。それから、1階へ下りる。
「ごほっ、ごほっ」海賊。
「前が見えない」海賊。
「俺が先に行く!」ロペスエール。
ロペスエールは手探りというか、感覚で移動する。そして教会から出ることができた。だが、煙を吸い込んで、今にも意識がとびそうな状態だ。そんなまともに戦えないようなロペスエールの目の前にいたのが、栗金団だ。
「ヒッヒッヒッヒッ……」栗金団。
栗金団はロペスエールの首を掴み、じっと目を見つめる。じっと。ロペスエールは体中の力が抜けて、栗金団の目をじっと見ている。栗金団の瞳の中から、小さな虫のような何かがパタパタと飛び出してきて、ロペスエールの瞳の中へ飛び込んだ。すると、ロペスエールは腕を掴み返して、栗金団を突き飛ばす。栗金団はまるで死人のように倒れた。
「ヒッヒッヒッ……」ロペスエール。
「……あなた……一体……ごほっ」毛糸。
ロペスエールは体を慣らすように全ての指を動かして、少し不気味に微笑んでいる。
海賊が続々と教会から出て来る。
「ごほごほ、栗金団はどこだ?」海賊。
「ロペスエール、栗金団は?」海賊。
「もう殺ったのか、ごほごほ」海賊。
数人が倒れている栗金団を取り囲む。そこへ、ロペスエールが剣で攻撃する。そいつら海賊は不意打ちを食らって、全員が倒れる。続々と煙をくぐって外へ出て来る海賊たち。
「栗金団を殺ったか」海賊。
「犠牲は仕方ない、どうせコロスウイルスに感染してるだろ。急ごう」アルチュール。
海賊は小舟の方へ向かおうとする。そこへ、ロペスエールが斬りかかる。
「おい、何だ!」海賊。
「気でも狂ったのか!」海賊。
アルチュールはすぐに剣を抜いて構えた。
「ロペスエール、どうした!?」アルチュール。
「ヒッヒッヒッ……」
「こいつ、目つきとか雰囲気が変わってますぜ」海賊。
「栗金団みてえだ」海賊。
「全員、殺す」ロペスエール。
ロペスエールは海賊たちに斬りかかる。応戦するが、ロペスエールの強さにかなわない。海賊は斬られて倒されていく。アルチュールは急いで小舟に乗り、一人で漕ぎ出す。
「お頭ー、置いてかないでくれー! うがっ……」海賊。
海賊の最後の一人が斬られた。唯一、アルチュールだけが小舟で逃げることができた。
「……あなた、人間じゃない……ごほごほ」毛糸。
「ヒッヒッヒッ」ロペスエール。
この男の不気味な笑い声で、コロスウイルスどころではないくらいの寒気が毛糸を襲った。毛糸は本能で、逃げなければならないことを悟った。そして必死になって、逃げるために立ち上がった。ふらつきながら、教会へ入り、2階へ上がっていく。
「馬鹿め、死にに行きよったか」ロペスエール。
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