第40話 一子相伝

 前線の左側と真ん中では、ヤギの悪魔の呼んだモンスターはほとんど倒されていた。とはいえ、まだ小規模な戦闘が続いている。その状況を、メイジは目を細めて見渡して、魔法を唱え始める。

「どれ、回復魔法!」メイジ。

 青いキラキラした小さな星が戦場の全ての兵士の周りに現れて、体力と傷を回復させる。


「何とか、倒しきりましたね、虎プーさん。新たにモンスターは増えないようですね」マゲ髪。

「そうじゃな。どれ、ジャポニカン王国の国王に会いに行こうか」虎プー。

「そうじゃな」イマソガリ。


「よし、モンスターはほぼ倒したか」カクボウ。

「ヤギの悪魔は、勇者コニタンが相手をしているようだ。そのおかげでモンスターは増えてない」ロクモンジ。

「勇者コニタンですか。我々も助太刀に行きましょう」カクボウ。


 メイジはふと後ろが気になり、振り返ると、アマザエがまだ腕を押さえていた。

「アマザエよ、腕に違和感があるのか?」メイジ。

「……いえ、大丈夫です……」アマザエ。

 アマザエは小さな岩に腰を下ろしている。その側でマルテンがアマザエのことを気遣っている。その近くで、同じく小さな岩に座っているのが、ポンジョルノだ。彼はこめかみを押さえて、頭を下げて、気分が悪そうに見える。マルテンとアマザエはポンジョルノに構う余裕などないのだろう。メイジが気になって話しかける。

「お主、気分でも悪いのか?」

「……耳鳴りが止まらない……」ポンジョルノ。

「彼は、ついさっき突然苦しみ出した」マルテン。

「ほう、精気魔法!」

 真っ赤な小雨がポンジョルノにだけ降り注ぐ。ポンジョルノは少し顔を上げて、両目をパチパチさせる。だが、依然としてしんどそうだ。

「効果はないか」メイジ。

「……」ポンジョルノ。

「おっ……」

 メイジが急に遠くの方を見る。それから目を静かに閉じた。何か交信をしているようだ。しばらくして、静かに目を開ける。それ見ていたアインとカベルが寄って来た。

「大神官、どうされました?」アイン。

「オノノ宰相からの交信でしょうか?」カベル。

「そうだ」メイジ。

 メイジは空を見上げて、一息つく。

「アイン、カベルよ、ノダオブナガとサンドロを呼んで、黒刀真剣を持ってきてくれるか」メイジ。

「はい」アイン・カベル。

 二人は呼びに行く。

「ふう……」メイジ。

 メイジはマルテンに話しかける。

「マルテン殿とアマザエはどういうご関係かな?」メイジ。

「……私たちは、共通の目的を持った、同志だ」マルテン。

「……」アマザエ。

「一見すると、恋人同士に思えなくもないですが」メイジ。

「私の心は、ウマシカに持っていかれた。ウマシカ以外の女性に心を奪われることはない」マルテン。

「とても強い意志ですな」メイジ。

「……」アマザエ。

 アインとカベルが戻って来る、ノダオブナガとサンドロを連れて。

「メイジよ、何かわかったのか?」大臣。

「コマチの息子がわかった」メイジ。

「おお、真か」国王。

「サンドロよ、黒刀真剣を貸してくれ」メイジ。

 サンドロは黒刀真剣を渡す。メイジは鞘から半分くらい刀を抜く。すると――

「うがっ……」

 ポンジョルノがこめかみを押さえて苦しみ出す。

「お主、この刀と共鳴しておるな」メイジ。

 メイジは刀を鞘に戻す。そうすると、ポンジョルノは少し正気に戻って顔を上げる。

「お主、どこで生まれた? 親は?」メイジ。

「……俺は、アルチュールに拾われた。親はいない」ポンジョルノ。

「ポンジョルノと名乗っておるが、真の名前があるのではないか?」メイジ。

「……知らない……」ポンジョルノ。

「……そうか……ノダオブナガ、サンドロよ、しばし付き合え」メイジ。

 メイジは杖を地面に突き刺し、両手を合わせて目を閉じた。徐々にまるで死人のように動かなくなる。ポンジョルノも同じく、一点を見つめたまま動かなくなる。メイジは精神の波長を一致させて、ポンジョルノの心の中へ潜っているのだ。



 ・

 ・

 ・

 〜17年ほど前 虹の都の王都 “能楽町” 〜


 パイレーツ・オブ・トレビアンの海賊たちが港で積み込みをしている。

「シュバルツ皇太子殿、また裏の情報をよろしく頼みますぞ」アルチュール。

「ああ、アルチュール殿、こちらこそだ。海賊が暴れてくれなければ、わが国の警備隊が存在する意味がないからな。それに、くすねたお宝を横流ししてくれるおかげで、俺にとってもいい小遣い稼ぎになる」シュバルツ。

「お頭ーっ」ブルース。

「何だ?」アルチュール。

「ガキが一匹、甲板で寝てますぜ。どうします?」ブルース。

「ガキ?」アルチュール。

「はい、見たところ、まだ3歳か4歳くらいじゃねえすか?」ブルース。

「そんなガキが何で甲板で寝てるんだ?」アルチュール。

「知りやせんよ」ブルース。

「浮浪者に捨てられた浮浪児だろ。必要なら連れて行ってもかまわん」シュバルツ。

「浮浪児? それでも、親が探しにくると厄介だ」アルチュール。

「どうせ、風の谷の奴らの子どもだ。必要ないなら、殺す」シュバルツ。

「別に殺さなくったって」ブルース。

 その子どもは目を覚まして起き上がる。汚れてはいるがそれなりの服を着ている。

「おい、坊主、名前は?」ブルース。

「……ピョンジョニョ……」

「ん、何だって? ピョンジョニオ?」ブルース。

「ピョンジョ、ニョ」

「ピョンジョーノ?」ブルース。

「ピョン、ジョー、ニョ」

「ポンジョーノ?」ブルース。

「いや、ブルースさん、ポンジョルノって言ってるんじゃないか?」ロペスエール。

「ポンジョルノか」ブルース。

「……うん」

「お頭ー、このガキ、船に乗せてやりましょうぜ」ブルース。

「ああ、わかった」アルチュール。

「俺はロペスエールだ。お前のその服、ダサいな。着物じゃねえか。その花の刺繍、何だ?」ロペスエール。

「それはスイレンだ」ブルース。

「スイレン? さすがブルースさんだ」ロペスエール。

「よーし、出港だー!」アルチュール。

「お前さっき、寝言で言ってた、『刀と侍、水と魚』って何だよ?」ロペスエール。

「……やいばはほしにょように……」ポンジョルノ。

 ・

 ・

 ・



 ポンジョルノの心の奥にしまわれた古い記憶。その記憶を、メイジだけでなく、ノダオブナガとサンドロ、それからポンジョルノも共有していた。

「スイレンの家紋入りの着物……」国王。

「お主の真の名は、ポンジョルノではないのう」メイジ。

「刀と侍、水と魚……コマチが歌っておった子守唄じゃ」大臣。

「……おお、間違いない……お前はコマチの息子、パンゾノじゃ……」国王。

「よく見ると、面影があるよのう」微笑むメイジ。

 ポンジョルノ、いやパンゾノは、思い出せずにいた古い記憶が蘇って当惑している。

「パンゾノ……俺は、パンゾノ……」

 何という偶然か。探し求めていた “音呼舞おとこまい流” の継承者であるパンゾノがここにいるのだ。コマチの息子、パンゾノが。コマチのかつての仲間であるノダオブナガ、サンドロ、メイジの前にいるのだ。もしも、マモルとゴンがハルマキドンの教会へ寄らなければ、もしも、マモルが違う決断をしていれば、今この場にパンゾノはいなかったかもしれない。もしも、アルチュールたちが見捨てていれば、今この場にパンゾノはいなかったかもしれない。予想だにしないことが起こるのが、世の常である。様々なことが複合的に絡み合う世の中で、偶然では片付けられない出来事が起こり得るのだ。何たる都合、何たる強運、何たる奇跡。

「お前の母親は、コマチ、火の丘王国の侍じゃった」大臣。

「侍?」パンゾノ。

「わしらと共にモンスター大戦を勝利に導いた英雄だ」国王。

「俺の母親……」パンゾノ。

「そうじゃ」大臣。

 メイジが小さな声で静かに歌いだす。

「刀と侍〜 水と魚〜」メイジ。

 パンゾノは何かを必死に思い出そうとしている。

「俺は……パンゾノ……」

「そうじゃ」大臣。

「……刃は星のように輝き……」パンゾノ。

 パンゾノの頭の中では記憶が洪水のように溢れている。

「……風のように……走り……」パンゾノ。

 すぐ近くでは、マルテンとアマザエも成り行きを注視している。

「……俺は、パンゾノ……」パンゾノ。

 そう言うと、パンゾノはスッと立ち上がった。

「お前は、この黒刀真剣を扱える “音呼舞流” の継承者じゃ」国王。

「音呼舞流?」パンゾノ。

「そうじゃ。お前は、一子相伝の技を受け継ぐ家に生まれたのじゃ」大臣。

「あの悪魔を倒すことができるのは、この黒刀真剣のみ」国王。

「……『侍にとって刀は、魚にとっての水と同じ』……音呼舞流……音、呼吸、舞う……そうか!」パンゾノ。

 パンゾノは少し笑みを見せて晴れやかな顔をした。

「これを使いこなせるのは、お前だけじゃ」国王。

 パンゾノは黒刀真剣を受け取ると、全く力を入れずに、まるで水中の魚のように無駄な動きなく華麗に、鞘を持ち上げて、刀を抜いた。黒いもやは出てこない。

「全く無駄のない柔らかな動きじゃ」国王。

「ふぉふぉふぉ。呪いが発動しないのう」メイジ。

 パンゾノは刀を右手で上に掲げる。すると、刃が輝き始める。そして、刀を見上げて、子守唄を口ずさむ。

「刀と侍、水と魚、刃は星のように輝き、風のように走り」

 パンゾノはヤギの悪魔に向かって走り出す。

「おお、黒刀真剣が金色に光っておる」国王。

「ふぉふぉふぉ」メイジ。

「私が援護します」後を追うビクター。

「私たちも行きます」

 アインとカベルもパンゾノの後を追う。


 その一方、キャンディー帝国軍が虎プーに率いられて、ジャポニカン軍が戦う戦場へやって来た。土の里軍も。ついでに虹の軍もついて来る感じで。

 カクボウは遠くからでも目立つ青い巻毛に気づく。

「ん? まさか……兄上……」カクボウ。

 火の丘王国の騎馬隊も、水の森の軍も、風の谷の助っ人たちも、やって来た。後方のノダオブナガたちがいる所へと。

 ぞろぞろと1万人以上もの兵士たちがやって来る。その中に虹色の鎧の兵士を見つけて、アマザエは表情がこわばる。

「虹の都の奴らか……」マルテン。

「……」アマザエ。

 マルテンもアマザエも、虹色の鎧を来た兵士達を見て、煮えたぎるような憎しみが、憎悪が一気にこみ上げてくる。今にも怒りが爆発しそうな感じだったが、それを打ち消すような声が飛んでくる。

「兄上!」

 カクボウは一人、隊列から離れてマルテンのほうへ駆け寄ってくる。

「やはり兄上だ。なぜ、こんな所に」カクボウ。

「……カクボウか……私は、水の森王国の王位は捨てた。お前が王位に就け」マルテン。

「……え? 何を……兄上……」カクボウ。

 深刻な雰囲気のマルテンたちをよそに、陽気なノリの虎プーがラクダに乗ってやって来る。

「貴殿が、ノダオブナガ国王だな」虎プー。

「ノダオブナガ国王、こちらは元キャンディー帝国大総統の虎プーさんです」マゲ髪。

 マゲ髪がノダオブナガに虎プーを紹介した。

「いかにも、わしがノダオブナガである」国王。

「貴殿のすごさは、いろいろとマゲ髪から聞いておる」虎プー。

「お久しぶりですな、虎プー殿。まさか貴殿がここに来られるとは」大臣。

栗金団くりきんとんのクソ野郎が逃げちまいやがったからのう。今はこのわしが、キャンディー軍の指揮を執っておる」虎プー。

「栗金団大総統が逃げたですと?」大臣。

「そうじゃ。湖の教会へ行ったようじゃ」虎プー。

「何ゆえ、教会へ……」大臣。

 ノダオブナガとサンドロは遠く、ハルマキドンの教会を見る。


 コニタンはトイレット・ペーパーをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ヤギの悪魔はそれを拾っては食べ、拾っては食べ。これは戦闘なのか? それとも、単なる餌やりなのか? 事実、これが続くことによって、ヤギの悪魔はモンスターを召喚せずにいる。結果、兵士たちは守られているのだ。

 そこへ、パンゾノが走って来る。速い、速い。コニタンよりも速い。

「何だ、あいつは?」コニタン。

「コニタン! 彼は黒刀真剣の使い手だ!」ビクターが叫んだ。

「花びらのように舞い」

 パンゾノはヤギの悪魔の前でジャンプする。軽々と高く飛び、まるで何も持っていないかのごとく、軽々と黒刀真剣を振り下ろす。そして、ヤギの悪魔の右の角が斬り落とされる。

「ィテエエエエーーーーーッ!」

 ヤギの悪魔は低い唸り声をあげて、目の色が赤に変わっていく。パンゾノは再びジャンプして、ヤギの左の角を斬り落とす。

「ィテエエエエーーーーーッ!」

 ヤギは前足を高く上げて、体を揺らしながら興奮する。その足が、着地する前のパンゾノに当たって、パンゾノはふっ飛ばされる。バッピーがうまくキャッチしてくれたのだが、強い衝撃で気を失ったようだ。

「大丈夫か!」駆け寄るビクター。

 ヤギの斬られた箇所から、真っ赤な角が生えていく。単に色が真っ赤なのではない。角が真っ赤に燃えているのだ。ヤギは後ろ足で土を蹴り、咆哮ほうこうする。

「ヴエエエエエーーーーーッ!」

 ヤギの悪魔は低い声で吠え、周囲を回転しながら、兵士たちの方へ向けて走り出す。

「うわーーー!」兵士。

「来るぞーー!」兵士。

 ヤギの悪魔は燃える角で兵士たちを突き飛ばしていく。

「うがーーー!」兵士。

「熱いーーー!」兵士。

 角で突かれた兵士たちの傷は、燃えている。

「いかん。あれは普通の傷ではないぞ」メイジ。

「魔法による傷かしら?」かおりん。

「回復魔法!」

 メイジは回復魔法を唱えて、兵士たちの傷を治した。

「土魔法!」サンドロ。

 地面が盛り上がり、ヤギの悪魔の脚を包み込むように土が絡みつく。胴体までが土に覆われてヤギの悪魔は動けなくなる。しかし、ブルブルと体を揺らしながら、土の包囲を崩していくヤギ。

「時間稼ぎにしかならぬな……」サンドロ。

 ヤギは土を崩して暴れ出す。

「鋼鉄魔法!」

 マジョリンヌの魔法が鋼鉄の壁をつくり、ヤギの悪魔を取り囲んだ。

「ヴエエエエエーーーーーッ!」

 ヤギは鋼鉄の壁に体当たりを繰り返す。

「ホント、時間稼ぎにしかならないねえ。あのへっぽこな勇者、早く何とかしてくれないかねえ」マジョリンヌ。

 ヤギは体当たりを繰り返し、ついに鋼鉄の壁を壊して走り出す。

「何とかならんのか」国王。

 ヤギの悪魔は燃える角で兵士たちを突き飛ばしまくる。馬に乗った火の丘の侍たちやラクダに乗った土の里軍はヤギの悪魔からうまいこと逃げている。風の谷の助っ人たちも、さすがミャー族、素早く走って逃げている。その他の兵士たちはヤギの悪魔に突き飛ばされている。

 すぺるんは、サンドロとマジョリンヌの魔法でも止められないヤギの悪魔を、メイジなら何とかしてくれるのではという期待を込めて、メイジを見る。と、目に入ったのはアマザエだ。

「おい、お前、ウマシカの妹だろ。ならよ、風魔法使えねえのかよ」すぺるん。

「……」アマザエ。

「風魔法であの悪魔を吹き飛ばしてくれよ」すぺるん。

「……」アマザエ。

「これ、無理を言うでない」メイジ。

「そうですよ、すぺるんさん。私たちはコニタンさんを応援しましょ」かおりん。

「そうだ、無茶言うな筋肉バカ。俺でも魔法を使えないんだ」ハリー。

「お前は魔法使いじゃないだろが!」すぺるん。

「……」アマザエ。

「アマザエよ、自分の身を守る時、火事場の馬鹿力が必要な時などの緊急事態に、突然魔法が使えるようになることがある。気にするな」メイジ。

「……」アマザエ。

 ヤギの悪魔はジャポニカン軍の包囲を突破し、虹の軍の方へと走る。予期せぬヤギの悪魔の出現に、隊列を整える暇もなく、戸惑う虹の軍。しかも指揮官不在だ。慌てふためくばかりである。そこへ向かってヤギの悪魔が突進していく。

「危ない! 助けなくては!」カクボウ。

「ほっとけ」マルテン。

「何ですと!?」カクボウ。

「虹の都の連中だ。助ける必要などない」マルテン。

「兄上! 何を戯言ざれごとを!」カクボウ。

「ほっとけ!」マルテン。

「できません!」カクボウ。

「助けに行けば、水の森の兵士が死ぬかもしれない」マルテン。

「虹の軍にも親や兄弟がいるんです! みすみす見殺しにはできません!」カクボウ。

「……」アマザエ。

「あんな奴らの家族はどうなってもかまわん!」マルテン。

「兄上が行方不明になってから、私がどれほど心配していたかわかりますか!」カクボウ。

「……」マルテン。

「……」アマザエ。

「そういう気持ちは皆同じです!」カクボウ。

「……」マルテン。

「……」アマザエ。

「至急、救援を送れ!」指示を出すカクボウ。

 今まさに、混乱する虹の軍にヤギの悪魔が突っ込んでいく。その時、ヤギの悪魔が急に空高くまで持ち上げられる。

「ん! 何だと……」メイジ。

 地面から突如現れた何かが、ヤギの悪魔を空高く突き上げたのだ。

「何じゃ、これは……」大臣。

「……植物……」国王。

 地面から急に木の枝が生えてきて、すごい勢いでヤギの悪魔に絡みつき、地上から数メートルの高さまでヤギを持ち上げたのだ。数十年、いや、数百年かけて育ったような太い枝だ。ヤギの悪魔は木の枝に雁字搦がんじがらめに絡みつかれ、身動きが取れない状態だ。

「タケエエエーーーーーーー!」

 どこか怖がってるような感じで吠えるヤギの悪魔。

「何じゃ、これは……」大臣。

 サンドロは見上げている。戦場の全ての兵士たちも同じく。時が止まったかのように静まり返る。

「……」メイジ。

 メイジは後ろを振り向く。

「……ハァハァ……」アマザエ。

 アマザエの息が上がっている。メイジがよく見ると、アマザエが前へ突き出した右の手のひらのちょうど下の地面に小さな木が生えている。芽が出たばかりのように新鮮だが、木なのだ。とても小さな木なのだ。その木から、ヤギの悪魔を突き上げた場所まで、地面の下が木の根が這っているように盛り上がっている。

「……魔法か……」メイジ。

「……これは……もしかして、樹木魔法か……」大臣。

「驚きだのう……」メイジ。

 メイジはそっとアマザエの側にきて、声をかける。

「無我夢中で何が起きたのかわからぬだろうが、冷静でいなさい」メイジ。

「……アマザエ……」マルテン。

 アマザエは気が動転しているようだ。

「助かったぞ……」虹の軍。

「魔法使いが助けてくれたのか」虹の軍。

 ヤギの悪魔を下から見上げるビクターたちも何が起きたのか理解出来ないような感じでじっと動けないでいる。

「何だこの木は?」コニタン。

「メエエエエエーーーーーーーッ!」

 モンスターが200体ほど出現した。

「俺としたことが、隙を与えちまったぜ」コニタン。

「モンスターだ!」兵士。

「応戦しろ!」兵士。

「任せろ!」ビクター。

 ヤギの悪魔の燃える角が、徐々に変形していく。角は異様な形に伸びていき、自分に巻きついている木の枝に当たって、その熱で枝を溶かしていく。そして、全ての絡んでいる枝を溶かして、ヤギは脱出に成功した。垂直に伸びた木の枝を滑り下りていくヤギの悪魔。

「やっぱり、どんな急な所でもヤギは上り下りできるんだな」ハリー。

「今、そんなこと言ってる場合じゃねえだろが!」すぺるん。

 地上まで下りてきたヤギの悪魔は、前足で地面を蹴りながら、今にも突撃をしそうな感じだ。コニタンはトイレット・ペーパーをちぎって投げる。ヤギの悪魔はそれを拾って食べる。

「ゥメエエエエーーーーーッ!」

 この時、アインとカベルに介抱されていたパンゾノの意識が戻った。パンゾノはすっと立ち上がり、黒刀真剣を構えてヤギの悪魔に向かって走る。

「風のように走り」

 ヤギの悪魔は角でパンゾノを刺そうとしたが、パンゾノは素早く避ける。アインとカベルが聖なるダガーで角をはじき返す。

「俺を高く跳ばせてくれ」パンゾノ。

 アインとカベルは両手で足場を組んで、パンゾノがそこに足をかける。そして二人はパンゾノを跳ね上げる。

「花びらのように舞い」

 パンゾノは、華麗に宙に舞い、ヤギの背中目掛けて落下していく。

「いかづちのように刺し」

 パンゾノはヤギの背中に黒刀真剣を突き刺した。そして、一息つく。それから全身全霊を込めて、次のアクションを取る。

「地割れのように割く」

 パンゾノは黒刀真剣をヤギの頭の方に振り上げた。刀から発せられた黄金の光がヤギの悪魔の体を深く斬り裂く。

「ィテエエエエーーーーーーーーーッ!!!」

 ヤギの悪魔はこれまでよりも低く、大きな声で叫んだ。目の色は灰色へ変わっていき、燃えている角は、黒く固まり始めた。そして徐々に、黒い体毛が抜けていく。それから、パタパタと一気に体毛がはじけるように抜けていき、体が形を成していないように小さくなっていく。そして最後に、どっさりと体毛が地面を覆い尽くした。その体毛もすぐに空気中に散り散りになって消滅していった。

 しばらく、戦場にいる全員がその行方を見ていた。

「……倒したのか……」大臣。

「……そのようじゃな」国王。

「ふぉふぉふぉ。やりおったか」メイジ。

 一人の兵士が小声で「やった」と呟いた。それから、雪崩を打つように大きな声でみんなが叫び出す。

「うおーーー! やったぞーーー!」兵士たち。

「すげえ、あいつ、あのバカでかい悪魔を刀で倒した」すぺるん。

「さすがは、俺と同じくらいの爽やかイケメンだな」ハリー。

「死ねこら!」すぺるん。

「ブサイクー! よくやったー!」どSのかおりん。

「おい、かおりん、素に戻れよ」すぺるん。

「コニタンさん、今回も大活躍だな」金さん。

「ああ、そうだな。コニタンがいなかったら、あの悪魔を倒せなかったな」すぺるん。

 コニタンのパーティーは皆安堵。

 ビクターとアインとカベルは、佇むパンゾノの側へ寄って行く。近くの兵士たちも。

 戦場の兵士たちはガッツポーズする者もいれば、近くの兵士と抱き合う者もいる。みんなが歓喜している。マルテンもアマザエも。

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