第31話 悪魔が来たりてラッパを吹く

 そうしている間に、ボッチデス湖の小島へ小さな船で渡る者が何人かいた。アルチュール、ロペスエール、ポンジョルノ、海賊クルーが20名、それと、青い巻毛の男、それに長い黒髪の女である。青い巻毛の男は、中年で背は高く、精悍せいかんな顔つきで、気品ある佇まいだ。皮の鎧を着て、剣を腰に携えている。鎧は安物に見えるが、剣の鞘は装飾が施され、立派な剣が収められていると想像がつく。長い黒髪の女は、年の頃は20代だろうか、灰色のローブを着て、脇に木製のケースを抱えている。顔色が悪く、体に不調を抱えているようだ。

 船は小島へ着き、全員が古い教会の入り口辺りにきた。

「お頭、脳取ダムの “未来予想図” には、湖なんて載ってなかったですぜ」海賊。

「数千年経ってるんだ。その間に湖くらいできるさ」ロペスエール。

「コンパスが磁場で狂い始めて、ちょうど止まって東西を指している。ここで間違いないはずだ」アルチュール。

「……」黒髪の女。

「何だよ、あんた、震えてるのか?」海賊が青い巻毛の男に言った。

「武者震いだ。気に障ったのか?」上品な言葉遣いの青い巻毛の男。

「いいや。へっ、王族ってのは変に気取ってて面倒くせーな」海賊。

「ボロっちい教会だぜ。まるでゴーストハウスだな」ロペスエール。

 教会は石造りで、建築様式が当代のものとは異なっている。外見はアーチ状で、複数階で構成されている。石本来の色が黒っぽいのか、建物全体が黒い。

 アルチュールが入り口上部に彫られた文字を見上げる。

「うむ、もう使われていない古代の文字だ」

 アルチュールは手に持った “未来予想図” の本を開いて、古代文字を解読する。

「ふむ、ハル……マキ……ドン。ははは、ハルマキドン。ここだ。この教会だ」アルチュール。

 アルチュールは入り口の戸を開ける。地元の人々が掃除をしにきているのか、長い間放置されてきたという感じはしない。

「まあ、いいだろ」アルチュール。

「お頭、何がだい?」海賊。

「思ってたよりも内部は綺麗だ。悪魔が現れて以降は、ここはわしらの居場所になるからな」アルチュール。

「ホントにこんなボロい建物にモンスターどもが入って来れねえのか?」海賊。

「教会だからだ。大丈夫だ。全部、脳取ダムの “未来予想図” に書かれてあるようになるんだ」ロペスエール。

 アルチュールを除いて、海賊の行動と言動は稚拙だ。対象的に、巻毛の男と黒髪の女は物静かで品位がある。二人は海賊と距離を置いて接してきたようだ。黒髪の女が巻毛の男に話しかける。

「マルテン、後悔はないの?」女。

「ああ、ない」

 そう、この青い巻毛の男は、マルテン。行方不明の水の森王国の国王、マルテンである。

「君は? アマザエ」マルテン。

「私も後悔なんて全くない」

 そして、この長い黒髪の女は、アマザエ。ウマシカの、亡くなったと思われていた妹である。

 二人とも、何かに向けられている鬱憤うっぷんを内に秘めているが、至って冷静沈着であり、これから大事をなそうとしているのか、表情は晴れやかにも見える。

 海賊は皆、教会の中へ入っている。アルチュールが入り口から顔を出して二人に言う。

「中へ入れ。部屋もあるし、食い物もワインもあるぞ」アルチュール。

 マルテンとアマザエは教会の中へ入る。

「ポンジョルノ、二人を2階へ案内してやれ」アルチュール。

「はい……」ポンジョルノ。

「正午を過ぎたら始めるぞ。いいな」アルチュール。

「わかった」アマザエ。

 二人は水をもらって、2階の部屋へと行く。二人はテーブルを囲んで椅子に腰掛ける。マルテンは静かに語りだす。

「今でもやっぱり思う。あの時、ウマシカに声をかければよかったのかと」マルテン。

「あの時って? ナウマン教団に捕まって、人口悪魔の実験台にされかけた時?」アマザエ。

「うん。『私が虹の都王国の南の街で君を助けた』と言えばよかったのかもしれない」マルテン。

「でも、マルテンは私を助けられなかった。伝えたとしても、お姉ちゃんは逆上したかもね」アマザエ。

「かもしれない、でも、ひょっとしたら何かが変わったかもしれない。せめて私の思いを伝えたかった……」マルテン。

「私も、自分が生きてるって、お姉ちゃんに伝わっていたらって思う」アマザエ。

「……」マルテン。

「……」アマザエ。

 静寂。静寂が続く。

「私がもっと強ければ、力があれば、風の谷が洪水に見舞われたときに、救援隊を送ることができたんだ。虹の都で君のことも助けることができたんだ」マルテン。

「……」アマザエ。

「まだ頭の中で悪魔の声はするのか?」マルテン。

「……うん、ずっと」アマザエ。

「もうすぐ終わるさ」マルテン。

「……」アマザエ。

 静寂の中、扉が開かれたままの部屋のすぐ外で物音がする。二人はふっとそちらへ顔を向ける。

「ん……」マルテン。

 扉のすぐ横にロペスエールが立っていた。

「悪いな、盗み聞きするつもりはなかったんだ」ロペスエール。

「……」マルテン。

「お前さんが言ったのは、ただの泣き言だ。たとえ強くなかっとしても、力がなかったとしても、それをやる勇気があれば、できたんじゃねえのか」ロペスエール。

「私達のことに立ち入らないでほしい」アマザエ。

「おー怖え。ほらよ。土壇場で弱腰になられちゃたまったもんじゃねえからな、酒でも飲んどけよ」ロペスエールはワインをテーブルに置いた。

「私は飲まないと以前から言ってるだろ」マルテン。

「俺も海賊になる前は社会の中で弱者だった。お頭だって、王の地位を追われてからはそうだ。だから、お嬢ちゃんの気持ちはわかるぜ。でも王族のお前さんの気持ちは理解できねえな。だからよ、急にやめるなんて言われたら困るんだ。だから飲んどけよ」ロペスエール。

「断る」マルテン。

「はいはい」部屋から出ていくロペスエール。

「覚悟は決まってる。いまさら後戻りなんてできない」マルテン。

 静寂。


 そして、時刻は正午になる。ポンジョルノが二人を呼びに来た。

「時間だ」

 マルテンとアマザエは覚悟を決めた顔で部屋から出て、教会の外へと行く。教会の前には巨大な魔法陣が地面に完成していて、黒い光を放っていた。

「これは何だ?」マルテン。

「外に出たらすでにあった。“未来予想図” に書いてある通りだ」アルチュール。

「いよいよだな、お頭」ロペスエール。

 海賊は皆興奮している。

「シュバルツと栗金団を出し抜くために、予定よりも早く悪魔を召喚するぞ」アルチュール。

 アマザエは、木製のケースを開けて、その中からラッパを取り出した。

「さあ、アマザエよ。お前の魔力で地獄の門を開くのだ」アルチュール。

 アマザエは空に向かってラッパを吹き始める。


 パッパーパパッパーッパパーッパパッパーパーパパッパーパパッパーパッパー!


 ラッパの音が響き渡る。すると、薄っすらと魔法陣の上に浮かび上がってくるものが見える。それは徐々に、透明状態のものから、具体的な形のあるものへと変わっていく。そして数十秒の内に、巨大な門として現実に出現した。

「おおっ、まさしく “未来予想図” に書かれてある門だ」アルチュール。

 皆、門を見上げる。高さは10メートル以上はあろうか。威圧感のある不気味な門だ。

 マルテンは唾をごくりと飲み込んだ。海賊も皆、じ気立っているようだ。

 アマザエは再びラッパを吹く。


 パッパラパッパッパーパッパッパーパラパッパーパラパッパッパーパッパッパー!


 すると、門の扉が向こう側へ開き始める。


 ガッ、ガガガガガガガガッ!


 扉は向こう側に開いた。全開の状態だ。しかし、中は暗闇状態で見えない。

「全員、魔法陣から出ろ。教会の中へ入るぞ」アルチュール。

 皆、教会の中へ急ぐ。


 ちょうどこのとき、ジャポニカン軍が、虹の軍とキャンディー軍へ突撃をかけていた。両軍入り乱れての大混戦だ。

 戦士が前列で戦い、その後ろで魔法使いが魔法を唱える。この戦法で、ジャポニカン軍は相手を圧倒していく。


「土魔法!」大臣。

 地面が盛り上がり、一気に百人ほどの兵士が腰のあたりまで土に埋まって身動きが取れなくなる。

「武器を捨てろ! 降伏しろ!」ジャポニカン軍。

 キャンディー軍は戦意を失い、剣や槍を投げ捨てて、兜も脱いで、降伏のしぐさを取る。


 ハリーは大きな網を投げて、敵を一気に動けなくする。かおりんは水流魔法で敵を上空に巻き上げて地面に叩きつけて倒していく。シタインは、「バウバウ」と吠え、敵の武器を腐らせていく。セサミンはタクシーに变化して、怪我をしたジャポニカン軍兵士を後方に運んでいる。


 東森は敵の手を狙って撃ち、武器を持てないようにして戦闘不能に追い込んでいく。


 すぺるんは、敵の鉄の鎧には刀が効かないため、ガントレットで殴って敵を倒していく。そしてすぐに敵陣深くにいる侍たちに追いつき、自分も見様見真似みようみまねで刀の峰で敵をなぎ倒していく。


 コニタンは馬に乗ったままで恐怖に震えている。馬は気を失って地面にしゃがみ込んでいる。


 みんなが戦っていたこの時、ジャポニカン軍から見れば右前方に、虹の軍とキャンディー軍から見れば左後方にある小島に、巨大な門が出現していた。扉が開け放たれ、中は暗闇という怪異なその門は、数キロ離れた戦場からでも、異様に目立つほど不気味だった。兵士たちは気づき、次第に戦闘どころではなくなっていく。

「あれは……まさか」国王。

「……地獄の門……」大臣。

 門の暗闇の中から、何かが出てくるのが見える。四本脚の動物のような巨大な何かだ。両軍はじっとそれを見つめている。


 小島の教会では、4階のバルコニーから海賊が門を後ろ側から見ていた。その場所からは、獣のような何かが門から出ていったのが見えた。しばらくして、その獣が巨大なヤギだとわかる。

「おおっ、魔界で最高位のヤギの悪魔だ」アルチュール。

「ホントに出てきやがったぜ! なんてクソでかいヤギだ!」ロペスエール。

 アマザエは死人のような精気のない目でその光景を見ている。マルテンは恐ろしさのあまり震えている。

「あれだけ?」海賊。

「最高位の悪魔はたしか、3体ですよね、お頭?」海賊。

「その内の1体、ハエの悪魔は数年前にすでに倒されている」アルチュール。

「だったら、もう1体いるんじゃ?」海賊。

「あれ、今、小さいのが出てきて、ヤギの背に飛び乗らなかったか?」ロペスエール。

「ん? どこだ?」海賊。

「あれ、気のせいかな」海賊。

「おい、あのヤギ、水の上を歩いてるぞ!」海賊。

 ヤギの悪魔はゆっくりとどっしりと、湖の上を歩いていく。


 キャンディー軍と虹の軍の一番後方では、シュバルツと栗金団もその光景を見ていた。

「アルチュールがやりおったな」栗金団。

「悪魔の登場か。あの悪魔がジャポニカン軍を倒してくれるんだな。楽しみだぜ」シュバルツ。

「……」栗金団。

 薄ら笑いを浮かべる栗金団。その横で毛糸は青白い顔でブルブル震えている。


 戦場では、両陣営ともに、ヤギの悪魔が近づいてくるのを見ている。徐々に近づいてくるヤギの悪魔。近づくに連れて、その大きさがわかってくる。ゆえに、全員が圧倒されて、とても動ける状態ではない。

 ズシン、ズシンと音を立てて、ヤギの悪魔が戦場までやって来た。黒い毛並み、黄色い目、灰色の角。角の先は三叉のほこのようになっている。ひづめは先が尖っている。角を除いても高さは、3メートルか。全長が10メートルほど。人間からすれば、すごい威圧感だ。だがしかし、立ち止まったままで攻撃してこない。

「これでもくらえ!」ジャポニカン軍が槍を投げた。

 槍が当たったその途端、ヤギの悪魔の目は黄色から赤に変化した。そして前足で蹴る。

「うわあああ!」兵士。

 一瞬で数十名の兵士たちが蹴り飛ばされた。

「何だこのパワーは……」兵士。

 ヤギの目の色はまた黄色に戻る。

「メエエエエエーーーーーーーッ!」

 ヤギの悪魔は地底から響いてくるような低〜い声で鳴いた。すると、すぐ側の空間に黒い穴が空いて、そこから続々とモンスターが現れた。角のある巨大な虎のモンスター、羽のあるライオンのモンスター、足の長いワニのモンスター、腕が6本ある熊のモンスター。全部で100体ほどだ。

 ノダオブナガが大声で告げる。

「キャンディー帝国と虹の都の者たちよ! 互いに争っているときではない! ヤギの悪魔が現れた! 協力して戦おうではないか!」国王。

 だが、キャンディー軍は冷淡でいる。一人のキャンディー軍兵士が返答する

「悪魔とモンスターは、お前らジャポニカン軍にしか攻撃しないんだよ!」キャンディー軍。

 そのとき、虎のモンスターの角がその兵士を貫いた。

「え、ぐふっ……」キャンディー軍兵士。

 騒然とするキャンディー軍と虹の軍兵士たち。

「おい、どういうことだ? 俺らには攻撃してこないはずだぞ」キャンディー軍。

「ああそうだ、栗金団大総統がそう言ってた」キャンディー軍。

 そう言った兵士に向かって熊のモンスターが噛みつく。

「うぎゃーー!」キャンディー軍兵士。

「聞いてたことと違うぞ!」虹の軍。

「ああ、モンスターと戦わないと死ぬぞ!」虹の軍。

「ジャポニカン軍と一緒に戦おう!」キャンディー軍。

 目の前で起きた凄惨な出来事がキャンディー軍と虹の軍の態度を一気に反転させた。

「メエエエエエーーーーーーーッ!」

 再びモンスターが出現する。今度は200体ほど。

「共に戦うぞ!」国王。

 全軍上げてのモンスターとの戦闘が開始する。キャンディー軍陣営に深く入り込んでいた侍たちが、対モンスター戦線へ駆けつける。ゴンとマモルも来る。もちろん、すぺるんとハリーたちも。

「国王様、大臣様」マモル。

「マモルよ、今は再会の挨拶をしている暇はない。戦うぞ」国王。

「はい」マモル。

「メエエエエエーーーーーーーッ!」

 モンスターが200体ほど出現した。

「行くぞ!」国王。

「土魔法!」大臣。

 モンスターどもの脚が土に埋まる。身動きが取れなくなったそのモンスターどもを戦士たちが攻撃して倒していく。

「光魔法!」国王。

 7本の光の矢が7体のモンスターを一撃で倒していく。

「すげえ」兵士たち。

 ノダオブナガは剣を抜いてモンスターに斬りかかる。数体を一撃で倒していく。

「国王様に続けー!」兵士たち。

「ハエの悪魔のときは蝶とかコウモリとかのモンスターだったけど、ヤギの悪魔はデカい四つ足系のモンスターを呼ぶんだな」すぺるん。

「バカにしては良い分析だ」フレイルを振り回すハリー。

「ハリー、僕はもう役に立たへんし、マントの中に入ってええか?」シタイン。

「ああ、いいぞ」ハリー。

「俺はモンスターに攻撃されることはないから、休んでおくぞ」ぬいぐるみのセサミン。

「こいつら、気楽でいいな。よっしゃ、気合い入れて行くか!」すぺるん。


 人間たちとモンスターどもの戦闘開始だ!

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