第29話 荒野の7千人

 ボッチデス湖の南側。ここは湖と高い山脈に挟まれた場所である。決して大軍が楽に動き回れるとは言い難い狭い平地が数十キロも続いている。そこにある、住民が避難していなくなった街に、シュバルツたちと軍隊が夜を明かすために泊まっている。

 物見番の兵士がシュバルツたちに報告に来る。

「大総統、街の外に明かりが見えます。いかがしましょう」兵士。

「明かりだと?」栗金団。

「はっ。どうも、街か村で家々に明かりが点っているようで、わずか数百メートル先だと思われます」兵士。

「そんな近くに街も村もなかったはずだ」栗金団。

「ジャポニカン王国の奴らか?」シュバルツ。

「攻撃しろ!」栗金団。

「はっ」兵士。

 千人のキャンディー軍兵士たちがゆっくりと明かりの方へ近づいていく。彼らの目には、普通の街か村にしか見えない。「あんな場所に村なんてなかったよな」、警戒しながら近づく兵士たち。すると、突然周りに火が付き、兵士たちを取り囲む。唯一逃げられる場所は、明かりのある方向だ。兵士たちは明かりへ向かって走り出す。しかしそこでも突然火が燃え上がり、瞬時に激しく燃え広がる。そして突然、明かりが灯る建物だと思われていたものが向こう側へ倒れていく。そして同じ方向に地面が斜めに傾き、兵士たちは坂を滑り落ちるように、暗闇に向かって落ちていく。落ちた先は湖の中だ。足がつかない深さで、得体の知れない何かが兵士たちを襲う。モンスターだ。巨大な魚やうなぎのモンスターが兵士たちに噛みつく。暗く冷たい水の中で為す術もなく、千人の兵士たちは戦闘不能状態になった。

 一人の兵士が戻ってきて報告する。

「大総統、ジャポニカン王国の部隊と戦闘になりました。わが軍の圧勝です。追い打ちをかけておりますゆえ、ご安心くだされ」兵士。

「そうか」栗金団。

 この報告に安堵して、皆は眠りにつく。この兵士が薄ら笑いを浮かべていたことに誰も気づかずに。


 クックドゥードゥルドゥー!

 翌朝、虹の軍とキャンディー軍は進軍を開始する。そして、湖に浮かぶ多数のキャンディー軍兵士を発見する。

「一体どういうことだ……」栗金団。

「追い打ちしてから、逆に追い込まれたのか?」シュバルツ。

「……ふむ」アルチュール。

「……」毛糸。

 そしてある街にたどり着き、夜を明かすことに。

 その夜、街の防御柵に火が付く。すぐに燃え広がった火に驚く兵士たち。消化に当たろうとすると、南の方から声が聞こえてくる。悲鳴のような大声だ。南側の岩山からたくさんの石が落ちてくる。暗闇の中を逃げ惑う兵士たち。火は北の方角に向かって逃げ道を用意しているように不自然に燃えている。兵士たちは混乱しながら、火のない方向へ走る。そこにはもう地面が無く、湖に面した断崖だった。兵士たちは次々に湖へ落ちていく。そしてモンスターに襲われ、くたばっていく。

 冷静な兵士たちがなんとか火を消化し、事態は沈静化した。だが、約2千の兵士が倒れた。急遽見張りの兵士を増やして、虹の軍とキャンディー軍の多くが不眠のまま朝を迎える。


 クックドゥードゥルドゥー!

「何だったんだ、ジャポニカン王国の策略か?」シュバルツ。

「もう1割強の兵を失っておるな」アルチュール。

「風の谷へ送った軍も、これと同じ目に遭ったのか?」栗金団。

「……」毛糸。

 再び、進軍開始。そして、ちょうどボッチデス湖の端へ来たとき、多くの兵士が湖の方へふらふらと歩み始めた。湖の木々が生い茂った薄暗いどんよりとした所へ歩いていく兵士たち。みんな、目が虚ろで、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。彼らは湖へ入り、奥へと進んでいく。まるで水に浸かった小さな林のような場所である。そこで、急に辺りが紫色になる。そして聞こえてくる、ひゅーーどろどろどろーーーーという音。数人が我に返り、戻ろうとするが、次から次へと兵士が押し寄せてきて戻れない。

 進軍中の部隊の中で、その異変に気づいた兵士が、湖に向かって歩く兵士を連れ戻そうとするが、自らも目が虚ろになって湖へといざなわれていく。ミイラ取りがミイラになるように。それゆえに、誰も湖へ向かう兵士を止められない。

 3千の兵士が湖の木々が生い茂る中へと入っていき、そこへ突然、強烈な波が襲いかかる。まるで津波だ。き止められていた水が放たれたような勢いの波が、3千の兵士を飲み込んで陸地にまで上がっていく。突発的なことで誰も予想できずに、また気づかずに、陸地の兵士を含めて、特に不眠状態の約4千人が戦闘不能になった。

「何なんだ、これは!?」栗金団。

「ジャポニカン王国の仕掛けたトラップですな」アルチュール。

「クソが!」シュバルツ。

「……」毛糸。

 近くの街に急遽移動して、虹の軍とキャンディー軍は見張りの兵士を増員して、夜を明かす。


 クックドゥードゥルドゥー!

「すでに三分の一の兵を失ったか。残るは1万4千か」栗金団。

「大丈夫だ。悪魔の前では数などどうでもよくなる」アルチュール。

 進軍開始だ。進むこと約二時間。虹の軍とキャンディー軍は、ジャポニカン王国王宮を望むことができる広大な平野へ出た。左後方にボッチデス湖があり、右側には高い岩山が脈々と連なっている。彼らのはるか前方には、ジャポニカン王国の部隊が隊列をなしている。


 ジャポニカン王国の陣営、兵力は約6千人。魔法使いが数百名、神官と僧侶も数百名いる。

「国王様、一部の兵はやはり火縄銃を装備しております。厄介ですな」望遠鏡を覗く大臣。

「うむ。全員、鉄の盾を装備しろ」国王。

「はっ」兵士。


 キャンディー軍の陣営は、火縄銃部隊を前にして、前進する。ある程度の距離まで来たとき、指揮官が号令を掛ける。

「撃て!」

 バキュバキュバキューーーン!!!

 ジャポニカン軍は弾丸を鉄の盾で防ぐ。そして突撃する。しかし、すぐにキャンディー軍は別の火縄銃部隊を並べて、撃つ。

 バキュバキュバキューーーン!!!

 不意を衝かれたジャポニカン軍は、何人かが銃撃を受ける。しかし突撃は続く。キャンディー軍の火縄銃部隊は後ろへ下がって、槍を装備した部隊が出てくる。ジャポニカン軍が槍で攻撃。双方、肉弾戦だ。ジャポニカン軍の最前線の戦士の背後で、数名の魔法使いが魔法を唱える。炎がキャンディー軍を巻き込む。槍部隊は魔法に驚いて慌てて後方へ退く。ジャポニカン軍は突撃をする。ジャポニカン軍が優勢だと思われたが、キャンディー軍の火縄銃部隊が待ち構えていた。火縄銃部隊は前進しながら銃撃をし、すぐに後ろから新たな火縄銃部隊が撃ってくる。途切れることない銃撃をするキャンディー軍に、ジャポニカン軍は盾で防げなかったり、鎧の隙間から銃撃を受ける兵士が続出した。徐々に後退を始めるジャポニカン軍。魔法が後退の援護をして、何とか陣営まで戻ることができた。すぐに回復魔法で兵士の傷を治す。だが、回復魔法で傷口を塞ぐことはできるが、体内の弾丸を取り出すことはできない。

「うむ、やはり銃は厄介じゃのう」大臣。

 一方のキャンディー軍は、虹の軍の神官の回復魔法で全員フル回復する。

 ここまでの戦いで、ジャポニカン軍のほうが分が悪い。

「魔法を使えるわしらのほうが有利だと思っていたが、そうはいかぬな」国王。


 双方、しばらく睨み合いが続く。数十分、1時間……


 と、南東の方から、何かが猛スピードで走って来る。砂埃も上げずに、何かが走って来る。いや、地面から少しの高さを浮かんでいる。それはジャポニカン軍の後方辺りで止まる。魔界タクシー666である。国王や大臣を含めジャポニカン軍の皆は、予想できない事態をただ単に見ていることしかできない。

「国王様〜! 大臣様〜!」かおりん。

「おお、かおりんではないか」大臣。

「急いで戻って来ましたよ」ハリー。

「え、いや、戻ってくるの、早すぎないか?」国王。

「あと数日はかかると思っていたが……」大臣。

「この魔界タクシー999のおかげですよ」ハリー。

「キーーッ! 666だ!」元のぬいぐるみの姿に戻ったセサミンが怒る。 

「何じゃ、その喋るアザラシのぬいぐるみは?」大臣。

「悪魔です」ハリー。

「は?」大臣。

「悪魔ですよ」かおりん。

「あんだって?」国王。

「だから、悪魔なんですよ」ハリー。

「そうだ、俺はゴマアザラシの悪魔だ」セサミン。

 セサミンは再びタクシーに变化する。それを見て、全員が静まり返る。そして一気に爆発する。

「ええええーーーーー!!!」

「おい、どういうことだ!」大臣。

「大丈夫です。仲間です」ハリー。

「何だと!?」国王。

「ハリーさんが従属契約を結んだから、ハリーさんのしもべなんです。だから人間を攻撃したりしません」かおりん。

「どゆこと?」大臣。

「悪魔をしもべにしたんです。だから私の命令にしか従わないんです」ハリー。

「え、え、え?」大臣。

「おい、何かすごくない?」国王。

「ちなみに、僕も悪魔やで」シタインがマントから顔を出す。

「うっ、その犬、死体か?」大臣。

「そうや、シタインやで」シタイン。

「シタインという犬の悪魔です」ハリー。

「ハリーさん、悪魔を二体もしもべにしたんですよ、すごいですよね」かおりん。

「あ、あ、え? 我々を攻撃してこないんじゃな?」大臣。

「ええ、私が命令したら別ですけど」ハリー。

「モンスターを召喚できるのか?」大臣。

「それは最高位の悪魔しかできひんで」シタイン。

「ということです」ハリー。

「いや、悪魔を仲間にするなんて、いやはや、何とも想像不可能なことを……」大臣。

 国王も含め、皆が呆気にとられている。空気を読まないハリーはジャポニカン軍の現状を見渡す。

「見たところ、回復魔法でも回復しない傷を負ってるみたいですね」ハリー。

「銃で撃たれた傷じゃ」大臣。

「なるほど、銃ですか。ほとんどが火縄銃ですよね。私みたいなリボルバー式の連発銃ではないですよね」ハリー。

「そのようじゃ」大臣。

「だったら任せて下さい。鉄の盾と、鎖帷子を貸して下さい。そうだ、セサミン、お前、銃で撃たれても平気か?」ハリー。

「全然平気じゃない。おそらく、かなり痛い。下手したら死ぬ」セサミン。

「物理攻撃が効くのか。ハエの悪魔には物理攻撃は効かなかったけどな」ハリー。

「ハエの悪魔は特別なんだ。俺は序列666番だぞ。下位の悪魔だ」セサミン。

「じゃあ、大臣様、鎖帷子をたくさん用意してもらえますか?」ハリー。

 両軍、膠着こうちゃく状態の中、ハリーは鎖帷子をつなぎ合わせて、タクシーになったセサミンに装備させる。自らも鎖帷子と鉄の盾を装備する。かおりんも。

「私もですか。どうするんです、ハリーさん」かおりん。

「敵の火縄銃を使い物にならなくするんですよ、じゃあ、行きましょうか」ハリー。

 ハリーとかおりんは魔界タクシーに乗って、敵陣へ向かう。

「師匠、敵の火縄銃部隊めがけて、水流魔法を唱えて下さい。セサミン、お前も水を出せるんだよな?」ハリー。

「出せる。ただ、タクシーに変身しているときはできない」セサミン。

「そうか、なら、走るだけでいい。シタイン、お前は火縄銃を腐らせるんだ」ハリー。

「なるほど」かおりん。

「わかったでー、ハリー」シタイン。

 魔界タクシーはキャンディー軍へ突進する。火縄銃部隊はハリーたちに向けて撃ってくる。

 バキュバキュバキューーーン!!!

 ハリーとかおりんは鉄の盾で弾丸を防御する。セサミンの鎖帷子に何発か当たった。

「痛い、痛い、イタタタ」セサミン。

「水流魔法!」

 上に巻き上げるのではなくて、鉄砲水のように飛んでいく水流が火縄銃部隊を直撃する。水流が火縄銃の火皿の火薬を湿らせ、吹き飛ばしていく。

「バウバウ」

 シタインが吠えると、火縄銃が腐り始める。

「師匠、さすがです。シタイン、まだまだいくぞ。セサミン、頑張れよ」ハリー。

「全然大丈夫やでー、ハリー」シタイン。

「キーーーッ! 悪魔使いの荒い奴だな」セサミン。

 ハリーたちは北から南へと、前線に並ぶ火縄銃部隊に水流魔法と悪魔の吠声はいせいを食らわしていく。

「撃て!」火縄銃兵士。

「だめだ、火薬がびしょ濡れだ」火縄銃兵士。

「何だ、銃が粉々になっていくぞ!」火縄銃兵士。

「魔法か?」火縄銃兵士。

 敵陣営の前線を一通りして、ハリーたちはジャポニカン陣営へ帰還。

「ただ今戻りましたー」かおりん。

「何が起こったのじゃ……」望遠鏡を手に驚嘆している大臣。

「シタインの力で銃を腐らせたんです」ハリー。

「何と、そのようなことまで……味方で良かった……」大臣。

「敵の銃は全部使えなくなったんですか?」かおりん。

「いや、師匠。私たちが相手にしたのは、前線の奴らだけです。まだ奥の方に火縄銃部隊がいるはずです」ハリー。

「うむ。全ての火縄銃部隊を引っ張り出さねばのう。かといって、むやみに近づくと危険じゃしのう」大臣。

「大臣様の土魔法で何とかならないんですか?」かおりん。

「うむ。わしが土の壁をつくって銃撃を防いだとしても、わが軍の兵士がその壁を乗り越えてる間に、次の銃撃がくる。だから難しいのう」大臣。

「あらら、うまくいかないんですね」かおりん。

「どうしたものか」国王も困惑気味。


 膠着状態が続く。攻めあぐねているジャポニカン軍と、突然銃が腐るのを目にして気が動転しているキャンディー軍。何かきっかけがあれば事態は進展していくかもしれないという中、ジャポニカン軍の南東に砂埃が見える。それは徐々に近づいて来る。馬だ。よく見ると、人が乗った馬の大群だ。軽量の鎧に身を包んだ侍たちだ。先頭を走るのは、赤を基調とした豪華な鎧の男だ。

「おお、火の丘の侍たちじゃ」国王。

「来てくれたか」大臣。

 この援軍の到着にジャポニカン軍は喚起した。

「間に合ったな、ノダオブナガ国王よ、我ら7千人の侍、馳せ参じたぞ」ロクモンジ。

「これはロクモンジ殿、共にキャンディー帝国軍からこの大陸を守りましょうぞ」国王。

「うむ、そのことだがな。キャンディー帝国軍どころではないのだ。わが国の宰相オノノによると、近日中にキャンディー軍も含めた全ての者が、同じ災難に見舞われるということだ」ロクモンジ。

「……うむ、占い師のオノノ殿が言うのか……」大臣。

 そこへ、筋肉質な男を乗せた暴れ馬が暴れながらやって来る。

「どう、どう。おい、バカ馬、まっすぐ走れ!」馬を殴るすぺるん。

「おう、やっと来たか、筋肉僧侶」ロクモンジ。

「筋肉僧侶? ぷぷぷぷぷ」笑うハリー。

「わしらよりも数日早く発ったのに、到着が同じとはな。ふはははは」ロクモンジ。

「この馬がまともに走りやがらねえんだよ」すぺるん。

「馬が悪いのではなく、お前の馬の扱い方が悪いのだ、筋肉バカめ」ハリー。

 すぺるんは背中に背負ってる刀を抜いてハリーの首元に突きつける。

「黙れ、似非えせ魔法使いが!」すぺるん。

「お前、フライパンじゃなくて、何で刀なんか持ってるんだ?」ハリー。

「修行して、良い成果をあげたから、もらったんだよ」すぺるん。

「わしが授けた海老斬丸えびきりまるだ」ロクモンジ。

「おお、ロクモンジ殿が授けたとは」国王。

「この筋肉僧侶には、剣の才能がある。だから良い刀を授けてやった」ロクモンジ。

 そこへ、よぼよぼと歩く馬がやって来た。コニタンを乗せて。

「お、お、おぅええええええ!」ゲロを吐くコニタン。

「汚い!」殴るすぺるん。

「痛いいいい、おぅええええ!」

「ふははははは、本当に勇者なのか?」呆れ顔のロクモンジ。


 ハリーとかおりんが戻ってきた。すぺるんも戻ってきた。あ、そうそう、コニタンも。

 火の丘王国から7千人の侍たちがやって来た。ジャポニカン王国と火の丘王国連合軍は1万3千人。虹の軍とキャンディー軍は残り1万7千人。さて、どうなる。

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