第27話 第三の女

 コニタンとすぺるんと金さんがゴータマ神殿に向かっていたちょうどその頃、ハリーとかおりんはうねる道を下りきって風の谷へ到着した。

「シタイン、居心地はどうだ」ハリー。

「最高やでー、ハリー」シタイン。

 シタインは嬉しそうにマントから顔を出す。セサミンはおそらくマントの中でムッとしている。

「どっちへ行こうかしら」かおりん。

「鉛筆を転がして決めましょうか」ハリー。

 二人が迷っていると、近くの藪の中からゴソゴソと音が聞こえてくる。

「モンスターか」ハリー。

 身構えていると、ひょっこりと見覚えのある男が藪から出てきた。

「あっ、アホ雉じゃないか」ハリー。

「おお、なんや、ハリーか。それにかおりんも。何しとるんや、こんなとこで」アホ雉。

「俺たち、国王様から依頼されて任務で来てるんだ」ハリー。

「任務? どんな任務や?」アホ雉。

「それは話せません」かおりん。

「なんや、冷たいな」アホ雉。

「アホ雉さんが味方とは限りませんから」かおりん。

「わてのこの不細工な顔が、信用ならんか? ええ?」アホ雉。

「はい」かおりん。

「そう言われると、きっついでぇ」アホ雉。

「師匠、アホ雉になら話しても構わないと思いますけど」ハリー。

「うーん、悪意があるかを見極めるために、話をふってみたんですが、目が細すぎて見極めが難しいですね」かおりん。

「そんなちょくで言わんでも……」へこむアホ雉。

「師匠、もう少しオブラートに包んだほうが……」ハリー。

「ひょっとして、キャンディー帝国軍が攻め込んできたことと関係あるんちゃうか?」アホ雉。

「それも一つあるのですが、それに関しては虎プーさんのスパイから聞いて結果を知っていますので」かおりん。

「虎プー? スパイ?」アホ雉。

「あっ、アホ雉は虎プーさんを知らなかったな。虎プーさんはキャンディー帝国の前の大総統だ。今は虹の都王国に滞在中だ」ハリー。

「何やそれ。その人、味方なんか?」アホ雉。

「そうだ。虎プーさんは、この大陸を救うために、わざわざスパイを雇って、キャンディー帝国軍の動向を探っていたんだ」ハリー。

「へー、すごいな。そやけど、わても驚いたで。谷に帰ってきたら、キャンディー帝国軍に攻めこまれて、いくつかの村で柵を壊されてたり、ケガ人がいたりしてたなんて。まあ、でもボロ勝ちやったようで、奇跡的に被害が少なかったみたいでなあ、良かったわ」アホ雉。

「大掛かりなトラップに引っかかって、キャンディー軍が大勢やられたってのは、本当なのか?」ハリー。

「ああ、ホンマみたいやな。調査したんやけど、誰が仕掛けたんか分からへんのやわ」アホ雉。

「谷の人じゃないんですか、仕掛けたのって?」かおりん。

「そのトラップ、見せてくれないか?」ハリー。

「ああ、ええで」アホ雉。

「師匠、いいですよね。様子を見るように国王様から言われてますから」ハリー。

「うーん、確かにそうですね。戦いは終わってますけど、まあいいか」かおりん。

「ところで、アホ雉、お前、藪で何してたんだ?」ハリー。

「残党狩りや。キャンディー軍は、水に流されたり、崖から落ちたりした奴らがおってな。そいつらがどこかに潜んでるかもしれんから、探しとったんや」アホ雉。

「そうか。じゃ、行こうか」ハリー。

「ほんなら、西回りで行こか。まずは、ウマシカ様たちを祀った霊廟れいびょうに来てほしいわ」アホ雉。

「霊廟?」ハリー。

「そうや。ナウマン教のしたことは、今は谷の人間は誰も良かったなんて思てへん。でもな、風の谷を守るために、世の中から差別をなくすために、ナウマン教は行動したんや。それまで誰も行動せえへんかったのに。そやから、何とか世の中を変えようとしたっていうその思いだけは別や。そやから、谷のみんなでウマシカ様たちを祀ったんやわ。勘違いしんといてほしいのは、ナウマン教のことを神格化しようとしてるとかと違うねん」アホ雉。

「ああ、わかった。師匠行きましょう」ハリー。

「ええ」

 三人は霊廟へ向かう。


 風の谷の西側、かつてナウマン教の本拠地があった洞窟の入り口付近。ここに人工的に築かれた小高い丘があり、その上に祭壇が設けられている。見晴らしのいい高台だ。きれいに整備されていて、雑草も見当たらない。そこに墓石がある。たった一つだけ。

「墓標が一つしかないぞ」ハリー。

「そうや。特定の人を祀るというよりは、風の谷のために戦って世の中を変えようとした人らの思いを祀ってあんねん。でもまあ、わてにとっては、ウマシカ様とドクターとクソ猿を祀ってあるんやけどな」アホ雉。

「私はお参りしますよ」お祈りするかおりん。

「もちろん、私もです」ハリーもお祈りする。

 アホ雉も目を閉じて祈りのポーズを取った。かおりんが祭壇の横で何かに気づく。

「あら、何かしら? アクセサリーね。ピアスとネックレスかしら」かおりん。

「そのようですね。供物くもつでしょうか」ハリー。

「ああそれか。何やろなと思っててん。普通は花を手向けるのが風の谷のしきたりなんやけどな。アクセサリーを供物として持ってくるって、珍しいよな」アホ雉。

「アクセサリーで鎮魂をするのは確か、キャンディー帝国の風習だったはず」ハリー。

「さすがハリーさん」かおりん。

「え、そうなんか? ほんなら、ここにキャンディー軍の残党が来たんやろかな」アホ雉。

 みんなは警戒して後ろを振り返ったりして周囲を見回した。すると、はるか向こうから男が歩いてくるのが見えた。

「ん? 誰や?」アホ雉。

「お前、目が細いから見えないのか?」ハリー。

「ぐっさり……」アホ雉。

 ハリーは望遠鏡を使ってその男を見る。誰なのか分かって、それを言おうとした瞬間。

「あ、バカ犬さんですね」かおりん。

「さすが視力7.0ですね」出鼻をくじかれたハリー。

「8.0です」かおりん。

「……」バツの悪いハリー。

 バカ犬はゆっくりと近づいてくる。

「おや、ハリーとかおりんか。久しぶりだな」バカ犬。

「ああ、そうだな」ハリー。

「2年ぶりかしら」かおりん。

「バカ犬、残党がここに来たんかもしれんで。ほれ、アクセアリーが置いてあるやろ。アクセサリーを供物にするのはキャンディー帝国のしきたりらしいで」アホ雉。

「その心配はない。アクセサリーが置かれるようになったのは、キャンディー軍が攻めてくる前からだ」バカ犬。

「え、そうなんか」アホ雉。

「そうだ。ビーズとか翡翠ひすいとかで作られたアクセサリーだろ。おそらく、黒髪の女が置いていったものだ」バカ犬。

「黒髪の女?」ハリー。

 バカ犬は祭壇に花を手向けて、静かに目を閉じてお祈りを始める。

「黒髪の女ですか?」かおりん。

「黒い髪って、そんなに珍しいもんでもないな、風の谷では」アホ雉。

「それ、誰なんだ?」ハリー。

 バカ犬はしばらく目を閉じたままで、それからゆっくりと顔を上げて質問に答える。

「誰かはわからない」バカ犬。

「わからへんって、何やそりゃ」アホ雉。

「俺は、その黒髪の女がここへ来ているのを何度も見た」バカ犬。

「おう、そうなんか。谷の人間なんかなあ」アホ雉。

「ある時は、青い巻毛の男と一緒に来ていた。またあるときは一人で」バカ犬。

「気になりますね」かおりん。

「キャンディー帝国の人間が虹の都からこの大陸にやって来た可能性もありますね」ハリー。

「でも、虹の都王国内からは出られないはずですよね、基本的には」かおりん。

「そこは、虎さんのスパイみたいに、うまくやったとか」ハリー。

「何か気になる点とかなかったんか?」アホ雉。

「黒髪の女は、派手な服装の女と会話をしていたことがある」バカ犬。

「派手な服装の女?」アホ雉。

「そうだ。その三人は知り合いかもしれない」バカ犬。

「その人たち、咳き込んでましたか?」かおりん。

「ああ、みんな咳き込んでいた」バカ犬。

「ほんなら、谷の人間と違うがな」アホ雉。

「谷の人間以外で、この場所を訪れる理由がわからない」バカ犬。

「まあ、とりあえず、トラップを見せてくれよ」ハリー。

「もう日も暮れるし、バカ犬の村にでも泊めてもらおか」アホ雉。

 バカ犬の暮らす小さな村で夜を明かす。


 コケコッコー!

 ハリーとかおりんは、アホ雉に案内されて、谷の中部へと歩いていく。そして、風の谷の真ん中を流れる大きな川へ来た。

「この川の上流がき止められてたみたいで、キャンディー軍がこの川を渡ってる時にせきが切られて、大勢が流されたみたいやわ」アホ雉。

「上流も見てみたい」ハリー。

 ハリーたちは上流へ向かった。

「ほら、木で作られた柵が壊れて散乱しとる。でかい石もよーさん転がっとる。堰があった跡や」アホ雉。

「確かに、人口的だ」ハリー。

「もうちょっと下流の方に行くで」アホ雉。

 ハリーたちは移動する。

「ほら、この巨大な穴、見てみい」アホ雉。

 林の中に、短辺が数メートル、長辺が数十メートルの巨大な穴がある。しかも3メートルほどの深さだ。

「この中に数百人のキャンディー軍兵士が落ちとったんやわ」アホ雉。

「そこの細い道から追われてきたのかしら」かおりん。

「始めは落とし穴やったんや。それから、モンスターに追われた兵士が落ちていったらしいな。捕虜に尋問したらそんなこと言ってたみたいやで」アホ雉。

「この穴、人口の穴だな。どうやって掘ったんだ」ハリー。

「ああ、この穴は、治水工事の一環で、ジャポニカン王国の治水部隊が掘ったんや」アホ雉。

「なるほど、その穴を利用したのか」ハリー。

「もう暗いし、村に泊めてもらうで」アホ雉。

 近くの村で一泊する。


 コケコッコー!

 ハリーたちは川を渡って谷の東へ移動する。そして崖に面した坂道に来た。坂を登る。

「よし、坂の頂上や。この場所が最後やで。そこから下へたくさんの兵士が落ちよったんやわ」アホ雉。

 ハリーは虫眼鏡を使って地面を調べている。

「鏡の破片が散らばってるな。それに、これは木で作られた枠が折れて壊れたんだな」ハリー。

「その木を使ったトラップがあったんやな、何かわからんけどな」アホ雉。

「ここでは下からモンスターが来たら逃げ道はないな」ハリー。

「ほな、次行こか。次は謎の男がおった村やで」アホ雉。

「謎の男ですか?」かおりん。

 アホ雉はハリーたちを近くの村へ連れて行く。木の柵の所々が真新しくなっていて、壊れた箇所を修復してあるのがすぐにわかった。

「ここや。謎の男が大活躍してくれたんやで」アホ雉。

「いや、それ誰だよ」ハリー。

「それはマジでわからんねん。そやから、住民に話を聞いたらどうや?」アホ雉。

「ハリーさん、聞き込みしましょう」かおりん。

「はい、師匠」意気込むハリー。

「いやいや、住民みんなに集まってもらうわ」アホ雉。

「……」出鼻をくじかれたハリー。

 アホ雉は住民を村の中央広場に集めてくれた。

「皆さん、キャンディー軍を倒した謎の男について教えてもらえないでしょうか」ハリー。

「ああ、あの人か。メチャメチャ強かったな」住民。

「結局、最後まで正体を明かさなかったから、名前も知らない。聞かれてもわからねえかも」住民。

「名乗らなかったんですか」ハリー。

「ああ。この村で2年かそれ以上、養生してたな」住民。

「2年以上? そんなに長い間ですか」かおりん。

「そうだ。村の近くに倒れてたんだ」住民。

「間違って谷に迷い込んできた行き倒れの旅人かなぁと思った」住民。

「谷の人間ではないのですか?」ハリー。

「ああ、そうだ。最初の頃はずっと咳き込んでて高熱があったからな」住民。

「鎧を脱がせて手当をしたんだけどよ、寝る時も鎧を着るって言うんだよ。変わった人だったな」住民。

「寝る時に鎧を着る? それって、どんな鎧でしたか?」ハリー。

「胸のところに太陽みたいな紋章があったな」住民。

「ハリーさん、それって」かおりん。

「ゴンに面倒を見てもらってるあの男かもしれませんね」ハリー。

「何や、知ってるんかいな」アホ雉。

「会ったことがあるだけで、正直、誰なのかまでは知らない」ハリー。

「何や、そりゃ」アホ雉。

「そうそう、キャンディー軍が攻めてくる数日前に、隣村とこの村に、若作りの女性が訪れてねえ、その女性のことを昔世話になった人かもしれないと言ってたねえ」住民。

「若作りの女性? その女性、どんな人でした?」ハリー。

「メイクが濃くて、派手な格好してたよ」住民。

「……なるほど。皆さん、ありがとうございました」ハリー。

 ハリーたちはこの村で泊まることにした。


 コケコッコー!

「ハリーさん、いろいろ見て回りましたけど、何かわかりましたか?」かおりん。

「ええ、師匠。トラップを誰が仕掛けたのか、謎の男が誰なのか」ハリー。

「ホンマかいな」アホ雉。

「さすがハリーさん」かおりん。

「もう一度、バカ犬に話を聞きたい」ハリー。

「ほな、行こか」アホ雉。

 アホ雉のいる村へ向かうことに。


 モンスターと戦闘したり、テント張って野宿したりして、ハリーたちはバカ犬のいる村へと到着。

「おーい、バカ犬。話聞かせてーな」アホ雉。

「ああ、かまわん」バカ犬。

「バカ犬、派手な服装の女を見たって言ったよな。どんな女だったか教えてくれ」ハリー。

「年齢は、50代に見えた。役者みたいなキツいメイクをしていた」バカ犬。

「その女性は、黒髪の女と会っていたんだな。どこで?」ハリー。

「霊廟でだ」バカ犬。

「なぜ霊廟にいたんだ?」ハリー。

「それは俺が知りたい」バカ犬。

「黒髪の女の特徴は?」ハリー。

「20代くらいか。はっきりと顔は見ていない」バカ犬。

「咳き込んでいたから、谷の人間ではないか。間違いなく、毛糸ブランケットだな」ハリー。

「え? 毛糸さんはブロンドじゃなかったでしたっけ?」かおりん。

「スパイ活動するのにブロンドは目立ちますよ。だから変装してたはずです」ハリー。

「あ、そうか、さすがハリーさん」かおりん。

「それ、誰や?」アホ雉。

「虎プーさんのスパイです」かおりん。

「青い巻毛の男の特徴は?」ハリー。

「30代くらい。たいていフードを被っていたから、それくらいしかわからん」バカ犬。

「その男は、派手な服装の女性にはどういう応対をしていたんだ?」ハリー。

「俺が見たときは、派手な服装の女は黒髪の女としか会っていなかった」バカ犬。

「青い巻毛の男と黒髪の女は、どういう関係だった?」ハリー。

「二人ともフードを被っていたから、普通の旅人に見えた。男がひどく咳き込んでいたとき、女が背中をさすっていた。親しい関係のはずだ」バカ犬。

「女も自分が咳き込んでいるのに、男を気遣っていたのか……」ハリー。

「……ん? そういえば、そのとき、女は咳をしていなかったな……」バカ犬。

「どういうことだ?」ハリー。

「……女は、平然としていた。いや、だが、フードを被っていたから表情までははっきりと見えなかったが……」バカ犬。

「フード取ったところを見たことあるのか?」ハリー。

「ある。礼拝をしている最中は二人ともフードを被っていなかった」バカ犬。

「派手な服装の女と会っているときは?」ハリー。

「フードのある服ではなかった」バカ犬。

「……ふむふむ……なるほど。黒髪の女は、二人いるな」ハリー。

「何やて?」アホ雉。

「派手な服の女と話していた黒髪の女と、青い巻毛の男と一緒にいた黒髪の女は別人だな」ハリー。

「すごい大胆な推理ですね」かおりん。

「風の谷の “風邪” のことはまだ機密事項だ。だから、巻毛の男と一緒にいた、咳をしていないなかったその女は、谷の人間だろうな」ハリー。

「そうやとすると、誰や?」アホ雉。

「誰なのかしらね」かおりん。

「派手な服装でキツいメイクの女は、目星がついている。その女と話していた黒髪の女は、毛糸ブランケットだと思う。青い巻毛の男と一緒にいた黒髪の女は、謎だな。第三の女だ」ハリー。

「ハリーさん、その第三の女以外、謎は全て解けたんですね」かおりん。

「はい、おそらくですがね、師匠」ハリー。

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