第26話 続トレーニング・デイ

 ゴータマ神殿内にある練習場。ここは、神官が武芸を磨くために利用する場所だ。モンクになるために格闘のトレーニングをしたり、聖騎士を目指して剣技を磨いたりするのに使われている。今ここで、侍たちに見守られながら、自称僧侶の筋肉バカが、使ったことのない刀の修行をしている。

「おりゃ、おりゃ」刀を振るすぺるん。

「うむ、素質はあるようだな」侍。

「しかし、バカだよな。逆刃さかばに振ってるぞ」侍。

「そのへんはほっといてやれよ」侍。

 すぺるんは刀を逆に持って振っている。

「おい、その刀、逆だぞ」侍。

「えっ、逆なのか。わかった」すぺるん。

 すぺるんは刀を持ち替えて振り始める。

「おりゃ、おりゃ。痛えええ! 手が血まみれだ!」すぺるん。

 よく見ると、すぺるんは刀の刃の部分を握って振っていた。つまり上下逆に持っていたのである。

「お前、バカか! 刃の向きが前後逆なんだ! お前は上下を逆に持ってるぞ!」侍。

「すまん、間違えた」すぺるん。

「普通、そんな間違いはしないぞ……」侍。

「剣とは違って、刀は片刃だ。刃と峰がある、間違えるなよ」侍。

 待機している神官が回復魔法を唱えて、すぺるんの傷を直した。

「おりゃ、おりゃ」


 数時間経過。

「おりゃ、おりゃ」

袈裟けさ斬りのときは、足が逆だ。それでは自分の足を斬ってしまうぞ」侍。

「逆か、わかった」足を交差させるすぺるん。

「おい! そういう意味ではない! 前に出す足が逆という意味だ!」侍。

「すまん、間違えた」

「……バカなのか」侍。

「……うむ、バカだな」侍。

「おりゃ、おりゃ」


 数時間経過。

「よし、いいだろう。では木刀に持ち替えて、われわれと模擬戦だ」侍。

「ああ、木刀か、いいぜ」すぺるん。

「まず、拙者からだ、いくぞ!」侍。

 模擬戦が始まった。

 侍はすぺるんに突進して斬りかかる。すぺるんは木刀で受け返す。そして力いっぱい押し返して、木刀を振り下ろす。すぺるんの攻撃は見事に侍にヒット。いきなり、模擬戦終了だ。

「何だ、力で無理やりとは……」侍。

「とんでもない馬鹿力だな、次は拙者だ、参る!」侍。

 模擬戦の第2ラウンド開始だ。侍は下から斬り上げる。逆袈裟ぎゃくけさ斬りだ。しかしすぺるんは抜群の運動神経で軽々と受け流す。侍は続けて突きを出してくる。これもすぺるんは、咄嗟とっさに後ろに身を引いてかわす。そしてすぺるんは侍の木刀を手掴みして、引っ張り、もう一方の手で木刀を振り上げて攻撃をヒットさせる。模擬戦終了だ。

「待て! 木刀だから手で掴めるが、真剣では無理だぞ!」侍。

「滅茶苦茶な戦い方だ」侍。

「いや、しかし、強いぞ。運動神経が半端じゃない。我々の素早さに簡単に追いついてくるぞ」侍。

「よし、休憩だ」侍。


 みんな食事を取る。ちなみに、コニタンはトレーニングを見物している。金さんは筋トレをしている。

「お前ら侍、強いな。これだけ強いのに、ナウマン教に国を奪われたんだな?」すぺるん。

「確かに、侍は強い。火の丘には1万人以上もの侍がいる。だが、ウマシカの風魔法が、想像をはるかに上回る強さだった」侍。

「そうか。俺も風魔法をじかに見たんだがよ、マジでやばかったな」すぺるん。

「もしかしたら、戦えば勝ったかもしれなかった。だが、国王が、無駄な殺生をしないという条件で、国を明け渡したのだ」侍。

「降伏したのか」すぺるん。

「国民の命を守ることを優先されたのだ」侍。

「ふーん。エンドーがナウマン教から国を奪い返したけどよ、エンドーとは戦わなかったのか?」すぺるん。

「いや、戦った。国を取り戻すために、我々はエンドーと戦った」侍。

「だが、エンドーと配下の戦士たちは恐ろしく強かった。我々はエンドーの数倍の戦力で挑んだのだが……」侍。

「負けたんだな」すぺるん。

「いや、エンドーは国王の家族を人質に取ったのだ。そのため、我々は仕方なく戦うのをやめたのだ」侍。

「エンドーはそんな卑怯なことをしたのか」すぺるん。

「人間としては卑怯だった。だが武人としては、エンドーは信じられないくらい強過ぎた」侍。

「ふーん」すぺるん。


 トレーニング再開だ。

「では今度は二人がかりでいくぞ!」侍。

 模擬戦開始だ。侍二人がすぺるんに斬りかかる。すぺるんは木刀で見事に攻撃を受け流す。そしてカウンター攻撃だ。だが侍もすぺるんの攻撃を華麗に受け流す。そして侍たちはすぺるんの前後に回って同時に攻撃する。すぺるんは瞬時に前に踏み出して、片方の攻撃を受け止めて、力いっぱい押し返す。それから反転してもう一方の攻撃も受け止めて、押し返しながら、斬りかかる。攻撃がヒットして、一人を倒す。そしてすぐに後ろに向き直り、木刀を振り上げて斬りかかってくる侍に水平斬りをヒットさせる。模擬戦終了だ。

「今日練習しただけでここまで上達するとは」侍。

「すごい才能だ」侍。

「持って生まれた天性のものだな」侍。


 休憩タイムだ。

「ビクターもここで特訓したのか?」すぺるん。

「そうだ」侍。

「ふーん。ビクターもミャー族なのか?」すぺるん。

「ビクター殿はミャー族ではない。たしか水の森の出身のはずだ」侍。

「ミャー族ではないのに強いんだな」すぺるん。

「ビクター殿のお供のアイン殿とカベル殿はミャー族だ」侍。

「そうなのか。通りで身のこなしが速いわけだ」すぺるん。

「お二人共、暇があれば武芸の稽古に励んでいたからな」侍。

「やっぱ練習量だな」すぺるん。

「正直、拙者はお主の才能に驚いておる」侍。

「この俺様の筋肉があれば何だってできるぜ」筋肉自慢するすぺるん。

 コニタンは両手で耳をふさいだ状態で寝ている。金さんが筋トレを中断して側に来た。

「ふう、適度な休憩は必要ですぜい」金さん。

「金さん、結構腕っぷし強いよな。それに魔法も使えるし、すごいな」すぺるん。

「魔法を使えるのは、賢者にジョブチェンジしたらですぜい」金さん。

「いや、すごい。俺はこの筋肉ぐらいしか役に立たん」すぺるん。

「拙者は小さい頃から魔法に憧れていた。だが才能が全くなかった。だから仕方がなく侍になった。何か一つでも誇れることがあるのは羨ましい」侍。

「ふーん」

「そういえば、メイジ大神官も似たようなことをおっしゃってたな。元々は侍になりたくて、土の里王国から火の丘王国へ来たそうだ。でも才能がなかったから、ゴータマ神殿に拾われて、気がついたら神官の修行をしていたそうだ」侍。

「ふーん。そんなもんなのか。ところでよ、そのメイジ大神官ってどんな人なんだ?」すぺるん。

「モンスター大戦の英雄の一人として、とても素晴らしい方だ」侍。

「ああいう方こそ、人格者と呼ぶに相応しい」侍。

 褒め称えられるメイジ大神官。もっと褒めろ。

「モンスター大戦の英雄か。ノダオブナガ国王が勇者で、サンドロ大臣が魔法使い、メイジ大神官が神官だったんだよな?」すぺるん。

「そうですぜい」金さん。

「あれ? 三人パーティーだったのか? ビクターみたいに」すぺるん。

「いや、四人パーティーだ」侍。

「あともう一人って、誰だ?」すぺるん。

「……コマチ」侍。

「コマチ?」すぺるん。

「そうだ。侍のコマチだ」侍。

「どんな男だったんだ?」

「コマチは女性だ」侍。

「そうなのか。で、コマチは今はどうしてるんだ?」すぺるん。

「……もういない、亡くなられた」侍。

「そうなのか……何で亡くなったんだ?」

「野盗に殺されたんだ」侍。

「え? すごく強かったんだろ? そんな侍が野盗に殺されたのか?」すぺるん。

「そうだ」侍。

「何でまたそんなことに……」すぺるん。

 侍たちは言いにくそうな感じでいる。

「侍の刀は、人を傷つけるためにあるのではない。人を守るためにある。侍という職業も、人を守るためにある。モンスターを傷つけるのは話が別だがな」侍。

「なんか、難しいな」すぺるん。

「刀は無闇矢鱈むやみやたらに振り回す物じゃない。人を守るときに使う物だ」侍。

「ということは、コマチは、野盗相手に刀を使わなかったから負けたっていうことか?」すぺるん。

「いや、正確には、コマチは侍を辞めて刀を持っていなかったんだ。それで、わが子をかばって殺されたんだ」侍。

「え!? 自分の子どもを守るために死んだのか!?」すぺるん。

「そうだ」侍。

「これは、わが火の丘王国の人間しか知らぬことであるが、コマチは我が子の勉学の修行のために風の谷へ行っていた時に、野盗に殺されたのだ」侍。

「風の谷かよ」すぺるん。

「そうだ。コマチは子どもの頃に家庭教師に習っていたそうだ。だが、その先生がクビになって、後に、風の谷で寺子屋を営んでいたそうで、コマチはその先生の所で自分の子どもも学ばせたかったようだ。だから風の谷へ行ったらしい」侍。

「ふーん。その先生は、何でクビになったんだ?」すぺるん。

「……」侍。

 侍たちは皆黙り込んだ。

「……風の谷の出身だから、コマチの親がクビにしたらしい」侍。

「ふーん、差別だよな」すぺるん。

「そうだ」侍。

「コマチの家は貴族の家系で、仕方がなかったんだろう。その家庭教師も出身を隠していたそうだしな」侍。

「同じミャー族なのに、なんか、ひどいな」すぺるん。

「……」侍。

「当時は、クビにされた腹いせに、その先生がコマチを野盗に襲わせたのではないかという噂が広まった」侍。

「本当なのか?」

「真偽のほどは不明だ」侍。

「ふーん。その子どもは今どうしてんだ?」

「行方不明になった」侍。

「それって、いつのことなんだ?」

「17年、いや18年前のはずだ」侍。

「そうか、かわいそうにな」

「……」侍。

「コマチは侍を辞めたって言ってたけど、何でなんだ?」すぺるん。

「実際には、そもそも侍ではなかったのだ」侍。

「侍は、男しかなれない職業だ。女は侍にはなれない」侍。

「何だそれ、男女差別じゃんか」すぺるん。

「かもしれぬな」侍。

「ゆえに、侍でいたいコマチは火の丘王国を出ていったんだ。そして勇者ノダオブナガのパーティーに加わったのだ」侍。

「モンスター大戦の後、英雄として火の丘王国に凱旋したのだが、女が侍でいることは認められなかった。失望したコマチは刀を捨て、再びこの国を去ったのだ」侍。

「ふーん」

「……」侍。

「コマチの旦那はどうしてんだ?」

夫君おっとぎみは旅商人をされていたが、コマチが亡くなった後しばらくして、失意のうちに亡くなられた」侍。

「ちょうどその頃に、わが国の火山が噴火して、溶岩が風の谷へ流れていったんだ。死傷者がたくさん出たみたいだったが、わが国は救助を拒んだ。国の英雄を谷の野盗に殺されたから、国民感情が救助を許さなかったんだ」侍。

「そうだな。当時はすごく罪悪感を感じた」侍。

「拙者もだ。人を守る侍が、人を助けられないというもどかしさを感じていた」侍。

「ふーん。そうなのか。クビにされた家庭教師の先生は今も教師をしてるのか?」

「その先生は今、風の谷の長だ」侍。

「えっ!?」すぺるん。

「何ですって!?」金さん。

「たしか、ビョビョとかいう名前だったはず」侍。

「そうだ、ビョビョだ。若い頃から、火の丘王国に出稼ぎに来てたらしいな。稼いだ金で風の谷で慈善事業をしていたそうで、風の谷では聖人君子だと崇められてるらしいな」侍。

「……マジかよ」すぺるん。

「すぺるんさん、これは、何かありやすね」金さん。

「どうかしたのか?」侍。

「え、いや別に……」すぺるん。

「何でもありやせんぜ」金さん。

「よーし、トレーニング再開だ」すぺるん。

 すぺるんは侍たちと修行をする。金さんは筋トレを。

 トレーニングは数日続く。


 数日後。すぺるんは木刀で一度に10人の侍を相手に無傷で勝利を収めるまでに成長した。

「いやはや、ここまで力をつけるとは、驚くばかりだ」侍。

「ロクモンジ国王が、この刀をお主に授けるそうだ。喜んで受け取られよ」侍。

「すげえ、カッコいい刀だ」すぺるん。

「名を、海老斬丸えびきりまる」侍。

「海老斬丸か」すぺるん。

「海老の甲羅を切り裂く切れ味のある刀だ」侍。

「かっけー。ありがとな」すぺるん。

 背中にその刀を背負うすぺるん。


 すぺるんは持ち前の運動神経を生かして刀の使い方をマスターしたみたい。ついでにすごそうな刀をロクモンジ国王からもらった。海老斬丸。海老の甲羅を切り裂くって、あんまりすごくねえよな?

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