第25話 コロスウイルス大流行

 時間を戻そう。コニタン一行が風の谷と火の丘王国へ向けてジャポニカン王国を後にしたその頃、虹の都王国の王都 “能楽町” ではとんでもないことが起こっていた。


 感染力の高い疫病が発生し、わずか二、三日で王都中に蔓延した。この疫病に罹患した者は、全身の骨が痛み、高熱と咳が止まらなくなり、寝ていることすら苦痛になってしまう。体力のない高齢の住民には、命を落とす者も出てきた。王宮の科学委員会は未知のウイルスによるものだという声明を発表し、王都全体がパニックに陥った。

 それに拍車をかけるように、国王のゲルプが肺炎で亡くなる。この疫病が原因だと考えられ、感染予防のために葬儀も執り行われず。そしてその日のうちに、この緊急事態に乗じて王太子のシュバルツが新国王に即位した。即位式も行われずに。前例のないこと、慣例でないことが起こり、住民に衝撃が走った。

 新国王シュバルツは科学委員会のメンバーらを前にして言う。

「このウイルスは、風の谷から運ばれてきたものだ。ジャポニカン王国を筆頭に、風の谷と仲良くやってる奴らが、この能楽町にウイルスをもたらしやがったんだ」シュバルツ。

「いえ、シュバルツ様、まだ証拠がありませんので、それは短絡的なご意見かと思われます」科学者。

「何だと! 私に意見するのか!」シュバルツ。

「このウイルスの解明はまだですから」科学者。

「そうです、科学的な根拠がないので、今のところは何とも言えません」科学者。

「私に歯向かうのか! お前はクビだ! お前ら、全員クビだ!」シュバルツ。

「え、そんな」科学者。

「お前らよりも有能な科学者をちゃんと呼んである」シュバルツ。

 シュバルツは科学者たちを全員クビにした。暴挙である。


 すぐに王宮は、風の谷のウイルスが外部から運ばれてきて、感染が拡大したと発表する。新たに任命された科学委員たちは、それをコロスウイルスと命名する。それを受けてすぐさま、新聞もセンセーショナルに書き立てる。


   ・

   ・


   風の谷のウイルス大流行!


   風の谷の殺人ウイルスが能楽町にもたらされ、王都は大混乱だ。

   ウイルスは他国民を媒介にして王都へ運ばれてきた模様。

   これまでにない速さと規模で伝染し、死者も出ている。

   科学委員会はこのウイルスをコロスウイルスと名付けた。

   他国が風の谷と交流を持ったことがきっかけでこのような大惨事が

   起こった。

   虹の都王国は風の谷との交流は避けてきた。

   他国も我が国を見習って一刻も早く風の谷との交流をやめるべき

   だ。

   感染拡大防止の為、能楽町は数週間、完全に隔離されることにな

   る。

   これによる経済損失を風の谷に償わせるという国王の方針が発表さ

   れた。


   ・

   ・


 この報道はまたたく間に王都中に広まった。感染した住民は国王の命令により外出を禁止され、ステイホームを余儀なくされている。住民の間には、不安と不満が日に日に蓄積されていく。


 虹の都王国の能楽町にある王宮。その中の国王の間に、タンクトップの上から白衣を羽織った男と、彼を護衛するおしゃれな服装のがさつな男たちが数名入ってくる。

「シュバルツ様、国王就任、おめでとうございます」白衣の男。

「ブルースよ、お前をこの国の新しい科学委員長に任命する」シュバルツ。

「ありがとうごぜえます」

 この新科学委員長に任命されたブルースという男、パイレーツ・オブ・トレビアンの一員のブルースである。

「どうです、俺がつくった新型ウイルス、コロスウイルスは? すごい効き目でしょう」ブルース。

「特効薬を飲んでなければ、俺も感染してたと思うと、恐ろしいぜ」シュバルツ。 

「この俺がつくったんですからね」ブルース。

 タンクトップを着てる上に白衣を着ているブルース、なんかキモい。

「数日すれば、強盗トラベル・キャンペーンを始めるぞ。国民の間に溜まっていく鬱憤うっぷんは、ちゃんと晴らしてやらねばな」シュバルツ。

「シュバルツ様もわるですな」ブルース。

 ブルースもシュバルツも悪い顔をして、ニヤけている。

 そこへ、パイレーツ・オブ・トレビアンのお頭、アルチュールがやって来る。

「シュバルツ殿、このタイミングで王位が巡ってくるとは、棚ぼただったな」アルチュール。

「そうだな。まさか親父が感染して、それが原因で死ぬとは思ってなかったからな。大臣連中のじじいどもも何人か死んだ。おかげで俺は今や国王だ」シュバルツ。

 アルチュールはシュバルツ国王の側の豪華な椅子に腰を掛けた。シュバルツが手を叩くと、奥から召使いがワインを運んできた。シュバルツはグラスに注ぎ、アルチュールに渡す。

「とりあえずは、祝杯といきましょうか。アルチュール殿」シュバルツ。

 二人はグラスを交えて、ワインを飲む。

「うーん、トレビア〜ン」アルチュール。


 その頃、能楽町の北側にある港に、キャンディー帝国の船が数百隻、到着していた。埠頭に横づけされた船から、次々に兵士たちが降りてくる。すぐに港は兵士で溢れかえってしまう。兵士たちは港から町の方へと移動していく。その数、1万数千、いや、2万を超える。停泊しているパイレーツ・オブ・トレビアンの “炊いた肉号” の隣に、一際大きな帆船が泊まる。そして、一人の男が降りてくる。先に港に降りた兵士たちは皆、この男に敬礼をする。

「栗金団大総統、長旅お疲れさまです」兵士。

「ああ、ご苦労であった」栗金団。

 この男、キャンディー帝国の大総統、栗金団である。身長は虎プー並に高いが、年齢は少し下くらいか、悪意に満ちた目をしている。青いコートを着て、革靴を履き、戦闘向きには見えない。そして、兵士に案内されながら、颯爽さっそうと町の奥へと歩いていく。


 クックドゥードゥルドゥー!

 翌朝、キャンディー帝国軍が連れてきたニワトリの鳴き声が能楽町に響き渡る。この聞き慣れない鳴き声に、ストレスが溜まる能楽町の住民たちは苛立ちを覚える。

 家に閉じこもっていても、家族に感染者がいれば自らも感染してしまう。そうして雪だるま式に感染者が増えていく。それに合わせて死者数も増えていく。新聞でも連日、悲観報道がなされる。


 クックドゥードゥルドゥー!

 翌朝、再び聞き慣れないニワトリの鳴き声が響き渡る。


 そういうことが数日繰り返される。


 住民の間にはストレスが溜まり、見えないウイルスとの戦いに対する恐怖は、何かに怒りをぶつけることで不安を払拭しようとするまでに住民の心を変化させてしまった。

「こうなったのも風の谷のせいだ」住民。

「あいつらさえいなければ、こんなことには」住民。

「風の谷の奴らと交流した国とは関わりを持つべきじゃなかったんだ」住民。

「ジャポニカン王国にも責任があるぞ」住民。

「くそっ、何で一番豊かな虹の都王国の俺たちがこんな目に」住民。

 不満が増大していく住民たち。同時に死者数も増加していく。


 ココリコー!

 翌朝、パイレーツ・オブ・トレビアンが連れてきたニワトリの鳴き声が響き渡る。この聞いたことない鳴き声に、住民たちの我慢も限界にきた。それを見計らって、王宮は通知を出す。


   ・

   ・


   強盗トラベル・キャンペーン開催!


   今回の能楽町における殺人ウイルスの拡大のために多くの住民が犠

   牲になった。

   他国が風の谷と交流を持ったことがこの件の発端であり、その責任

   は追及されるべきである。

   虹の都王国の能楽町の住民には、他国へ旅行し、強盗をして帰って

   くることを許可する。

   風の谷まで行くのは現実的ではないため、風の谷との交流を促進し

   てきた隣国であるジャポニカン王国へ行くことを勧める。


   ・

   ・


 それは町中の掲示板に貼られ、新聞に掲載され、住民たちの間ですぐに拡散していく。


 能楽町にある王宮の王の間。ここで、シュバルツ、アルチュール、栗金団の三人がテーブルを囲んでいる。ロペスエールとポンジョルノが首領の後ろに控えている。

「あんたの国の兵士は強そうだな、栗金団大総統」シュバルツ。

「スパルタ式の訓練を課しておるからな」栗金団。

「パイレーツ・オブ・トレビアンとどっちが強いんだ」シュバルツ。

「わが海賊団は人数で劣るから、単純に比べられないだろ」アルチュール。

「ロペスエールとポンジョルノの二人で、2千人くらい相手にできるだろ」シュバルツ。

「余裕だ」ロペスエール。

「……」ポンジョルノ。

「はっはっはっ、確かにそれくらい強いな。だが、買いかぶり過ぎだ」アルチュール。

「この国は平和ボケした奴らでいっぱいだからよ、兵士たちも弱っちい奴らばっかだぜ」シュバルツ。

「だから人さらいがうまくいかなくなったのか?」栗金団。

「人攫いは昔から兵士じゃなくて、ごろつきどもにやらせてた。ナウマン教が出てきてからは、俺は支配される側になったからよ、一時的にストップしてただけだ。奴隷が必要なら、また人攫いを始めてやってもいいぞ」シュバルツ。

「人攫いとな。そのようなことをまだしていたのか」アルチュール。

「風の谷からガキどもを誘拐してくるんだよ。どうせ捨て子で物乞いとかばっかりだ。さらわれてキャンディー帝国で奴隷として働くほうが幸せだろうよ」シュバルツ。

「人を攫うなら、その家族を皆殺しにしなければ、復讐される可能性があるぞ」アルチュール。

「そんなこと、海賊に言われたくはないな。それに、俺はそこまで外道じゃない」シュバルツ。

 シュバルツが機嫌を損ねていると、黒い髪のウイッグを取りながらブロンドの女性が入ってきた。

「おお、毛糸か」栗金団。

 この女性、ゴージャスな超絶ブロンド美人の女優、毛糸ブランケットである。

「風の谷に派遣したわが軍の様子を聞こうか」栗金団。

 余裕たっぷりに尋ねる大総統とは対照的に、毛糸はうつむき加減の姿勢で小声で応じる。

「……全滅しました……」毛糸。

 それを聞いた全員の表情が一気に硬くなった。

「……何だと? 全滅? 9千人いた部隊が全滅だと!?」栗金団。

「……信じられぬ……ミャー大陸伝承大図鑑に書かれていたことは本当だったのか?」アルチュール。

「まさか、武装したキャンディー軍の兵士がやられるとは……風の谷を訪れると、原因不明の高熱やめまい、咳や吐き気などに襲われるとは聞いていたが、それが影響したのか」シュバルツ。

「毛糸、今の話は真実だろうな?」栗金団。

「……ええ……」毛糸。

「……嘘だとしたら、お前の両親がどうなるか、忘れるなよ」栗金団。

「……」毛糸。

「では、虎プーに、嘘の情報を伝えてこい。キャンディー軍が風の谷を制圧したとな」栗金団。

「……いえ、無理です。私が二重スパイだということはバレています。行けば殺されます」毛糸。

「……そうか、ならいい。下がれ」栗金団。

 毛糸は無言のまま王の間から出ていった。

「しかし、どうすんだ? 北と南からこの大陸を攻めて分断するっていう戦略は?」シュバルツ。

「大丈夫だ、ここにいる部隊で十分だ。悪魔の力を利用するからな」アルチュール。

「そのことだが、本当にうまくいくのか?」シュバルツ。

「ああ、任せとけ。フレグランス王国に千年以上前から伝わる、伝説の預言者、脳取ダムが記した “未来予想図” に書かれてあることは、これまで実際に起こってきたし、これからも間違いなく起こる」アルチュール。

「私も、ミャー族に伝わる伝説を聞いたが、アルチュール殿の言うこととほぼ一致している。わかった、信用しよう」シュバルツ。

「うむ、アルチュール殿とシュバルツ殿にとっても人生をかけた命がけの勝負だからな、私も信じよう」栗金団。

「さてと、じゃあ、住民に武器を配って、強盗トラベル・キャンペーンを開始しようかなと」シュバルツ。

「楽しそうだな」ロペスエール。

「……」ポンジョルノ。


 悪魔の力? この悪人たち、一体何をしようとしているのだろう。

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