第23話 伝説のガンマン

 土の里王国の最大都市タカツチを出発した一行、現在地は土の里王国の南部である。直線距離では、風の谷はもうすぐだ。だが、広大な砂漠が目の前に広がっている。冬なのに、熱気で遠方がゆらゆらしている。

「前の冒険では、ツチノコ盆地の方へ遠回りしましたから、砂漠を通らなかったですよね」かおりん。

「ええ、そうです、師匠」ハリー。

「どうすんだ? 冬だけど、暑そうだし、砂漠は足場が悪いぞ」すぺるん。

「あっしはわらじを履いてますから、歩きにくいし、足を火傷しそうですぜ」金さん。

「かおりんは浮かんでるから関係ねえか。っておい、ハリー、何やってんだ?」すぺるん。

 ハリーは自分のブーツの底に円状の板を取り付けている。

「砂漠を歩くためのものだ」ハリー。

「すごい」かおりん。

「こういう時は、昔からこう言いやすぜ。急がば回れってね」金さん。

「風の谷か、火の丘王国か、先にどっちに行くんだ?」すぺるん。

「風の谷へ先に行けと、大臣様から言われてます」かおりん。

「その通りです、師匠」ハリー。

「じゃあ、風の谷か」すぺるん。

「昔から、急がば回れって――」金さん。

「早いに越したことはないから、砂漠を通りましょ」かおりん。

「そうだな。無駄にもたもたしてられねえしな」すぺるん。

「レッツゴーだ」ハリー。

「急がば回れって……」金さん。

 誰も金さんに反応しない。冷たい奴らだ。気温は暑いけど。

 一行は砂漠を歩く。歩く。暑さと砂のために歩くスピードが徐々に落ちていく。歩きにくそうだ。だが、歩く。

「おい、歩きづれえぞ」すぺるん。

「俺には関係ない」ハリー。

「私も、飛んでますから、関係ないですね」かおりん。

「暑いいいいいいいい!」

「冬なのに、暑いな、砂漠は。やっぱ、ツチノコ盆地の方から行ったほうが良かったんじゃねえか?」すぺるん。

 だったら金さんの意見を聞いとけよ。で、金さんはインナーを脱いで、わらじに巻いて歩いている。でも上半身は着物姿なので涼しそうだ。

「おい、ハリー、お前、マント着てるのに暑くないのかよ」すぺるん。

「マントの内側にはファンがあるから暑くない」ハリー。

「貴様、せこいな!」すぺるん。

「そうだ、いいこと思いついた。セサミン、お前、タクシーになれるんだよな?」ハリー。

 セサミンがマントから出てくる。そして、お腹を膨らませる。

「ほら、乗ってくれ」セサミン。

 ハリーはセサミンのお腹の座席に乗る。セサミンは少し浮かびながら、揺れもなく進む。

「クソッ、俺に代われ」すぺるん。

「お前はあるじではないから、無理だ」セサミン。

「バカが断られよったわ、はははは」ハリー。

「クソっ! その足につけたやつ、貸せよ」すぺるん。

「ん? じゃあ、這いつくばってお願いしろ、筋肉バカ」ハリー。

「ムカつくっ!」

 ハリーは団扇で扇ぎながら快適そうだ。


 一行は歩く、ひたすら歩く。小さな砂の山が連なる砂漠地帯を歩く。すると、突然、砂の中から巨大なサソリのモンスターが数体現れた。戦闘開始だ。

 すぺるんはフライパンで攻撃する。しかし、サソリのモンスターは素早く砂に潜って攻撃を回避する。金さんは右肩を出してチョップする。サソリの硬い甲羅にはダメージを与えられない。砂に触れて「あちい!」と声を上げる金さん。かおりんは矢を射るが、硬い甲羅にはじかれる。急にすぺるんの背後の砂からサソリが現れて、すぺるんに襲いかかるが、セサミンから降りたハリーがフレイルでぶん殴って倒す。「このモンスターは厄介だな」とハリー。「ああ、ちょこまかと砂に潜りやがる」とすぺるん。かおりんが水流魔法を唱える。水の渦に巻きあげられ、柔らかい砂の上に落ちても、サソリは全くダメージを受けていないようだ。すぺるんたちから少し離れた場所で現れて威嚇するサソリ。それに気を取られていて、足元から現れたサソリがかおりんに飛び掛かる。「師匠!」ハリーが叫ぶ。その瞬間――

 バキューン!

 サソリは撃ち抜かれて倒された。みんなが驚いてハリーを見る。だがハリーも驚いている。みんながさらに驚く。ハリーは拳銃を持っていないからだ。そして次の瞬間、砂の中から3体のサソリが飛び出して一行に襲い掛かった。

 バキューン! バキューン、バキューン!

 今度はハリーが瞬時に愛用のコルト・パイソンを抜いて、二丁拳銃で3体のサソリのモンスターを撃った。銃弾が硬い甲羅を貫き、モンスターは一撃で倒された。と同時に、それとは別に2体のサソリが、コニタンの側で撃たれて倒された。これ以上モンスターは現れないようだ。戦闘終了だ。

「おい、どうなってんだ?」すぺるん。

「ハリーさん、一体……」かおりん。

 ハリーと金さんは、近くの小高い砂山にいる人影に目をやった。すぺるんとかおりんもその方向を見る。そこには、カウボーイハットを被って皮のベストとズボンとブーツ姿の中年いや初老の男が拳銃をくるくると指先で回してから腰のホルスターに戻してカッコよく立っていた。

「……誰だ……」すぺるん。

 みんなが不思議そうにその男を見ているが、ハリーだけが驚きのまなざしを向けていた。

「……し、師匠……」ハリー。

「はい?」かおりん。

「何だよ、師匠って」すぺるん。

「間違いない、師匠だ」ハリー。

「ミス・トリック師匠は女性ですよね? あの人、男……」かおりん。

「師匠って、師匠はかおりんのことだろ」すぺるん。

「かおりん師匠は、俺の魔法の師匠だ。だがあそこにいるのは俺の心の師匠だ」ハリー。

「はあ? お前、何人師匠がいるんだ?」すぺるん。

 男はくわえタバコで一行の方へとゆっくり歩いて来る。その時、突然砂の中から巨大なネズミのモンスターが4体現れて、男に飛び掛かった。

「危ない!」叫ぶすぺるん。

 ババババキューン!

 ネズミのモンスターは一瞬で全て倒された。にもかかわらず、発砲音は4発も聞こえなかった。その上、この男が拳銃を抜いたところを誰も見ていない。いや、速すぎて見えなかったのだ。それだけでなく、発砲音が重なるくらい速く引き金を引いたのだ。

「……何だ、何が起きたんだ」すぺるん。

「速すぎて目で追えやせんでした」金さん。

「でも、モンスターが4匹死んだ……」すぺるん。

「えっ、じゃあ、4発撃ったんですか、今?」かおりん。

「ええ、そうですよ、師匠」ハリー。

 呆気にとられる一行に、男はゆっくりと近づいて来る。威圧感があるのだが、男に殺気がないことを悟り、すぺるんたちは緊張を解く。男はカウボーイハットを取って、ほんの少し頭をかしげる。

「やあ。こんな所で拳銃を扱う奴に出会うとは、驚いたな」男。

「あなたは?」かおりん。

 かおりんの問いに男が答える前に、ハリーが話しかける。

「伝説のガンマン、東森さんですよね」ハリー。

「ああ、そうだとも。東森だ」東森。

「伝説のガンマン?」すぺるん。

「そうだ、伝説のガンマンだ」ハリー。

「ふっ、伝説なんてよしてくれ」東森。

「ハリーさんの師匠なんですか?」かおりん。

「ええ、そうです。私が子どものことから憧れていた早撃ちガンマンの東森さんです」ハリー。

「ガンマンってのは、拳銃を撃つ職業か?」すぺるん。

「俺のキャンディー帝国では立派な職業さ」東森。

「キャンディー帝国!?」かおりん。

「東森さんはキャンディー帝国で伝説のガンマンなんです」ハリー。

「いえ、そこじゃなくて、キャンディー帝国から来たんですか?」かおりん。

「そうだとも」東森。

「え、いや、キャンディー帝国から……」すぺるん。

「二丁拳銃使いに、空に浮かんでる妖精、キリンのタトゥーか。お前ら、勇者コニタンのパーティーだな」東森。

 それを聞いて、すぺるんは身構える。

「アルパカですぜい」

 金さんは組んでいた腕を袖から出して目つきが変わる。

「おっと、俺は敵じゃない。虎プーさんの下で働いてる。お前らのことは虎プーさんから聞いて知っている」東森。

「虎さんから?」すぺるん。

「そうだ。虎さんにスパイとして雇われて、キャンディー帝国のことを探っている。お前らの味方だ」東森。

「そういえば、虎プーさんはスパイを数名雇ってるって大臣様が言ってましたね」かおりん。

「良かったあああああ」

 すぺるんたちは安心して肩の力が抜けた。

「ところで、二丁拳銃、たしかハリーだったか? 教えてくれ、俺が師匠とはどういうことだ?」東森。

「私は子どものころに『泥んこガンマン』の舞台劇を観たんです。それ以来あなたに憧れて、銃の訓練をしてきました」ハリー。

「舞台劇?」すぺるん。

「ああ、東森さんの実際の活躍を元につくられた舞台劇だ」ハリー。

「実際の活躍?」すぺるん。

「ああ、東森さんはキャンディー帝国で捜査官として働いて、愛用のマグナムで悪党どもをやっつけて治安を守ってきた伝説の早打ちガンマンなんだ」ハリー。

「よしてくれよ。昔の話だ」目を細める東森。

「おう、かっけーな」すぺるん。

「俺がか?」ハリー。

「黙っとれ! クズが!」すぺるん。

「あっはっは、虎さんが言ってたように愉快な奴らだ」笑う東森。

 東森はタバコをふかしながらニヒルにコニタンを見る。

「お前が勇者だな」東森。

「コニ、コニ、コニタンンンン!」

「さっきの戦闘でずっと自分を守っていたが、それでいい。絶対に死ぬなよ」東森。

 みんながコニタンを見る。

「自分を守ってたというよりも、戦えないからそれしかできなかったんじゃ……」かおりん。

「おう、だがよ、絶対に死ぬなって、どういうことだ? 何か意味があるのか?」すぺるん。

「ふっ、どんな奴でも、死んじゃいけねえ」東森

 東森は新しいタバコを取り出してマッチで火を付ける。かおりんが真意を尋ねようとするが、東森は煙を吐きながら鋭い目つきで一行を見て話す。

「それよりも、お前たちに伝えなければならんもっと重大なことがある」東森。

 深く煙を吸い込んで吐く。死線をかいくぐってきた男の佇まいにみんなは圧倒されるばかりだ。

「俺は、虎プーさんのスパイの毛糸ブランケットを追っていた」東森。

「毛糸ブランケットって、大臣様が言ってた、行方不明になってるスパイ……」かおりん。

「なんだ、知ってるのか。虎さんのスパイであり愛人の女だ」東森。

「愛人――」かおりん。

「クソっ、羨ましいぜ!」すぺるん。

「汚れめ、黙れ!」ハリー。

「毛糸は虎さんを裏切って、キャンディー帝国へ虎さんの情報を流していた。俺は毛糸を追っていたが、風の谷で行方がわからなくなった」東森。

「風の谷へ行ったのか」すぺるん。

「追っている途中で、咳き込んで熱が出てきてな。見失っちまった。それで仕方なく引き返してきた」東森。

「おう、そうか。深入りせずによかったな」すぺるん。

「だが代わりに、風の谷の住民たちからとんでもない情報を仕入れた。それで、虎プーさんに報告するために虹の都へ戻る途中で、お前らに出会ったってわけだ」東森。

「すごい偶然だ。いや偶然じゃない。カッコいい男同士はやはり引かれ合うんだな」ハリー。

「お前はカッコよくないだろが!」すぺるん。

「それで、とんでもない情報って……」かおりん。

「キャンディー帝国軍が風の谷に攻め込んだ」東森。

「マジか!」すぺるん。

「なんですって!」かおりん。

「海側から上陸してな。もう10日以上前だ」東森。

「で、どうなったんだ!? 風の谷は?」すぺるん。

「安心しろ、大丈夫だ。キャンディー軍は全滅した。風の谷にはほとんど被害は出ていないらしい」東森。

「いや、東森師匠、キャンディー軍にはガンマンが大勢いるはずです。被害が出ていないなんて、そんなはずは……」ハリー。

「いや、俺もそう思ったんだが、風の谷の至る所に大掛かりなトラップが仕掛けられていて、数千人いたキャンディー軍は見事に罠にはめられたらしいぜ」東森。

「大掛かりなトラップ……」ハリー。

「そんな罠で数千人の軍隊が全滅するのかよ」すぺるん。

「何人もの住民から聞いた。間違いない」東森。

「……信じられませんね、数千人が……」かおりん。

「数千人を全滅させる大掛かりなトラップか……」考え込むハリー。

「何だ、ハリー?」すぺるん。

「……いや、何でもない」ハリー。

「それで、毛糸さんは?」かおりん。

「風の谷に入ったことは確かだが、それ以上はわからん。ただ、村人の話では、見知らぬ女がウマシカの霊廟れいびょうへの行き方を訊いていたそうだ。たぶん、毛糸だろうな」東森。

「ウマシカの霊廟……」すぺるん。

「気になりますね」ハリー。

「私たちも行きましょう」かおりん。

 一行は風の谷へと急ぐことにした。

「じゃあな、気をつけてな」東森。

「師匠もどうぞお気をつけて」ハリー。

 東森はカウボーイハットのつばを少し上げて別れの挨拶をし、虹の都へと歩いていく。東森に手を振るみんな。ハリーのマントから顔を出して、シタインとセサミンも手を振る。

「ところでよ、ハリー、拳銃ならサソリのモンスターを簡単に倒せたよな。何で早く拳銃を使わなかったんだ?」すぺるん。

「弾がもったいないからだ」ハリー。

「そんな理由かよ」すぺるん。

「弾は無料ただではない」ハリー。

「ケチくさっ!」すぺるん。

「はいはい、ケンカはやめて、行きますよ」かおりん。

 一行は谷を目指して歩く。

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