第19話 僕、土左衛門です!
コニタン一行は、近道をするために王宮から南へまっすぐ下って行き、森の中を突っ切る。森の中はモンスターに遭遇する確率が、平野と比べてはるかに高い。しかし、スピード優先で行くため、森の中をあえて通って行く。前回の冒険では平野を通っていたが、今回は森だ。案の定、モンスターが出現した。巨大なアメーバのモンスターが5体現れた。戦闘開始だ。
すぺるんは自慢の鋼鉄のガントレットで殴りまくる。しかし、ヒットしてもその部分に穴が空くだけで、アメーバ状の体はすぐに元に戻る。
「おい、マジかよ」すぺるん。
すぺるんの強力なパンチも、暖簾に腕押しみたいな感じか。アメーバは動きが遅いが、捕まったらネバネバ状の体に取り込まれてしまう。厄介な相手だ。
「とりゃ、とりゃ」金さん。
右肩を出した金さんがチョップをしまくるが、アメーバの全身には何ら変化がないようだ。
「水流魔法!」
水流が3体のアメーバを巻き込み、空高く突き上げた。だが、アメーバは地面に落下するものの、ダメージなど一切受けていないようだ。
「ひいいいいい!」
コニタンはいつも通り叫び声を上げている。だが、アメーバには何のダメージも与えていないようだ。
「みんな、甘いな」ハリー。
ハリーはマントの中からイガイガの付いた大きな鉄球を二つ取り出して鉄の棒の先の鎖に取り付けた。そしてそれを振り上げてアメーバを打撃する。ベチャ、という鈍い音がしてアメーバは半分の大きさになった。すぐさま、その半分も打撃するハリー。アメーバは鈍い音と共に小さな破片に分散して溶けてなくなった。ハリーはたった二振りでアメーバを1体倒してしまった。
「おい、やるじゃねえか」すぺるん。
みんな、ハリーの攻撃を見守っていた。ハリーは鉄球を振り回して、広範囲でダメージを与える。そして残るアメーバのモンスターをいとも簡単に倒した。戦闘終了だ。
「魚のモンスターに襲われた時も言っただろ。攻撃方法はたくさんあるほうがいい」ハリー。
「お、おう。そうだな」すぺるん。
「そうですね」かおりん。
一行は旅を続ける。歩き続けて、森を抜ける。そしてまた歩く。そして小さな村にたどり着いた。夕刻が近かったので、宿に泊まることにした。ん? 森の中を通った意味あったのか?
コケコッコー!
一行は歩く。歩く。街に着いて、宿に泊まる。
そういうことを繰り返し、一行は広葉樹の広がる地帯まで来た。水の森王国の領土だ。
「前の冒険のときは、林を避けたから、マジョリンヌの家の近くを通ったんだよな」すぺるん。
「今回もマジョリンヌさんに会いに行きますか?」かおりん。
「いや、やめとこうぜ」すぺるん。
「やったああああああ」コニタン。
目の前は、色鮮やかな木々が生い茂る美しく広大な樹林だ。一行はひるまずに足を踏み入れる。歩く、歩く。
木漏れ日の中を歩く一行。人が通った後だからなのか、それとも獣道なのか、草の無い地面が長く続いている所を歩いていくコニタン一行。歩き続けると、開けた場所に出た。そこには柵で囲まれた大きな街があった。街に入れてもらう一行。
すぺるんとかおりんは、武器を買いたいと言って武器屋を探しに行った。宿で落ち合う約束をして自由行動の一行。コニタンはハリーと一緒に宿で新聞を読んだり、人と話したりして夕方になった。金さんはカジノで大負けしてきた。かおりんは弓を買ってきた。すぺるんはフライパンを買ってきた。
「カジノで30万yen負けやした……」金さん。
「おい金さん、いい加減ギャンブルはやめろよ」すぺるん。
「で、おいこら、筋肉バカ! 何でフライパンなんだ!?」ハリー。
「何でって、よく女にフライパン持って追い回されるし、立派な武器だろ」すぺるん。
「浮気ばっかしてるから、そうなるんだろ!」ハリー。
「はぁ……」かおりん。
「師匠は弓ですか」ハリー。
「ええ、これなら私でも使えるかもと思って」かおりん。
おバカに思えるけど、フライパンって、結構いい武器になるんじゃない?
そんなかんなで夜を明かす。
コケコッコー!
一行は歩く、歩く。そして、大きな湖が見えてきた。
「でけえ」すぺるん。
「確か、水の森最大の湖、デカン湖ですね」かおりん。
「ボッチデス湖とどっちがでかいんだ?」すぺるん。
「一番大きいのがボッチデス湖、二番目がデカン湖。学校で習っただろ」ハリー。
「あっ、そうだったな、思い出した」すぺるん。
「バカめ」ハリー。
「何だと、クズの魔法使いが!」すぺるん。
「はいはい、ケンカはしないで下さい」かおりん。
浅瀬が続く湖に沿って歩く一行。しばらくすると、美しく澄んだほとりに何かが浮かんでいるのが見えてくる。
「何だ? うげっ、犬だ。死んでる。かわいそうに」すぺるん。
「犬の土左衛門ですかい」金さん。
「ひいいいいいい!」
すぺるんはコニタンを殴るのを忘れるくらい、皮膚が
「溺れたのかしらね」かおりん。
「師匠。犬は泳げますから、溺れたりはしません」ハリー。
「じゃあ、亡くなってから湖の中に……」胸の前で十字を切るかおりん。
「かわいそうにな、成仏しろよ」合掌するすぺるん。
「天国で幸せになってくれよ」マントからロザリオを取り出すハリー。
「……」無言で拝む金さん。
しばらくして、一行がその場を去ろうとした時、コニタンが悲鳴を上げる。
「ひいいいいいい!」
「うるさい!」すぺるんが殴る。
しかしコニタンは痛がらずに、指を差して叫ぶ。
「動いたああああ!」
「何が!?」すぺるん。
「目ええええええ!」
「何だって?」すぺるん。
「ん? 目? 犬の目ですか?」かおりん。
みんながさっきの犬に注目する。すると、突然――
「僕、土左衛門ですー!」犬。
みんなビビって後ろへのけぞった。浅瀬に浮かんでいる犬の死体が喋ったのだ。
「うわ! 何だ!」すぺるん。
「ひいいいいい!」
「なまんだぶ、なまんだぶ」激しく拝み始めるすぺるん。
犬は起き上がってみんなの方を向いた。脚が短く胴が長い犬だ。
「待って! 僕、生きとるで」犬。
それを聞いて、より激しく拝みだすすぺるん。
「なんまいだー、なんまいだー、何枚だー」すぺるん。
えーっと、これでも一応僧侶だったっけ。
「……生きてるの?」かおりん。
「生きとるで。勝手に殺さんといてや」体をブルブルさせて水気を飛ばす犬。
みんな、驚いている。驚愕している。だが、ハリーは、驚いていると同時に、目を潤ませて犬を見つめている。
「僕、こう見えても、悪魔やねん」舌が斜めに向いてる犬。
「何だって!?」すぺるん。
「ひいいいい!」
「魔界から来て、初めて人間に出会うたわ」目があっち向いてる犬。
「魔界から……」すぺるん。
「……魔界と人間界との距離が短くなってきているから……」かおりん。
「そうやで。よー知ってるやんか」犬。
「ホントに悪魔なのか……ちっこい腐った犬だぜ」すぺるん。
「何やな、信じられへんのか? ほんなら、見とけよ」犬。
犬はそう言うと、すぺるんに向かって咆えた。
「バウバウ」犬。
一瞬、シーンと静寂。だがすぐに皆が気づく。すぺるんのガントレットがみるみる茶色に変色して錆びていくことに。
「おい、何だよ、これ!」すぺるん。
「へっへっへっ、悪魔の力やで、恐れ入ったか」犬。
ガントレットは腐ってボロボロになり、すぺるんの腕から外れて地面に落ち、細々になって土に紛れてしまった。
「おい……マジかよ……」すぺるん。
「……本物の、悪魔……」かおりん。
「ガントレットじゃなくて、フライパンにしてくれよ!」すぺるん。
「え? そこ?」かおりん。
「マイ・ガントレットが……」すぺるん。
かおりんは唾をごくりと飲み込んだ。金さんは無言でいるが、額から汗が流れている。すぺるんは悲しんでいる。コニタンはとっくに気を失っている。わずか数秒で鋼鉄のガントレットを腐らせる能力を持つこの悪魔を前にして。だがしかし、ハリーだけは違っていた。
「僕、魔界では他の悪魔に除け者にされてきてなあ。ほれ、皮膚が腐ってるやろ。汚いからあっち行けとか、いつも言われたわ。人間界では犬はかわいがられてるって聞いてたけど。人間も一緒なんか? 僕のこと気色悪いって思っとるんやろ」犬。
「皮膚が腐ってるし、目がイッテるし、気色悪い……」すぺるん。
「すぺるんさん、なぜ余計なことを言うんですか!」かおりん。
「やっぱりそうなんか。それやったら、僕の力で人間を亡ぼしたろか」犬。
犬は前脚を揃えて、咆える態勢を取った。皆に緊張が走る。だが、その時――
「ハッピネス! ハッピネスか?」ハリー。
ハリーが犬に近寄った。
「ん、何や?」犬。
ハリーはしゃがんで、犬を抱きしめた。
「ハッピネス……」ハリー。
「え、何や?」犬。
「……」みんな。
みんな、わけがわからない。犬はだんだんと顔が
「ほへー、何やー、この感じはー」犬。
「おー、よしよし」犬を撫でるハリー。
「うへー、気持ちええわー」恍惚状態の犬。
「……」みんな。
「僕みたいな腐った犬になでなでしてくれるんか。こんなうれしいの初めてやわー。ずっーとこうしてたいわー」犬。
「ずっとこうしてたいの、俺も一緒だ」ハリー。
「うれぴー!」犬。
すると、犬が青紫色に光った。
「ん、何だ?」すぺるん。
「光ってる……」かおりん。
「僕、こんなうれしいことないわー。これからずっと、この人に付き従うことにするわー」より強く光る犬。
ハリーは撫で続ける。
「ほへー、契約成立や。僕はあんたのしもべや」犬。
犬から光が消えた。始めとは違い、生気を感じられるようになった。
「……えっ……契約成立って……」かおりん。
「おい、ハリー、ハッピネスって何だ?」すぺるん。
「俺が昔飼ってた胴長犬だ。16歳まで生きたんだが……」ハリー。
「いや待てよ、この悪魔の犬、腐ってるだろ」すぺるん。
「ハッピネスも晩年は皮膚が腐ってきてな……」犬を撫で続けるハリー。
「……似てるのか?」すぺるん。
「ああ、そっくりだ」ハリー。
「うれしいわー」犬。
「あの、契約成立って……」かおりん。
「僕、悪魔やから、人間と契約を結んだら一緒に行動できるねん」犬。
「え、それじゃあ、ハリーさんのしもべになったってこと?」かおりん。
「そうや、ハリーっていうんか。僕はハリーのしもべやでー」犬。
「おい、それって、悪魔を仲間にしたってことなのか」すぺるん。
「おー、よしよし」ハリー。
「あの、悪魔を味方にするなんて、すごいんですけど……」かおりん。
「ウマシカと一緒だよな……」すぺるん。
「昔飼ってた犬のことを忘れられねえんですかい。犬思いの人間に悪い奴はいやせんぜ」金さん。
「俺は、親が犬を飼っててな。俺も昔を思い出しちまった」すぺるん。
「前言撤回でさあ、犬思いでも悪い奴はいますぜ」金さん。
「金さん、あのなぁ……」すぺるん。
ハリーは犬をなでなでし続けている。犬は満面の笑みで幸せそうだ。
「おー、よしよし。お前、名前は何ていうんだ?」ハリー。
「僕はなあ、
「フランケン?」かおりん。
「死体?」すぺるん。
「そやで、腐乱犬死体やで」犬。
「そうか、フランケン・シタイというのか。そうだな、長いから、ニックネームで呼ぼう。シタインていうのはどうだ?」ハリー。
「シタインか、ええ名前やで、ハリー」犬。
「おー、よしよし、シタイン」ハリー。
「ドロシーさんに向けるはずの愛情が、この犬に向けられている気がする」かおりん。
「普通の愛犬家というより、なんかキモい変質者だな」すぺるん。
「やかましい、筋肉バカが!」ハリー。
「こいつは筋肉バカっていうんか」シタイン。
「違う、すぺるんだ」すぺるん。
「そうか、ハリーの仲間やったら、みんな僕の友達や、よろしくやで、すぺるん」シタイン。
「私は妖精のかおりん、よろしくね」かおりん。
「あっしは、
「そこで気絶してるのがコニタンだ」すぺるん。
すぺるんが指差すコニタンを見下すように見るシタイン。
「ところでよ、俺のガントレット、腐っちまったけど、一体何が起こったんだ?」すぺるん。
「ああ、あれか。僕は、物を腐らせることができるんやわ」シタイン。
「腐らせる?」かおりん。
「そやで。生き物を腐らせることは無理やねんけどな。物やったら、何でも腐らせることができるわ」シタイン。
「すごい能力だな、シタイン。魔法なのか?」ハリー。
「違うで、ハリー。魔法と違うねん。悪魔の力や。悪魔は自然の摂理を操れるねん。僕には物を腐らせることができるんやわ」シタイン。
「相手の武器と防具を灰にできる、ある意味すごい能力ですね……」かおりん。
「照れるわー」シタイン。
「いや、あの、俺のガントレット……新しいの買わねえとーーーー!」すぺるん。
ガントレットがなくなって、オーマイガーなすぺるん。ハリーに撫でられてニタニタとご機嫌なシタインはすぺるんを面倒くさそうに見ながら言う。
「さっきの腕にはめてた装備品のことか? そやったら、元に戻したるわ。ウバウバ!」シタイン。
シタインが咆えると、地面の上で細かい砂のような物が集まり始めて、空気中で立体的になっていく。徐々に色を帯びていき、形を成していく。最終的に、元のガントレットの形になった。
「うおー、元に戻ったぞ」すぺるん。
「すごいじゃないか、シタイン。おー、よしよし」ハリー。
「腐らせることもできるし、元に戻すこともできるんやで」シタイン。
「すごい仲間が増えたわね。でも、一番聞きたいのは、悪魔ならモンスターを召喚できるのかしら?」かおりん。
「できひん。それをできるんは、魔界でも最高位の悪魔くらいやな」シタイン。
「そうか。いや、でもすごいな、その力」すぺるん。
「魔界では序列61番の犬の悪魔やで。よろしくな」シタイン。
驚くべきことに、悪魔を味方にしてしまったハリー。ウマシカとハエの悪魔の関係みたいなものなのか?
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