第2話 何も家なくて…冬

 かおりんはコニタンたちを探すために王宮を出た。そしてまずは、ジャポニカン王国の城下町でコニタンを探すことにした。妖精かおりんの短い冒険の始まりである。

「えっと、大臣様から借りた住所録では、コニタンさんの家はこの辺りのはずなんだけど」

 かおりんは、レンガ造りの家が長屋のように連なる入り組んだ住宅街をうろうろしていた。そして家と家の間にある更地へたどり着いた。その場所には崩れたレンガや木材が散らばっている。

「あれ、表札も番地も上がってないし、そもそも家がない。だけど、ここで間違いないはずよね。ここで合ってるのかしら? コニタンさーん!」

 かおりんが大きな声でコニタンを呼んでみた。すると、あの聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「ひいいいいいいいいい!」

「あっ、ここだ。コニタンさん、どこですか?」

 かおりんがよく見ると、布を頭からかぶって震えているコニタンがいる。

「返済待ってえええええ!」

「どうしたんですか? 妖精のかおりんですよ」

「よかったああああ! 寒いいいいい!」寒さに震えるコニタン。

「お久しぶりです、コニタンさん。今日は国王様と大臣様の遣いで来ました。こんな真冬にそんな薄着で外にいたら、そりゃ寒いですよ。家はどうしたんですか? ていうか、返済待ってって、何ですか? 借金取りに追われてるんですか?」

「助けてえええええええ!」

「ちょっと落ち着いて、コニタンさん。落ち着いて話して下さい」

「ひいいい! 俺えええ! アイドルになるために、100万yen払ったら、騙されたあああああ!」全然落ち着いてないコニタン。

「100万yen、騙し取られたんですか?」

「助けてえええええええ!」

「それで、家は?」

「ドアとか屋根とか柱とか家財道具、持って行かれたあああ!」

「借金のカタに、金になるものを取られたんですね」

「寒いいいいいい!」寒さに震えるコニタン。

「……いや、国を救った英雄が何をやってるんですか……」呆れ顔のかおりん。

「騙されたあああ!」

「いや、コニタンさん、お金を積んだからって、アイドルになれるわけないでしょ」

「ひいいいいいい!」

「……大体、その顔で……」ボソッとつぶやくかおりん。

「本音えええええ!」

「あっ、やば、つい本音が……ウソ、ウソですよ、コニタンさん」

「ひいいいいいい!」

「どうしましょ」

「助けてええええ!」泣きつくコニタン。

「ええと、ほっとくわけにはいかないし……わかりました。大臣様に借金を払ってもらうように頼みます。だから、すぺるんさんとハリーさんを探しに行くので付き合って下さい」

「助かったあああ!」

 借金のカタに家を失ったという何とも無様な勇者を助けて、かおりんはまず一人目をゲットした。


 次に、かおりんはコニタンを連れて繁華街に向かった。

「ええと、この辺りにすぺるんさんのレストラン付きの家があるんだけど。あれ、ここのはずなんだけど」

 かおりんは、解体されてほとんど土台だけになった家のようなものがある区画にたどり着いた。

「あれ、ここでいいのかしら?」

 かおりんが変だなと思っていると、たまたま通りかかった人が「ここ、もう誰も住んでないよ。ほら、“土地売ります”の看板が出てるだろ」と言って去って行った。

「あら、ホントだ、看板が出てる」

「ひいいいいい!」なぜか怖がるコニタン。

 かおりんとコニタンが佇んでいると、どこからか不気味な低音の声が聞こえてくる。

「……んふー、んふー……」

 かおりんが近くの木を見ると、筋骨隆々の男が片手懸垂をしているのが見えた。

「あっ、すぺるんさん!」

 冬なのに、すぺるんが上半身裸でトレーニングをしているようだった。

「ん? 何だ。おっ、かおりんじゃねえか! それにコニタンも!」

 すぺるんは木から下りて、服を着て近づいてきた。上腕二頭筋を見せつけながら。

「おっ、久しぶりだな、コニタン」

 すぺるんはそう言いながら、コニタンにヘッドロックをした。

「ひいいいいいい!」

「ちょっと、弱い者いじめはやめて下さい」

「おう、悪い悪い、昔の癖でよ」

「暴力反対いいいいいいいい!」

「やかましい!」コニタンをどつくすぺるん。

「すぺるんさん、前回の冒険のご褒美に建ててもらった豪邸が取り壊されて、売り土地になってますけど、何かあったんですか?」

「あっ、いやあ、ちょっとな……」

「ちょっとって、何ですか?」

「いや、まあ、いろいろとな……」

「ですから、何があったんですか?」

「いや、まあ、家を手放したんだよ……だから、宿無し……」

「ひいいいい!」

「やかましい!」すぺるんはコニタンにビンタ。

「まあとにかく、今日は国王様と大臣様の遣いで来ました。お伝えしなければならないことがありますので、皆さんを探して回ってます。ハリーさんを探しに行くので、すぺるんさんも一緒に来て下さい」

「ああ、まあいいぜ。その代わり、宿にでも泊めてくれねえか」

「それにしても、二人とも家がないなんて、奇遇ですね」

「え? コニタン、お前も宿無しなのか?」

「ひいいいい! アイドルになるために、100万yen、騙し取られたああああ!」

「まだ言ってんのか! お前のその顔でアイドルになれるわけないだろが!」殴るすぺるん。

「ひいいいい!」

「それで借金地獄になって、何もかも借金取りに持って行かれたそうです」かおりん。

「……そうか、かわいそうにな……」なぜか優しいすぺるん。


 次に、かおりんはコニタンとすぺるんを連れてハリーの住む町はずれに向かった。

「うーん、地図では、ハリーさんの家はこの辺りのはずなんですけど」

 城下町の中ではあるが、平原、いや、野原、いや、原っぱみたいな場所へ着いてしまって混乱してる一行。

「この辺、家どころか、何にもねえじゃねえか」

「ないいいい!」

「やかましい!」殴るすぺるん。

「皆さん、冒険の後、お互いの家に遊びに行ったりとかしてないんですか?」不思議そうに尋ねるかおりん。

「おう、してねえ」ぶっきらぼうなすぺるん。

「ひいいいいい!」

「はぁ、そうですか。でも、変ですねえ、地図ではここのはずなんですが……」

「でも、あの辺り、なんか焦げてねえか?」

 すぺるんが指さした辺りに、焦げたレンガや木材が散乱している。

「何かしらね?」

「ひいいいいい! 人おおおおお!」怯えるコニタン。

「えっ? 人? 本当だ、誰かいるぞ!」

「ハリーさんかしら?」

 かおりんたちは近づいて行く。そこにいたのは、何枚ものマントにくるまって寒さに震えているハリーだった。

「えっ? ハリーさん!」

「おう、ハリー、久しぶりじゃねえか!」

「ハリィィィィィ!」コニタン。

「でも、何やってるんですか? そんなにたくさんのマントにくるまって震えて、コニタンさんと一緒じゃないですか」

「一緒おおおおお!」

「おい、ハリー、何やってんだよ」

 すぺるんの呼びかけにも反応なく、ハリーは寒さに震えながら遠くの方をぼんやりと見つめている。

「おい、こら、返事しやがれ、似非えせ魔法使い!」

 反応がない。ただ震えている。

「おい、マジで何だよ、ハリー」寂しそうなすぺるん。

「どうしたのかしら? ハリーさん、大丈夫ですか?」

「おい、ハリー、ドロシーはどこだ?」

 すぺるんがそう言うと、ハリーが急にハッと正気に戻って叫ぶ。

「そうだ、ドロシー!」

「おい、ハリー、どうしたんだ、しっかりしろ!」すぺるん。

「ハリーさん!」かおりん。

「ひいいいい!」

「うるさい!」コニタンを殴るすぺるん。

「ハリーさん、落ち着きましょう」かおりん。

「……あっ、師匠……」

 ハリーはかおりんの声を聞いて正気を取り戻した。

「おい、大丈夫かよ」すぺるん。

「ハリーさん、何があったんですか? 家はどうしたんですか?」

「……家は……燃えてしまいました……」

「えっ? 燃えた? 火事か?」すぺるん。

「ひいいいい!」

「……ああ、マジックの練習中に、火がついて燃えたんだよ」

「火いいいい!」

「しょうもない洒落言うな!」殴るすぺるん。

「それで、レンガとか木材が焦げてるんですね」かおりん。

「はい、師匠。マジックのレパートリーを増やそうと、ミス・トリック師匠の得意な、炎からの脱出マジックを試していたら、家に火が燃え移ってしまったんです。それで、家が全焼して……」

「なんてこと……」

「で、家が燃えてなくなったのか。じゃあ、お前も宿無しだな」

「一緒おおお!」

「やかましい!」殴るすぺるん。

「わざわざ師匠のマジックを真似しなくても……」かおりん。

「ていうかお前、師匠が二人いるんだな」すぺるん。

「コニタンさんも、すぺるんさんも、ハリーさんも、みんな家がないなんて……なんという偶然」かおりん。

「いやあ、そんなことで喜ばれても」嬉しそうなすぺるん。

「でもまあ、とりあえず、三人を発見できたので、よしと」小さくガッツポーズのかおりん。


 コニタンも、すぺるんも、ハリーも、家がなくて宿無しだということ。冬なのに、誰も家がないという。家なき子、じゃないな、家なきおっさんか。

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