第1話 世紀末キモ男伝説

 ここはジャポニカン王国の王宮。王宮内で最も気品あるテラスで、中年の男と老人が二人で席に着いてひそひそと話をしている。ノダオブナガ国王とサンドロ大臣である。

「ひそひそ」国王。

「ひそひそ」大臣。

 男二人で何やら怪しげな会話をしている。そこへ音もなく妖精のかおりんが近寄ってきた、床からほんの少しの高さを浮かびながら。

「何やってるんですか?」

「ぶわあっ! びっくりした!」と立ち上がって驚く国王。

「これ、かおりんよ、音もなく近づくなと言っておるじゃろ」大臣。

「だって私、空飛んでますから足音しないんですもの。仕方ないじゃないですか」

「あちいー、アフタヌーンティーをこぼしてしもうたわ」ズボンがボトボトになった国王。

「国王様、大丈夫ですか。火傷はありませんか」心配する大臣。

 それを見てかおりんが杖を掲げて魔法を唱える。

「水流魔法!」

 小さな水の渦をつくるはずだったが、まあまあな勢いの水流が国王の全身を包み込んで消え去った。

「ぶほっ、べほっ」国王。

「これ、何をしとるか!」怒鳴る大臣。

「あら、魔力を抑えたつもりなんですが」かおりん。

「ぶほっ、全身ずずぶ濡れになってしもうたわい。冬だから、寒い」震える国王。

「うわぁ、どうしよう。服を乾かさないと」慌てるかおりん。

 それを見てサンドロが杖を掲げて魔法を唱える。

「火炎魔法!」

 小さな火をつくるはずだったが、まあまあな火力の炎が国王の全身を包み込んで消え去った。

「あちいー、げほっ」黒い煙を口から吐く国王。

「大臣様、何やってるんですか!」かおりん。

「あら、魔力を抑えたんじゃがの」大臣。

「ごほっ、お前ら! わしで遊ぶのはやめんか!」怒る国王。

「申し訳ありませぬ。かおりんが余計なことをしたばかりに」言い訳する大臣。

「えー、私のせいですか? 大魔法使いの大臣様ともあろうお方が魔力の調節をミスするなんて」言い訳するかおりん。

「そもそも、お前が水流魔法を使うからじゃ」弁解する大臣。

「そもそも、お二人がひそひそと話をしているからですよ」弁解するかおりん。

「やめんか!」再び怒る国王。

 大臣とかおりんはしょんぼりとして口論をやめた。騒ぎを聞きつけたお世話係が着替え用の服を持ってきたので、国王は別室へ行った。そして着替え終えてすぐにテラスへ戻ってきて、席に着いた。

「で、お二人は何をひそひそと話をされてたんですか?」かおりん。

「んー、かおりんよ、お主には伝えておいたほうがよいな」国王。

「そうですな」大臣。

「えー、何、何、何ですか?」ノリの軽いかおりん。

「実はな、先日、ゴータマ神殿のメイジから便りが届いてな。不穏な未来が夢の中に出てきたというのじゃ」大臣。

「メイジ大神官の夢に出てきたのなら、本当に起きるんですよね」

「かもしれんな。だが、それだけではないのじゃ。実しやかに伝えられる伝説と、メイジの見た夢が一致しておるのじゃ」国王。

「知っての通り、ジャポニカン王国は多くの街や村で構成される中央集権王国じゃ。まだ王国ができる前から、各街や村には、この大陸の未来の伝説が伝えられてきた。その内容はどれも驚くほど似ておる」大臣。

「あー、それ知ってます。地獄の門が開いて悪魔が人間界にやって来るっていう、終末論的な伝説のやつですよね」かおりん。

「そうじゃ。だがジャポニカン王国だけでなく、虹の都、水の森、土の里、火の丘、それに風の谷でも似たような伝説が伝わっておる」大臣。

「そんなの単なる都市伝説でしょ」かおりん。

「いや、そうとは言えん」国王。

「その伝説が本当だとしたら、ハエの悪魔はコニタンさんが倒したから、人間界は救われたんじゃないんですか?」かおりん。

「いや、それがの、そんな単純なことではないのじゃ。お主の言うようにもう終わったことなのであれば、メイジが夢に見たりはしないじゃろう」大臣。

「はあ、それもそうですよね。で、メイジ大神官はどんな夢を見たんですか?」かおりん。

「ある男が剣を持って悪魔を倒すという夢じゃ」大臣。

「それって、コニタンさんの時と同じじゃないですか」かおりん。

「うむ、そうじゃのう。メイジが言うには、その男の顔はよくわからなかったというのじゃ。ただ、夢の所々に、すごくキモい男が出てきたというのじゃ。その男がコニタンにそっくりじゃったと」大臣。

「はぁ、ある男が出てきたけど、その人はコニタンさんかどうかわからないということなんですね?」

「今のところは、そうじゃな。それとな、ミャー族に伝わる伝説を調査しておるのじゃが、それについてはまだ何とも言えん」大臣。

「ミャー族って、ジャポニカン王国のミャー族のことですか。北東に暮らす、国を持たない、あの狩猟民族の?」かおりん。

「そうじゃ。ジャポニカン王国の北東の県に住む、ミャー族じゃ」大臣。

「どことも交流しなくて、孤立してるんですよね。ジャポニカン王国内のどの街や村とも交流がないとかなんとか」

「いや、住民レベルでは交流は行われておる。じゃから情報は入ってくるんじゃ。あくまでまだ噂の段階じゃが、キモい男が世紀末の世に現れて世界を悪魔から救うという伝説だそうでな。“世紀末キモ男伝説”と呼ばれておるそうじゃ」大臣。

「世紀末キモ男伝説!? それってますますコニタンさんのことじゃ……」かおりん。

「まだ今のところははっきりしておらんがな」大臣。

「世紀末かぁ、今、世紀末ですもんね。グレタゴリラ歴1999年」かおりん。

「それで国王様と相談しておったのじゃ」大臣。

 大臣とかおりんは、先程から黙りこくっている国王の方を向いた。

「……グー……グー……」

 国王はいびきをかきながら寝ている。

「お前、寝るな! 起きろ!」

 大臣は杖で思いっきり、国王の顔を打った。

「ぶべえぇぇぇぇ!」口から血を吐く国王。

「あー、国王様、大丈夫ですか?」かおりん。

「何じゃ! 何じゃ!」何が起きたか理解できない国王。

「あっ、力が入り過ぎた」大臣。

「痛えぇぇぇぇ!」叫ぶ国王。

「回復魔法!」

 かおりんが魔法を唱えると、白いもやが国王を包んだ。だが、とても小さな薄い靄だったので、国王の傷と痛みはほとんど回復しなかった。

「あら? 魔力を抑えたつもりはないんですけど……」かおりん。

「痛えぇぇぇぇ!」

 騒ぎを聞きつけたお世話係が、王宮の神官を連れてきた。それで国王は傷を回復することができた。

「すみませぬ、国王様」大臣。

「お前ら、わしで遊んでない?」国王。

「……気のせいですよ、国王様」かおりん。

「それで、サンドロよ、どこまで伝えたのじゃ」国王。

「伝説のことは話しました。キャンディー帝国のことはまだです」大臣。

「そうか」国王。

「キャンディー帝国? って、たしか、あの海の向こうの東の小さな大陸にある、国民の誰も魔法を使えない、あの民主主義国家のキャンディー帝国ですか!」

「そうじゃ。虹の都王国に来た交易船からの話によると、大総統が暗殺されたんじゃよ」大臣。

「大総統!? 選挙で選ばれたキャンディー帝国の一番偉い人ですよね? その人が暗殺されちゃったんですか?」

「そうじゃ。数週間前に、あぶらハム大総統が暗殺されたんじゃよ。その後、新たに大総統に就任したのが、栗金団くりきんとんという男じゃ。この男、以前から好戦的な発言を問題視されて政治の世界から追放されていたらしいのじゃが、どういうわけか、閣僚たちから副総統に任命されて、油ハム大総統が死んだ後、昇格して大総統になったということらしいんじゃ」大臣。

「はあ、で、それで……」かおりん。

「栗金団がなぜ副総統になれたのか、キャンディー帝国では皆が疑問視しておるそうじゃ。しかもな、軍備を増強して、我々のこの大陸に攻め込もうとしているらしいんじゃ」大臣。

「それは一大事ですが、この大陸の国々と比べたら、キャンディー帝国って小国ですよね。それに国民は魔法も使えないし。別に恐れることはないんじゃないですか?」かおりん。

「かもしれんが……いろいろと裏があるような気がしてのう」大臣。

「国王様はどう思われるんですか?」

「……グガー……グガー……」

 かおりんが国王に尋ねたが、国王はまたしても眠りに落ちていた。

「お前、寝るなっつったろ!」

 大臣はキレて杖で国王の顔を打った。

「ぶびゃおぉーーー!」イスから転がり落ちる国王。

「あっ、またしても国王様が! 大丈夫ですか!」かおりん。

「何、何が起きた? 痛えぇぇぇ! 歯ぐきから血がー!」

「回復魔法!」

 今度はかおりんは通常の魔力で回復魔法を唱えた。国王の傷が癒えていく。

「すみませぬ、国王様」大臣。

「わし、国王じゃぞ! わしの扱われ方、酷くね?」

「そんなことより、国王様、キャンディー帝国、どうなんでしょうか?」かおりん。

「ええ、そんなことよりって? なんか、悲しい……わし国王なのに……」

「そんなことより、国王様、我が国はどう行動するかですぞ」大臣。

「そんなことよりって……」肩を落とす国王。

「国王様、へこんでないで、どうなんですか?」かおりん。

「うむ、オホン。キャンディー帝国がこの大陸に戦争を仕掛けてくるかもしれぬという状況である上に、悪魔が再び人間界に現れるかもしれぬということか。とりあえずは、キャンディー帝国のことは虹の都王国から情報を得ることができるから、ミャー族に伝わる伝説について調査するべきじゃのう」国王。

「コニタンのことも気がかりですな」大臣。

「私、コニタンさんたちに会いに行きましょうか?」かおりん。

「うむ、わしも彼らのことが気になっておった。かおりんよ、では、勇者コニタンとその仲間に会って、今日話したことを伝えてくれるか」国王。

「はい、でも金さんはゴータマ神殿で働いてるんですよね。だから、コニタンさんと、すぺるんさんと、ハリーさんの三人になりますけど」

「そうじゃの。では、頼んだぞ」国王。

「はい、お任せ下さい。“世紀末キモ男伝説”の謎は、私が解き明かします! 大臣様の名にかけて!」

「ん? 何で、わし?」大臣。


 何やら、この大陸の各地で似たような伝説が語り継がれてきたらしい。前回のコニタン一行の冒険と関係あるのか、それとも無関係なのか? メイジ大神官の見た夢はまた現実となるのだろうか?

 かおりんはコニタンたちに会いに行くことになった。金さんを除く、コニタン、すぺるん、ハリーの三人はすんなりと見つかるのか?

 こんなすっとぼけた国王と大臣がジャポニカン国を取り仕切ってて、この先大丈夫なのか?

 それよりも、どこかで見たことある展開だったような……。

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