第12話 錬金術士
この世界に本物の魔法が使える人間は居ない。
魔法が使えるのは魔物や魔族、それらに身体を託した者だけなので、魔法が使える者は全て人間の敵なのだ。
元より、身体的に特殊能力を持っていたら既に人間ではなく、異端視され責め立てられ、人類の脅威として殺される。
それは、猫の集団の中にライオンが居る様なものだ。
普通の人間でも鍛えれば幾らでも強く成れるとか、修業を積めば超常的な技を放てるとか、現実には有り得ないし、有れば【化け物扱い】だ。
多くのヒーロー物語で出てくる特殊能力を持った主人公は、大衆と共通の敵が居なくなった段階で、ヒーローから敵対する怪物へとシフトしてしまうのが現実だ。
物語りやゲームに出てくる、能力スキルやレベルと言った物はコレと同じである。
ただ、ここでは物や技術により、特殊な行ないをする科学者や技術者は居て、それらを総じて【錬金術士】と呼んでいる。
地球に伝わる魔法使いの一部は、そう言った科学者だったのかも知れない。
学び、訓練すれば、誰でも錬金術士に成れるが、何年もかかる技術訓練や勉強が嫌いな者が多いのは、どの世界でも同じだろう。
そもそも
地球では魔法の一部に考えられやすい錬金術ではあるが、魔法とは、似て非なる物なのだ。
錬金術士の多くは、本業としては特殊用具や薬剤を作って暮らしているが、その様な物が生活を支えられるほど常時売れる訳ではない。
一部の御抱え錬金術士以外は、設備投資と維持の割りに年間の利益は大きくないのだ。
地球でも科学者や武器メーカーは、他業種のスポンサーを得たり、軍隊など公共機関の取り引き先を持った者だけが生き残っている。
よって、小規模な錬金術士は生活の為に副業をする者が大半で、一部は特殊な細工武器や火薬、毒物を作ってワーカーとして活躍している。
だが中には、麻薬や暗器などを作り、非合法な副業をしている者も少なくはない。
当然だが、ワーカーをやっている錬金術士で、隠れて【裏の仕事】をやっている者も居る。
この世は、白黒ハッキリとした子供向け物語りではないのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あの【ナイトメア】を殺らなきゃいけないのか?」
「なかなか良い女達なのに、勿体ないな兄弟よ!」
とあるワーカーチームに、裏の仕事が回ってきた。
基本的に彼等には、裏の仕事を断る事はできない。
断れば、組織により知られている裏の仕事の数々をワーカーギルドと衛兵に通報され、指名手配となるからだ。
金の為に組織の悪事に手を染めたが最後、もう抜け出せないのであった。
因みに『兄弟』と言っている二人に、血縁や親戚関係は無く、同じ女と性的関係を持っている【穴兄弟】と言う奴だ。
「どうする?闇討ちは難しいみたいだぜ。あの肉屋の一件は組織の暗殺者だろ?」
「昼間に宿屋に居るなら、建物ごと燃やすか、吹き飛ばしてはどうじゃ?」
「大事はマズイんじゃないか?」
「ならば、お前達の情事の最中に酒に混ぜた麻薬を服用させるのはどうじゃ?媚薬効果も有るから
このワーカーチーム【ライカの
他にも持っている資格が多いので、かなりオールマイティなチームだ。
人数も居るので、幾つかの戦術が組めるのだ。
力技が効かない相手に対して、錬金術士の役割は大きい。
「確か、例の肉屋は男と寝ないゼーラを狙ったんだったな?見掛けによらず、強いって事か?」
「俺達はゼーラを避けて、先にアイラとメイアを殺っちまう訳だな?」
肉屋を倒したゼーラを後まわしにするのは、妥当な判断だと彼等は思った。
「媚薬で夢心地のうちに昇天させてやるのか?確かに、そりゃあ良いが俺の身元もバレちまうじゃねえか?」
死体が出れば、最後に出くわした者が犯人として疑われる。
「そこは、女が寝落ちしたんで、途中で残して帰った事にすりゃあ良いんじゃよ。お前達が殺して帰った後に、儂が賊に身をやつして宿屋で騒ぎを起こせば、賊の仕業と思うじゃろう?どうじゃ?」
「爺さんは錬金術だけじゃ無くて、悪知恵もはたらくんだな?」
「誉めとるのか?
「誉めてるに決まってるじゃないか!本当に歳をとると偏屈になって困るよ」
「やっぱり、貶しておるじゃろう?」
彼等の中で、おおよその戦術は決まった。
ワーカーであるアイラ達の夜の御相手になるのは難しい。
何より順番待ちな上に、彼女達二人の気分で相手を決めるからだ。
そして、やっと【ライカの灯火】にチャンスがやって来た。
当然だが、アイラとメイアは同じ宿で逢い引きをする。
「先ずは、ゼーラちゃんの飯代を払っとこうかな?釣りは要らねえからな」
「ありがとね!兄ちゃん」
宿の料理人に銀貨数枚を渡すライカの灯火は、ゼーラの足元に居る存在にも気付く。
「あれっ、これはゼーラちゃんの猫かい?」
「うん!森で見つけたんだぁ」
「じゃあ、この子の分も見繕ってあげてくれ」
「ミィ~」
「ミィヤもありがとうって」
アイラ達の仲間に対する、その気前の良さで、アイラ達にも好感を持たれようとしたのだ。
「あら、気前が良いのね?私達には無いの?」
「ああ、勿論有るよハニー!ちょっとした媚薬入りの酒が有るんだ。試してみないか?習慣性は無いが、天国らしいぜ」
「変わった物があるのね?」
「錬金術士の爺さんのコネでな」
女は他者のつく嘘には敏感だ。
だが、これで昏睡した所を殺すのだから、習慣性云々には意味がない。
そして、本当に『天国送り』になるのだから彼等には一切の嘘は無い。
さっそく、宿屋の二階にある部屋へと入る二組を、廊下の天井裏から見つめる者が居た。
「女達を、十分に楽しませてやるといいのじゃ!ついでに他の部屋も襲わないと目立つから、成功報酬は儂だけ割り増しじゃなあ」
潜んでいたのは錬金術士だ。
二組が入った宿の屋根側から侵入している彼も、ダテに長年ワーカーをやっていた訳ではない様だ。
「あら?貴方は媚薬を飲まないの?」
「酒を飲むと、男は
男は体質にも寄るが、過度な飲酒や喫煙は、勃起の障害になる事が多い。
「あらっ?甘くて口当たりが良いお酒ね?」
逆に女は、アルコールで理性が飛んだ方が楽しめる傾向にある。身体も高揚して大胆になれるのだ。
「なんか、いつもより燃えそうだわ」
「そんな君も可愛いよアイラ」
いつもより、入念にキスと愛撫をし、交わった彼女は前回に関係を持った時よりも激しかった。
赤毛のロングヘアーが、炎の様に荒れ狂っている。
『おかしい!ぜんぜん昏睡しないじゃないか?』
男は困惑しているが、それはメイアの相手をしている方も同じだった。
どうやら、魔族とのハーフである彼女達には、薬の効き目も違う様だ。
何度目かの放出の後で、ベッド脇の水差しから水を飲んだ男は、この為に用意した中古のナイフを取出し、アイラの腹に刺した。
「これは、何のつもりなのかしら?」
「なぜ、血が出ない?なんで死なない?」
ナイフを刺されても平然としているアイラに対して、男の方は錯乱状態だ。
「ワーカーにも暗殺者が居たとは驚きだわ。じゃあ、白い血だけじゃなく、赤い方も容赦なく頂けるわね」
アイラの全身が霧の様になり、男を背中から抱く様にして現れた。
「ひっ!」
「じゃあ、いい夢を見なさいね」
そのまま頚筋にキスされた男は、恐怖に脅えた顔が、恍惚とした笑顔に変わりながら、ベッドへと沈んでいった。
「メイア、こっちはどう?」
「今は夢の中で、必死に腰を振ってるわ」
部屋の中に現れたアイラに、メイアは男を胸の谷間に挟んだまま出迎えた。
「この二人は、例の暗殺者らしいわよ」
「そうなの?こっちの坊やには、その素振りは無かったけど、私の魅力のせいかしら?」
「サキュバスの淫夢能力のせいでしょ!」
アイラはメイアの豊満な胸から目を背けた。
「兎に角、此方の男にも【腹上死】してもらわないとねぇ」
アイラは、メイアに抱かれたままの男の首もとに、キスをした。
「誰か、誰か衛兵を呼んでちょうだい」
部屋からシーツで身を包んだメイアが飛び出して叫んだ。
「何ごとですか?御客さん」
ゼーラに食事を出していた料理人が階段の下から見上げてくる。
「彼が、彼が私の上で動かなくなっちゃったのよ!息もしてなくて・・・・」
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