第11話 待ち伏せ

 夜の森での危険度は昼間の数十倍に跳ね上がるので、普通のワーカーは立ち入らない。

 魔族と呼ばれる知性体は減るが、魔物の数は逆に増えるし、灯りは誘蛾灯の様に敵対者を寄せ付ける。

 足場は見辛く、道に迷うリスクが増える。


 ワーカーギルドでアイラ達が受けている仕事は、前もって受付嬢のリリアーナが選別しているので、他者が内容を知る事はできない。

 だが、その後の行動きを見ていれば、彼女達が夜の森での仕事をしている事は誰にでも分かる。


「月光草でも探しているのか?」


 ギルドから後をつけていた一団が、森に入った彼女達の目的を予測した。


 薬草の中には、夜にしか咲かない植物の花や花粉など、昼間の探索では見つからない貴重な物がある。


 報酬は高額だが先の様なデメリットがある上に、いつも見付かるとは限らないので受けるワーカーが皆無だ。

 ただ、ある程度の武力と逃避能力が有れば、命拾いはできるので、職に溢れたワーカーが仕方なく受けるくらいだ。


 アイラ達は何かを探す様子もなく、どんどん森の奥へと進む。

 薬草探しだとしたら、群生地を知っているのだろうか?


「意外と奥まで行くんだな?それならそろそろ襲っても大丈夫なんじゃないのか?」

「そうだな。ここいらなら叫び声も街に届かないし、女は三人、こっちは六人だから楽勝だろう!」

「殺す前に、犯しても良いだろう?ゾクゾクするほどイイ女じゃないか?」

「俺は死体でも良いや」


 ランプを灯して進む彼女達は、森の尾行でも見つけやすい。


 アイラ達が小休止の為に止まったのを期に、男達が取り囲む様に展開していった。

 盗賊に身を落としても、元ワーカーの者達だ。

 森を歩くのは慣れている。


「何だ?アイツ等、装備や服を脱ぎ出したぞ」

「うっ!この匂いは・・・」


 裸になっていく女達に向かって、五人の男達が走り出したが、一人だけは立ち止まった。

 恐らくは、下着などに消臭効果がある素材を使っているのだろう。


 駆け出した男達の目の前で、女達の姿は闇に消えた。


「ランプを消しやがった」

「何処に行きやがった?」


 ランプを目印に進んでいた男達の目が暗順応するのには、時間が掛かるのだ。


「ぐあっ!」

「ぎゃあっ、」

「目が、目がぁ!アグッ」

「うっ!」

「痛てぇ、痛てぇよう・・・・」


 暗闇の中で、男達の声が響く。


 目が慣れ、僅かな月明かりで見える様になったソノ場所には、五つの死体が転がっていた。


 首を喰い千切られ、袈裟懸けに斬られ、目と喉元を突き刺され、首から血を吹き出し、腹を刺されている。


 そう!襲おうとしていたのは、男達だけでは無かったのだ。


「確か、あと一人居る筈よね?」

「六人居たよ」


「はい、ここに居ますよ。まさか混ざり者と出会でくわすとは思いませんでしたねぇ」


 見回す三人の前に現れた男は、気弱な美形に見えていたが、徐々に全身が膨らみ毛深くなっていく。


「人狼?本物の魔族なのかしら?」

「全然気が付かなかった」

「なんでクライマーに混ざっているのよ?」


 アイラ達が後退りする。

 人狼は数少ない夜行性の魔族だ。

 本物の人狼の身体能力はゼーラの比ではない。一撃で首を切り落とさないと倒せないとまで言われている。

 その上、魔法が使えるのだ。彼女達に勝ち目はない。


「匂いは、魔法で誤魔化している。おっと、逃げるなよ。半分とは言え、久々の同族に感動してるんだからよぉ」


 完全な人型狼に変化した男は、しゃべり方も力強く変わっている。


「まさか人間側への潜入調査かしら?黙ってるから見逃してくれないかしら?」

「それは良い提案だ。クライマーでの立場も悪くなってきたし、そろそろ消えたいと思っていてな」


 情報収集の為に色々な所に侵入し過ぎて、彼は各所で指名手配を受けている。

 かといって、重要なポストにも就こうとしない彼は、使い道が少なく、ある意味で御荷物になっていた。


 今回の仕事で破れ、森の奥深くで死ねば、死体は魔物により食い散らかされ、誰が誰だか分からない様になるだろう。

 実際に彼以外の者は、そうなっていく。


「居なくなる次いでに、この件の目的と主犯を教えてくれないか?」

可愛い女ゼーラの頼みとあれば、やぶさかでもないが、条件がある」


 アイラ達の眉間にシワが寄る。

 魔族は人間を食う生きものとして聞いているからだ。


「条件って?」

その女ゼーラと一発ヤラせろ!狼の姿で」

「・・・・・・・ぷっ!」


 人狼の要求に三人が顔を見合わせ、吹き出した。


「は、は、は、は!アタイはいいぜ!むしろ男日照りが続いてたんだ。有りがたい」

「本人からもOK出だし、なら先に主犯とか聞かせて貰えるかしら?」

「良いのか?やったぜ!」


 三メートル近い人狼が、歓喜で跳び跳ねている。

 彼にすれば、この仕事を受ける上で調べたが、要らない情報でもある。

 それにゼーラ同様に、娼婦とか相手では喰い殺して騒ぎになるのだろう。


「俺の調べだと、依頼者は山賊討伐隊の副官で、山賊からの賄賂が貰えなくなった意趣返しらしい。既に発覚して死刑になったが依頼を受けた立場上、何人かの殺し屋を送り出したって話だ。だから、何回か凌げは終わるはずだ」

「そうかい、情報をありがとうよ。じゃあご褒美だ」


 ゼーラが完全な狼の姿となり、人狼の方に尻を向けて尻尾を上げた。

 既に発情期の犬状態の二匹が、その後にどうなったかは、云わずもがなだろう。



「ここまでで暗殺者は八人よね?女三人に二十人って事は無いでしょうけど」

「どうする?組織全体を敵に回して泥沼化する?残りの暗殺者をやり過ごして諦める?」

「下手に管理職とか殺して泥沼化は悪手でしょ」


 盛ってる二匹をよそに、アイラとメイアが相談をする。

 敵対したからには全滅させてやりたいが、それは現実的ではない。被害が周囲の者にまで飛び火する恐れがある。


「では、やり過ごしに決定ね」


 人海戦術が使える組織に対して、数人で立ち向かって勝つのは英雄譚ヒーローショーだけだ。

 彼女達は、そこまで幼くはない。


「あら嫌だ。あの人狼ったらゼーラのアナルまで犯してるわ」

「本当にケダモノねぇ。悪い人間の影響を受けすぎたのかしら?」


 二匹のケダモノの交尾は、五時間に及んだ。

 最初は好奇の目で見ていた二人も飽きてくる。


「知ってる?獣って、ぺニスに骨が入ってるんだって」

「え~っ、じゃあ、萎える事なくヤリ続ける事ができるって事?」

「獣姦を試してみる?」

「雄馬とか凄そうよねぇ」


 実際は口先だけの与太話だが、女とは、そう言った物だ。


 人狼も、やっと満足したらしく、ゼーラを放して人型に戻っていく。

 ゼーラは狼形態のまま失神しているが、目覚めても暫くは腰が立たなくなるだろう。


「久々に堪能させてもらったよ。じゃあな、御嬢さん方」


 人狼は森の闇へと消えていった。


「ゼーラを担いでいく?」

「巨大化した狼を、女二人で?」


 普段は小柄だが、狼形態のゼーラは二メートル近くある。

 重量は変わらないが、持ちにくいのだ。


「ゼーラが目覚めるまで暇になったわ」

「仕事は断ったけど、何か狩ってくる?」

「荷物持ちの彼女がアレなのよ?どうするのよ!」


 尾行する一団に気付き、ギルド入りはしたが仕事は断った。

 多人数で来ていると言う事は、尾行だけで済む筈がないからだ。


 結局、夜明けにゼーラが目覚めるのを待って、人化した彼女を交代で背負って街まで帰ったのであった。

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