第10話 追跡者と依頼
料理人は、必死に走った。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。兎に角、組織に報告だ」
何かに追われている気もしたので、途中で何度も振り返るが、真っ暗な空があるだけだった。
あまり衛兵への連絡が遅れると料理人も怪しまれるが、組織への報告を後回しにすると、自分も殺される可能性が有るので、彼は急いでいた。
彼が急いでいるのは暗殺の失敗に対して、組織が【次の手】を考えているかも知れないからだ。
現場に、組織よりも衛兵が先に着いてしまったら、その【次の手】が施せないかも知れない。
先に組織に報告したのに、衛兵に遅れをとっても、それは料理人の責任ではない事にできる。
ドンドンドンドン
「おいっ、ソズ。俺だ、グレゴールだ、急用だ」
「なんじゃ?グレゴールか。明日じゃマズイのか?」
裏通りの民家をノックして出てきたのは、何処にでも居そうな御爺さんだ。
「肉を切り損ねた。いいか?『肉を切り損ねた』だ」
「なっ、何だと?ヘマしたのか?」
「いいな?確かに伝えたからな!」
料理人は、意味不明な言葉を発すると、その家を離れて衛兵の詰め所に向かって走り出した。
恐らく、それは暗号なのだろう。
「こうしちゃあ居られない。早く班長に伝えなくては」
老人も寝間着から着替え、夜の町へと駆け出した。
だが、老人は気が付かなかったのだ。
彼の走る後ろを、黒い影が追っていた事を。
「そうか。失敗したのか。急がせて済まなかったな。だが、もう次の手は動き出している。報告、ご苦労だった」
老人は、とある商会の護衛と接触したが、その護衛が誰かの元へと走る様子はない。
『コイツが元締め?いや、急ぐ必要が無いだけか?』
黒い影は様子を見ていたが、しばらくしてから、その場を離れた。
宿屋では、メイアがゼーラの腕に包帯を巻いていた。
衛兵達が事情聴取の為に来ている。
「食事をしていたら、いきなり斬りかかれて」
「騒ぐ音を聞いて、直ぐに降りたが、この様になっていた」
「状況からして正当防衛だな。先の山賊の仕返しだろうが、コイツが仲間だったとは」
衛兵が剥いだ犯人の覆面から出た顔は有名人らしい。
「東門近くの肉屋の店主だ。なぜ、ここに?」
「確かに肉を頼んで、届けてもらいましたが、その後は料理をしていたので、物音がするまでは気が付きませんでした。こんな事になるなんて」
店の裏口への出入りを、誰かに見られているかも知れないので、衛兵を呼んだ料理人は一部だけ正直に答えた。
こう言えば、実行犯以外は皆が被害者となる。
「なんか、気分が悪くなったわ。途中だけと帰るわね」
服を着替えたアイラが二階から降りてきた。
あまり大勢が現場を荒らしてはいけないとの配慮で、料理人が宿を出てから直ぐに二階に引っ込んだのだ。
他の客達は、階段の上から今も覗き込んでいる。
「そうだな。
アイラの相手も、他の客も、着替える為に部屋へと帰ってゆく。
「衛兵さん。私たちも帰って良いかしら?」
「ああ。身元も確認させてもらったし、聞く事も無いだろう。ただ、一週間は街を出ないでくれ」
「ギルドの仕事で森には行くけど?」
「そういった出入りは問題ない。宿屋に居なければギルドに問い合わせる」
ゼーラ、アイラ、メイアは、衛兵の許可を得て、連れ込み宿をあとにした。
「後で、あの料理人も始末しなくちゃね」
「共犯なのね、で?主犯は分かったの?」
「相手は組織ぐるみらしいから、途中で糸は止まってるわ。でも途切れたわけじゃない。更に次が来るらしいわよ。ゼーラだけか?ナイトメア目当てなのか分からないけれど」
宿泊している宿屋で情報交換をする。
「【組織ぐるみ】って事は山賊の残党?リーダーが殺られてるのに、組織として動けるん?」
「山賊の依頼を受けた、殺し屋組織かも知れないわ。依頼人を吐くとは思えないけど」
「組織の糸を辿るにしても、人手が足りないわね。私たちは面が割れているし、今では土地勘もない。他を頼るしかないわね」
ワーカーは、ギルドから仕事を貰うが、ギルドを通さなくてはならいとは限らない。
近所の知人に家の修繕を頼まれ、引き受けて経費と謝礼をもらう事などを禁止したら、人間関係が崩れるからだ。
「付き合いのある男ワーカーに、頼むの?惚れた女の頼みなら、嫌とは言わないわね」
「ターゲットは、夜に商社の警備をしている男だから、報告に動くなら昼間でしょうね。朝の内にワーカーギルドで頼んでくるわ」
「腕を切り落とされた怨みは、倍返ししてやらないと」
夜が明けてから、アイラはフードを被ってワーカーギルドを訪れた。
彼女の身体はアルビノ同様に、日の光を浴び続けると炎症を起こすからだ。
「おやっ?依頼は入ってないのに珍しいですねアイラさん」
「聞いてるかも知れないけど、昨夜にゼーラが変態に襲われてね。一応はギルドにも報告を入れておこうと思って。ああ、ゼーラは怪我したけど、たいした事はないわ」
「それは災難でしたねぇ」
彼女達が早朝にギルド入りするのは、仕事の報告時くらいだからだ。
「ゼーラは勿論だけど、私たちも人気が有るから、同じ様な変質者に狙われそうで恐いわ。素手の私達って、【ただの女】だから」
ギルドには、朝から仕事を求めて多くのワーカーが集まる。
中には当然、アイラやメイアと関係を持った男や、関係を持ちたがっている男が居る。
今日、アイラが来た時から気にかけている彼等が、この話を聞き逃す筈は無かった。
「アイラちゃんは、俺が守る」
「お前の腕で、彼女が守れるか?俺に任せろ」
「美人だからメイアさんも危ないな!宿屋も近いから警戒を怠らない様にしないと」
十人近くの男達が、すぐに集まって来た。
「みんなに守って貰えるなら安心だけど、どうやら変態同士の繋がりで変に情報が流れているらしくて、まだまだ危ないのよ。そこで、カミユさんにソノ辺を調べて貰いたいんだけど?お願いできない?勿論、情報料は払うわ」
集まった男達の中から選んだカミユとは、人間関係の情報通で、詐欺の調査などを多く受けている男だ。
憲兵に親戚が居るらしく、身元は堅い。
憲兵ではできない調査で人を救う為にワーカーになったと言う男だが、女癖だけは悪く娼婦通いをしている。
「いいぜ!アイラやメイアが襲われたら、俺も淋しくなるからな」
美人でテクニックが有り、タダ同然で抱ける彼女達を手離すのは痛手なのだろう。
「じゃあ、あっちで少し話をしましょうか?」
アイラはカミユを隅のテーブルへと誘った。
「ランベルト商会の護衛をやってるギルバートって知ってる?」
「あまり話は上らないが、そいつが変質者なのか?」
「変質者かどうかは分からないけど、変質者に可愛い女の情報を流して小銭を稼いでるらしいわ。彼を捕まえる事はできないと思うけど、金の流れからネットワークを調べられないかしら?でも、犯罪組織とか絡んでいたら無理をしないでね」
それとなく、犯罪組織の可能性を示唆している。
「クライマー?有り得る話だな。可愛い女を変態に襲わせ、楽しみ終わったら奴隷商に売り払うとかか?だが、そん時ゃあ、義兄の手を借りるさ」
「クライマーって言うの?そう言うのを?」
俗称なので、アイラも知らない事はある。
「とりあえず、これは費用代りよ。盗品かも知れないけど女性を口説くのにでも使いなさいよ」
「良いのかい?」
山賊から奪った金と宝石類のうち、価値の低そうな物を幾つか袋に入れて、カミユに渡した。
「昨夜に変態が衛兵に捕まった事で、このギルバートってのが動く可能性が有るわ、早速だけど動ける?」
「依頼は引き受けたぜ、アイラ」
カミユは、アイラに笑顔を向けて、ギルドを出ていった。
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