第9話 クライマーと肉屋

 【クライマー】とは俗称に過ぎない。

 実際には幾つもの集まりがあり、彼等は自分達の事を【うちの組織】と呼び、他の組織は代表者の名を用いて【○○の組織】と呼んでいる。

 地球でのマフィアと大差ない。


「で、金は入金済みなんだな?」

「はい。依頼主のシャールトンも、金を出したベルモント商会も捕まりましたが、確かに」

「では、金額に見あった者を手配するしか無いだろう。追加請求は出来ないから、オーバーワークになったら打ち切れ」

「承知しました」


 悪人の組織と言えども契約は守らないと、内部でも示しがつかない。

 仕事の完遂に関しては、プロのプライドも有るが、『はした金で組織を危険にさらす気はあるか?』と言える額だったのだ。


「どうやら、手練れのワーカーらしいが、使い捨てのできる奴等を十人ほど送るか」

「幾つかの班に分けたて各個撃破した方が良いんじゃないか?女と言えども、山賊の首領達を倒したんだろう?」


 組織の中間管理職の者が、配下のリストから幾人かの者を選んでいく。

 組織の崩壊を防ぐ為には、配下同士の繋がりは少ないに越した事はない。

 中には身分を偽って、普段は堅気の仕事をしている者も居る。


 誰が組織の人間か分からない事が、一番の【驚異】なのだ。

 指名手配を受けたりして、【組織】として動いている人員はソコソコ居るが、全てを把握しているのは、一部の上層部だけだ。




 街には、色々な商店がある。

 装飾品関係、建築関係、道具屋、不動産、食堂、飲食店など多数だ。


「売れてるかい?オッチャン」


 肉屋に、商人風の男が訪れている。


「おや?珍しいねぇ。今日は何を?」

「バーベキューをするんで、この金額で適当に見繕ってくれ」


 商人は、銀貨を何枚か差し出した。


「あと、近々パーティが有るんでコレを用意できないかな?」

「パーティですかい?」


 肉屋の店主の眉毛がピクリと動く。


「ああ。これはリストと前金だ。よろしく頼むよ」


 商人は、手さげ袋から玉手箱を出して差し出す。

 店主は、一瞬迷って受け取った。彼に拒否はできない様だ。


「じゃあパーティの方は、後で拝見しやす。バーベキューのセットは、こちらで」


 肉などを包んだ袋を受けとり、商人風の男は去っていった。


「おいっ、少し店を頼めるか?」

「あいよ、アンタ!」


 店内に居た女房に任せ、店主は玉手箱を手に店の奥に引っ込んでいった。


「何だよ?今回は殺しか!」


 肉屋では、肉を塊で入手する。

 骨や皮、筋など売りものにならない部位や、売れ残り商品などが毎日出るが、それらは切り刻まれて家畜の餌となっている。

 この肉屋が【組織】から、最近請け負っていたのは、行方不明として殺された人物の死体処理だ。


 賢明な読者の方々は、その処理方法について、既に察しがついているだろう。


 だが今回、肉屋に与えられた仕事は主旨が違った。

 確かに殺しもできるが、ここのところ御無沙汰だったのだ。


「日時は三日後の深夜か?場所は有名な連れ込宿の食堂?店の料理人も組織の手配なのか。ターゲットは食堂で食べている筈の【ゼーラ】っていうワーカーの娘ねぇ?死体は放置で手間も掛からない。久びさに女の悲鳴が聞ける訳だ」


 この肉屋は女房ももらい、表向きはマトモな仕事をしているが、異常な性癖の持主なのだ。

 女の断末魔を聞かないと、アソコが勃起したたない。


 若い頃は、殺した女を犯していたが、世間体の為に結婚したら、そうそうは出来ない。

 使えなくなった娼婦の処理の後に女房を抱いてやれたが、その様な仕事が度々ある筈もない。


 女房とは見合い結婚だが愛情もわいてきた。

 可愛い女房を抱いてやれないのも、辛いものがある。


「連れ込み宿への納品で、久々に興奮したと言えば、女房も納得するだろう。仕事の日が楽しみだ」


 店主は、作業場にある骨切り包丁を砥石にかけて、その鋭さを確かめはじめた。





 深夜の宿に、裏口から入る男が居る。


「こんばんわぁ、肉屋ですマイドー」

「深夜に済まないね。大食漢の御客が来て、肉が品切れになりそうなんだよ」


 その客とは、勿論ゼーラだ。

 いつもの通り相棒の二人は、二階の宿でお楽しみ中だった。


「御客さんは大勢なのかい?」

「いや、御嬢おじょうさん一人だよ」


 仮に第三者に聞かれても差し障りのない内容の会話だが、肉屋と厨房担当は、御互いにアイコンタクトを交わしている。


 肉屋は、納品の豚の股肉を調理台に乗せると、上着を脱いでマスクを被り、骨切り包丁を取り出した。


 骨切り包丁は、納品先で骨切りを依頼される場合が有るので持ち歩く事があるので職務質問されても大丈夫だ。


 深夜の宿屋では受付も帰り、基本的に料理人一人で切り盛りしている。

 だから、建物の一階は客であるゼーラの他には、料理人と肉屋だけだ。


「口裏は合わせろよ!」

「分かっているさ」


 肉屋は納品して帰り、厨房担当が料理している間に暴漢が押し入り、ゼーラを殺した筋書きだ。

 肉屋に多少の血糊が着いていても、当たり前の事として通せる。


 ゼーラは料理人によって、前もって外からは見え辛く、厨房に背を向ける席に座らせている。

 料理人は肉屋とグルだが、アイラとメイアを宿に引き込んだワーカーは、この宿の日時限定割引き券を『たまたま』手に入れただけた。

 共犯者に自覚が無いのが、一番バレにくい。


 一人を殺すのに、ここまで用意周到にできるのも、クライマーの組織力あっての事だろう。


「お嬢ちゃん、追加の肉も来たから、ドンドン食べとくれ」

「わぁい!うれしいなぁ」


 厨房担当の料理人は、追加の肉料理を出した後に、店の出入り口から表を見回した。


「今日は、もう、客も来そうに無いから、ゆっくり食べてるといいよ」


 何気ない流れだが、目撃者の有無を確認しているのだ。

 店先の看板には『満室』の札が掛かっているので、客が来るわけもない。


 この世界には、セキュリティカメラも、指紋やDNA鑑定もない。

 明確な証人や証拠を残さなければ、短剣一本の娘など問題ではない。普通ならば。


 肉の匂いがする者が近付いて来たのをゼーラは察知していたが、料理人だと思っていた。

 何より、目の前の肉に意識も鼻も持っていかれていた。


 料理の肉に切りにナイフを刺した右腕に、いきなり風切り音が迫っる。


ドスン!

「あぎゃあ~」


 右手の二の腕を巨大な包丁が切断した。

 テーブルには深々と切り込みが入り、右手首が出血と共にテーブルから落ちていく。


 相手の利き腕を潰すのは常套手段だ。

 利き腕を斬りやすい様に席を選んだ料理人もタダ者ではない。


 肉屋はトドメの二撃目を繰り出したが、痛みを堪えながらゼーラが身を躱したので空振りに終わった。


「流石は腕利きワーカーだな」


 逃げられない様に、横向きに放った三撃目を、潜る様にして避けながら、ゼーラは床に落ちた右手を咥え、残った左手で肉屋の腹を下から上へと引き裂いた。


「ぐあっ!何だってってんだ?」


  肉屋の腹には、深く四筋の裂け目が刻まれている。

 予想外の痛みに転倒した肉屋が見たのは、ゼーラの黒く巨大な爪が伸びた左手と、短剣を持った右手だった。


「右手っ?斬り落とした筈だ!」


 その直後、喉を短剣で突かれ絶命したので、ソレが肉屋の最後の言葉となった。


 ドタバタと騒いだ割りに、料理人は厨房から出てこなかった。

 彼は、一拍置いてから現場を発見し、悲鳴をあげようと現れたのだが、予想外の展開を目にして言葉を失った。


「あ、あれっ?でも、・・・・だ、誰なんだ!この男はぁ?」


 それでも何とか、この場に合わせた言葉を発する事はできた。


 ゼーラの右腕には、浅い切り傷があり、持っている短剣に血がついている。

 左手は、無事な様だ。


 対して覆面姿の男は、喉をひと突きされて絶命しており、手に持った巨大な包丁には、ゼーラのものと思われる血がついている。


 騒ぎを聞き付けた客が、二階から食堂を覗き込みはじめた。


「大丈夫なのゼーラ?」

「傷は負ったけど大丈夫。いきなり襲われた」


 アイラとメイアが駆け寄ってゼーラを抱きしめた。


 食事の乗ったテーブルに刻まれた大包丁の跡と血糊、二人の状況から、何が有ったかは一目瞭然だ。


「おい店員、何をしている。早く衛兵を呼ばないか!」

「へ、へい!行きます。行きますよ」


 料理人は、仕方なく街の衛兵を呼びに行った。

 宿屋を出る時に、看板に貼ってある【満室】の札を外してから。


「チクショウ!どうなってるんだ、いったい?」


 あの肉屋は店とは無関係だと言う言い訳を考えながら、料理人は深夜の街を走り抜けていった。

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