第8話 奴隷と内通者

 奴隷とは、諸事情により人権を失って、金で売り買いされた者達だ。

 持ち主に傷付けられようと、殺されようと文句も言えないし、罪にもならない。

 付けられた首輪と一組になった腕輪を持つ主人に、生殺与奪を握られている。


 街道に馬車を置いて、深夜の森で人間とは思えぬ声をあげている者がいる。


「あの娘ったら、久々だから楽しんでるわねぇ」

「だって、数年ぶりだもの」


 馬車から離れて声をあげているのはゼーラだった。


 馬車に残ったアイラとメイアが笑みを浮かべながら、響く声を聞いていた。


 顔も良く、体格が大きく元気な男がゼーラの好みだが、その様な奴隷は、けっこう値が張る。


 先の山賊討伐で賞金首を倒した彼女は、やっと念願の美形奴隷を手に入れたのだ。


 この様な目的の奴隷は、主人を満足させられないと、容赦なく殺される。

 森の中の開けた草原で、奴隷は必死に主人に奉仕する。


 普通の人間には感じる事さえ出来ないが、夜の森でココに獣が近寄らないのは、周囲に彼女が放尿マーキングを施したからだ。


 そんな安全圏で、小柄なゼーラが奴隷と楽しんでいる。

 奴隷を買ってから、十分な食事と休みを取らせているので、体力は有り余っているのだ。


「けっこう長いわね?」


 メイア達が暇を持て余しはじめた。


 数時間に及ぶお楽しみの末に、彼女の身体に異変が起きた。


 その手足が巨大に毛深くなり、男をガッチリと抱き締める。

 今までは小さかった彼女の体が急に大きくなり、狼となった頭は奴隷に抱き付いたまま、その肩口に噛みついた。


「あぎゃあーっ、何だ?痛てー」


 右肩の肉を喰い千切られて、既に腕は動かない。

 いきなりモンスターに襲われた奴隷は必死にもがくが、爪が体に食い込んで逃げられなかった。


「あぐっ、あっ、痛てぇ~!助けてぇ~ヒーッヒーッ痛てぇ~」


 更に両腕を喰い千切られ、蛇の様に這って逃げるが、脚に噛み付かれて奴隷の意識が遠退いていく。

 しばらくは声を上げていたが、やがて奴隷は動きを止める。


 一切の声が無くなった真夜中の森の暗闇の中、咀嚼そしゃく音だけが響いていた。




 暫くして全裸で馬車に戻ってきたゼーラは、両手と口元が血だらけだった。

 その腕には、奴隷の主人である証の腕輪が無い。


「どう?堪能できた」

「やっぱり、男は良い。頭の中が真っ白になる」


 アイラに渡された数枚の濡れタオルで、全身を拭きながら、ゼーラは余韻に浸っていた。

 彼女の肉体は回復が速い為に、かなりのスタミナがある男でなくては満足できない。

 そして毎回、処女に近い状態に戻るので、激しい刺激が味わえるのだ。


 ただ、最後には変身をした反動で相手を食べてしまうので、普通の男では殺人となってしまう。


 奴隷制度様様さまさまなのだ。


 奴隷の死体は森の獣達が片付けてくれるし、夜の街道で獣に襲われ、主を守って死んだ事にできる。


 都合良く、馬車の周りには馬やアイラ達を狙った獣の死骸が散らばっていた。


「コイツらの血は不味いから、もう嫌よ。早く帰りましょうよ」


 メイアが馭者台に乗って、二人をせかかす。


「帰ろう!あの街で、もっと稼ぐ」

「ゼーラ。例の軍資金を使えば、あと数人は奴隷を買えるじゃない?」

「あれは非常用に取っておく。足がつく宝石とかが含まれているかも知れないし」


 山賊の軍資金には、宝飾類も含まれていた。

 そもそも、賞金以上の金を使えば、出どころを疑われる。


「そうね。軍資金あれは、他の街に行ってからの方が良いわね」


 流石、年配者達は、したたかだった。


 馬車は三人を乗せて、ライナスの街へ向かって走り出す。

 何事も無かったかの様に。


「しかし、66歳にしては激しかったわねぇ。まさに【けだもの】!」

「本当、本当。恥ずかしいわ」

「五月蝿いわ!二日と開けず違う男を抱く81のババア達には言われたくは無いわい」


 既に御承知とは思うが、彼女達は決して【少女達】ではない。


 因みに、個人の識別にも使われるワーカーのカードだが、諸事情により、本名と年齢の記載は存在しない。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 軍の山賊討伐隊は、その役目を終え、街から少し離れた駐屯地に戻っていた。

 とは言っても、死体の識別や処理など多くの作業が残っている。


「クソォ!大事な金蔓かねづるを・・・」


 軍の執務室でぼやいていたのは、討伐隊司令官の副官だったミハエル・シャールトンだ。

 内部調査で、自分以外の内通者が何人か捕まっていたが、急に金遣いが変わったのに目を付けられたらしい。

 この副官は、受け取った賄賂を自分では使わずに、身内の商人に運用させていたので、いまのところ発覚せずに済んでいた。


「せっかく、首領達を逃がしたのに、あの牝豚どもがぁ」


 彼は、軍の動向情報を山賊に流して賄賂を貰っていた。

 拠点がバレて山賊から多数の被害を出しても、首領たちさえ逃がせば、別の場所に拠点を作り直して再び山賊活動をさせられる。その様な予定だったのだ。

 その後、表向きは引き続き討伐隊として特別報酬をもらい、裏でも山賊への情報源として賄賂を受け取るつもりでいた。

 彼が司令官ならば、予定通りに山賊を逃がして、再捜索としただろう。


 今回、首領達のみ逃げ出し、手下共には討伐の事を知らせなかったのは、司令官の指示で日程が早まって山賊全体の移動が間に合わなかった事と、中途半端に逃げるよりは囮として有効利用しようとしたからだ。


 実際、ゼーラさえ居なければ、山賊首領達の脱出だけは成功していただろう。


「確か、【ナイトメア】とか言うチームだったな。クライマー達にひと働きしてもらうか!」


 ここで登場する【クライマー/クライム】とは、【登る/climb】ではなく、【犯罪/crime】を行う組織の俗称だ。

 英語で犯罪者は【クリミナル】と言う。

 主に詐欺や殺し、脅迫、誘拐に関係した組織で、盗品の売買にも関わっていた。


 悪い奴等は、けっこう別の悪い奴等と繋がっているのである。


 彼は本来ならば、この後に知らぬ存ぜぬを通すべきなのだが、人間は感情で動く生き物。

 よほど、相手が小娘だったのが気に入らなかった様だ。


 ミハエル・シャールトンは事務仕事の合間に、一通の手紙を書きはじめた。


 司令官は、上への報告で不在だ。

 手紙を書き終えたシャールトンは、部屋にいた事務官にソレを渡す。


「私用で申し訳ないが、急ぎでコノ手紙を出してきてくれないか?」

「承知しました」


 私用とあれば、本当は職権乱用なのだが、今ココでの最高位がシャールトンなので、事務官は長い物に巻かれる事にした。


 早朝に討伐が終わり、仮眠をとって昼から詳細な報告書や出納帳処理をしているが、なかなか終わらない。

 既に日が沈みかけた頃、その執務室を訪れる者がいた。


「ミハエル・シャールトン副官は、いらっしゃいますか?」

「シャールトンは私だが、手伝いにでも来たか?」


 現れた兵士は、確か山賊の根城を調査していた者だ。


「査問委員会からの召喚です。御同行いただきます」

「なぜ、私か査問委員会に呼ばれるんだ?証人か?」


 兵士の後ろから憲兵が現れた。


「山賊の根城から、貴方との関係を示す証拠が出てきました。それに関するお話しです」

「 ・・・・・何かの間違いでは?」


 彼は最後までしらばっくれながら、『そっちに残っていたか』と内心で思い、憲兵に付いて執務室を出る。拒否権は無い。


 根城は坑道跡だったので、書類を燃やす等の処分ができなかったのだろう。

 夜襲だったので、事務担当の者が寝ていた可能性もある。対処が遅れたか?


 ミハエル・シャールトンも、年貢の納め時らしい。

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