第4話 勧誘

 ワーカーチームは、生死を共にする場合も有る。

 その為に、男女混合だと【吊り橋効果】により恋愛関係が発生する事が少なくない。

 そして、その関係性はうつろぎやすいものだ。


 結果的に揉め事の種になるので、多くのチームが家族親戚か同性の集りとなっている。




 流れワーカーチームであるナイトメアは、夕方に男性チームから誘いを受けて、一緒にギルドから消える姿を何度か見受ける様になった。

 だが、やはりチーム入りしてはいない様だ。

 男達もチーム入りが目的での声掛けではなく、彼女達も承知している様だった。


 女にも、性欲は有るのだろう。


 一定期間はあけているが、何度も彼女達と姿を消す男性チームも有る様だった。

 あくまで、依頼の合間だけであり、男性ワーカーと付き合っている女性ワーカーが居ない訳でもないので、特に騒がれる事もない。


 この世界の貞操観念は、地球の宗教団体の戒律ほど厳しくなく、かなりの自由恋愛が認められている。

 結婚さえしていなければ老人が幼女と性行為をしても責めるのは親くらいだろう。

 ギルド内での問題は、彼女達に御執心な男性チーム同士が非協力的になっている程度だ。


 そんな彼女達に、いつもとは違う集団が声を掛けてきた。


「はじめまして。あんた達が噂の【ナイトメア】だね?私はリザイア。チーム【アマリリス】のリーダーさ。どうだい?うちのチームに入らないかい?」


 見たところ【アマリリス】は、女性ばかり十人以上のチームで、その多くが男勝りの体格をしている。

 とは言え、単体の腕力は同系の男性ワーカーに劣るからと、数で対応するチームの様だ。


「あらっ、私達って有名なのかしら?御誘いは有り難いけど、何処とも組む気も無いし、何処にも加わる気もないわ」

「あたし達は、好きにやりたいんよ」

「固っ苦しいチームの決りとか、御免だわね」


 特に流れワーカーは、束縛を嫌う者が多い。

 いろいろと訳ありの場合もあるからだ。

 しかし。


「装備を見たところ、魔物やゴブリン程度を相手にしている様だが、群れに遭遇したら、その人数だと命がないわよ。他にメンバーも居ないんでしょ?いや、過去には居たのかしら?」


 青毛のゼーラは軽剣士装備、赤毛のアイラは弓使い、金髪のメイアは範囲攻撃の錬金術士のよそおいをしている。

 因みに、この世界での錬金術士とは、爆薬や酸などの化学兵器を使う者を指す。


 リーダーをやっているだけあってリザイアの洞察力は高い。

 だが、ナイトメアにとっては、所詮は小娘でしかなかった。

 設定されたアンダーカバーを読めたに過ぎない。


「仲間を失った事を思い出すから、これ以上仲間を増やす事を嫌うのかしら?でも、それでは残った仲間も失うわよ」


 普通は装備などを二重に用意するなんて事はしないので、現状の装備から判断するのは普通だ。


 受付仕事をしながら、その悟った様な言動を見ていたリリアーナは、心の中でアマリリスのリーダーに同情していた。

 ナイトメアが裸同前の姿でオークを大量虐殺している事を知っているし、彼女達がギルド長より歳上の猛者である事も知っている。

 何より、彼女達が他と組めない身体的理由も聞いているからだ。


「なんと言われようと、答えは『NO』よ。ここに骨を埋める気は無いのよ、私達は」

「しつこい女は嫌われるわよ」

「コイツら!リーダーが親切で言ってやっているのに!」


 断固断るナイトメアに、アマリリスのチームメイトの一人が苛立ち、にじり寄ってメイアの襟首を掴んだ。


 アマリリスの面々にしても、今まで少人数で魔物に挑み、全滅したチームを見てきたのだろう。

 動機は親切心だが、命の選択は個人の権利であり、個人の責任だ。


 リリアーナは受付業務を中断し、両チームの間に割って入った。


「はいはい、そこまでよ!これ以上は【勧誘】ではなく【恐喝】や【暴力沙汰】と判断します。アマリリスの人達は、覚悟ができてるんでしょうね?」


 苛立っていたのは、一人だけではなかったが、リリアーナに言われて、リーダーのリザイアが突出した一人を引き戻した。


 ワーカー同士の争いは、御法度だ。

 内容にもよるが、仕事の斡旋停止から全資格の剥奪、他のギルドまで通知書ブラックリスト送りされる事まである。

 名前を変えても本人確認の生体情報でバレて、二度とワーカーの仕事ができなくなる。


「後悔しても、知らないからな」


 男勝りな一人が、捨てゼリフを吐いて、チームアマリリスは去っていった。


「リリちゃんカッケー!」

「助かりましたわ、ありがとうございます」

「下手したら、袋叩きにされていたかも知れませんわ」

「貴女達がですか?」


 御礼を言うナイトメアだが、十人位ならコノ三人でも倒せると思っているリリアーナとは温度差があった。


 彼女も、ナイトメアの能力が、他の人間の戦闘力と異なる事を知らないのだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 その夜、チームアマリリスのリーダーであるリザイアは夢を見た。

 魔物退治の最中にオーガの群れに襲われ、チームが瓦解する夢だ。


 自分の手足が喰い千切られていく横を、ナイトメアの面々が素通りしていく。

『数が居れば大丈夫なんでしょ?しつこい女は嫌いよ!』

 そう言って、ナイトメアの面々は消えていき、目前にオーガの口が迫って、目が覚めた。


 全身が汗だらけで、髪も乱れている。


 灯りをつけ、汗を拭きに洗面所へと向かった彼女は、鏡に映った顔を見て悲鳴をあげてしまった。


「き、きゃあ~っ!」


 血は出ていないが、その顔には、夢でオーガに噛まれたのと同じ様な痕が付いていたのだ。

 手足を見ると、同様に歯形と見える痕が幾つもある。


 彼女は、愛用の剣を手に取り、部屋の角にうずくまってブルブルと震えだした。



 翌朝、いつまでたってもやって来ないリザイアを心配して訪れた、チームメイトが見たのは、髪が真っ白になり、目の下にクマが出来て部屋の角で震えているリーダーの姿だった。


 部屋は荒らされてはいないし、争った跡も無い。

 彼女の身体には、自分で掻きむしった様な爪痕が有り、周りには幾つもの抜けた髪の毛と酒瓶が散らばっていた。


「酒、お酒をちょうだい。お願いだから」


 疲れ果てたリザイアの姿にチームメイト達は、ただただ、立ち尽くすだけだった。



 似た様な事件は、他にも二件有った。

 相部屋で寝ていた一人が、いきなり暴れだし、剣を振り回して誰も近付けようとしないのだ。

 夜半まで起きていた者が居たので、侵入者が居ない事は確かだし、横のベッドで寝ていた仲間には何事もない。


「ねぇ、この三人って!」

「ええ。昨日、あのチームに関わった三人よね?」


 チームメイト達は、リーダーと暴れた二人の共通点に覚えがあった。


「何なの?まさに【悪夢ナイトメア】じゃない!呪いなの?」

「辞めなよ、あんたまで呪われるわよ」


 この日以来、チームアマリリスは、くだんのチームと関り合いは勿論、話題さえもしなくなった。





「あ~、この手の夢は苦手なのよねぇ~美味しくないし」

「人間の女は、色々と塗りたくっていて不味いよぉう」


 とある宿屋のベッドで、こんな愚痴が吐かれていた事は、誰も知らない。

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