第3話 低血圧ワーカー

 金髪のメイアが換金に向かっている間に、青髪のゼーラと赤髪のアイラが、受付嬢リリアーナに詰め寄り、小声で話し掛けてきた。


「ダー坊から聞いているかも知れないけど、あたい達の変な噂を流した奴は、家族の見ている前で悪夢ナイトメアにうなされ衰弱死する呪いに掛かるらしいよ」

「貴女が、彼等の良き後継者になる事を望みます」


 リリアーナはギルド長から、そういう話しは聞いていなかった。

 彼が全てを知っている訳でもないし、彼女を脅す為の嘘かもしれない。だが、対応に変わりはない。


「守秘義務厳守を言われておりますので御安心を。【ギルド長の知り合いの腕利きワーカー】と、受付嬢の中では有名ですよ」

「ソレなら良いわ」


 昨日のうちに、ギルド長の元から帰ったリリアーナは、他の受付嬢からチームナイトメアの事を聞かれたのだ。

 あれだけ異質な物を見れば、誰でも興味は湧く。


 三人は、意味ありげな笑みを交わして、メイアの帰りを迎えた。


「どうかしたの?」

「依頼の受諾は可能な限り、このリリアーナを通す事に決めたんよ」

「そうなの?よろしくね、リリアーナさん」

「よろしくお願いします」


 ワーカーからの指名が多くて成果が大きければ、それは受付嬢の評価が上がり、出世して給料も上がる。

 ただ、多忙になり、秘密を抱えてしがらみが増えるのが社会の常識だ。


 元々、彼女達のチーム名は【薔薇の園ローズガーデンと言う名だった。

 その容姿から赤薔薇だとか蒼薔薇だとかの愛称が付いた。

 ただ、彼女達の異常さや嫉妬を感じる者も存在し、なぜか、その手の者が衰弱死する事があったので、【薔薇の呪い】と称され、以後は噂を立てない様にと威嚇を込めて【ナイトメア】と改名したらしい。


「よう!姉ちゃん達は新入りかい?うちのチームに入れば、色々と教えてやるよ」


 ワーカーの仕事には、資格の要らない簡単な清掃業務や、店舗オープンイベントのサクラなども有る。

 彼女達の姿を見て、それらだと判断したワーカーが、帰ろうとした三人に声をかけた。

 勿論、よこしまな思い九割の声かけだ。


「御免なさいね、私たちって夜型だから、これから宿で寝るところなのよ」

「食事も済ませたし、早く帰って寝ようよ」

「私達は低血圧揃いだから、朝は頭痛がするのよねぇ」


 あからさまに機嫌が悪い様相をされては、無理じいは出来ない。

 朝のギルドは多くのワーカーや職員が居て視線が痛い。


「じゃあ、また今度・・・」


 誘ったワーカーの横をすり抜けて、彼女達は朝の雑踏に紛れて消えた。



 昨日のうちに確保しておいた宿に戻った三人は、ベッドの上で顔を突き合わせていた。


「やっぱり、この格好は目立つのかしら?」

「でも、革鎧とか大剣とかは、重いし動きにくいぜ、使わないし」

「ギルドに行く時だけ付けて行けば良いんじゃないの?」


 しばらくは、貯めたお金で休職していた彼女達は、できるだけ身軽な姿で仕事をしたかった。

 だが、それでは目立つし、目立っては多くの人の記憶に残り、数十年後に再来した時に騒ぎになりかねない。


「ザフト(の街)まで取りに戻る?」

「それはチョッとね」

「簡単な装備だけ買って間に合わせましょう」


 幸いにも、引き受け手が無く値上がりし続けていた今回の依頼で、収入は豊富だ。

 行動は昼からにして、彼女達は疲れた体を休める事にした。




「昼食は食べるかい?夜の仕事って、まさか娼婦じゃないよね?」

「こう見えても、ちゃんとしたワーカーだよ、オバチャン」

「そうかい?あんたみたいな若い娘が夜の仕事をするのには、感心しないんだけどねぇ」


 起きてきた彼女達に声をかけた宿屋の店主に、ゼーラがギルドカードを見せて答える。


 この宿は女性専用として、街の案内所で紹介された所だ。

 旅行客や商人、女性ワーカーなども停まっているが、娼婦は御断りの男子禁制なのだ。


「当面、休日以外は食事は要らないわ。夜の仕事で食べてるし、日中は食べ歩きもしたいし」

「甘いもの!甘いもの!」

「あのお店、まだ有るかしら?」


 店主に鍵を預けて、三人は午後の街に繰り出した。

 まず向かうのは、過去に行き着けだった菓子屋だ。

 高級店ではなく、裏通りにある街の若い娘が店内で紅茶と共に楽しめる気さくな店だった。


「あ~、やっぱり無いわ!【キャッスルベル】」

「三十年以上経てば、変わるもんね」


 前回来た時より、街は大きく賑やかになっている。

 だから、移転したり潰れたりする店が出るのは仕方無いのたが、彼女達は落胆を隠せない。


「お嬢ちゃん達、道に迷ったのかい?」


 近くに座っていた老婆が、右往左往している三人を見かねて、声をかけてきた。


「あっ、知り合いのオバチャンに、この辺りに【キャッスルベル】って言う店があるって聞いていたんだけど、見当たらなくて」

「旅行客かい?キャッスルベルなら、大通りの方に移転したよ。昔は確かにココにあったけど、今では雑貨屋が入っているからねぇ」

「大通りに有るのね?ありがとね!御姉さん」


 老婆に『おばあちゃん』と言わない気遣いは持ち合わせている。

 軽く頭を下げて、三人は大通りへと向かった。


「大きい、綺麗、沢山あるぅ!」

「ゼーラ、大声ではしゃがないでよ」


 店は、御嬢様も通う高級店に様変わりしていた。

 ここでは、如何にもワーカーと言った格好をしていなかった事が、逆に幸いしている。

 持ち帰りカウンターの他に、以前と同じく喫茶室が有るのに三人は安堵していた。


「そんなに食べるの?」

「御菓子は別腹っしょ!糖分、糖分っと」

「メイアも他人ひとの事を言えない数じゃない?」


 幾種類もの御菓子をテーブルに並べて、彼女達はフォークを手にする。

 懐かしい定番や新作など、テーブルの上は御花畑の様に色とりどりだ。


「で、後はどうするん?」

「武器や装備を買うんじゃありませんでしたっけ?」

「少しはワーカーらしい格好をしなくてはね!」


 フォークを動かしながら、三人は今後の予定を確認する。

 次々と皿が山積みされていくが、彼女達のウエストに変化は見られない。

 いったい、どこに消えているのやら?


 一頻り食べ終わると、彼女達は仕事の準備の為に、会計を済ませて店を出た。


「案内所へ行く?」

「ここは、ギルドで紹介してもらうのが正解でしょう」

「ダー坊のコネを使おうよ。恩もあるだろうしさぁ」

「三十年前の事をネタにするのは、気が引けませんか?」


 女性は他者の昔の事を、いつまでも根にもつものだ。

 それが良い事もあり、悪い事もある。


 ワーカーギルドが混むのは、当日分依頼を受ける朝と、結果報告や翌朝分依頼を受ける夕方だ。

 他の時間帯は意外と閑散としている。


 それでも目立たない様にと、少女の様なゼーラが単独でギルドへ向かう事にした。


「ああ、リリちゃんコンニチワ。ダー坊居る?」

「こんにちわ、ゼーラさん。できるだけ【ギルド長】と呼んであげて下さい。時間的に大丈夫だと思いますので、御案内します」

「ギ、ギルド長ね。頑張るよ」


 案内された執務室では、ギルド長が書類整理をしていた。

 元ワーカーでも、老いてはデスクワークをさせられるのだ。


「お仕事中に失礼します。ナイトメアのゼーラ様が観えてます」

「そうか?お通ししてくれ」


 事務長のグラナダが、キッと睨みを効かせるが、『仕方無い』との表情をして、再び書類に目を向ける。

 ギルド長にしてみれば、短時間でも書類仕事から解放してくれる来客は大歓迎だったのだ。


「コンニチワ、ダー坊、グーちゃん。少しお願いが有るんだけど」

「こんにちわ、ゼーラ様。私達にできる事なら、なんなりと」


 ゼーラは、自分のチューブブラとショートパンツをパンパンと叩いて、ギルド長にアピールした。


「他の二人もなんだけど、この格好じゃあギルドで目立つから、中級ワークっぽい装備が欲しいんだよ。何処か手頃な店を紹介してくんない?」

「あぁ、そういう話なら、ラビッツ商会がお奨めですね。場所は・・・・・・」


 ギルド長は、棚から地図を出して、店の場所を指し示した。


「簡単な紹介状になりますが、コチラをお持ち下さい」


 受付嬢でも分かる情報を、わざわざ執務室まで来た事を察して、彼は名刺の裏に簡単なメッセージを書いて手渡した。


「サンキュー!持つべき物は、良い弟子だね」


 名刺を受けとるとゼーラは、執務室を飛び出して行った。


「ギルド長って、弟子だったんですか?」


 執務室に残されたリリアーナが、目を丸くしている。


「昔の話だ。守秘義務だぞ」

「誰も信じませんよ。事務長もですか?」

「私は受付嬢。今の貴女と同じ立場よ」


 事務長の言葉に、ギルドから逃げられない将来を予感して、リリアーナは執務室をあとにした。

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