第2話 混ざり者

 魔法が使えない者の頂点は人間であり、魔法が使える者の頂点は魔族である。

 共に言語や知恵があり、肉体的には角や羽など幾つかの差異があるものの、似通った風貌をしている。


 各々に文化や規律を持つ。ただ、何処にでも異常性欲を持つものは存在していて、異種間交尾の結果、偶然に産まれる者が出ていた。




「あの女性ワーカー達を行かせて良かったんですか?人員が集まらなかったらどうするんです?」


 受付嬢リリアーナは仕事が一段落したので、ギルド長にチーム【ナイトメア】の事を聞きに来たのだった。


 資格が無くとも、資格者と一緒に仕事をする事はできる。

 【害獣駆除】の資格しか無くとも、無資格でも、【魔族退治】の資格者に協力して魔族退治をする事はできるのだ。


 だが、人が集まらずに仕事をキャンセルした場合は、キャンセルまでの日数に応じてキャンセル料を請求される。

 【請負逃げ】はカードに履歴が残るので、他の地域に流れても仕事はできなくなるのだ。


「人員を集める?彼女達は、あのチームだけで仕事をこなしてくる筈だが?」

「あの三人だけでですか?」


 オーク討伐は、男性ワーカー十人で一匹倒す対象だ。

 それも多数の怪我人や死人を出して被害甚大な末にだ。

 よほど強力な武器でも無い限り、あの三人では無理だろうし、大型の武器はオークの棲息域には持ち込めない。


「ああ。儂が新人の頃、そうやって沢山の仕事をこなしていた」

「ギルド長が新人の頃って、何年前ですか!彼女達は生まれてないでしょ?」

「だいたい、三十年以上昔の話だ。これ以上は守秘義務を厳守してもらう事になるが?儂の知人と言う事で納得してはくれないか?」


 同室で仕事をしていた事務長のグラナダが、仕事をしながらこちらを見ている。

 このギルド長室には、彼女等三人しか居ない。


「仕事上、関わりになるのでしょうから知っておきたいですし、御二人が退所なさった時に情報が途切れると、数少ない【魔族退治】を彼女達に頼めなくなるんじゃないですか?」


 あのチームなら、誰でも偽造カードと判断するだろう。

 魔族や魔物の被害は、ここ数年で徐々に増加している。

 このギルドには【魔族退治】の有資格者が居ないので、彼女達の様な有資格者が流れて来るまでは依頼が消化できないでいた。


 ギルド長は、事務長にアイコンタクトを取り、彼女が頷いたのを確認して話し始めた。


「では、その希少な【魔族退治】を守る為に、守秘義務を厳守してもらう。リリアーナ君は【混ざり者】と言うのを聞いた事が有るか?」


 ギルド長のソノ言葉で、受付嬢リリアーナはピンと来た。

 魔族との間に生まれた【混ざり者】は、奴隷として一部に流通していたからだ。

 外観が人間と異なる者は奴隷として扱われるが、外観が見分けのつかない者は、ワーカーとして特殊能力を活かしていると噂で聞いた事がある。


「じゃあ、彼女達が?」

「たぶん、そうだ。どんな種族との混血かは知らない。だが、実績も有り、昔と変わらない容姿を保つなど、人間には不可能だろ?」

「それで、流れワーカーを・・・・」


 魔族と人間は、容姿と能力だけではなく寿命も違う。その血を引いていれば、人間との違いも生じるのだろう。


 老化もせずに数十年も定住していると、化け物扱いされ迫害され、殺されたり奴隷に売られたりする。

 ワーカーになっても、他のワーカーが特殊能力使う所を見れば、同様な結末が待っている。

 だから、【混ざり者】だけで流れワーカーになるのが安全なのだ。


「いいな?リリアーナ君。魔族は周期的に増減している。次の大量発生時に【魔族退治】が来ないのはギルドとしても困るのだ。他の受付嬢にも【ギルド長の知り合いの腕利きワーカー】で押し通してくれ」


 ギルドで受けれない【魔族退治】は、軍に仕事を取られて、ギルド内でも高額な仲介料が手に入らなくなる。

 それに、守秘義務を怠れば、彼女は職を失う事になるだろう。

 それだけではなく、最悪は軍の対応が遅れ街が魔族に襲われれば、彼女自身も命を落としかねない。

 いや、その前にチーム【ナイトメア】からの報復も有りうるだろう。


「承知しました、ギルド長」


 彼女に承諾以外の選択肢は無かった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 とうに、日は落ちていた。

 木々の根が絡み合い、人がマトモに歩けない真っ暗な森の中を、六つの小さな光が駆け抜けていく。それは、三つの存在の目であるらしい。

 一つは鳥の様であり、一つは獣の様であり、一つは霧の様な形をしていた。


 その速度は、決して人間のものでは無い。

 人間ならば三日ほどかかる道のりを、ソレラは二時間程で走破しているのだから。


 そして三つの存在は、小高い丘の上に集まった。


「この辺りね?オークの根城は」

「あ~、臭いとイビキで場所が分かるわぁ。近いのはアノ岩場だね」

「分かったわ。じゃあ、いつもの手順で一匹づつ」


 オークとは、身長3メートルにも及ぶ人型に近い豚面の魔族だ。

 基本的に雑食だが、集落を作る人間は格好の蛋白源と言える。

 基本全裸で、棍棒などを振り回わし、独自の言葉を使い戦術も駆使するが、その知恵は人間には及ばず猿程度だ。


 第一目標とされた岩場には、二匹のオークが寝ていた。

 先ずは、鳥の様な存在が向かい、霧が後を追い、獣がゆっくりと歩き出す。


 多くの生物は睡眠を必要とする。

 そして、その多くが夢を見る。

 貴方は、どんな夢を見ただろうか?貴方のペットは、どんな夢を見るだろうか?

 空を飛ぶ夢?崖から落ちる夢?悪夢か?愛しい人との夢か?


 夢精するのは人間だけだろうか?

 性欲が有り、夢を見る者ならば、大抵はソノ手の夢を見るだろう。


 そして、魔族にはフシダラな夢を見せて命を削る【夢魔】と呼ばれる存在がある。

 自慰を含む性行動は、異様に体力を消耗し、腹上死などは実在する。主に心臓発作を誘発した物だが。


 体格の良い雄のオークの頭上で鳥の様な存在が僅かに口を動かしている。

 その下でオークがうなされ、時おり股間から異臭を放つ液体が溢れてきていた。


「ガーッ!ガーッ!」


 叫び声ではなく、イビキや寝言に近い声を上げ、眠っているオークがピクピクと動いている。


 その首もとに、霧の様な存在がまとわり付いて、ソレは無言の痙攣に変わっていった。

 暗くて見えにくいが、その顔面は蒼白となり、全身にシワがよっているようだ。

 横に居たのは、やや小さい子供のオークだろう。

 霧は、その子の首にも絡み付き、同じ様に痙攣させていく。


 鳥の様な存在は、既に別のオークの所へと飛び立ち、霧もソレを追って行った。


「先ずは、息の根を止めて、首を切ってから頂こうか」


 到着した獣は前足でナイフを構えて、かろうじて生きているオークの首を切り落とし、袋に入れてから腕や股の肉にかぶりついていく。

 綺麗に食べると言うより、美味しい所だけ食い散らかす様な感じだ。

 動脈を噛みちぎっても、たいした出血はしてこない。


「子供の肉なんて、久々だね、やはり柔らかいわ」


 子供の肉は食べる所が少ないのが難点だ。


 粗方食い散らかした獣は、首の入った袋をくわえて、次の瀕死状態のオークへと向かう。

 まだまだ数は有るのだから。





 翌朝、ワーカーギルドを訪れたチーム【ナイトメア】は、大きな袋を三つ持っていた。


「流石はギルド長の推薦する優秀なチームですね。一晩で、これだけの数をこなすとは」

「驚かない所を見ると、ダー坊から聞いているのね?」

「はい、あらましは。でも、この量には驚いていますよ」


 リリアーナは、袋の中を覗いて合計十個のオークの頭を確認し、書類に金額と確認のサインを記入する。


「これを、向こうの小部屋で提出して報酬を受け取って下さい」


 彼女が指差す方に、懺悔室の様に扉つきの個室が幾つも用意されていた。

 マンガの様にカウンターに成果物を出したり、報酬を出したりすると、ギルドの外で報酬を奪うやからが出るからだ。


 内容と、報酬金額が分からなければ、襲っても割りに合わない場合が多い。

 『目の前に人参をチラつかせなければ、ロバも走らない』と言う、この国のコトワザから考えられたシステムだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る