ギャルズナイトメア ワーカー編

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

ワーカー編

第1話 ワーカー達

 剣と魔法の世界。


 魔法が使えない人間と家畜と野生生物。

 魔法が使える魔族と魔物。


 ここは、それらが混在し、捕食しあい、生存圏を争う世界だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは、ライナスと呼ばれる流通の街。

 その一角にあるコノ建物は、ワーカーギルドと言う場所だ。


 煉瓦作りの建物は大きく、入り口を入ると掲示板のあるラウンジと依頼受け付けのある広い部屋となっている。

 24時間営業でもないので、夕方を過ぎると報告に来るもの達も途絶えて、数人のワーカーと受付嬢だけとなっていた。

 そんな時に、入り口から入ってきた三人の女性に、受付嬢のみならず室内に居た男達が目を奪われ、一切の動きを止める。


「う、美しい」

「なんて可憐な!」


 言葉を発っせたのは一部の男達だけだった。

 殆んどの男達は、息をするのさえ忘れていた程だ。


 青いショートカットに、チューブブラとショートパンツだけの少女。

 長いウェーブの赤毛を風に長し、ヒラヒラとなびく華やかな服の二十歳弱の美女。

 ストレートな金髪が、黒い穴あきレオダードに絡み付き豊満なポディラインを際立たせる妖艷な女性。


 たいした武器も無く、場違いな衣装の三人だが、いかなる好みが有ろうとも、見とれぬ男は居ないだろう。


 静かになった室内に、彼女達の足音だけが響く。


「受付の御姉さん、ワーカー登録を頼めますか?」


 静寂の中、その三人のうら若き女性達が、受付で声をあげた。


「あっ、はい、失礼しました。新規登録ですか?」

「三人とも移動登録でお願いします」


 放心していた受付嬢が、我に帰り対応を始める。

 三人の女性は、首からぶら下げていた金属製のカードをカウンターに差し出した。


 【ワーカー】とは、簡単に言って【何でも屋】だ。

 合法的な作業なら、金額によっては大抵やってくれる。

 軍や商社との違いは、出張で細かい依頼までやってくれる事と、速さと割安な値段だ。

 欠点は、店舗と違って専門職の者が少ないので内容によっては、いつでも仕事を受けてくれるとは限らない事だ。


 各地にあるギルドは、地域のワーカーを束ね、仕事の受け付けと斡旋をする派遣作業員斡旋所と言える。

 仕事をするのだから、当然に仕事内容に必要な資格があるワーカーにしか仕事は斡旋しない。

 ギルドは資格の検定と認可を行っており、教育は主にワーカーチーム内で行われている。

 依頼は、依頼内容に合った資格を持った者が居なかったり、資格者の手が空いていなければ保留となるし、引き受けるのに強制力がない。


 新規ワーカー登録をすると、【ワーカー証明書カード】が発行され、後に検定で取得した資格が記載されていく。

 この証明書カードは、マジックアイテムで、本人確認ができる上に偽造がしにくい。


 だが、ほとんど教育機関がない為に、資格を取る為には新規登録をして既存のチームへ加入して手伝いから始め、技能を学習する必要がある。他聞にもれずコネが必要なのだ。

 資格の種類を増やす為には、複数のチームを渡り歩くか、専門店に一時的に弟子入りする必要が有るが、後者はとても困難だ。


 この様にして、昔の弟子や奉公人の様に誰かに教えてもらい、ギルドで試験を受けて資格をとれば、将来的には単独でも仕事を受けたり自分のチームを作る事もできる。


 そんなワーカーギルドで働くワーカー達だが、一部の者は諸事情により、各地区のギルドを移動する事がある。

 その様なワーカーを【流れワーカー】や【渡りワーカー】と呼び、移動先のギルドで新たに登録するのを【移動登録】と呼んでいる。

 特殊な作業の依頼は、常時ある訳ではないので、ギルド間のネットワークを使い情報を得て、依頼のあるギルドへ移動登録をして仕事にありつく。

 その際に、この証明書が有れば、別の町でも再び資格を取り直す必要がなくなるのだ。


「えっと、チーム【ナイトメア】さん達で間違いないですよね?でも、魔族専門のチームってなってますけど、これで全員ですか?」

「チーム【ナイトメア】は、昔っから、あたい達三人のチームだけど?」

「あっ、あ、はい、そうですか?少し御待ち頂けますか?」


 受付嬢は、三人のワーカー証明書を持って、奥へと駆け込んでしまった。


「あ~あ、まただよ。まぁ、毎度の事なんだけどね」

「でも、この町も初めてって訳じゃないんだけどねぇ」

「仕方ないでしょ。もう三十年以上昔の話だし、受付嬢もギルド長も変わってるんでしょう」


 残った他の受付嬢達も、見て見ぬ振りをしている。


 常識として、魔族討伐のワーカーが、うら若い十代にしか見えない者を含む三人の女性だけなど、有り得ない。

 そんな物は子供向けの童話の世界だけの話だ。


 業務として受付嬢は、ワーカー証明書の偽造を考えてギルド長に報告に行った。


 常識で剣士は、20代後半から50代までの男性でなくては、魔物にさえ力負けしていまう。

 魔法師は60代以上でなくては戦闘に使える技術がおぼつかないと言われている。

 何より十代では経験が浅過ぎて、戦術で魔物にすら勝てない。魔物は数と不意討ちで人間を襲って食べるのだ。


 天才などは、一国に一人居れば良い方だし、頑張れば必ず上達するくらいなら、誰も苦労はしない。

 努力の末に挑んだ戦いも、相手が更なる努力をしていれば水泡に帰して命を落とすのだ。

 少なくとも人数が居なければ魔族は勿論、魔物すら倒せないのが普通だ。

 一対一で襲いかかってくる魔物など、非現実的なゲームでしかない。


 この場合は、偽造のカードで前金のある依頼を受けて持ち逃げするか、依頼を受けて他者の干渉を抑えて被害を拡大させ、医薬品や建設業者の利益を拡大させるケースなどが考えられる。

 特に流れワーカーに身をやつす者は疑わしい。


 そうしていると、奥の部屋から数人の男達が出てきた。

 彼等は三人をチラ見すると、遠巻きに周囲を取り囲んで武器に手をかける。


「これは、何かの歓迎かしら?」


 最後に出てきたのは、先の受付嬢と、50代の男女だった。


「似ているが、まさか本物の当人達なのか?」

「あの人達の娘なのではなくて?」


 三人を間近で観察し、顎に手を当てながら首を捻っている。


「よもや、蒼薔薇、赤薔薇、黄薔薇の御三方では?」

「懐かしい呼び名なのですね。貴方は知り合いかしら?」

「お懐かしゅうございます。ダート・リバルスです、覚えていらっしゃいますか?」

「リバルス?あたいのお尻を追っかけまわしてたダート・クレイシスってのなら、この街に居た筈だけど?」

「ゼーラ様、覚えていてくださいましたか?婿入りしましたので名字が変わっております」

「あのダー坊なの?老けたわね?じゃあ、そっちのはグラナダかしら?少し面影が有るのだけど」

「御明察の通りでございます。御三方は御変わりもなく」


 老人が合図し、周りの男達が奥へと戻っていく。


「戻られたのですね?また御仕事を?」

「こっちでオークとかが暴れているって聞いたから、回って来たのだけど?」

「貴女方なら安心です。リリアーナ、登録と依頼受付をして差し上げろ」

「よろしいので?ギルド長」

「ああ、問題ない。詳細は後で話す」

「ダー坊がギルド長?」

「お恥ずかしい。もう時間も遅いので、詳しい話は又後日にでも?」

「そうね。これからが忙しくなるから時間は大切よね」


 名残り惜しそうにしながらも、ギルド長と事務長は奥へと下がって行った。


「では、こちらの書類に目を通してサインをお願いします」

「地区規約と注意事項ね?」


 黄薔薇と呼ばれた20代半ばに見える金髪女性【メイア】が書類にサインをしている最中に残りの二人、濃い青毛の十代前半【ゼーラ】と、赤毛の十代後半【アイラ】が、依頼書を物色している。


「で、登録が終わったら、こっちの依頼を受けたいんだが?」

「オーク討伐ですね?でも、手始めならゴブリン辺りが良いのでは?」

「アイツ等は不味いから御免だな」

「そうね。臭くて鼻が曲がってしまうわ」

「ゴブリン程度なら、他の男共でも何とかなるんでしょ?私達には無理なのよ」


 オークを倒すと言う、ギルド長も知る程の猛者が、『ゴブリンは無理』と言うのに首を捻りながら、受付嬢は書類を仕上げていく。


「確か、首を持ち帰れば良いのよね?」

「はい。歩合制ですが、無理はなさないで下さい」

「分かってるわ。じゃあ、また明朝に」

「明朝?は、はい。御待ちしています」


 今回の様に場所が遠い場合は前日に依頼を受けて、早朝に出発する。

 今日は衣服からするに、討伐の装備は宿屋にでも置いてきたのだろうと受付嬢は考えた。

 翌朝にギルドここで、他のワーカーチームも仲間に入れての大人数で討伐に向かうのだろうと、受付嬢リリアーナは判断したのだ。

 彼女達の美貌なら、恩を着せて繋がりを持ちたいと思う男性ワーカーには困らないだろう。


 案の定、もう声を掛けられている。


「御姉ちゃん達、大きい仕事をするんだって?俺達が手伝おうじゃないか。どうだい?これから作戦会議しないか?」


 ラウンジで聞き耳を立てていた五人組の男達が、出口で声を掛けてきた。

 いつもは害獣駆除をやる、あまり強いチームではないので、ベッドの上での作戦会議をして朝に逃げるタイプだろう。


「御誘いをありがとう。でも、これから仕事が有るから、今度にしてね」

「いや、仕事って明日だろう?まだ時間があるじゃないか!断るなよ、俺達も力ずくってのは好きじゃないんだ」


 短剣のみの彼女達に対して、リーダーらしい一人がロングソードに手を掛けて威圧してくる。


「不味いって、ギルド長の知り合いらいぜ、コイツら」

「ちっ!確かに無理強いは後が厄介か?しかたがないな」


 リーダー格の男も納得して、道をあける。


「久々に、人間相手でも良かったんだけど?」

「あたいは嫌だよ。罪人以外は罪になるんだから」

「まぁ、その時はゼーラには彼等の財布で肉料理を食べててもらうつもりだけどね。でも、急いで当面の生活費を稼がなきゃ」


 ギルドを後にした彼女達は、そのままオークの潜むという森へと向かっていった。

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