第32話 鈴蘭と強盗
一同はガヤガヤと謎道樂を樂しんだ。
すると芳子が声を上げた。
「私が体験した話もいいですか?」
「おや。芳子。君はいつの間にか何かの事件に巻き込まれていたのか?」
景久が不思議そうに問い掛けると芳子は淡々と答えた。
「あなたが謎道樂を始めたぐらいの年。姉の屋敷に招かれた時の話です。」
「鈴蘭の話かね?」
「ええ。そうです。」
すると先代子爵夫妻の会話に鏡造が口を挟んだ。
「大奥様。あの話をされるのですか?」
鏡造が神妙に尋ねると芳子は深く頷いた。
「身内の恥を晒す話ですけれどお聞きください。あなた方もこの方を仲間に引き入れたいと思いでしょう。なおさら話すべきでしょう。この話は月島さん。あなたを除いた全員は既に知っている事柄です。」
芳子の目は真剣に建介を捉えている。
芳子は語り始めた。
「私には一つ上の姉、照子がいます。姉妹と言っても私は国元の側室の娘でした。一方、姉は正室の娘で江戸の藩邸で生まれ育ちました。そのため私たちは別々に育ったのです。」
芳子の実家は大名家であった。
その頃は芳子は芳姫と呼ばれていた。
参勤交代により大名は江戸と領地を一年おきで往復した。その間、妻子は江戸住まいとなっていた。
しかし、文久2年に参勤交代が緩和され、大名の妻子は国元へ戻された。
芳子と照子の実家も同様だった。
その時に姉妹は初めて国元にて顔を合わせたのだった。
姉の照姫は自身が正室の子である事に加え、江戸育ちであることを鼻にかけていた。そして国元で育った芳姫を田舎者と見下げていたのだ。
あからさまに侮辱するわけではない。
何かにつけて『分からないことおありでしょう。』『心配なさらないで何かあれば助けてあげますから。』そう云ってくるのだ。
芳姫の教養と機転を見る前に無能と決めつける。そして親切を見せびらかそうとする。それが照姫の振る舞いなのだ。
そして芳姫は篠原藩藩主の轟木景久の元に嫁ぎ、照姫は婿を取って実家を継いだ。
轟木家は旧領の発展に関わり潤っていた。一方、実家の方は上手く回らなかったようだ。
照子の夫は新しい時代の波に乗れず、照子は家政を仕切る能力が足りなかった。
轟木家は芳子の実家を支援することが度々あった。
照子の芳子を見る目は嘲りから怨恨へと変わっていった。
「今から26年前、姉に招かれ、強引に引き留められて泊まることになりました。」
芳子は忌々しい事を思い出しているようだ。景久はそれを止めることなく様子を見守っている。
「私の泊まる部屋の戸に姉が鈴蘭の花を飾りました。『花言葉は幸福と聞きました。』と云って。その夜、姉の家に強盗が入りました。」
その途端、芳子の口調が重くなった。
「強盗は姉の部屋に入り、姉に包丁を向けて危害を加えました。その騒ぎに姉の家族も使用人も私も飛び起きました。」
芳子は姉の身に起きた事件を他人事のように語る。
「強盗はすぐに捕まりました。姉は顔に傷が付いたものの命は無事でした。そしておかしな事がありました。鈴蘭です。」
「鈴蘭?」
建介が聞き返すと芳子は丁寧に説明した。
「私の泊まる部屋に姉が鈴蘭を付けたのですが、強盗騒ぎに起きて部屋を出た時は鈴蘭が失くなっていました。代わりに姉の部屋に鈴蘭が付いていました。」
芳子は建介を見据える。建介は芳子が自身がどう答えるのかを見定めるつもりなのだと悟った。
「そうですね…。その鈴蘭は…。」
建介が喋ろうとすれば芳子の全員の注目が建介の口許に集まる。
「大奥様の部屋の目印なのでは?」
建介が芳子を見つめ返すと彼女は微笑んだ。
「ええ。そうです。姉が私の部屋がここだと教えるために用意したのよ。」
建介は恐る恐る尋ねる。
「すると大奥様のお姉様は強盗と繋がっていたのですね。」
芳子はこくんと頷く。
妹を逆恨みする姉。その姉が無理矢理に妹を泊めさせたのだ。怪しさしか感じられない。
まして鈴蘭を妹の幸せのために飾るとは思えない。特に部屋の中で花瓶に飾るのではなく、戸に飾るという点が廊下から部屋の場所を一目瞭然に分かりやすくしようとしている意図を感じさせた。
そしてもう一つ気になる事があった。
「あの…鈴蘭が大奥様の部屋からお姉様の部屋へと移動したのか心当たりはありませんか?」
建介は静かに芳子を見た。
「私がこっそりと姉の部屋に付けたのです。姉が私の幸せを願うとは考えられず怪しかったので。」
芳子は隠しもせず堂々としていた。
「強盗を用意したのは姉です。私を強盗に襲わせるために。といっても姉は捕まりませんでした。強盗の手引きをしていたのは姉の小間使いでして。その小間使いが単独で強盗と繋がっていたとして姉は主張したのです。」
「ではお姉様は…?」
「捕まることも裁かれることもありませんでした。姉が関わったという証拠が残りませんでしたので。捕まったのは強盗と小間使いだけです。はっきり云って小間使いは無理矢理させられていただけです。」
「…。」
言葉を失うひどい話だった。
「鈴蘭といえば…」
不意に藤世が呟く。先程景久の前で漏らした台詞を繰り返す気だ。
「毒がある花と聞きました。」
その台詞に景孝が乗っかる。
「その通りです。鈴蘭は可憐な見た目と花言葉を持ちながら猛毒な花なのです。その花を挿した水を飲んだ場合は死亡することがあります。」
景孝は意気揚々と答える。
建介は藤世に尋ねる。
「藤世さん。毒の話はどこで覚えたんだ?」
鈴蘭以外にも、以前の事件で藤世は福寿草とフキの話をしたことがあった。
「學校で先生が云っていたの。世の中にはこうした草花があるから気を付けなさいって。」
「あら學校でそんな事教えられていたの。」
「うん。」
初音が微笑むと藤世は頷いた。
「…。」
建介は嫌な予感がした。教諭は注意喚起で云ったつもりだろうが。簡単な毒の入手を教えることになってはいないだろうか。
チラリと藤世は見る。
彼女の残酷さと優しさは予想がつかないのだから。
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