第28話 贋警官

 建介は朝早くから背広を着て身支度をしていた。

 製糸工場の幽霊騒動の後、藤世により謎道樂の會の開始前の轟木家に案内された。

  その時、前子爵である轟木景久に面会し、彼から謎道樂の會以外にも花見の會など様々な催しを主催していると聞かされた。


 そして今日は花見の會の日である。

 建介はその花見に誘われたのだった。

 花見は11時から始まる。しかし鏡造から景久に用があるから9時に行こうと誘われていた。


 その時、誰かが「ごめんください」と戸を叩き、呼び掛けてきた。建介は戸を開けた。


 そこには警官の格好をした若い男が立っていた。

 男は役者のように整った顔立ちをしていて若い娘なら熱を上げそうだ。

 「突然お邪魔して申し訳ありません。私は篠原署の菰田仙太郎といいます。」

 警察と聞いて建介は堀口を思い出した。

 

 「何かありましたか?」

 一瞬、何らかの事件に関わる物だと思った。

 そう思って聞いてみたが、すぐに違うなと思い始めた。

 よく考えると堀口は自ら建介を頼ってきたことはなかった。すべて鏡造が仲介してのことである。

 

 実際に、目の前の菰田は首を横に振った。

 「いいえ。事件を解決しているそうで試しに聞いて欲しい事件があるのです。」

 菰田は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

 「贋警官が現れたのです。」

 「贋警官?」

 「はい。ある男が民家に現れては『近所で空き巣事件が発生しました。空き巣が逃げ込んでいる可能性がありますので家の中に入れてください。』と云いました。」

 「知能犯ですね。警官の格好をしていたら相手の警戒心が薄れることを利用して。」


 建介の台詞を聞いた菰田は不謹慎な笑みを浮かべる。

 「そうでしょう。そして家の中を住民に案内させ、調べるふりをして金目の物を物色するのです。」

 「そして住民は何も疑わずに『お疲れ様です』と送り出してしまったことでしょう。」

 「はい。そして、その後の顛末が気になる住人は、本物の警官に『どうなりましたか?』と問い合わせたことでばれてしまいました。」


 「住民は驚いたでしょう。」

建介がそう云うと菰田は大きく頷いた。

「で、その贋警官を捕まえてくれと?」

菰田は大きく首を振る。


「その贋警官は捕まりました。」

建介は怪訝な顔をした。

「捕まったなら、もう解決ですよね。」


「ところが…。」

菰田は勿体ぶるように間を置いた。菰田の喋り方は何かと建介を遊んでいるようだ。


「贋警官が発見された状況なのですが、贋警官は倒れていたのです。」


「倒れていた?」

「はい。ある民家で一家全員外出していました。その一家が帰ってみたら、警官の制服を着た男が倒れていました。」

菰田はジロジロと建介を観察するように見ている。


「一家は訳が分かりませんでしたが、とりあえず警官を呼んで…あっ、本物の警官をです。」

「そして、そいつが贋警官で盗みをしていたと分かったのですね。」

「その通りです。」

菰田は陽気に拍手する。


「ここで問題です。」

「なぜ贋警官が倒れていたかですか?」


建介の問いに菰田ははしゃぐ。

「早速正解です。僕は贋警官が倒れた理由を質問するつもりでした。」

「そうですか…。」

建介は苦笑いを浮かべた。菰田は警官としての威厳を全く感じさせないのだから。


「贋警官は気絶しただけで死んではいません。意識を取り戻し、取り調べを受けることになったそいつは喋ります。いつものように警官を装って住人に家に招かせた事、そして住人に殴られた事を吐きました。」


建介は眉をひそめる。

「たしか住人は…。」

「はい。一家そろって出掛けていました。警察もその事を確認しています。芝居見物に出掛けて馴染みの店で食事をしていたそうです。」

菰田は元気よく答える。


「ちなみに贋警官はその家の住人は若い男と答えていますが、実際の一家は、四十半ばの夫と四十近い妻。そして子どもは、十五の娘と十二と九つの息子。この五人だけなのです。一家そろって若い男に心当たりはないと云われています。」


「その一家は誰かに留守を任せたわけですよね?」

「もちろん。」

「もう少し詳しい話教えてもらえますか?」

建介が尋ねると菰田はにこやかに了承する。


「贋警官が云うには、いつもの手順で家に上がりました。『何か盗まれてないか確認するように』と贋警官が尋ねます。住人だと名乗る男は『もしかしたら』と押し入れの近くまで贋警官を連れて行きました。そして『下の段に金目の物を入れています。』と云いました。贋警官は押し入れを開け、下の段を見ようと屈みました…。」

菰田は興奮しながら喋る。


「そして屈んだところで後ろから頭を殴られました。」

菰田は笑う。


「その贋住人は贋警官と見知った顔…なわけないですね。二人が知り合いなら贋警官が気づくはず。怨恨の線はなし。」

 「そうなりますね。」


 「そもそも贋警官はどういった家を狙っているんですか?何か決まりごとでも?」

 「いえ…特に無さそうですね。」

 菰田は事務的に答える。


 「決まりは不明…。まあ贋警官は事前に民家を調べているわけではなさそうですね。その家の家族構成を知っていなかった。でなければ一家にいないはずの若い男が住人として出てくることに違和感を覚えるはずですし。」


 建介は菰田に一つ質問をした。

 「その時に贋警官は何か盗んで行きましたか?」

 その途端、菰田はニヤリと笑いを見せた。


 「一家が確認したところ、手鏡と花瓶が盗まれていたそうです。しかし、贋警官は『知らない』と言い張っています。」

 「そうですか…。」

 

 「何か分かりましたか?」

 菰田は期待した目で建介を仰いでくる。


 「いや…住人の振りをした男が盗んだという可能性はありませんか?」

 「…というと?」

 建介がそう云うと菰田は目を輝かせる。

 

 「おそらく…想像なんですけれど、その若い男も泥棒を生業としていた。そこへ贋警官がやって来た。慌てて住人の振りをしてやり過ごそうとした。しかし贋警官は『調べさせてください』と上がり込んできた。そこで隙を見て気絶させ、逃げ出した。」

 

 その時、菰田の拍手が鳴り響いた。

 「おめでとうございます。その通りです。警察もそう疑っています。」

 「…そうですか?堀口さんもその線で疑っているんですか?是非とも捜査の状況を知りたいですね…。」

 警官を装う泥棒。その泥棒をさらに騙す贋住人の泥棒。大胆な泥棒が二人集まったとは興味深い。


 「あっ。堀口さんの見解ではありません。」

 「じゃあ別の人が担当しているのですか?」

 

 すると、菰田は申し訳なさそうに説明する。

 「そもそも…これは東京の事件でして。東京の警察が調べているんです。」

 「東京…。何故それを篠原署が?」

 建介が尋ねると菰田は笑みを浮かべた。


 「最初に云ったのはこうです。『試しに聞いて欲しい事件がある。』と。僕は東京でこうした事件が起きたと聞いて試しに探偵に推理させてみただけです。」

 「えっ…。」


 建介は言葉を詰まらせ菰田の顔を見つめる。

 悪戯小僧が警官の仮装をしただけのように見えてきた。


 「僕の道樂ですよ。篠原のお殿様がするような道樂會みたいに僕も樂しんでみたいと思いまして。」

 菰田はそう云って笑い飛ばした。


 そして一つ付け加えた。

 「あっこの事は篠原署の皆さんにも道楽會の皆さんに内緒にしてくださいね。『何遊んでいるんだ』と怒られそうなので。話すとしても僕の事は伏せておいてください。」

 菰田はニヤッと笑いを見せた。


 菰田の帰りを見届けると何だったんだと思いながら、出掛ける準備に取り掛かった。

 これから出かける轟木家の花見の會を思い浮かべる。

 大塚一家をはじめとする道楽會の會員も呼ばれるらしい。

 菰田は自身のことを秘密にしてくれと云っていたが、もしも道樂會に紹介したら大塚一家は菰田の性格を大喜びするだろう。


 

 

 

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