第27話 藤世には無理だ

「近所で有名な話なの。ここにいる藤世は親が殺されたのに喜んでいたの。絶対こいつが犯人…。」

「藤世さんには無理だ。」

建介がすぐさまサトに反論した。


「でも…。」

サトが懇願する目付きで建介を見る。だが、建介はサトの訴えを聞く気はない。


「僕は現場を見た。壁に高い位置に血がこびりついている。当時十歳の藤世の背丈では大人を高い位置から刺せない。」

「………。」

サトは一度言葉を失うがまた口を開いた。

「でも、藤世ならやりそうじゃない。」

サトは藤世を睨み付ける。


「いい加減にしなさい。」

夫人の声が轟いた。その声にサトが身を震わせる。

夫人はキッとサトを睨み付けた。


「サト。あなた皿を割って誤魔化しをしておいて 偉そうに物を言える立場だと思っているの?」

「ですが…。藤世は…親を殺し…。」

「話を反らさないの。そもそも若い探偵さんが無理だと説明しているでしょう。それならあなたはその娘さんが殺しをしたと証明するっていうのかしら?」

「…。」

サトは涙目になりうつむいた。



夫人は藤世に陳謝し、サトを叱りつけた。サトは暇を出されることになったそうだ。


帰り道木村と別れ、質屋とも別れた。建介と藤世は宿に到着した。

宿の廊下を歩く途中、建介は藤世に問い掛けた。

「君は犯人を見ていないと証言したと聞いているよ。」

「そう…。」

藤世は静かに相槌を打った。


「犯行時はずっと気づかずに寝ていたそうだね。」

「うん…。」


「そして朝方になると近所の人に助けを求めたと聞いている。目には隈が出来ていたって。」

「だから…。」

少しの沈黙を置き、建介は口を開いた。


「ずっと、ぐっすり寝ていたのに。どうして目に隈が出来ていたんだ。」

「…。」

建介は真剣な眼差しを藤世に向ける。藤世は凍らされたように動かない。


藤世は表情のない眼差しを建介に向ける。建介は黙って藤世の様子を観察する。

「建介さんは私を疑うの?サトの前だと私には無理だって…。」

「ああ、もちろん。僕の推理では、君に犯行は考えられない。ただ…。」

建介は重々しく呟いた。


「君は本当は起きていたと思っている。その時に犯人の顔を見たんじゃないのか?」

藤世の目が見開く。

「…。」

「その様子だと見たんだね。」


藤世は顔を伏せ無言をつらぬいた。

「むやみに答えなくていい。返事を強要する気はないから。」

藤世は顔を上げる。

「じゃあ、どうして聞いたの?」


「ただ確かめたかっただけ。」

「…そう。」

「君は犯人を痛めつける事はするけれど、殺人まではしないようだね。」

 建介がそう云うと藤世は「違う。」と呟いた。


「見殺ししようとした事があったでしょう。」

建介はあっと思い出した。篠原で出会った時、藤世は殺人に気づきながら黙って見過ごそうとしていたのを思い出した。


「悪い事をしない人はこの世にいないと思う。」

藤世は真剣な眼差しをする。


「誰にだって許せないという気持ちはあるんだし。皆自分はそうじゃないと思い込んでいるだけ。その場の勢いで罪を犯すことだってあるんだし。」

「…。」

「心が立派になれと云われれば云われる程、悪い事をしてみたいとずっと思っていた。」

藤世は過去形で物を云った。


「仮に私はまだ自分の手で殺しをしたことがないとして。」

 仮にと藤世は強調する。


 「今後も、誰かを傷つける事も殺しをする事は一切しないかと云われたら、その時の状況次第。」

「…絶対にしないでくれよ…。」

 藤世は本当によく解らない少女だ。


後日、建介は大塚一家の東京巡りに同行した。

建介は最近まで東京で生活していたので東京巡りは今さらと感じたのだが、意外に面白かった。地元の人間として歩くのではなく物見客として歩くのだから新鮮に感じた。

夜は大塚家と離れ、一人でカフェー三日月に赴いた。

神崎とサワに藤世の噂の真相を聞かれ、近所の噂にすぎないことを伝えた。

東京巡りを終える時に啓一、質屋、木村に挨拶をした。

木村は相変わらず「探偵を続けるのか?」と心配され、質屋は「いやいや続けさせるべきでしょう。」と後押しをされた。


啓一からは…。

「藤世から話を聞きました。あなたは信用しても大丈夫そうですね。ありがとうございます。」

「聞いたというのは?」

「サトって子のことです。」

啓一が断言した。


「あの子は藤世の親の事件前から、親のせいでいい子過ぎる藤世を良いように扱って馬鹿にする事がありましてね。」

「やはり…。近所の子と聞いてもしかしてと思ったのですが…。」


窃盗のあった家は藤世の生家と離れていない。そしてサトは同じく近所の小間物屋。藤世とサトの年は同じくらい。

二人は同級生の可能性がある。

そして啓一から聞いた藤世が同世代の子にされていた事を考えると…。


「私…。サトっていう子…嫌だった。」

藤世がポツリと口を開いた。

「何かにつけてあんたは優しいからこうしてくれるよねが口癖で。」

「いたわね。そんな子達。何か仕返した?」

初音が笑う。


「しかし…。」

木村が頭を悩ませた表情をする。

「贋大工の正体は分からずじまい…。」

「盗まれた掛け軸は同業に聞いて回りたいと思います。」

質屋が木村への助け舟のつもりか安心しなさいと言いくるめようとする。それでも木村の悩みは解決しないようだ。


「急な依頼が多くて…。まあこちらとしては嬉しいのですが…。」

「成程。子爵様からの依頼が解決しないのですね。」

鏡造が笑うと木村は真面目な顔で「笑い事じゃありません。」と言い返す。


「その依頼は月島さんにも協力してもらおうじゃないですか。」

鏡造の提案に木村はギクリとしている。

「ちょっと待ってくださいよ…。建介君。嫌なら嫌と答えていいからね。」

そう云って、木村は建介の顔を見る。


「依頼というのは?」

建介が尋ねると木村は駄目と制そうとする。

「全ては本人が決めることですよ。木村さん。」

質屋は木村に苦言を呈した。


「子爵様か。僕は詳しい話を知らないからどうとも云えないけど。」

「私は月島さんを加えるのに大賛成。」

啓一と初音が口々に云う。


「私は…。」

藤世が建介を一瞥する。

「いいと思う。」

「藤世さん…。」

反対しているのは木村だけとなった。



建介と大塚夫妻、藤世は汽車に乗り篠原へ戻った。













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