第25話 疑われた女中2
若い娘というのはやはり藤世であった。
一同は女中頭に連れられサトという女中に会いに庭を歩いていく。
木村は小声で質屋に抗議する。
「質屋さん。一体何をしに来たのですか。」
「あなたに任せたものの、やはり真相が気になりましてね。件の女中が盗人なのか、濡れ衣なのかが。」
そして質屋は告げ口のようにこぼした。
「それとここに出入りしている大工の人。私知っているのですが、お喋りでよく飲み屋であそこの家に行くとかあの家で何を直したかをベラベラと喋るのですよ。」
「さては、その大工の口からこの家に大工が来る予定が漏れた可能性があるのですね。」
木村があきれて云う。
「その通りです。」
「それで藤世を連れて来たのは?」
今度は建介が尋ねる。答えたのは藤世の方だった。
「私も気になるの。サトっていう子に。私の知っているサトかもしれないから。」
藤世がそこまで言った時、ちょうどサトが掃除しているという裏庭の手前まで着いたところであった。
藤世と同じ年頃の少女が掃き掃除をしていた。年配の女中頭は厳しい目つきでサトに声をかける。
「サト。そこまででいいから。この方たちのお話を聞きなさい。」
「はい…。」
サトが箒の手を止め、顔を見上げる。その瞬間、彼女は驚き、目を見開いた。
建介がどうした事かとサトの視線を追う。その先は藤世だった…。
「サト。お客様に挨拶は。」
女中頭に叱られ、サトが挨拶を慌てて行う。
「はい…。申し訳ありません。」
サトはうつむき謝った。
「君がまず先に蔵から皿が消えたのに気付いたんだね。」
「はい。そうです…。」
木村の問いにサトが力なく答える。
「その時、皿は箱の中にはいっていたんだね。」
「…はい。」
サトは今にも声が途切れそうだ。
「箱の中には、もう皿が無くなっているなんてどうして分かったんだ。」
「……。」
サトは黙り込んだ。年配の女中は早く答えなさいと口を尖らせる。
「…実は箱の蓋が開きかけていると思いまして…。」
サトはおどおどして小さな声で答える。
「…確かめるために…勝手に…開けて中を見たんです…。勝手に開けたので怒られると思って…しまい…。」
夫人から聞かされた言い訳と同じ内容であった。しどろもどろと答える彼女に女中頭が厳しく云う。
「本当に?正直に云えばいいだけじゃないの。」
女中頭は疑りぶかい目でサトを見据える。その目にサトが怯える。
「まあまあ。今は私たちが聞き取りしている所ですので。」
「そうでしたね。申し訳ありません。」
木村の宥めながらの愛想笑いに女中頭が頭を下げる。
「さて。君が見た時は、本当は蓋が開いてたんだね。」
「はい。」
サトはチラリと側の女中頭を見ている。女中頭の顔を気にしているようだ。
その様子に質屋が気を利かせる。
「すみませんが。あなたは席を外してもらえませんか?なあに妙な事があれば、そちらに確かめに聞きにきますので。」
「ええ。分かりました。」
女中頭は素直に質屋の云う通りに、その場を離れた。
「君はよく怒られているのか?」
建介が尋ねるとサトは頷いた。
「はい…。仕事が上手くいかなくて。粗相する度に叱られます。それで…私怖くて…。」
サトはチラリと建介を見る。
「それで、この家の人には言いづらいと思ってしまうのか?」
「はい…。」
サトがまた建介の方を見る。この時、建介は気づいた。
サトがチラチラ見ていたのは藤世の方のようだ。
建介の隣に立つ藤世は澄ました顔で話を聞いている。
「次に贋大工の事件。君は本物の大工だと思ったんだね。」
木村が優しく語りかけるとサトはこくりと頷いた。
「はい…。その日は大工が来るからと奥様から云いつけがありました。私はてっきり、その大工さんかと思ったんです。」
「その大工は怪しい所はなかったんだね。」
今度は建介が尋ねた。
「特に何も…。若い男の人でした。」
「そうか…。この家に来る大工の事は君はどれだけ知っているんだ。」
建介が質問するとサトは考え込んだ。
「ええっと。私は雇われたばかりで…。出入りしている大工さんも植木屋さんもよく分からないです。」
「じゃあ。その人たちに『修理してほしい物がある』『手入れしてほしい』と依頼しに行くのは別の人なんだね。」
「はい。来客も出入りの大工の対応は古参の女中頭が行うんです。」
サトは答えながら視線がチラチラと藤世の方へ泳いでいる。
藤世はサトに対して優しい言葉も厳しい言葉も投げかけない。ただじっと黙って建介たちのやり取りを見物しているだけだった。
サトの聞き取りを終えると女中頭を尋ねた。
女中頭は、建介たちが質問するよりも先に、訝しんだ目で耳打ちするような声で確かめてきた。
「あの子。変なこと言っていませんでしたか?」
「いいえ。ただ、雇われて日が浅い事を教えてもらいました。」
木村がそう答えると横から質屋が口を出してきた。
「確か…近所の商家の娘さんを雇い入れたと聞きましたけど。」
「はい。サトは近くの小間物屋の娘です。」
建介たちに対して丁寧な物言いであるが、彼女の顔はどことなくムスッとしている。
「サトさんに何か不満がありますか?」
建介が尋ねると女中頭は溜まった分を吐き出すように述べた。
「仕事の覚えが悪くて、ついつい苛立ちを感じてしまうんです。実家は女中を雇ったりと箱入り娘だったみたいですけれどね。今は金巡りが悪いみたいで逆に余所の家の女中しているんです。」
女中頭が答えると藤世がポツリとこぼした。
「そうなんだ…。」
「どうしたんだ…。」
建介が不思議に思って尋ねようとしたが、遮るように木村が女中頭に質問を投げかけた。
「それで大工…。あっ本物の方の大工に来て欲しいと依頼しにいくのあなたなんですってね。」
「ええ。いつも出入りの職人さんを呼ぶのは私の役目なんです。」
女中頭は溜息をついた。
「ああ。もしも私が電報に騙されていなかったらと思うと。この家に来た大工が贋者だとすぐに分かって、二度も泥棒に入られずにすんだだろうに。」
と残念そうに語った。
さらに他の女中たちにも聞き込みを始めた。
各々はこう証言した。
『皿が盗まれた日はバラバラになって掃除を行っていた。』
『サトが贋大工を案内しているのを遠目に見かけた。』
『サトは粗相が多くて奥様と女中頭によく怒られている。』
『旦那様たちがお帰りになられる直前に女中が出迎えの準備をした。その時、明日の来客に蔵の物を見せるつもりらしいと聞いた。』
一同は女中たちの聞き取りを終えると蔵の中へ入った。
分厚い壁に覆われ、出入口は一つのみ。大中小と様々な大きさの箱が並んでいる。
「相変わらず、このお宅は収集癖が激しい。」
質屋が辺りを見回す。
「質屋さんが売り出した物もありますか?」
木村が尋ねる。
「ありますよ。盗まれた皿というのがうちの質流れした品でしてね。ここの旦那様が皿の絵柄を気に入られました。」
質屋はが指差す先には空の箱が置いてある。
「残念なことです。盗まれていなければ翌日は骨董仲間に自慢するおつもりだったとか。」
質屋が大きく溜息をついた。
「しかし、難儀な方法で盗む泥棒がいたものですな。」
「難儀というのは?」
建介が尋ねると、質屋は箱を指す。
他の箱と比べて板は真新しく白みを帯びている。側面に欠けている部分も見られる。
「考えてみてください。泥棒はわざわざ箱から皿を取り出したんですよ。」
質屋は静かな口調だ。
「盗んで逃げる時、皿をどう持って逃げたのでしょう。」
質屋の蛇のような眼が建介に向けられる。
「確かに。皿を素手で持って盗んでいくというのは奇妙ですね。箱に入った状態なら箱ごと盗んでいけばいい。」
「でしょう。特に割れやすい物ならなおさらです。箱を空けて、皿を取り出すなんて奇妙ではありませんか。」
(箱…その中から皿だけが無くなる…。)
建介が考えた時。藤世が出口へと歩み始めた。
「藤世さん。どうしたんだい。」
「ちょっとお手洗いを借りに。」
藤世は静かに答えた。
応接室で夫人が建介たちの調査を待っていた。
夫人は木村に駆け寄る。
「どうでしたか?やはりサトが…。」
「いいえ。サトさんは盗人の仲間ではありません。」
木村が夫人の言葉を打ち消すように告げた。
「それはどうしてですか?」
夫人納得できないとばかりに説明を求める。
「大工の元へ贋の連絡をした者がいるとの事ですが、サトさんは大工の元へ使いに行かされた事が無いようですね。」
「えっ。まあ大工さんに仕事の依頼をしに行くのはいつも昔からこの家に使えている女中ばかりですので…。新入りのあの子はまだ使いには…。」
夫人は途中で気づいたようだ。
「大工の元を訪れて贋の連絡。つまり犯人は大工の住所を知る者です。サトさんは大工の住所を知らないんです。これでは大工の元へ贋の連絡が出来ないではありませんか。」
「…。」
木村の台詞に夫人は黙り込んだ。しばらくすると夫人は口を開いた。
「それでは、大工の家を知る女中頭が…」
「それもあり得ません。」
建介が反論する。
「贋大工が現れた時、彼女は出掛けていました。盗人を手引きしたのなら家に残って見張りをしているはずです。」
「確かに…。」
夫人から小さな声がこぼれる。
「それと大工がこの家のことを漏らしていますよ。」
質屋が夫人に伝える。
「あの大工。飲み屋で出入りする家の事を喋る癖があるのです。盗人はそこからこの家の大工の出入りを把握したんですよ。」
「まあ。そうなのですか…。」
夫人は絶句する。
「ええ。今後はお喋りでない大工を探すことですね。」
質屋の静かで無機質な声に夫人は頷いた。
「では…。」
夫人は恐る恐る建介たちに問いかける。
「最初のお皿の件なのですが…。こちらも私の思い込みなのでしょうか?」
夫人の真っ直ぐな瞳が一同を捉える。
「ああ…その件についてですが…。」
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