第24話 疑われた女中1

 質屋が戸を開けると木村がまくし立てた。

 「質屋さん。萩原書店を建介君に見せたのですか?」

 「月島さん本人がどうしても気になるようでしたので。」

 質屋は木村の咎める声に平然と答える。


 木村は茫然とした顔を見せた。しかし、すぐに建介の方へと向き、説得するように言い聞かせた。

 「建介君。この事件はあまり関わらない方がいい。」

 「何故ですか?」

 「とにかくだ…。」

 木村は答えることは無かった。


 「それよりも盗難事件の依頼を受けている。付いてきてくれないか?」

 「盗難…?」

  建介はチラリと質屋の顔を見る。

 

 「私が紹介した依頼ですね。…仕方ないですね。行って来ていいですよ。また気になる事があればいつでも案内しますので。」

 質屋はヤレヤレという顔を浮かべ、建介と木村を見送った


 

 木村の案内で通りを歩いていく。場所は藤世の生家とそれほど離れていないらしい。

 「これから行くのは骨董が好きだというお宅でね。質屋さんのお得意様だ。」

木村は歩きながら依頼内容を説明する。

「その家で掛け軸がいくつも盗まれてしまったのだ。」

「その犯人を探せということですね。」

「いや…少し違うんだよ。」

木村の眉が下がる。


「依頼主は女中を疑っているのだよ。まだ十五か十六の若い子でね。」

「その子が盗んだ可能性があるのですか?」

「いや、それも違う。」

木村は困り顔で首を振る。


「犯人は大胆に大工の振りして屋敷に入り込んだんだよ。ちょうど大工が来る日を狙ってね。本物の大工が来る前に、贋大工がやって来た。その贋大工を家に入れてしまったのがその女中なんだ。」


「仲間だと疑われているんですか?」

「ああ、しかも盗難騒ぎは前にもあったんだ。蔵にしまわれていた皿が盗まれた。盗まれたのを初めに見つけたのもその子なんだ。」

「その子は何と云っているんですか?」

「もちろん違うと訴えているさ。おっ着いた。ここだ。」


周辺の家に比べたら大きな家である。壁の向こうに母屋と離れ、そして蔵の屋根が見えた。

門をくぐると立派な幹の松と岩が厳かに庭を陣取っている。池には鯉が気持ち良さそうに泳いでいる。

年配の女中頭が出迎えると母屋に案内された。


客間に案内されると厳格そうな夫人がやって来た。

「この度は私どもの依頼を受けていただきありがとうございます。」

「いいえ。こちらこそ依頼してくださりありがたく思っています。」

木村は陽気に夫人に話しかける。


「それで盗難事件で女中が疑われているというのは?」

「サトという一番若く、雇って日の浅い女中でございます。盗人に入られた時は二件とも、この子が一番現場と犯人の近くにいましたの。」

低い声で神妙に夫人が話す。夫人は感情を表に出さないようにしているだろう。もし感情を露にする人物であったなら、眉間に皺がよっていたことだろう。

 

 「それに一件目の窃盗。その日の昼間は、一家そろって親類の家に招かれました。女中頭を連れ、残りの女中たちに留守番を任せました。その女中たちの中にサトがいました。私たちの外出の間、女中たちは掃除をしていました。」

 夫人は唇を噛みしめている。


 「その日、蔵を掃除していたのはサトです。私たちが帰宅すると女中たちが出迎えます。少し遅れてサトが駆け寄るように出迎えました。そして、『蔵から皿が盗まれています』と云うのです。私たちが蔵で皿が入っている箱を開けると確かに皿が箱から消えていたのです。」 

 

 「しかし…最初に盗みに気づいたのがその子だからというので犯人と決めつけるのは…。」

 建介がそう云うと夫人は毅然と云い返した。


 「ええ。そうでしょう。私たちも、その時はまだ、サトを疑ってはいませんでした。」

 「怪しい所が他にあったのですか?」

 木村が尋ねると夫人は大きく頷いた。

 

 「あとで考えてみたら、蔵にある品はそれぞれ箱に入れて大事にしまっているのです。もちろん盗まれた皿というのも…。そして私たち一家が女中に蔵を掃除させる時、床を箒で掃くだけでいいと伝えていました。箱に入れた品には手を触れることも開けることもないようにとも伝えています。」


 建介が想像する。蔵の様子は見てはいないが箱が並ぶ。その箱に触れることも開けることも無く、掃き掃除だけを行う…。


 「…あれ。盗まれたと聞いたあなたは『箱を開けて確かめた』と言われていましたよね。」

 「ええ。箱には蓋がしてありました。あの子は箱を開けずに中身が無くなっていることに気づいたことになります。」

 夫人は強めに主張した。


 木村が夫人に尋ねる。

 「となるとその女中を問い詰めたくなるでしょう。その子は何と言い訳しましたか?」

 「サトは『最初は蓋は開いていた。その時に中身が空なのに気づいた。』と云いました。なので私『何故わざわざ蓋を閉めてから報告したのか?』を尋ねました。そしたら、『何となく箱を整えないといけないと思った』なんて云うんです。」

 「箱を整えないと?」

 建介は目を丸くする。何か盗まれたことに気づいたのに随分と余裕な女中だ。


 「そういえば、蔵の掃除は何時ごろですか?帰宅の時間と重なる頃ですか?」

 木村が尋ねると夫人は首を横に振った。

 「私たちは夕方に家に着き報告を受けました。他の女中たちの話では蔵掃除は昼頃と…。これもあとで気づいたことなのですが、昼に見つけたのならすぐに他の女中に伝えるべきだというのに。」


 「ちなみにそれについては?」

 「本人は『うっかり報告を忘れていた』と…。」

 聞けば聞くほどサトという女中は怪しく見えてきた。


 「そして第二の事件…。大工に変装していた盗人。」

夫人はサトという女中を疑いたくなるのも分かるでしょうと云わんばかりに建介たちを見つめる。


「もともと建て付けが気になるので大工を呼ぶ予定はありました。しかし、サトは贋大工を家に上がらせたのです。」

「その時は、あなたはご在宅でしたか?」

木村の問いに夫人は頷いた。


「サトから大工が来ましたと報告を受けて、私はここを見てほしいと直接告げに大工に会おうとしました。しかし、大工がどこにもいません。サトに聞いても分からないとばかり返ってきます。」

建介は「なるほど…。」と相槌を打った。


「その間に偽大工は盗みをしていたのですね。」

「そうなんです。私たちが大工はどこに行ったと家の中をウロウロしていると本物の大工がやって来たのです。こうして私たちはあの大工が偽物だと分かったのです。そして掛け軸が失くなっていました。」

 夫人は続ける。


 「さらに本物の大工の話では、我が家の奉公人と名乗る若い男がやって来たそうです。ですが家には若い男の奉公人はおりません。その男は、大工に我が家に来る時間を変えてくれと云われたそうです。」

 

 木村がなるほどと声を上げる。

 「贋大工が本物と出くわさないように仕組まれていたのですね。」

 「ええ。しかも…いつもでしたら女中頭が大工を案内するのですが、その日の朝方に女中頭の身内に不幸があったと電報が来ました。そのため女中頭は慌てて出て行きました。ところが、それは嘘の電報だったのです。」

 「用意周到ですな…。」

 木村の感想に夫人は「でしょう。」とさらに同意を求めた。


 「それで私、他の女中たちに大工が来たら家に入れて、私に報告するように伝えたんです。」


建介が尋ねる。

「そして女中が手引きしたのではとあなたは睨んだのですね。サトさんは何と弁明していますか?」

「うろたえながら『知りません』の一点張りです。お皿が盗まれた時に問い詰めた事も再び尋ねました。その時と同じ言い訳ばかりで。」

はあっと夫人は大きくため息をついた。


今度は木村が尋ねる。

「そして質屋さんを通してあなたに依頼されたのですね。」

「はい。質屋さんに窃盗があったと話したら、あなたの事を紹介していただいたのです。」


「そうですか…。その女中とお話しできますか?」

「ええ。どうぞ。」

夫人が丁寧に応じた時だった。


「奥様。」

「どうぞ。入ってきなさい。」

「失礼します。」

建介たちを案内してきた女中頭が入ってきた。


女中頭は一礼すると夫人と建介たちに告げた。

「質屋さんがお越しになられました。」


「あら、そうですか。」

「質屋さんがですか…?」

夫人に続いて木村が反応を示したが、いささか怪訝な表情をする。


さらに女中頭は告げた。

「それと若い娘さんをお連れです。」


「若い娘…。まさか…。」

今度は建介が怪訝な表情を浮かべた。





 

 


















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