第18話 隣の庭

 「福寿草を食べたら…。確かにね。」

 藤世がどこでその話を覚えたのか知らないがその通りである。


 「原西が見たミツさんの庭の手入れというのは、庭で福寿草を摘んでいる所だったのだろうな。」

 そう考えれば夜中に庭の手入れをした事に説明がつく。

 

 「女将さんの話では、ミツさんはお祖父さんに『山菜を食べたい』って我儘を言われたことがあったらしい。」

 「その話はミツさんから聞いた。今からは難しいって説明したら、『役立たず』と怒鳴られた。悲しそうに話していた。その時、今度用意しますって言えば『何で今すぐに出来ないんだ。』って説教された。そう言っていた。その後の原西の叔父が殺された事件の後にまた『何か季節の山菜を食べたい。用意しろ。』って言われたんだって。」


 「さては最初に怒鳴られた時に福寿草を出すことを思いついた。しかし、原西の事件で近所が騒がしくなった。思わずしばらくの間は大人しくした。でも、また同じ我儘を言われるようになり実行に移したのだろう。」

 「でっ?云うの警察に?」

 「云わないさ。今のは想像。証拠がないから。」


 とはいえ、ミツのオドオドした態度は元からの気の弱さと捉えていいのだろうか。もし、建介の想像が真実だとしたら…。

原西に犯行を見られたのではと思い悩んだだろう。警察の事情聴取に焦りを感じただろう。


建介があれこれ想像していると藤世が口を開いた。

「ミツさんの事。周りの人たちはかわいそうと云うだけで何もしてないよね。」

「うん…。まあ…その可能性も…。」

原西も下宿屋の女将もミツの事をかわいそうだと云った。だが、かわいそうなミツを助けたかどうかは云ってはいない。否定も肯定も出来ない。


「助けてくれる人がいるなら、ミツさんが一人で毎日あのお祖父さんを相手にするはずがないよね。『大変でしょ』と手伝ってくれる人もいないみたいだし。親戚付き合いはしてるのに。ほらミツさんが見送った人とか。」

「…そういえばそうだ。」

藤世の云うことが真実を帯びてきた。

誰かがミツさんを答える時、必ず毎日一人でと言い表していた。

ミツの境遇を知る者は、近所にも親戚にもいた。それなのにミツの手伝いをする者が見当たらないとはどういう事だろうか。


「想像だけど…。」

藤世が口を開く。

「皆かわいそうにと云うだけで良いことをした気になっているんじゃないかな。」

「そうだな。少なくとも相手を悪く云ってはいないから。」

「おまけに何かにつけて優しい人でとか云って、こき使われてるのを『けなげで』と云って褒めたりとか。」

「あり得るな。」

「まあ想像だけどね。そう云われたらいやだと思っても頑張って堪えないとと思ってしまう。」

そう云って藤世は背伸びした。


「あと飯田さんの手紙にも想像があるんだけど。」

「どんな想像だ。」

建介が興味ありげに尋ねた。


「飯田さんが慈善に打ち込んだのは寂しさからじゃないのかな?」

「寂しさ?」

建介はどういうことだと疑問に思った。


「慈善動機は純粋に人を助けたい以外にも理由があるでしょ。世間に注目されたい。感謝されたい。人と繋がりたい。」

いくつもの考えられる理由を藤世が上げていく。


「堀口さんの話だと奥さん亡くして子どもはいない。身内は原西さんだけ。」

「…。」

 「年取って、知り合いはほとんど亡くなっていくわけだから、寂しい思いしていたんじゃない?」

 「でも、近所の人がいるわけだろ。」

 「その近所の人もお年寄りじゃなかった。」

 「ああ…。」


 藤世の云うとおりだ。

 身内知人はどんどん死んでいく。この先はまだ生きている友人たちもそうなるだろう。


 「だから慈善活動をしていろんな人と知り合いになりたいと思ったんでしょ。」

 「それも想像か?」

 「大量の手紙を見て思った想像。」

 「大量の手紙…?」

 建介がはっとした。

 「あっそうか…いつまでも取って置いたんだな。」


 短期間で受け取った手紙にしては多すぎる。長い事、手紙の処分をせず溜めていたと見ていいだろう。飯田氏は手紙の処分が人との繋がりが切れるように感じていたのかもしれない。


 「世間ってさあ…不憫な人にやたらと優しい姿を求めるよね。どんな状況でもけなげで慈悲の心を忘れない。そういう人を。そういう優しさを苦しんでまで誰かに見せないと世間は受け入れてくれない。」

 建介は藤世の台詞に彼女の怒りが込められているのを感じた。


 「そんなに優しさが大事なら、自分で実行すればいいのに。何で困っている人や寂しがっている人に思い通りの姿を求めるわけ。私、優しさとか嫌い。」

 「そうかい…。」

 

 (道徳が嫌い)

 鏡造の言葉を思い出した。


 「ところで…。君の方こそ僕の勝手な想像誰かに話したりしないよな…。」

 「しない…。証拠が無いんでしょ。それに…。」

 藤世が建介をチラリと見る。

 

 「あったら伝えないといけないの?」

 「……。君はそういう子だな…。」

 篠原の謎道楽の會で出会った時だった。

 彼女なら気づけた犯行をあえて見て見ぬ振りをしていた。犯人を不憫に思うあまりに。

 事件の犯人をいたぶる趣向を持つが、その一方で憐憫を向けた犯人は庇う。いびつな優しさを持っている。



 その後、ミツは自首をしたと聞いた。

 建介の想像は当たっていたのだった。ミツは祖父を殺めておきながら、のうのうと生きようとしている自分に恐ろしさを感じ、罪悪感に耐えられなかったそうだ。そして原西の逮捕を聞き、他人事ではないとたという。



 「嫌いな人間に罪悪感を感じなくていいのに。」

 話を聞いた藤世はそう語っていた。

 

 

 

 



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