第17話 煩い容疑者2

 ―原西の下宿

 「原西さん。あなたの叔父の部屋の机の物が散乱していたのをご存じですか?」

 「ええ…まあ。犯人が荒らしたんでしょうね。」

 建介の問いに原西は大人しく答える。すると堀口がいかつい声で訂正した。


 「いいや。あれは荒らしたというよりも犯人がぶつかっって物が倒れたという感じだったな。」

 「そうですか…。」

 原西が目をそらす。

 

 「そして原西さん。飯田氏は事件が起こった日の前日の昼間。慈善活動に出掛けていました。そこでイニシャルを持ち物に入れてもらったそうです。その話はご存知ですか?」

 「いいえ…今知りました。それが何か?」

 原西は訳が分からなそうな顔をする。これは嘘ではないだろう。


 「飯田氏は飯田のIの字を墨で書いてもらったとのことです。ねえ堀口さん。」

 「ああ調べたところ、Iの字はその日の持ち物の懐中時計に入れられたそうだ。」

 そして堀口が静かに答える。

 「その持ち物は懐中時計だ。」

 堀口が原西の手にある時計を指す。

 

 原西は慌てて自身の手の中にある懐中時計を見た。

 墨で真一文字に広がる汚れ。それは飯田のIの字にも見えてきた。

 

 「おそらく、あなたは現場の文机に体をぶつけた。その時に机の物が倒れた。そこへあなたの懐中時計が落ちた。しかし、机には飯田氏の懐中時計も置いてあった。あなたは飯田氏の時計を自分の物だと思って持ち帰ってしまったのですよ。」

 

 「いえ…これは…、私の物に墨がついてしまっただけで…。」

 原西の動揺が一段と増した。同時に言い訳で誤魔i化そうとする。

 「イニシャルを書いたという人に見てもらいましょうか?」

「いや…それは…。」

原西は分かりやすくドキリとしていた。


「あっ実は…これは叔父からもらったもので…。」

「その叔父である飯田氏の家には事件の3日前を最後に行っていないと言われませんでしたか。イニシャルが書かれたのは事件が起きた午前2時の日付が変わる前の日の昼間ですよ。」

「あっ…。」

「代わりに現場に別の懐中時計が残されていました。もしや本当はあなたの物では?調べてみましょうか。」

「…。」

原西はそれ以上は何も言わなかった。


原西は堀口に連行されていった。

動機はやはり遺産がらみであった。犯行後に隣人に気づかれ、集団で押し掛けられてしまった。そこで偶然見かけたミツの手入れでアリバイを主張しようと試みたという。


その姿を建介が眺めていると下宿屋の女将に話しかけられた。

「あの。原西さんったら捕まったんですか?」

「ええ証拠が出たことですし、今から署まで連行されますよ。」

「やっぱり叔父さんの財産目当てにしていたんだねえ。」

女将から呆れた声が漏れる。


「前々から迷惑な人だと思ってたよ。これで迷惑者二人もいなくなるっていうわけね。」

「二人?」

建介が不思議そうにすると女将が答えた。


「あっ原西さんと隣の迷惑じいさんだよ。何かにつけて偉そうな物言いでね。孫娘のミツちゃんに対して世話してもらっているっていうのにきつい言い方でね。見ていてかわいそうだったよ。」

確か原西も言っていたことだ。


「やたらと口煩くてね。ミツちゃんが掃除をしていれば、隅々まで綺麗にしているか見張っていたり。夕食の準備を始めてからになって『山菜が食べたい。用意しろ。』って命令はする。店が閉まる時間になってから『これを買いに行け。』なんてさ無茶なことを言うんですよ。下らないことで一時間近く説教して、その分、家事の時間が取られる。そしたら『行動が遅いからだ』『怠けている。』なんてさらに怒鳴りつける。」

 「それは強烈だ。」

 

 「でしょ。そのじいさんは寝たきりになったけれど。元気な頃からも誰でもいいから怒鳴りつけないと気が済まないという人で皆ヒヤヒヤしていました。。そのじいさんも亡くなったことだし。こう言っちゃ悪いけど、この辺り静かになって助かるよ。」

女将は不謹慎だと自覚しつつも、すっきりとした顔をしていた。


 

 建介は下宿を出ると隣の家に藤世を迎えに行った。

 藤世はミツに挨拶して建介の元へ駆け寄った。建介はミツに一連の事を教える。

 「原西さんは逮捕されました。あの人が犯人で間違いなかったようです。」

 「そうですか…。」

 ミツの弱気な声が耳に届く。

 ミツの祖父が女将に言った通りの人物ならば気弱になるのも当然だろう。

 

 「どうやら犯行後に下宿に帰る際にちらりとあなたが庭にいるのを見かけたそうです。」

「…。」

「あなたが庭の手入れを終えて家の中に入るのを見届けると原西さんは下宿に入りました。その後、伯父の近所の人たちが押し寄せたのを見てアリバイになると思い、咄嗟にあなたを庭で見かけたと言い出したそうです。」

 「そうだったんですか。」

ミツは静かに呟く。

 

 建介は庭を見る。

 福寿草の大軍が庭に隊列をなしている。


「それではこれで失礼します。」

「さようなら。」

「ええ…さようなら…。」


ミツの姿が見えなくなったところで建介は藤世に話し掛けた。

「どうだった?」

「何が?」

「ミツさんだよ。いろいろ話を聞いてお祖父さんとの関係とか、ミツさんはどう感じていたのかとか。」

藤世は少し間を置いて答える。


「ミツさんは、お祖父さんが生きていた頃の話をしている時、辛そうな感じがした。お祖父さんの事を嫌っている感じがした。」

 「やはりな…。」

 女将の証言によるミツの祖父は横暴さしか感じられない。孫だから身内だからと受け入れるとは思えない。


 「それと、ミツさんのお父さんは亡くなって、お母さんは『耐えられない』と置手紙を残して出て行っているんだって。」

 「それじゃあ…ミツさん一人で祖父の相手をしていたということか…。」

 建介は絶句した。


 「福寿草…。」

 建介はあの家の庭に咲く福寿草を思い出した。

 建介がまさかと考え込んでいると、藤世が口を開いた。

 「福寿草ってフキと間違えて食べたら死ぬんでしょ。」














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