第15話 篠原米騒動

帳面から容疑者が割り出され犯人が逮捕された。堀口がそれを告げに事務所を訪ねて来たのは神崎からの手紙を読み終えた時だった。


「あの帳面は脅迫で得た金を書いていたんだってよ。名前が書いてあった奴を当たっていったんだよ。皆疑われるんじゃないかと血相変えてた。」

 事務所の椅子にどっかりと座る堀口は建介の出した湯飲みを手にした。


「あの姑さんが脅迫していたって口を割ったんですか?」

「ああ。もう誤魔化せないと諦めてたさ。それに、あの奥様の追及もあったそうだ。」

強かな夫人と鬼っ面の姑を思い出される。


「そういえば議員の出自について聞きそびれましたっけ。」

「そうだったな。」

堀口はあくびをするかのように云う。


「今では政治家だけど元は士族の屋敷の用人に過ぎない。ところがあこぎな商売を始めて御大尽になりやがって。金に物言わせてやりたい放題さ。ついには議員になって。いいご身分なことだ。」

堀口は吐き捨てるように云った。


「ちなみに奥様は名門生まれに目をつけて強引に後妻に迎えたそうだ。嫁入りの頃は実家の資金繰りが悪かったが今では事業が軌道に乗るわ兄弟が出世するわで逆に奥様の実家の方が立場いいんだとよ。」

堀口は嘲る顔でまだ話を続ける。

「そして犯人は脅迫の被害者の一人だ。こいつらも脅迫されて苦労したんだな。それにしても米屋との癒着。本当だったんだな。」

秘密の地下で米粒と藁を見つけた時のように忌まわしげな物を見る表情をしている。


「議員に何か恨みでもあるんですか?」

「何かってなんだよ…。」

堀口はとぼけた顔で聞き返す。思い当たることはないような口ぶりだが、表情からおどおどしているのが読める。


「確かに亡くなった議員は話に聞く限り、いい印象はありません。でも堀口さんを見ていると何かしら因縁がある感じがするんでするんです。」

「別に何も…。」

堀口は誤魔化すように茶をすする。


「米騒動と何か関係があるんですか?」

堀口は茶を吹き出した。


「いや何もない!」

堀口は胸を張って言葉に力を込める。それが反って建介に確信を抱かせた。


「隠し部屋の米俵の跡を見て何かありそうでしたけど。そういえば…。」

建介はわざとらしく大口を開けた。

「大塚先生によると篠原の米騒動では鎮圧に加わっていたと…」

「やめろ!」

堀口の叫びが事務所内を揺らすか如く響き渡った。


「分かった…。話すからよ…。それ以上はやめてくれ…。」

堀口の手は震え息は荒くなっている。


「俺は米騒動の時、確かに鎮圧に加わった。米屋町の連中は困った。暴徒と化した一部は店を壊しそうな勢いでな…。米屋の近所の住人も落ち着けない。けどよ…。」

堀口は拳を握りしめる。


「けどよ…暴徒化した連中も…ただ米屋に安賣りやすうしてくれと頼むだけの連中も…。気持ちが分かるんだよ…。」

堀口がうなだれた。その姿を建介は目に焼き付けた。


「日本中が大騒ぎしましたからね。米の値上がりは暮らしに響く。」

「そうだろ…そうだろ…。俺の家もそうだ。女房に子どもが三人…。俺だって女房子どもに腹一杯食わせてやりたいさ…。」

堀口は勢いに乗って吐露を続ける。


「俺だって群衆に加わりたかった。」

「でも、あなたは警察官という立場。」

建介の言葉に堀口は顔を上げる。


「そうだ米屋の値上がりが許せない。米を買い占める奴らが許せない。だから俺…米を買い占めているって噂の米屋と癒着している議員の家の守りだけは手薄にしたんだよ…。」


「あと『こいつらも脅迫されて』と言ってましたけど。もって脅迫被害者と誰ですか?堀口さんも議員の脅しの…。」

「いや違う…俺を脅していたのは…轟木家の先代…。」

堀口は自身の口を押さえた。冷静を取り戻したようだ。


「子爵家の人が関わっているのですか?」

「……。」

堀口は蝋人形のように固まって答えない。


「言えないなら聞くのをやめます。」

 「そうしてくれ…。」

 堀口は椅子から立ち上がると逃げるようにして事務所から出て行った。



 謎道樂の主催者である前轟木子爵だけではないだろう。

 堀口の怯えようからして、進行を務める大塚鏡造も関わっているだろう。脅しの内容は堀口が自白した米騒動の鎮圧の裏側。鏡造と前子爵はそれを見抜いたのだろう。

 

 そして彼らに頼まれたら事件の話をしなけらばならなくなった。

建介はそう判断した。


 戸を叩く音が聞こえる。戸を開けると藤世が立っていた。

 「どうしたんだ?」

 「次の道樂會は出席する?」

 藤世のあどけない瞳が建介を見つめる。


 「行く予定だよ。」

 「そう…次は子爵様がいらっしゃるって。前の方の子爵様が。」

「そうなんだ…。」

建介は藤世を見つめる。


「また、次の會でね。」

「あっそう。またね。」

建介は無表情な藤世に素っ気なく返事をした。

藤世はそれだけ言い残すと帰って行った。


建介は頭を搔きながら神崎の手紙を思い出した。

 

 『大塚藤世の本当の両親は萩原治とノブと云うらしい。萩原夫妻は書店を営んでいたが二人とも夜中の間に包丁で殺された。ここまでは質屋さんの云った通りだ。ただ近所の人たちが気になることを教えてくれた。』

 

 手紙の続きには驚く内容が書かれていた。


 『一人娘の藤世が両親を殺したんじゃないかって噂が流れている。』

 

 根拠はこの通りだそうだ。


 『まだ十歳の女の子がなんで疑われるんだって思うだろ。近所の人間が云うには藤世という少女は親が殺されたというのに泣かなかった。そのうえ、「親が死んで良かった」と葬儀の席で言ったんだとよ。』


 そして神崎はこう綴っていた。

 

 『と言っても近所に流れる噂っていうのは憶測だらけ。どこまで信じていいのかは分からない。俺自身は藤世っていう子に会ったことはないからどうとも云えない。建介、あとはお前の目と頭で判断してくれ。』


 (あの子はどう判断したらいいのか…)



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