第14話 篠原米騒動

 現場の納戸は5畳ほどの広さ。物が少なく納戸の役割を果たしていなかった。

 長い年月を感じさせる建物で、家主が議員という地位のある人物の家ならば、納戸にしまうべき財や物がたくさんあるだろう。

 しかし、納戸の中はガランとしていた。 

 

 「捜査のために中にあるものを全部出したのですか?」

 建介は思いついた説を尋ねた。すると範子は首を振った。

 

 「いいえ…。元々この納戸には何も置いていないのです。本当ならしまいたい物があるのに…。代わりに使っていない部屋を納戸の代わりにしているのです。」

 「全く使っていないのですか?」

 「はい…。夫は頑なに納戸を使う事を許されず…。そのくせ自分は納戸に閉じこもることが多く…。」

範子は出来るだけ多くを語ろうとしている。何か手がかりになる事があれば一つでも建介に伝えたいだろう。


建介は範子の声を耳にしながら、納戸の中を見渡した。

 戸は範子の「斧で壊した」という証言通り、暴徒の跡のように穴が開き破壊されていた。

何一つもない板敷きの納戸。物を置かなければ、ただの空き室だ。


その時、どこかで聞いた声がした。

「もしもし。そこで…。おい。あんたはあの時の探偵じゃないか!」

声の主は驚いている。


建介は思わず振り返った。声の主を見る。

「あなた…。堀口さん…。」

建介が尾行の依頼を受けて遭遇した事件。その現場に駆け付けた警官だ。

 

「おいおい…。あんたかよ‼️じゃあ大塚先生は?」

「関わっていないです。」

建介は断言する。

 

「そうかそうか…。」

堀口はのしのしと建介に近づいてきた。

「で、子爵様…」

「 ご安心を子爵様はいないです。関係ないです。」

堀口は夫人に気づかれないよう小さなため息をついた。

 

 「まったく…。お前が子爵家と大塚先生とどういった関係だか知らんが…。あの方々と縁があると聞くと寿命が縮みそうだ。」

 堀口の顔に苦みが増す。

 

 「あの…。」

 範子が床を指さした。

 「夫はこの辺りに倒れていました。」

 範子が指す方向は納戸の奥の床だ。建介がしゃがみ込む。床を触る。


 「そして…戸は鍵が掛かり、出入りできないはずなのです。中にいる夫が許しをしない限りは…。」

 「やめなさい。」

 またも第三者の声がした。こんどは老婦人のどっしりとした声だ。


 納戸の入り口に上等なお召に身を包み、きっちりと整えられた丸髷の老婦人が立っている。亡き議員の未亡人に高圧的に物を申す姿から、議員の母である姑だろう。建介は推測する。

 姑の後ろにはずっしりとした年配の男が行儀よく控えている。いかにも古参の使用人という成りだ。


 「聞きましたよ。わざわざ探偵を雇い始めたと。」

 老婦人は威厳ある物言いをするが、夫人も負けてはいなかった。気丈な声で言い返す。

 「ですがお義母様。犯人が分からないままでは夫も浮かばれません。警察でも探偵でも誰でも構いません。あの方のために犯人を見つけ捕まえてくれる人を増やすべきだと思います。」

 「その必要はありません。」

 姑は雷を落とすように言う。


 「丁度警察の方がいらっしゃるので、この際はっきり言いましょう。もう犯人捜しはやめにしてもらいたいと思います。」

 「ええ‼」

 夫人と堀口はのけぞるように声を出した。特に堀口は落ち着きを失っている。

 

 「お待ちください。そっそれは…捜査を打ち切るようにとのことですか…?」

 「そうです。今言ったとおりにしないのならば私の親類に話を付けてもらいますからね。」

  

 建介は目の前で堀口が身震いをしているのに気付いた。無理も無い。名士の母親で堂々とした振る舞いを見れば、良家の生まれだと予測がつく。圧力をかけてくるだろう。

 そうなれば建介も他人事でない。この依頼は止めざるえなくなるだろう。


 そう思った時。夫人が声を張り上げた。

 「それでは私も実家を通して捜査を続けるように言います。」

 建介と堀口は姑の観察を始めた。姑の眉がピクリと動いた。

 夫人もそれなりの家だろう。姑に怖気づくことなく物を言い返すことができるのだから。

 

「息子が殺されたというのに調べなくていいとはどういう事なのですか?理由を教えてください。」

「……。」

「何もやましいことがないというなら調べても大丈夫なのでは?」

詰め寄る夫人の姿に姑は唇を噛みしめている。


「…あなたの実家が…。分かりました。好きにしなさい。」

悔しそうな姑の様子から夫人の実家の方が立場が強いのだろう。


建介と堀口は早速納戸を調べ始めた。背後からは恨めしそうな姑の視線が向けられる。

建介が納戸の隅に近寄る。

壁と床板の間にすき間があるのを感じた。人間の指くらいは入りそうだ。建介は座り込み床板をなでた。

その瞬間、出刃包丁のような視線を感じた。見ると姑が鬼婆みたいな形相で睨んでいる。


建介は怯んだ。気づいていないふりをしようかと考えが一瞬浮かんだ。

「何か見つかりましたか?」

夫人の真摯な声が聞こえた。捜査断念の考えを打ち消した。

 夫人なら姑が建介と警察に妨害や報復を仕掛けてこようと守るだろう。その安心感から建介を落ち着かせた。

 

 「見てください。ここに隙間があります。」

 姑が建介を睨む。建介は気にせず床板の隙間に指を差し込んだ。板を引っ張り上げる。思った通りだった。

 

 床板を剝がすことが出来た。その下には階段が見える。

 

 「おいおい…これは何なんだ。」

 堀口が驚き、床下を覗き込む。剥がし終えた建介も覗くが階段の先は暗くてよく見えない。

 「暗くて見えませんね。何か明かりをお借りできないでしょうか?」

 「ランプを用意します。」

 堀口の頼みに夫人が素早く動き出す。その時、姑の怒号が響いた。

 

 「やめなさい。それ以上は許しませんよ。」

 姑の眼はギョロリとして建介と堀口、夫人を捉える。同時に姑から焦りを感じた。どことなく声が震えていた。息遣いも荒い。


 「お義母様はこの先に何があるのかご存じなのですか?」

 夫人が姑をキッと睨みつける。姑がたじろぐ。

 夫人は姑の後ろにいる使用人にランプを持ってくるよう命令する。使用人は一度姑を見て悩んでいるようだが、すぐさま返事をして駆け出した。使用人が戻って来るまでの間、夫人は姑の前に立ち、妙な真似をしないよう見張っているように見えた。

 

建介と堀口は届いたランプを頼りに床下へと降りて行った。

 「威勢のいい方ですね。」

 建介がボソッと呟く。すると先頭を行く堀口が答えた。

 「何でも、しつけに厳しいことで有名な士族の生まれなんだと。維新前は篠原藩の有力な藩士とか聞いたな。」

 「へえ…じゃあ亡くなられた議員さんとその母親もそうなんですか?」

 堀口が違うなと言いたげに首を振る。

 

 二人は床下の空間に到着した。

 ランプに照らされて小さな箪笥が見えた。他の家具は見当たらない。人が隠れ住めるくらいの広さはありそうだが、これでは暮らしにいろいろと不便だろう。


 他の辺りを照らすと出入りできそうな通路が見えた。通路の床は段々と上がって行く。


 「どこかに繋がっているんでしょうね。そして犯人はここから出入りした。」

 建介が地下通路を眺める。

 

 「この先進んで見るか?」

 「いや今はやめた方が。上では奥様が一人であのお婆さんを相手しているので。」

 「確かにな。これ以上奥様に苦労をかける訳にはいかないな。」

 堀口が苦笑する。


 「だが箪笥の中だけは見させてもらう。」

 堀口は小箪笥の引き出しを開ける。中から帳面が出てきた。 

 頁をめくると人物の名前と金額が記載されている。


 「これは金の貸し借りか…。」

 堀口が帳面と睨み合いをする。

 「上にいる御母堂に話を聞くって言う手もありますよ。あの様子は秘密を知っているんじゃないですか。」

 「そうだな…。殺された議員はいろいろと悪い噂を聞くことだしな。」

 堀口の唇がニヤリと吊り上がる。最早あの老婆は畏怖の対象でなくなったようだ。


 建介が階段を上がろうとした時、何か見つけた。

 「んっこれは…。」

 「どうした。」

 

 建介が粒上の者と細長い物を拾う。堀口がランプで照らす。

 「米粒と藁…。」

 「そうか…あれは本当だったんだな。」

 堀口が厳しい目つきになる。


 「何がですか?」

 「米騒動だよ。篠原で襲撃が激しかった米屋の中にあの議員と繋がりを噂されてる店があったんだ。米を買い占めた米屋が議員の家に米俵を移して隠しているってな。」

「そういえば夫人が言っていたような。」

「あの野郎共。偉そうな事言って卑怯な事しやがって。やっぱり隠していたのかよ。」

堀口が忌々しげに米粒と藁を見つめる。



 


 





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