第13話 篠原米騒動

 ―大正7年。

 富山県魚津の女房衆が値上がりする米に行動を起こした。

 その動きは全国に広まり米騒動となった。

 米屋が資産家が新聞社が襲撃を受けた。騒動を収めようと警察と軍隊が出動した。

 広がりは篠原にも見せた。



「夫は恨みを買うことが多いのです。米騒動でも家の回りにたくさんの人が押し寄せたことがあったのです。」

若く気が強そうな夫人はそう言った。

 夫人の名は範子。凛とした瞳と透き通る声。物腰と態度。着物の着こなしと整った髪がいかにも上流の夫人らしさを出している。


「それでは疑わしい人はたくさんいるのですね?」

建介が尋ねると夫人は無言で頷いた。

事務所にやって来た範子のりこの夫は篠原の議員を勤めていた。その夫が自宅に殺されたのだった。


「誰が夫を殺したのか分かりません。そして…。」

 「どうやって現場に出入りしたのかですね。」

 「ええ。その日私も姑も使用人も家にいたのです。誰か入ってきたら物音で気づきます。」

範子は強い自信を持っている。


「それに、例え私たちが気づかなかったとしても納戸を出入りする問題が残っているんですもの。」

「鍵がかかっていたのは間違いないのですね?」

「はい。」

夫人の真剣な眼差しが建介を逃がさない。

  

 ―事件当時。議員は納戸の中に一人でいた。

 議員が一人で納戸で何をしていたのかは夫人には分からなかった。議員は範子には何も教えようとしなかったからだ。そんな中で、あれこれと耳にする世間から夫への疑惑と怨恨の話。これらが範子を心配させた。


 そしていつもと同じように議員が一人で納戸にいると破裂するような悲鳴が轟いた。


 範子も姑も使用人たちも慌てふためいて納戸の前に集まった。

 しかし、納戸の戸は開かなかった。これは議員が日頃から納戸の中を覗かれないように中から鍵をかけたためであった。それだけでなく議員は中を覗いたら暇を出してやると厳しく使用人に言い聞かせるのだ。


 だが、今回ばかりは戸を壊してまで議員の安否を確かめる必要があった。

 古参の使用人が若い使用人に命じて斧を持ってこさせた。戸は破片をまき散らし、人が入れるだけの穴がぽっかりとあくまでになった。

 

 その時になって腹部を包丁で刺された議員を発見したというのだ。


 「お願いします。調べてください。」

 「分かりました。」

 範子の真摯な頼みに建介は承諾した。


 「今、準備をしますので少々お待ちください。」

 建介は範子を残して隣の部屋に入った。

 その時一枚の封筒をズボンのポケットから出した。

 

 神崎からの手紙だ。

 (帰ったら見ることにしよう。)

 建介は出掛ける準備に取り掛かった。


 

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