第12話 カフェー三日月3
「ところで月島君。何か聞きたい事があるそうじゃないか?」
木村が尋ねると建介ははっと思い出した。
「そうだ。大塚さんの娘さん。」
「藤世さんの事ですか?」
代わりに答えたのは質屋だった。
「その藤世さんは何者かご存知ありませんか?」
「藤世さんがどうかしたのか?」
木村は怪訝に尋ねる。
「何を考えているのか分からないというのか。無惨さを感じるというのか。不思議な子で…。」
建介はどう言ったらいいのか分からなかった。
「ああ。驚くような発言が飛び出てくる子でしたね。あの子は…。」
木村が思い出すように言う。
「藤世さんは元々は大塚夫妻の近所の書店の娘さんなんですけれど…。大塚夫妻と妙に馬が合って…。」
「ああ養女の件は大塚さんから聞きました。」
「おや、もう聞いていたのか…。」
すると質屋が横から口を出してきた。
「本当の御両親が健在の頃は、いい子過ぎるのが変わったところで…。」
(いい子…?)
建介は耳を疑った。
藤世は犯人を平気で痛めつける細工をする。実際に、この目で見たのだから間違いない。養父の鏡造ですら「道徳が嫌いな子」と言わしめた少女である。
「いい子なのがおかしいか?あっ。糞餓鬼だらけの世の中じゃ珍しいなあ…。」
「神崎さん。お酒が回ったの?」
ウヰスキーの酔いが回った神崎が下品に質問する。後ろから窘めるサワの声にどことなく嬉しそうにしている。
質屋は神崎の酔いを気にせず答えた。
「いい子というのがご両親の願望に押されて無理矢理という感じがしましてね。藤世さんの御両親はやたらと綺麗言を並べる人でして…。そう芝居に出てきそうな文言をすらすらと述べるのですよ。」
鏡造と初音と真逆の性質と言いたいのだろう。
「…で、そのご両親が殺されたのです。」
建介の眉がピクリと動く。
「夜中に何者かによって二人とも包丁で刺されて血まみれになっていたんです。」
「いやあ。」
サワが小さな悲鳴を上げる。
「そして朝になって、まだ10歳の藤世さんが隣近所の人を呼んでこう言ったのです。『朝起きたら、お父さんとお母さんが包丁で刺されている。』とね。藤世さんは近所の人に告げると力尽きたのか眠りこけてしまいました。」
「……。」
質屋の語り方は怪談を話すようで背筋をぞくりとさせた。話の内容の凄惨さもあるが、何よりも彼の静かな口調と蛇のような目つきが恐怖をあおった。
「近所の人が書店の中を見ますと彼女の言う通り、書店の夫婦がから血が流れ海を作っていたのです。そして近くには凶器と思われる包丁が浮かんでいました。」
「質屋さん‼」
木村の口から諫めるような強い声が出る。
「そこまで言っていいんですか?勝手に余所の事情を話したりして。」
「おや?余所の事情を探るのがあなた方探偵の生業なのでしょう?」
「そうですけれど…。」
木村は唇を噛みしめる。
「それに私たちが話さなくても月島さんには話すことになるでしょうし。月島さんが藤世さんを気にされるのなら、なおさらです。私たちが隠しても月島さん自らが調べられたでしょう。納得されましたか?」
質屋は意地の悪い顔を木村に向ける。
「ええ…まあ…。」
木村はまだ受け入れられない点があるようで苦い顔をする。
質屋は今度は建介に顔を向ける。
「月島さんも実際にそうされるでしょう。誰かに止めるよう言われても自らどんな事でも探るおつもりでしょう。」
「ええ…。」
建介は静かに頷く。
「しかし…本当にそれでいいのかね?」
木村は心配そうに尋ねる。
「知りたくもない事を知ってしまうこともあるのだよ。探偵になること自体、身内から反対があったのだろう?」
「構いません…。」
建介は意志を持って断言する。
質屋がふと思い出したように告げる。
「そういえば…。あの一家は近々東京に来られる予定ですね。長男の啓一君に会いに。」
他のテーブルでは客と女給が楽しそうに華やかな話をしている。店の戸が開いて陽気な客がまた入ってくる。女給が気前よく返事をしては白いエプロンが蝶として舞う。
神崎はサワにちょっかいを出す。サワはそれを無視する。
建介と木村は周りの騒がしさを無視する。質屋は近くに座りながら遠くから見物するかのように二人を眺める。
木村がもう一度建介に尋ねる。
「後悔しないか?」
「それでもいいです。」
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