第11話 カフェー三日月2

質屋に一人の若者が骨董品を持って店にやって来た。

 見事な絵が施された床の間に飾るような皿だった。

 質屋は皿の出来をじっと見ると買い取りの額を告げた。若者は粘ることなく、その値で納得し帰っていった。


その次の日。

若者は父親と共にやって来た。

父親は若者を睨みつけ、若者はぶるぶると震えている。

父親が言うには息子が勝手に持ち出した物で大事な家宝というのだ。いくらでも払うから皿を買い戻したいと言った。

 息子だと言う若者は父親が興奮して話す間はずっと黙ってうつむいており顔は見えなかった。だが、暗い表情だけは分かった。

若者の目元には殴られた痕があり、父親の雷が落ちた事をうかがわせた。 



 「ちょいと質屋さん。謎めいていないじゃないですか。どこぞの放蕩息子が家宝を売り飛ばして親父に叱られた。それだけじゃないですか。」

神崎が言う。

「どうせ遊ぶ金欲しさなんでしょう。」

サワが呆れたように吐き捨てた。

「何か気になる事があるんですか?」

建介が尋ねた。


 「実はその父親は周囲にこう漏らしていたんですよ。『倉の中の物を処分出来ないか。あの皿は売ってしまおうか。』とね。」

 「その皿ってまさか、質屋さんに売りつけた皿ですか?」

 「その通りですよ。神崎さん。話に聞く皿の特徴が私の元に来た皿と同じなんですよ。しかもその一家は骨董をぞんざいな扱いをしていて、件の皿は料理を載せて客人に振る舞ったことがあると言うのです。」

 

 建介、神崎、サワは変な顔をした。

 「えっ、床の間に飾る皿で料理ですか?」

 「やあね。そのお皿の価値は知らないけど、せっかくのお飾りが台無しじゃない。」

 神崎、サワが口々に言う。

 「おまけにその親父さんは皿を売る気でいた。」

 建介が呟いた。

 

 「そうなんですよ。それなのに家宝だと言い張ったんですよ。大事な家宝とね。」

 質屋は家宝お部分をを強調した。


 「後になって価値が分かったから大慌てで買い戻したんだな。きっと。」

 神崎が得意げになるが質屋が否定した。

 「いいえ。その皿はちょっと価値がある程度ですよ。家宝と大げさな物ではありません。」

 「質屋さん。それ本当なんですか?実はものすごい価値のある物だったりとかしませんか?」

 神崎が小馬鹿にして言うと質屋はムッとして言い返した。


 「私の目を疑うのですか?ちなみにあの一家は困窮していて奉公人が日に日に減っていく有り様。家宝にするだ呑気なことを言っていられる状況ではありません。加えて、『いくらでも払うから』などと言えるはずがありません。」


「そう。例え生活が苦しくても大金を払い買い戻すという行為を見せる必要があったんだ。」

師匠はテーブルに頬杖をつくようにしてみせた。


「どういう事だよ!」

神崎が叫ぶ。

「落ち着けって。ところで質屋さん。師匠。その放蕩息子は日頃から家の骨董を売り飛ばしていたのですか?」

健介の問いに 質屋の目がギラリと光る。


「いいえ。その息子はうちの店に来たのは初めてです。何かを売り飛ばす事も初めてです。」

 「その家は本当に苦しいんですか?」

 「ええ。維新後に憂き目を見る家でしてね。それでも先代が要職について一時は持ち直したのですが、骨董趣味に目覚めて買い漁り、結局のところ没落の道を辿る所なんです。それで骨董を売ろうと話があの家で出てるのですよ。」


 質屋の話し方は異様に静かで不気味だ。


 「そういえば…。あの家で奉公人が減りつつありますね。まだ残っているのは昔からの奉公人と数年前に雇い始めた若い男の奉公人ぐらいとなっています。まあ昔から仕えているとなると暇を出しにくいというのが人情でしょうね。」

 質屋の説明に木村は笑い出した。

 「確かに…。とはいうものの昔からの奉公人は皆年寄りばかりだ。力仕事や使いぱっしりのため若い奉公人は残したようだ。」


 「それは手がかりですか?」

 建介が唐突に言い放った。

 「手がかり…?一体何を言ってるんだ…。」

 神崎はギョッとして建介に尋ねる。


 「師匠はこう言いました。『大金を払い買い戻すという行為を見せる必要があったんだ。』って。単に『買い戻すという行為をする』ではなく『見せる必要があった』

とわざわざ言った。これが鍵となるのではないですか?」

 

 建介が師匠を見つめると木村は大きく頷いた。

 「そうだ。その父親は息子が昨日勝手に家宝を売り飛ばしてと叱る姿を見せなければならなかった。」

 神崎が目を丸める。

 「買い戻すことが目的じゃなかったのか?」

 「そうですよ。」

 質屋が珈琲を一口すする。

 「それじゃあ。お皿はどうでもよかったって事。」

 「ええ。だから言ったでしょ。あの皿はそれほどでもないってね。」

 質屋は神崎にしつこく目を向ける。神崎は気まずそうに目を反らした。


 「それと奉公人の話も関わってくるのですか?誰も奉公人については聞いてもいないのに話し始めて、まるでどうしても言いたいような。」

 木村の目が見開く。

 「そう…それも手掛かりなんだ。奉公人の話は種明かしに関わってくる。」


 「どういうこと…なんですか?」

 神崎は訳が分からず困惑している。

 「まだ手掛かりはありますか?」

 建介が尋ねると質屋が不敵に笑った。


 「ありますよ。その家の近くで殺人事件があったのですよ。どうも喧嘩騒ぎが行き過ぎて相手を殺してしまったようでして。」


 「えっ‼」

 思いがけない展開に神崎とサワが口を大きく開けた。


 「ちなみにその事件が起きた日というのが息子がうちの店に皿を売りに来た日と同じでして…。」

 「ちなみに時間は?」

 「ちょうどぴったりの時間です。」

 建介が質問すると質屋は不気味な笑いを浮かべて答えた。


 「えっと…どういう事なんだ…。」

 「こういう事だ。」

 頭がぐるぐるとしている神崎に建介は説明してやった。

  

 「皿を売りに来た息子ってのはあの家の息子ではなく今もあの家に仕えている若い奉公人だ。」

「じゃあ次の日に父親に連れられていたのは?」

サワが不思議そうに尋ねる。

「その時は本物の息子。昨日来たのが奉公人ではなく息子だと思わせるためにわざわざ親子で質屋に皿を買い戻しに来たんだよ。」


神崎が口を尖らせた

「何のためにだよ?」

「アリバイ作りのため。ですよね。」

建介が確認のため質屋と木村を見ると二人とも頷いていた。


「おそらく息子は本当は家の近くで喧嘩をしていたんだろう。そして相手を死なせてしまった。」

「おい。それって…。」

「ああ質屋さんたちが言った最後の手がかりだよ。」

神崎とサワは驚き顔を見合わせる。


「喧嘩の内容やどっちが仕掛けてきたのか分からないけど、親子は人を殺してしまった事で慌てた。思い付いたのが息子にはアリバイがあるから無理だと思わせる事だった。」


質屋が口を開く。

「その通りですよ。同じ頃に奉公人に皿を売りに行かせたのを利用してね。」

「けどよ…。」

神崎が何か引っ掛かると言いたげに口を挟んだ。

「顔は似ていたのか?昨日来た奴と顔が違っていたら怪しまれるじゃねえか。」

「次の日の息子の様子を思い出してみろ。顔は痣でうつむいていた。」

「あっ!」

神崎が叫んだ。


「ええ。おかげで顔がよくは見えませんでした。加えて息子さんと私には面識がありません。初めて見る顔でしたので違和感ありませんでした。」

質屋が言い終えると同時に木村が建介に話しかけた。


「月島君。君と同じく私も同じ推理をしていたよ。」

「ここに来るまでの道中。木村さんにもお話ししました。お二人とも真相を当てられたようですね。」

質屋がつぶやく。


「真相をって…。月島さんと木村さんの推理通りだったってこと?」

驚くサワが尋ねる。

「そうですよ。親子は奉公人に金を払って口止めしていたのですが若い奉公人は金が足りないと不満に思って警察に告げ口したのです。」

「ああ結局ばれちまったのか。」

神崎が笑う。


「全く…。世の中は、身内の事となると何でも庇おうとしますからね…。身内だからこそ厳しく…。まあ実際に自分の身内から犯罪者が出た時はどうするかはその時にならないと分かりませんからね。」

質屋がため息をつき苦言を呈す。それを聞いて建介は「全くだ」と呟いた。




 


 


 

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