第10話 カフェー三日月1

 ―東京

  カフェー三日月の戸が開く音がする。

 「いらっしゃい。」

 女給の元気な声が出迎える。

 建介は明るい店内に入っていった。


 「おお健介。帰って来たのか。」

  先に席に着いていたいた神崎隆文が建介に声を掛けた。

 「ああ、気になることがあってな。」


 「何だ。俺が調べられる物は調べてやるよ。」

 得意げになる神崎の職業は新聞記者だ。

 「それよりサワちゃん。俺のウヰスキーまだ?」

 「今持って来たわよ。」

 女給の西村サワがお盆にウヰスキーのボトルとコップを載せて運んできた。

 鮮やかな縞模様の着物の上から身に着ける白いエプロンは彼女が動くたびにヒラヒラと舞い踊る。


 「どうぞ。月島さんは?」

 「ビール。」

 「あとハムのサンドイッチも頼む。」

 神崎が付け加える。サワは注文を聞くとすぐに厨房へ行ってしまった。それを神崎は名残惜しそうに眺めた。


 「すぐに戻って来るだろ。」

 「俺は少しでもサワちゃんと離れたくないんだ。」

 「仕事の時、どうしてるんだ。」

 「サワちゃんの店に通うために稼いでると思って頑張っているんだ。」

 

 その時、カフェーの戸が開く音がする。

 店の中へ四十がらみの男と老人が入ってきた。


「二人ともお先でしたか。」

「つい最近、篠原に行かれたばかりだと言うのに長いこと会っていないような気分になりますね。月島さん。」


「師匠。それに質屋さん…。」

健介が二人をそう呼んだ。

 四十がらみの男は木村清治。建介の探偵の師である。老人は浜口蓮蔵。質屋業を営む男だ。



 「さあさどうぞ。」

 神崎が二人をテーブルの空いた席を勧めた。二人が席に着くとサワがすぐに現れ注文を尋ねた。


 「ウヰスキー。」

 「私は珈琲で。」

 「サワちゃん。俺には何か一言ないの?」

 「注文だけ言ってちょうだい。」

 サワは厳しめに神崎に告げた。


 「相変わらずサワさんに相手にされてないな。」

 「うるさい。」

  建介にそう言われた神崎は小さな癇癪を起こす。


 木村は神崎の子供のような反応を窘めて建介に話しかけた。

 「相変わらずといったら建介君。篠原で大塚先生に道樂會で試されたそうじゃないか。それを見事に見破ったと手紙で聞いたぞ。」

「ええ。大塚さんから手紙が着ていたのですか?」

 「いや子爵様からだよ。」

 「子爵様…?」


 「正確にはご隠居の先代の方。」

  建介は子爵様と聞き、考え込んだ。横から神崎が槍を入れてくる。

 「そういえば、建介お前さあ…。轟木の先代子爵様にお会いした事あるのか?」

 「いいや…」

  建介は東京の本邸で先代子爵の孫たちに会ったことはあるが先代子爵にも現子爵にも会ったことはなかった。


そう思った時、質屋が急に口を重々しく開いた。

「ところで…」

質屋はや何かもったいぶるように語りだした。


「最近質屋に来た若者なのですが気になることがあるのです。」

質屋の怪しげな眼が建介、神崎、木村、サワを見渡した。


「最初は家宝を勝手に質屋に持ち込む不届きな息子と思ったのですが…。」



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る