第9話 篠原空き巣騒動3

 「実は以前からおかしいと思っていたんです。」

 敬太郎は重そうに口を開いた。


 「写真撮影をした一家、もしくは近くの家がよく盗難の被害に合っているんです。」

 「そうですか。実は僕も最近被害にあった家を回って、写真撮影をしたばかりという共通点に気づいた所なんです。」

 「やはり…気づかれましたか…。」


 藤世が口を挟む。

 「写真店に入った泥棒は?」

 「おそらく旦那さんが怪しまれないようにわざとしたんじゃないでしょうか。」

 敬太朗が答える。


 「何度もうちの店に撮影を頼んだ家ばかりが狙われるのでは自分が怪しまれると思ったのでしょう。だから売上金が盗まれたと大げさに騒いで疑われないようにしたんだと思います。」

 「じゃあ写真屋の松岡さんが犯人なの?」

 「多分そうです。」

 敬太郎が頷く。

 

 建介はかんざしを手に取って見つめた。

 「間違いなく盗まれた物ですか?」

 「間違いありません。かんざしを盗まれたお宅がありましたから。」

 「このかんざしが店に落ちていたのですか?」

 「はい。」

 建介は質問を続けた。


 「しかし、もしかしたら撮影に来た婦人の頭から落ちてしまっただけ。そうした可能性もありますが?」

 「いいえ、昨日ははありませんでした。」

 敬太朗は断言する。


 「実は朝に見つけて、これ大家さんから盗まれた物だなと思ったんです。あの夫婦あちこちでこれがあれが盗まれたと大騒ぎして言いまくっていたので。その中に梅の細工のかんざしも含まれていました。それは探偵さんが店に来た時に言おうかどうか迷っていたんです。でも旦那さんの前だから言えなくて…。だから、おつかいの振りをして出てきて伝えに来たんです。」


 「そうですか…ありがとうございます。」

 建介は静かにかんざしを机の上に置いた。


 「しかし、まだ証拠が欲しいところですね。この事はまだ誰にも告げずに松岡さんの動向を静かに見張っていてもらえませんか?」

 「はい。そうします。」

 敬太朗は元気な返事をして出て行った。



「あの人怪しいね。」

藤世が呟いた。

  「そうだな。」

建介が椅子から立ち上がる。


 「大家の家でかんざしが盗まれたと気づいたのは聞き込みでのことだった。かんざしが盗まれたと聞いたのは嘘だな。」

 「それに数日前に盗んだかんざしを今日の朝になって落としたりする?私だったら騒ぎが落ち着くまでずっと安全な所に隠すか人知れず処分するけど。」

「それだな。おまけに雇い主が怪しいと言いつつ動揺どころか意気揚々として。盗んだのは本当はあの店員。松岡さんに罪を着せるためにわざわざ盗品のかんざしを一本持ち出したんだろう。松岡さんを疑うふりをして様子を見てみるか。」


建介は藤世に鏡造にこの事を堀口に伝えるよう伝言を頼んだ。




 ―翌日 大塚家

 「この報せに驚いたでしょう。」

 「はい驚きました…。」


 昨夜のことだった。

  敬太郎が小金持ちの老夫婦の家に忍び込んだ所を捕まったのだ。老夫婦の屈強な甥によって。


 「藤世の差し金ですね。」

 「娘さんの行いには何も言われないのですか?」

 「言っても無駄です。」

 「何故?」

  

 「あの子の性分です。どんな人間にも危害を加えるなだ優しくしろだ道徳を無理に教えても受け入れられない子なんです。あの子は道徳という物を受け付けない子なので。」

 鏡造は断言した。



 昨日、建介が敬太郎を泳がせて証拠を掴む予定であることを鏡造に伝えるように藤世に言った。しかし、藤世は松岡写真店に寄り道をしていたのだった。

 そして敬太郎にこう言ったようだ。


 『松岡さんの近所の老夫婦の家が隙だらけだから狙われるかもしれない。もし松岡さんに動きがあれば教えて欲しい。その時に証拠が残れば捕まえられるかも。』


 敬太朗は松岡に罪を着せたいあまり藤世の甘言に乗ってしまった。

 早速、松岡の私物を盗んで老夫婦の家に向かったのだ。現場に松岡の私物を落とすために。

 まさか、その日の老夫婦の家に力自慢の甥が泊まり込んでいた事など思いもしなかっただろう。その結果、敬太朗は甥にこてんぱんにやられ、あっけなく御用となってしまった。



 「道徳ですか…」

 「さようです。」

 藤世を注意しておくべきだった。


 「ところで藤世さんについてですが…。」

 「何ですか?」

 建介が何を言うのか鏡造は楽しんでいる。


 「窃盗事件の依頼を僕にした時に、あなた方の写真を見せてもらいました。」

 「ええ。たくさん撮ったでしょう。」

 「はい。」

 

 大塚夫妻と生まれたばかりの長男啓一。すくすくと育つ啓一の姿。そして小學生の頃の藤世が加わり…。


 「なぜ藤世さんの赤ん坊の頃の写真が無いのですか?」


 啓一は両親と共に写る赤ん坊の頃の写真があった。しかし、妹の藤世には無かった。乳児期だけでない。まだ小學校に上がっていない幼児期の姿も写真に無かったのだ。

 夫妻の様子を見るに藤世を可愛がっていないようには見えない。それなのに藤世は小學生くらいになるまで家族写真に写っていないのだ。


 「ああ…その事ですか…。」

 鏡造は静かに答える。


 「藤世は元はよその子だったんですよ。御両親が亡くなったのを私たち夫婦が養女として引き取ったのです。」

 

 それでは、藤世の得体の知れない性質は遺伝によるものではなく、環境によるものだろうか。

 (東京で聞いてみるか…。)

 

 

 

 

 

  


 

 

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