第8話 篠原空き巣騒動2
―楓屋
「お金によそ行きの着物と帯が盗られてしまったんです。」
楓屋の女将は悔しそうに言った。女将は丸髷を結い地味な着物を着ている。
女将の隣には藤世と同じ年頃の少女が立っている。髪をマガレイトにした少女は藤世の同級生の大野春子というそうだ。
楓屋は老舗の和菓子屋である。
女将が盗難の状況を話すのをよそに菓子職人たちが働いている。若い職人たちは気になるのかこちらをチラチラと覗いては、年配の職人に注意されている。
藤世は春子と同級生や教師の噂話をしている。
店の中は清潔に無駄な装飾が無く、品の良い感じだった。
「昨日の昼には亭主は息子を連れて泊りがけで仕入れに出掛けていて…。夜は、私と娘と女中だけと女ばかりだったんです。用心はしていたんですけどね…。」
女将は眉をひそめた。
楓屋の主人は息子に家業を仕込むため、仕入れや取引に連れ出し、外出が多いとのことだ。女将は二人の出掛けの準備や夫のいない間の店を仕切っているのだった。
「
「余計な事は言わないの‼もう、あんたは‼」
春子の一言に女将が窘める。
「一昨日は何か用事でもあったのですか?」
建介が尋ねた。
「ええ…一昨日は…。」
女将が語りだした。
―資産家宅
「家では一昨日の夜にお金と骨董のお皿が盗まれました。」
答えたのはこの家のご隠居だった。建介と藤世は床の間にてご隠居と向かい合うように座った。
「他に盗まれた物はありますか。」
建介が尋ねるとご隠居は首を横に振った。
「いいえ、ありませんよ。家には先祖代々の品がお皿以外にもあるのですが他は蔵にしまっていたおかげで無事です。お皿だけは床の間に飾っていたのが災いとなりました。」
ご隠居の示す床の間は空となっていた。あそこにお皿が飾られていたのだろう。
その時、子どもと女中の声がした。
ご隠居はまたかと苦々しい顔をして叫んだ。
「今度は何だ?」
ご隠居が障子を開ける。
庭の様子が丸見えになる。ご隠居の孫であろう腕白な少年が梯子を持ち、女中と言い合っている。
「坊っちゃんが梯子を登って隣の家を見ようと言うんです。」
女中の悲痛な訴えを聞くとご隠居が孫を叱責した。
「お前という奴はよその家をジロジロと見るものじゃない!!」
少年は悪びれることもせずに言い返した。
「だって隣の家の人たちがたくさん庭に出て並んでいたんだもん。今日は並んでいるか確かめるんだ。」
「隣の写真撮影はずっと前の日に終わったんだ。今日覗いても並んでいないぞ!」
ご隠居が言い終えると女中は少年から梯子を奪い家の中へと引っ張って行った。
「元気な子ですね。」
「悪い方に元気ですよ。」
藤世が言うとご隠居が疲れた声で返した。
「あの皿も盗まれなかったとしても、孫のやんちゃで割られていたかもしれませんね。おかげで毎日よその家にも聞こえる怒鳴り声出す日々ですよ。」
ご隠居はため息をついた。
―大家
「だから探偵さん。店子の女ですよ。あの女が私の帯を盗んだんですよ。」
「おい。思いつきで言うな。」
女房が何か言う度に亭主はなだめた。
「盗人ならあの若造の方が怪しいだろう!」
「あんただって人を疑ってるんじゃないの!」
女房は亭主に向かって犬のように唸った。
長屋の大家を営む夫婦は家賃の回収分、女房の帯とかんざし、それに亭主の小物が被害に合ったのだった。それについて夫婦はあいつが怪しい、いやあいつの方が怪しいと言い合うのだ。
建介と藤世。二人の来客を前にしているというのにお構い無しだった。
藤世は夫婦喧嘩を面白そうに見物している。何故だか彼女の顔は安心感に包まれているように見えた。
「それで盗まれた時の状況を…。」
建介が尋ねると女房が喚くように答えた。
「二人で出掛けて…帰ったらね…。家の中が荒らされていたのよ!そうだ。」
女房は駆け出したと思うとガサゴソと音を立てて一枚の写真を差し出した。
「さっき気づいたんだけれど。かんざしもなくなっていたの。よそ行きにしていたの。梅の細工がしてあるかんざしを‼最近の写真に写っているでしょ。」
夫婦を写した写真には確かにかんざしが女房の頭に挿さっていた。しかし、肝心の梅の細工は小さくて見えなかった。
「かんざしよりも帯よりも俺の煙草入れだ。」
「何言ってるのよ。あんた。」
―探偵事務所
「探偵さん。何か分かった?」
「写真撮影ぐらいだな。」
健介が頭を掻く。
「まず松岡写真店。写真撮影が仕事だ。資産家の隣の家は写真撮影を最近していたそうだ。大家の夫婦も最近、写真撮影をしたそうだ。楓屋も写真撮影を泥棒が入る日の前日にしていた。」
楓屋の女将は娘の春子の証言では盗みに入られた日の前日は髪を整え、よそ行きの着物を着たという。
しかし、女将は浪費家ではない。建介が会った時は、身だしなみは整えてあるが地味な着物だった。店は華美を好まず無駄な装飾が無い。夫と跡取り息子のいない間は自信が店を切り盛りする働き者。
そのような人間が着道樂でお洒落をするとは思えなかった。
よそ行きの着物を着るような用事があった。建介はそう考えて女将に聞いた。
『写真を撮ったんです。丁度店の前で、皆並んで。一昨日は忙しかったですね。撮影を終えたら、夫と息子の出掛けの準備に入って。』
「偶然にしては出来すぎている。でも他の被害者宅も調べてみる必要があるか。」
建介が呟いた。
その時。
「ごめんください。」
一人の青年が事務所に入ってきた。写真店の店員の敬太朗だ。
「あの…お店にこれが落ちていたんです。」
敬太朗は言いにくそうに一本のかんざしを建介に見せた。
梅の細工のあるかんざし。大家の女房が言ったような見た目だった。
「これって泥棒が盗んでいった物ですよね。盗まれた物の中にかんざしありましたよね。」
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