第6話 尾行の尾行3
「あんたが尾行したのは小川じゃない?どういうことだ?」
堀口が太い眉をひそめる。
「僕が小川さんの死体を発見した時、血はすでに乾いていました。僕と藤世さんが引きずり込まれる男を目撃するよりも前から死んでいたような感じでした。」
「もっと前から?けどあんたは見たんだろ。小川さんが生きて散歩しているのを。」
堀口が言う。
「確かに。帽子を深く被った男が散歩しているのを見ました。」
建介ははっきりと言った。
「帽子…まさか顔を隠していたとか言うんじゃないだろうな。」
「そのまさかです。」
「尾行の相手を確かめずにか?」
堀口はお前は何をしているんだという顔をする。
「言い訳させてください…。」
建介は堀口の言いたい事には反論出来なかった。力なく弁解する。
「まず、小川さんらしき人物は家から出る小走りで駆けて行ったのです。早く追いかけないと見失ってなってしまう。そう思い、顔が隠れているというのに小川さん本人かどうか確認するどころじゃなかったのです。」
「このお嬢さんも一緒に尾行していたなら、一人は尾行、もう一人は残って家の様子を見て本人か確かめる事が出来ただろ。」
堀口は藤世をちらりと見る。
「彼女は最初から僕と一緒にいたわけではないんです。」
「途中で偶然出くわしたというわけか。その時は、一人での尾行だから確認出来なかったって言いたいんだな。」
「ええまあ…。」
正確には藤世が建介を尾行していた。途中で建介が気づき、藤世が姿を現したである。ただ堀口への説明が面倒なので建介はこの辺りは省略することにした。
「そして、依頼人の佐藤さんはこう依頼しました。『2時に小川が出掛けるから、あいつが家を出るところから見張っていてほしい。』と。それで僕はあの家から出てきた人物を小川さんだと思い追いかけました。」
建介が説明する。
佐藤は何時に何処から尾行してほしいのか具体的に言ったのだった。
そして、今日は家族は出掛けていて小川雄太郎しか家にいないことも伝えたのだった。
「小川さんの振りをしていたのは佐藤さんでしょうね。僕が偽の小川さんを目撃させることが出来る唯一の人間なので。そして佐藤さんは小川さんの振りをしたまま帰宅し、障子を開け、何者かに襲われたかのような姿を僕に見せた。小川さんが今殺されたばかりのように仕立て上げた。」
「しかし…。」
堀口が納得できないように口を開いた。
「何のために、まだ生きているように見せかける必要があったんだ?それに家の中に隠れたままっていうのがよく分からねえな。俺だったらすぐに現場から逃げるぞ。」
「逃げるに逃げられなくなってしまったんですよ。尾行者がもう一人いたために。」
建介が藤世に目を移す。藤世は建介と堀口の会話を横で聞いているだけだった。小川宅に潜む犯人を捜す警官たちを見ている。
「僕一人だけだったら、僕が死体に気を取られている隙に家から逃げ出すことが出来たんでしょうけど。あいにく藤世さんが家の前に残って近所の人を呼んでしまいました。人がたくさん家の外に集まってしまい、逃げられなくなった。家の中に隠れることになったんですよ。」
「なるほどなあ…。じゃあ、まだ生きているように見せたのは?」
建介は困った顔をした。
「それが引っ掛かる所なんです。まあ、もしも見つかったのが佐藤さんと別人ならば、佐藤さんはどこかでアリバイを作っていることでしょうけど…。もしくは小川さんがもっと前に死んだと分かっては不都合な事でもあったのか…。」
その時、小川宅の騒がしさが増した。
「いたぞ。」
家の中から巡査の張り裂ける声が聞こえた。玄関から一人の巡査が飛び出し、堀口に駆け寄ってくる。
「見つかりました。納戸の中でうずくまっている男がいました。」
「隠れていたのか‼」
「はい。ただ男は納戸から出られなくなっていたみたいです。」
「出られなくなっただと?」
堀口は怪訝な顔をする。
「はい。戸の前で物が置かれていまして、それで戸が塞がり出られなくなったようです。」
藤世が「あっ」と声を上げた。
「多分、私が家の中に入って探偵さんを探す時に勝手に物をどかしてそのままにした奴だと思います。」
「なるほど…。それで閉じ込められたのか。」
「……。」
堀口は納得したようだった。建介は黙って藤世を見つめた。
堀口は建介と藤世に顔を向ける。
「俺は今から確認しに行く。あんたらにはまだ聞きたい事があるから。残っているように。」
それだけ言い残すと堀口は駆けて行った。その後姿を建介は藤世とともに見送った。
「何で僕を探すのに物をどかす必要があったんだ…?」
建介は藤世に尋ねた。
「物があったら、邪魔でよく見えないし、通るのに邪魔だから。」
「僕の姿が見えなくなるほど大きな物だったのか?人が通る場所に置かれていた物なのか?」
「……。」
「そもそも…僕を探しているのなら『どこにいる?』と声に出して探せばいい。もしかして、わざとなのか?犯人が隠れているのを分かっていてわざと戸をふさぐようにして物を置いたりしたんじゃ…。」
しばらくしてから藤世が口を開いた。
「私が家の中に入った時、ちらりと男の人が納戸に隠れるのが見えた。それで出てこれないように…。」
「何で閉じ込める必要があったんだ。僕にも警察にも犯人の居場所を教えてくれないんだ。」
「何となく…。」
「何となく…?」
藤世は何ともないという表情をする。
藤世は無邪気に残酷な思考を持っているようだった。
その後、納戸の男は佐藤喜五郎本人だと堀口から知らされた。
動機は二人が中學生の頃、面白半分で万引きをしていたことだった。あれから大人になり、佐藤は悪い遊びをやめ、小川とは縁を切っていた。ところが、小川が彼の妹と婚約することになり、二人は再会することになった。
さらに小川は佐藤に対して「昔よく…したよな。」と悪い思い出話をしたのだ。家族にいつか話されるかもしれないと佐藤は不安に感じた。
要するに口封じなのだった。
動機と一緒に佐藤が小川がまだ生きているように見せかけた理由を知ることになった。
建介に罪を着せるつもりだったというのだ。
佐藤は建介に尾行させ、小川宅で襲われているように演じて建介に小川宅に踏み込むよう仕向けた。建介に小川の死体を発見させる。佐藤はこの時、建介の後ろから現れて「人殺しだ。」と叫び、建介を警察に突き出すつもりだったというのだ。
建介が佐藤に尾行を依頼されたと言った所で、建介を誰も信じないと踏んだそうだ。そして建介が尾行しているのをすれ違った通行人が証言したらなおさらだろう。
しかし、藤世が現場まで居合わせた事で計画が狂ってしまった。
建介が小川宅に駆け込んだ時、藤世の声が聞こえたと佐藤は言う。
偽小川が襲われる演技を見た者がもう一人いると分かり、建介を犯人に仕立て上げられなくなったと悟った。
おまけに藤世が玄関の前で近所の人を呼んだために、佐藤は逃げられなくなってしまったのだった。
そして納戸に隠れて騒ぎが治まった頃に抜け出そうと考えれば、納戸から出れなくなり警察に見つかり御用となった。
これが犯人の不幸の顛末だった。
(僕に罪を着せるつもりだった…。)
建介は藤世の尾行を思った。
もし、藤世がいなければ建介は犯人の罠にはまっていた事だろう…。
藤世の尾行の件に関しては感謝するしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます