第5話 尾行の尾行2

 「で…。あんたは探偵で尾行して小川さん宅を見張っていた。そしたら障子が開いて小川さんが倒れて何者かが小川さんを引きずり込むのが見えた。思わず家の中に駆け込んだら、死んでいた。そういう事だな。」

 

 現場に呼ばれた巡査は堀口という男だった。

 四十がらみでいかつい顔。怒らせたら面倒な感じが漂ってくる。

 堀口は探偵を名乗る建介よりも隣にいる藤世を気にしているように見えた。

 

 「そして大塚先生のお嬢さんも一緒にその光景を目撃した…。」

 堀口は藤世を面倒事のように見る。

 二人は知り合いのようだ。しかし仲が良い間柄でないようだ。


 「この現場には大塚先生が関わっているというわけでは無いだろうな。」

 堀口が厳しい目つきで藤世を見る。堀口が気にしているのは藤世というより彼女の父親のようだ。

 

 「お父さんはいないよ。」

 「そうか…。」

 それでも堀口の目は訝しんでいた。

  

 「でっ…あんたは探偵とかいうけど大塚先生と関わり合いがあるのか…?」

 堀口は今度は建介に顔を向けた。

 「最近お会いしました。」

 「どんな風に…。大塚先生に何か依頼された形でとか?」

 堀口は睨みを利かせてくる。

 

 「いいえ。依頼人は大塚鏡造氏と関りはなく、僕は謎道樂という集まりで…」

 「謎道樂…。」

 建介が言いかけた所で堀口が呟いた。堀口の顔に冷や汗が浮かんでいる。

  

 「…あんた…。轟木家と関係があるのか…?」

 「集まりに呼ばれはしましたが…。」

 建介が答える。現当主と先代当主に会ったことは無いものの一族の令息令嬢の主催する東京の會に招待されたのだから。

 

 「……。」

 堀口の顔が青ざめている。青ざめるといっても、怯えという形ではない。警戒という形だ。

 建介が違和感を感じていると堀口がハッとして何事もないように振る舞った。

 

 「それより…大塚先生は関係ないとの事だが、尾行は誰の依頼で?」

 「佐藤喜五郎という人です。妹が小川さんと婚約しているけど、小川の素行が気になると。」

 「それで尾行というわけか…。」

 堀口が小川宅を一瞥する。


 「小川さんは母親と弟で三人暮らし。母親と弟は朝から親類の家に出掛けている。留守番をしていたのが小川雄太郎さんだった。でっあんたは小川さんを襲った犯人を見たんだろ。」

 「いいえ。障子の影に隠れて見えませんでした。」

 建介が答えると堀口はチッと舌打ちをした。

 「で…尾行している時、あんた以外に尾行している奴いなかったのか?」

 

 「私が。」

 藤世が名乗り出た。

 「藤世さんも一緒だったか。俺が聞いているのは怪しい奴も小川さんを尾行していなかったかって意味だ。」

 「特に見てないけど…。」

 そう答える藤世に『正確には藤世が尾行していたのは自分自身だ。』と建介は心の中で呟いた。


 「となると…。犯人は最初から家の中に潜んでいたということになるな。」

 「それなんですが…。」

 建介が堀口に告げる。

 

 「犯人が出ていく姿を誰も見ていないんです。」

 堀口の目が見開く。

 「それ…どういうことだ。」

 「まず小川家で男が倒れるのを僕と藤世さんが目撃しました。」

 建介が小川宅を指さす。


 「すぐに僕は小川家の玄関を通りました。その後ろでは藤世さんが大声を出して近所の人を呼び出しました。僕は誰ともすれ違ってはいないし、藤世さんたちは僕と入れ違いに誰かが玄関から出てくるのを見ていないんです。」

 「何‼じゃあ犯人はどうやって家の中から出て行ったというんだ。」

 堀口は驚き声を上げる。

 

 「いえ。というよりも…。もしかしたら、まだ…。」

 建介は小川宅に視線を移す。言いたいことを察した堀口は部下に指示を出した。

 「家の中を探せ。犯人がまだ潜んでいるかもしれないぞ。」


 「それと…」

 「何だ?」

 「僕が小川さんと思って追いかけたのは小川さんでないと思います。」


 

 


 

 

 

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