第3話 謎道樂の會 3
「島田さんの仕業とはどういうことですか?」
参加者の一人が棒読みで尋ねる。
「まず島田さんの悲鳴。」
健介は島田が突き落とされた窓の前に立った。
窓は大きい。身を大きく乗り出したら落ちてしまいそうだ。
床を見るといつの間にか水で濡れていた。
「正直言うと悲鳴は突き落とされる男より突き落とした男の方から聞こえてきました。」
―『何をする。やめてくれ!』嘆願の声が聞こえたが必ずしも突き落とされる側が言っているとは限らないのだ。
「そして島田さんは大きな悲鳴を上げて相手に今すぐこの行動を止めるよう頼みました。しかし島田さん自身は動いて抵抗しませんでした。」
―取り押さえられたは微動だにしなかった。
「声は突き落とす男から。突き落とされる男は者は言わない。動かない体。つまり人形を落としただけですね。おそらく島田さんが人形を突き落として自分が落ちたようにした。」
建介は説明を終えた。
パチパチパチパチ。拍手が湧いた。
「正解です。」
鏡造が感嘆する。
「違和感がありますよ。目の前で人が突き落とされて犯人が逃げようとしているのに皆さん妙に落ち着きがあって変でした。おまけに『もう助からない』『追いかけても無駄だ』なんて。被害者が助からないとしても犯人を見逃すなんて不自然としか言いようがないですよ。」
「確かにね。」
初音がああ可笑しいと笑い出す。
「何だ。だからすぐに見破られたのですか。」
廊下から一人の男が現れた。
「探偵の謎解きを楽しみにしていたのに皆さんの大根芝居で台無しじゃないですか。」
男は丁寧に参加者を責め立てた。
「あなたの行動だってバレた原因じゃないですか。島田さん。」
参加者の一人が笑い言い返す。
「そりゃ…そうですけど。人形から声を出せなど無茶な。」
島田はどことなく不満そうだった。
「人形は重いし、廊下は何故か水で濡れていて滑りそうでこちらは散々でした。」
島田から零れる不満に皆どっと笑った。
「ああ梅吉。帰ったらヤケ酒だ。帰ったらすぐに用意しろよ」
「…はい。」
島田の破裂するような声に梅吉がか細い声で返事をする。
(廊下が濡れる…)
建介は廊下を再度見た。
窓の近くで水で濡れている。おそらく窓の近くに置かれた花瓶のものだろう。
しかし、建介が女中に案内されて部屋に入った時、廊下は濡れていなかった。
視線を参加者へ移す。
藤世がじっと濡れた廊下を眺めている。
「さて、謎
鏡造の一声で参加者がぞろぞろと部屋に戻って行く。
一同の後ろに藤世が並び部屋に入ろうとする。そこを建介が声を掛けた。
「君の座る位置からなら見えたんじゃないのか。皆が謎に夢中になっている間に梅吉が廊下を水で濡らす様子を。」
藤世がゆっくりと建介の方に向いた。
建介は廊下を指さす。
「僕が来た時、廊下は濡れていなかった。水がこぼれたのはその後だ。僕と女中の後で、島田さんが狂言する前に廊下で細工をすることができたのは主人が遅れてくると伝えに来た梅吉だけだ。恐らく参加者たちが僕に注目している間の出来事だろう。」
「……」
「君は両親と来たのに何故か両親と離れて座っていた。普通なら親子並んで座るはずだ。」
「……」
藤世は答えず黙って聞いている。
「君は島田さんが狂言が始める時に声を上げて皆に合図をする役目だったんじゃないのか?そのため君は窓の近くに座っていた。他の人たちが僕に興味津々の中も君は窓の近くだった。その君が梅吉の行動に気づかないはずが無い。」
藤世はまだ女學生だ。だが、あどけない顔に残忍さを秘めているようだ。
例えば、他者の見殺しを見逃すような。
「梅吉が廊下に水をこぼした理由。それは島田さんが人形を窓から突き落とす時に体勢を崩して窓から落ちるようにするため。まあ当の本人は落ちずにすみ、命を狙われたことに気づかないままだが。」
建介が藤世を見る。藤世はやっと口を開いた。
「うん。梅吉は島田さんに振り回されて怒鳴られて散々だったから。予想はついたの。」
藤世は己の見殺しを認めた。
建介は藤世の喋りにゾッとした。彼女は悪びれる様子もなく普段の会話の物言いのようにして喋ったのだ。
「まあ、こんな事しなくても聞いた噂では島田さんその内横領の疑いで逮捕されるとか。」
鏡造がいつの間にか二人の側に立っていた。
「本人はそんなはずはないと高を括っているようだけれど。そうなれば梅吉は島田さんから離れられ、今後も苦労をする事はないだろう。」
鏡造が部屋の中を示す。再び謎話に花を咲かせる人々。その中に島田がいる。そして後ろに控える梅吉の姿が。
鏡造が建介に尋ねる。
「どうですかな。篠原の謎
「東京と変わらず不思議な集まりですね。」
建介はそう答えた。
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