第2話 謎道樂の會2

「お話は聞いていました。東京で探偵されていると。」

「このかいにふさわしい。」

「これから篠原で探偵をするとか。」

参加者は口々に言う。

 

 好奇心旺盛に周囲が盛り上がる中、部屋の戸を叩く音がした。

 建介を案内してきた女中が戸を開ける。 

 一人の男が入ってきた。地味な着物を着た男は参加者というよりも参加者に仕える使用人のようであった。顔は疲労が見え暗い感じがした。


 「あなたは島田さんの所の梅吉さんではありませんか。島田さんはどうされましたかな?」

 鏡造が入ってきた男―梅吉に声を掛ける。

 「はい。旦那様は急用で遅れるとのことです。旦那様は私に先に轟木家に行っているようにと言われました。」

 梅吉が説明する。

 「そうですか…。」

 「それでは島田さんが来る前に我々だけで謎道楽を始めましょうか。」

 一同はガヤガヤと騒ぎ出し席についた。


 「島田さんが来たら挨拶しないといけないですね。」

 建介は隣に座る鏡造に話しかけた。

 「確かに…それと君が来る前に皆さんに伝えた事で、主催の先代子爵様は今日はいらっしゃらないと。」

 「そうですか…。」

 建介は苦笑いをした。


 かいが始まると各々持ち寄った謎を話し始めた。

 市内で頻発する空き巣はどこの誰なのか?

 女工が幽霊を見たと騒いでいる。

 米騒動の際、襲撃にあった米屋が米をどこかに隠して値を吊り上げていたのは本当か?

 半分は噂話で盛り上がるというような感じであった。

 

 「東京の本邸で行われるかいは現在どのようになっていますかな?」

 不意に鏡造が話しかけてきた。

 「…まあ似たような感じですね。」

 建介が答える。

 

 「ただ…違うといったら子爵家の医者をしている御子息は内儀と共に死体はああだこうだと解説されたり…。御令嬢は無残な話でも嬉しそうに聞き入っていまして…。」

 「ああ。やはり本邸はそうでしょうな…はっはは。」

 鏡造が軽く笑う。笑い終えると速やかに建介の判断を訂正した。


 「間違ってますよ。篠原も同じです。私と妻、そして娘を見ていたらお分かりになると思います。」

  

 (娘ねえ…)  

 建介は後ろの席の方に目をやった。

 後ろの席の隅っこに彼の娘である藤世が座っている。簡素すぎる自己紹介と新参者の建介に興味を持たない様子の少女。

 絵画と彫刻を背にして座る彼女は両親から離れた場所で盛り上がる話を遠巻きに聞いている。

 彼女の近くには廊下を覗くことのできる室内窓がある。建介がこの部屋に入る前に廊下から藤世を見つけることが出来た窓だ。話を聞くのに飽きたのか時折窓の方を見ていた。

 

 「あっ‼」

 突然、藤世が声を上げた。

 参加者たちは何事かと会話を中断し、彼女に目を向けた。

 

 「あそこ…。」

 藤世が室内窓を指さす。

 

 建介は室内窓へ駆け寄り覗いた。

 

 廊下に立つ姿が二人分。

 一人はもう一人を取り押さえている。押さえられた相手は窓。建物の外へ繋がる窓へと押されていく。そしてその先の窓は大きく開いている。


 「このままでは落とされるぞ‼」

 建介が叫ぶが相手はやめる様子はない。

 いつのまにか建介の周りを野次馬が集まっている。


 建介は野次馬をかき分けて部屋の戸を開けた。


 「何をする。やめてくれ!」

 廊下の窓の下で男の声が響いた。

 取り押さえられた男は微動だにしない。襲う側の男が大きく開いた窓へと体を押していく。

 そして次の瞬間、襲う男は襲われた男をを外へと突き落とした。


 「待て。」

 建介が追いかけようとする。が、建介の手を掴むものがいた。

 振り返ると鏡造が立っていた。

 

 「もう助からないさ。」

 鏡造が静かに言う。

 「それよりも…あの声は島田さんじゃないかしら。」

 鏡造の後ろから現れた初音が言う。

 

 「確かに…あれは島田さんだ。今日遅れてくるはずの…」

 「島田さんは殺されてしまったのか…」

 「しかし誰に…」

 「追いかけても無駄でしょう。」

 「犯人を探しましょう。探偵さんがいることですし…。」

  参加者たちは不気味なことに意気揚々としていた。

 

 「何を言っているのですか?」

 建介が群衆に向かって言った。


 「犯人探しも何も…島田さんという人の仕業じゃないですか。」

 建介はそう言った。

 


   

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る