大正謎道樂

桐生文香

第1話 謎道樂の會1

 ―大正10年3月


 月島建介は篠原市の轟木子爵別邸に案内された。


 「篠原での謎道樂なぞどうらくかいへのご参加は初めてですね?」

 案内をする若い女中が確認するように尋ねた。

 「ええ…そうです。」


 ―謎道樂なぞどうらくかい

 その名の通り謎を楽しむ集まりである。

 紳士淑女が集まり各々の見聞きした謎めいた事件。不思議な体験。奇怪な出来事。これらを持ち入り語り合い道樂どうらくとしているのだ。

 

 建介は女中の後ろに続き廊下を歩いた。

 汚れのない綺麗な廊下。廊下の右手には部屋が並び、左手の大きな窓から日が暮れ始めた篠原の町が見える。そして窓の前には台に据えられた花瓶。花瓶には季節の花が添えられている。

 

(さすがは華族…)

 建介が邸内を見て思うことであった。

 

 轟木家の本邸は東京にある。轟木家の旧領地たる篠原市の邸宅は別邸である。現在、隠居した先代子爵が住んでいる。

 建介は今まで東京の本邸で開催される謎道樂なぞどうらくかいに何度か参加したことがあった。

 その時に洒落た洋風建築とそれに見合った調度品を目にした。篠原市の別邸は初めてであるが同じように洋風で品のある感じであった。


 「こちらです。」

 女中が笑顔で突き当りの部屋を示した。

 

 廊下の左手に大きな窓があった。対して部屋側には小さな室内窓が付けられていた。その室内窓を通して部屋の中を覗くことが出来た。


 すでに参加者が集まっているようだ。

 よそ行きの着物の男女。建介と同じく背広の男。奉公人らしき人物をつれている者もいる。

 後ろ側の壁には絵画が飾られ、大きな彫刻も置かれている。


 成人の男女が集まる中、建介は小豆色のリボンと海老茶袴を身に着けた女學生を見つけた。

 女學生は一瞬こちらを振り返り一瞥をしたが、すぐに目を反らしていった。


 建介は気にも留めず女中と共に部屋の中に入って行った。


 

 「月島様がお越しになられました。」

 女中の声に先客たちは建介に注目した。

 「ようこそ。謎道樂なぞどうらくかいへ。といっても東京の方へは、すでに参加されているそうですね。初めまして大塚鏡造です。小説家をしています。」

 参加者の一人が建介に声をかけた。

 口髭を生やし役者のように声が通る男だった。彼の喋りは人を引きずり込む力をどことなく感じさせた。


 鏡造と名乗った男は隣にいる婦人を紹介した。

 「妻の初音です。妻も同じく小説を書いています。」

 「初めまして大塚初音と申します。初音というのは筆名ですけれどね。」

 初音はフフッと笑った。

 銘仙の着物に身に包み、髪型は流行りの耳隠しと垢抜けた婦人。笑い方、仕草の一つ一つに妖艶さが感じられた。


 建介は初音の後ろにいる人物に気が付いた。窓から見えた女學生だ。

 鏡造が紹介する。

 「娘の藤世です。」

 「初めまして。大塚藤世です。」

 長い黒髪に小豆色のリボン。海老茶の行灯袴にバンド型徽章を付けている。

 藤世の自己紹介は簡単なものだった。紹介を終えるとすぐに室内窓に近い一番後ろの席へと移動していった。

  

 鏡造は参加者を次々と紹介していった。

 篠原市を拠点とする會社かいしゃや銀行の重役、篠原の主産業である製糸業の経営者といった面々だ。皆共通して建介を好奇な目で見物している。


 建介は好奇な見物をされる心当たりがあった。

 一つは篠原のかいでは新参者であること。もう一つは建介の職業だ。


 「初めまして。月島建介と言います。探偵をしています。」

 

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